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旅立つ者には祝福を  作者:
本編
34/36

第33話 旅立つ者には祝福を


 第二次人魔戦争から20年の月日が経とうとしていた。

 順調に国家の繁栄と平和を享受し続けたストレニア王国は、ひっそりと変貌を遂げようとしている。

 勇者召喚に使われる『召喚魔法の陣の放棄』を決定し、その実行を今日この日にする。


 関係書物は全て燃やした。後は陣を消し去るだけである。

 ただしこれには色々と問題があり、完全に消失させるには高い魔力を持つ人間が必要だった。

 それに選ばれたのはかつて『黒の勇者』と呼ばれた男。


 男は20年前、最愛の人との出会いの場となった場所を再び訪れた。

 石畳に壁に掛けられたロウソクと白線で書かれた陣は当時のままだ。


「久しぶりだな……」


 男は陣に触れて懐かしさを噛みしめているようだ。

 この世界に来て20年が経っているのに、男の容姿は当時からあまり変化していない。

 ただし、身体はすでに度重なる戦いで限界に来ていた。


 魔素の吸収後、魔力を使うほど減っていく寿命はすでに残り1年を切っている。

 何もしなくても、男は1年後に死ぬ。

 だからこそ、最後の仕事として召喚魔法の陣の封印が割り当てられた。

 この10年間、王国に仕え続けた男の最後の仕事として。


「じゃあ。よろしくね」


 澄んだ蒼い瞳とフワリと舞う同色の髪。この国の統治者として納め続けた女性は男に手を振った。


「ん。シエルも元気でな」


 今から死ぬのに笑顔の男はシエル横に居る子供たちに近づいた。

 一人は紺色の瞳と髪を持つ男の子、もう一人は母譲りの蒼い髪と父親譲りの黒い瞳をしていた。

 今年で7歳になる双子の兄妹(きょうだい)は、きょとんした表情で男を見ている。


「シアト、エリザ。挨拶しなさい」


 シアトと呼ばれた男の子が前に出てきた。


「俺もいつか勇者になるから見てろよ!」


「ああ。楽しみにしてるよ」


 勝ち気で負けず嫌いな性格は母親そっくりだ。

 何度負けても、勇者と呼ばれた男に挑戦してくる。

 勇者はもう必要ないのだと、説明しても彼は理解してくれそうにない。

 彼にとって、勇者とは憧れそのものだから。


「あ、あの。兄様がお世話になりました」


 ペコリと頭を下げたのはエリザと呼ばれた女の子。

 控えめな性格で、いつも隅っこで大人しくしている。

 兄であるシアトの暴走を止めるのも妹であるエリザの役目だった。


「兄と仲良くな」


 男は子供たちの頭を優しく撫でると、陣の真ん中へと進んだ。


「ロリフィは呼ばなかったの?」


「あいつとの別れは昨日済ませた」


「子供とは?」


「生まれたばかりで記憶に残らないよ」


 シエルは「そっか」と呟きそれ以上は何も言わなかった。

 呪われた一族と異界人の血を引く子供が去年生まれた。

 黒髪と赤い瞳を持つ女の子だ。彼女がどう育つか、目の前の男は楽しみにしている。

 自分が父と名乗ることの無い子供の成長を。


「そう言えば、『あいつ』はどこ行ったんだ?」


 男の言う『あいつ』

 今や国を治める王にして、歴代で最強と呼ばれる勇者。

 シアトとエリザの父親であり、シエルの夫である男は今この場所に居ない。


「ホントは昨日戻る予定だったんだけど、道中で魔物に襲われた村に向かったの。だから、帰りが遅くなるってさっき早馬が」


「あいつらしいな」


「ホントに。フラフラする所は相変わらず」


 男は笑いシエルは呆れたように言った。

 魔物の討伐などで遠征すれば、絶対に寄り道をして帰って来る。

 この前は若い女に捕まったとか言ったので、1週間晩御飯抜きにしてやった。


「父上は人を助けてるんだ!」


「そ、そうです!」


 シアトとエリザが父を擁護する。

 彼らは父が民の為に命を賭けていることを知っている。

 何か起これば騎士団を連れて先頭に立つのは、いつもあの人だ。

 ハラハラして見ているこっちの気も知らないで。


 そんな父を尊敬し敬愛する二人の子供たち。

 その姿にシエルは苦笑してしまう。その姿はかつて姉に憧れていた自分にそっくりだったから。


「お母さんに分かっているわ。だから、帰ってきたらみんなで迎えましょうね」


「おう!」


「はい!」


 元気な子供たちの返事に男も笑みを浮かべ。

 召喚魔法の陣に魔力を流した。白線が蒼白く輝き男の身体が光に包まれる。

 シアトは目を輝かせ「すげー」と呟く。

 エリザは何も言わないが、視線は男からピクリとも動かない。


