第32話 蒼い女神
「シエル!!」
バッと身体を起こし右手を伸ばした。
しかし、シンジはすぐに違和感に気がつく。
左右上下、全てが純白の空間。元の世界に返されるという話だったのに、そこは明らかにシンジの知らない世界だった。
(魔法が失敗した? だとしたらここは……)
とりあえず立ち上がり、顎に手を当ててあらゆる可能性を探る。
色々と考えられるが、一番はどうやってシエルの元に戻るかだ。
一人で頭を悩ませていると、後ろから声をかけられた。
「お悩みのようですね」
誰かに声をかけられると思っていなかった。
驚いて振り返ると、腰まで伸びた蒼い髪とシエルと同じ蒼い瞳を持った女性がクスクスと笑っている。
「あ、あなたは……!?」
「申し訳ありません。自己紹介がまだでしたね。私はアリッサ。シエルの姉です」
笑った顔は姉妹そっくりだった。
「あなたがアリッサさん……?」
「はい。そうですよ」
女神の名に違わぬ美しい姿。
完璧に配置された顔のパーツ、蒼い瞳をより一層引き立てる白いドレス。
胸や腰は出る所は出て、引き締まる所は締まっている。完璧なボディライン。
僕の視線は一瞬にして彼女に奪われた。
「そんなにジロジロ見られると照れます」
顔を抑えてアリッサさんは顔を赤くした。
その可愛らしい仕草に思わず僕の顔の温度も上がる。
ダメだ。このままだと浮気してしまいそうだ。
落ち着けと己を律する。
美しい女性と会えたことはいいが、この出会いは問題がありすぎる。
「あなたは死んだはずじゃ?」
「はい。レイトさんに殺されました。あ、でも私の意志ですので彼は悪くありませんよ」
「知ってます。問題はどうしてあなたが僕の目の前に居るかってことです」
彼女は手を口元に当てて上品に笑う。
そんなに面白いこと言ったかな? 結構大変な問題だと思うんだけど。
「僕も死んだんですか?」
「いえ。ここは死後の世界ではありませんよ」
「じゃあ、どこなんですか?」
「そうですね……しいて言うなら世界の狭間……ですね」
人差し指を立ててそう答えてくれた。
「この場所は本来ならば、謀反を起こした勇者を閉じ込めておく場所なんです。私が祖父の陣に改良を加えて、念のために造りました」
そうゆうことか。
レイトさんが依然言っていた。勇者召喚には召喚後、すぐに裏切るケースも想定されていると。
レイトさんが来た時、彼が暴走した場合殺す役目は当時の総隊長『爆炎のガノ』だった。
僕の場合も制御するために力を抑えるブレスレットが装着された。
しかし、それでもどうしようも無くなったら?
倒すことのできない勇者を封印するために、この場所が造られたらしい。
つまりシエルはそれに気づかず、僕を封印していしまったようだ。
「僕がここに居る理由は分かりました。だけど、あなたが居る理由は?」
「私にも分かりません♪」
満面の笑みでそう返されため息。
つかみどころのない人だ。
「ただ私がここに来たのは、魔素を吸収されてからです。陣に残っていた残留魔力が反応したようです」
「なんか超常現象が起きてるような気がするんですけど……」
「私も驚きました。人の魔素を吸収する禁忌がこんな結果を招くなんて。私の魔力が残る場所の光景を全て見ていました。もちろん、あなたもレイトさんも」
彼女が僕を指さす。
そして、とんでもないことを言った。
「シエルと激しく愛し合っている時は、どうしようかと思いましたけど♪」
「ただの覗きじゃないですか!」
なんと言うことだ。
両手を白い床について、うなだれる。
全部見られていたなんて恥ずかしすぎる。
「あの子をあんなに蕩けさせるなんて、流石の一言に尽きます」
「妹さんに手を出したことは謝ります。だから許してください」
もうこれ以上の暴露は僕のメンタルが持ちそうにない。
もうやめてくれと頭を下げた。
そんな僕を見てアリッサさんはまたクスクスと笑う。
「顔を上げてください。シエルが選んだ人ですから。あの子の為にあなたが国を敵に回したことも知っています」
実の姉に許可を貰った所で一息ついて立ち上がる。
今までの問題は色々とあるが、最大の問題はこれからどうするかだ。
どうやってこの空間から脱出するか考えていると、アリッサさんが凛々しい声で言った。
「あなたには3つの選択肢があります」
彼女は指を三本立てて、説明してくれた。
元の世界に戻るのか。シエルたちの世界に戻る。
そして、この空間に残ると言う三つの選択肢だ。
一度召喚魔法の陣を通った僕の身体にも、アリッサさんの魔力が入っている。
それを使えば一度だけなら世界間を移動できるらしい。
そして今のアリッサさんはあくまで概念的な存在らしく、魔力を保有していない。
だから使えるのは僕の中にある彼女の魔力のみ。ゆえに一度だけの移動と言うわけだ。
「シエルはあなたに平和な世界を生きることを望みました。あの子の望みを叶えるのか……どうするのかはあなたの自由です」
目を閉じてアリッサさんの言葉を胸にしまう。
シエルの望みは僕が元の世界に帰ること。
きっとそれが一番無難なのかもしれない。それを彼女が望んでいるのなら。
だけど……僕がしたいことは……
目をスウッと開け、微笑む女神に言葉を投げる。
どうしようもないくらい、我儘な己の欲望を乗せて。
シエル……最後の笑顔が嘘なことくらい。今の僕にだって分かるよ。
「―――」
僕の言葉を受け取ったアリッサさんが笑顔で頷いた。