「そうだ。『あの人』から伝言を預かっているの」


「伝言?」


 シエルの言葉に黒の勇者はピクリと反応を示した。

 もうすでに別れの言葉は『彼』が遠征へと出る前に一応済ませてある。

 予定通りに戻って来られなかった時のことを考えてだ。だから、男には『彼』がこの場に居なくても問題はなかった。

 だからこそ、彼が妻であるシエルに伝言を頼むほどとは何なのだろうかと。


 男の視線にシエルは笑みを返し、力強く言葉を放つ。


「『旅立つ者には祝福を』だって……姉様によろしくね」


 言葉の意味を理解した男は思わず吹き出した。

 一人なら腹を抱えて笑ってしまいそうだ。

 伝言を頼んだ『彼』が世界の狭間で出会ったと言う『最愛の人』


 その話が本当かどうか疑わしいのに、『彼』は本当だと言い張る。

 もしそれが本当ならこんなに嬉しいことはない。しかし、男はどうしても『彼』と同じ場所に行き、『最愛の人』と会えるとは思わなかった。

 

 罪を犯した。他人の命を自分の欲のままに奪った。

 その罰を受けたとしても、女神と呼ばれた彼女と同じ場所は行けないと勝手に思っている。

 それでも、改めて笑顔をつくった。


 ――最愛の人が最後に笑顔だったように


「さようなら」


 そう呟くと男の身体が白い光の粒子となって消えた。

 同時に召喚魔法の陣も粒子となって、跡形もなく消え行く。

 これで勇者の召喚は不可能となった。それでも後悔はしていない。


「母様! 黒の勇者が消えた!」


「どこに行ったのですか!?」


 子供たちの問いにシエルは慈愛を持った笑みで答えた。


「どこか遠い場所よ」


 シエルの何処か遠くを見つめていた。

 しっかりと真っ直ぐに。


 地下にある部屋から出て、城内に戻ると遠征部隊の帰還を知らせる鐘がなった。

 それは子供たちにとって父が帰ってきたことを意味する。


「エリザ! どっちが早く父上を迎えられるか勝負だ!」


「ま、待って下さい兄様!」


 駆け出したシアトの後をエリザが必死に追いかけていく。

 その姿を微笑ましく見て、シエルも最愛の夫を迎えに城の外へと向かった。

 赤い絨毯の敷かれた廊下、ガラス張りの窓からは心地いい日差しが差し込んでいる。


 光となり遠くへ行ってしまった黒の勇者を祝福するかのように。

 結局、黒の勇者を許すことをシエルはしなかった。

 恨んでいたわけではない。彼が国の為に尽くしてくれたことに満足している。

 しかし、彼が許されるように願っていたとは思えなかった。


 血塗られた手。人の命を吸ってまでつけた力を持って、彼は勇者の仮面をかぶり続けた。

 最後まで民衆の英雄としての役割を全うした。


(今頃、姉様に会えているのかな?)


 馬鹿げていると自分に言い聞かせ、シエルは軽い足取りで城を出た。

 遠征から帰還した騎士団の面々が装備を外し、身体を休めている。

 その真ん中に『彼』は居た。この世界に自分が呼んだ。そして愛した男が。


「エリザ! 魔法を使うなんてズルいぞ!」


「兄様は何も言いませんでした! だから私の勝ちです!」


 父親の前でどっちが早く着いたのかケンカする子供たち。

 仲良くしてくれとため息。それに今はどっちが勝ったかは重要ではない。


「こらこら。あなたたち。お父さんにちゃんとただいましたの?」


 シエルの言葉にハッとなった子供たちが父を見る。


「「お帰りなさい!!」


 子供たちの言葉に男は笑顔を返す。

 その表情はまるで20年前のあの日から変わっていない。

 シエルが始めて出会ったあの日から……


 シエルは男に近づき、子供たちと同じ言葉を口にする。


「お帰りなさい。シンジ」


 彼の黒い瞳が向けられる。

 一度だけ彼と袂を分かった時があった。

 勝手に向こうの世界に返そうとした。それでも彼は戻って来た。

 そして、今と同じ言葉を屈託のない笑顔で言った。


「ただいま。シエル」





 勇者と王族の血塗られた歴史。

 人々の平和の裏側で繰り返されていた悲劇。

 それは終わりを告げた。


 しかし、時代は唐突に勇者を求める。

 未来の象徴である幼き子供たちは、後に『選ばれし子供たち』と呼ばれるようになる。

 子供たちが己の血に潜むその運命と向き合うのはもう少し先である。


 今の子供たちは父の荷物をどちらが持つかで揉めている。

 そんな子供たちを見守る二人の表情は、いつまでの穏やかだった。


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