表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅立つ者には祝福を  作者:
本編
32/36

第31話 サヨナラのキスは切なく


 新たな王の鎮座。

 少なからず動揺した民だったが、英雄『黒の勇者』の帰還により、その混乱もすぐに鎮火した。

 伝説的な英雄の帰還はそれほどまでに大きなニュースだった。


 新たな王としてその座に就いたシエルは、ギルドとの戦争の回避を優先。

 ギルドの創始者であり全権を握るベルソスとの会談は、お互いに側近を一人ずつ連れた計四人で行われた。

 シエルの側近として参加したのは『天の勇者』と呼ばれるようになったシンジだ。


 ベルソスは新たな王と勇者の誕生を祝福すると、黒の勇者レイトと会わせろと要求。

 それが戦争を回避するための交換条件だった。

 シエルはレイトに危害を加えないことを条件にこれを承諾。

 奇妙な交換条件だったが、ベルソスにとってはレイトの知る情報の方が大切だったらしい。


 そして、黒の勇者の襲撃・元総隊長サラドルの謀反により戦力が激減した王国騎士団にネセリン・ヌーイが隊長として復帰した。

 魔物領との境目にある最前線の守りを早急に固めるためだ。

 炎剣の魔装具を継いだセイナは総隊長に就き、騎士団は新体制となって再スタートを切った。


 上手く物事が進むのに少しだけ時間を有したが、その間魔物領との境目である最前線には黒の勇者が陣取り、魔物の侵攻を微塵も許さなかった。

 

 最後の国宝を巡る勇者の共闘による戦い。そして、シンジが『天の勇者』と呼ばれるようになった『第二次王都決戦』など、数々の戦いは爪跡を残しつつも人々はその度に立ち上がった。

 そして、シンジが召喚されて1年が経とうとしていた。









「呼び出しておいてこれだよ」


 シンジは恨み節に呟いた。

 夕食後、シエルに用事かあるからと言われた時はワクワクしていたが、結局あれこれ1時間近く自室で待たされている。

 シエルが王に就任してからこの1年、シンジも勇者としての顔出しや魔物退治などもあるので、二人でゆっくり過ごす時間は少ない。


 それでも、会える時は出来るだけ時間を作ろうと努力していた。

 いつ死ぬか分からない世界だからだ。


 ベッドで寝ころび天井を眺めていると、部屋をノックする音。

 やっと来たかと身体を起こし、返事をするよりも早くドアが開き、シエルが部屋に入って来た。

 彼女はそのままシンジの胸に飛び込んだ。


「ど、どうしたのシエル?」


「なんでもない」


 胸に顔を埋めたまま答える。

 シエルの腕に力が入り、ギュッと身体が締め付けられた。

 小刻みに震えているのは気のせいだろうか、シンジは彼女の頭に手を置くと優しく撫でた。


「疲れてるの?」


「別に―」


 ぶっきら棒に答えたシエルが離れる。

 目と頬が赤いのは何故だろうと考えるが、余計な詮索は彼女を怒らせるだけだとシンジは聞くことをやめた。


「ねぇ……シンジ。ついて来てくれない?」


「もちろん。だけど何所に?」


「いいから。来て」


 シエルの白い手に引かれ、シンジは立ち上がり部屋を出た。

 城の内部でも夜は人気が少ない廊下をシエルに手を引かれて歩く。

 強引にグイグイ目に進むシエルの背中をシンジは何処か、暖かい目で見ていた。


(いつも僕を引っ張るのは彼女だ)


 この世界に来てから無茶ぶりをされてはそれに振り回される。

 それは彼女が王になってからも変わらない。

 それに必死に答えようとする自分も悪いかもと、シンジはクスっと笑みを浮かべた。


 古ぼけた鉄の扉を開けて、地下へと繋がる螺旋階段を降りていく。

 このまま行くと到達する部屋は限られている。

 その中でシンジとシエルの双方に関係あるのはあの部屋しかない。

 シエルはある部屋の前で立ち止まった。












「ついて来て欲しい所ってここ?」


 シンジの優しい声。

 いつも通りの彼に安心した。

 自分の変化には気づかれていない。それはそれで少しだけ悲しいような気もするが、今は泣くのを我慢していると気づかれる訳にはいかなかった。


「うん。あたしたちが初めて会った場所」


 シエルは扉をゆっくりと開けた。

 石畳の部屋に入り、指を鳴らす。

 壁かけられたロウソクに火が灯り、白線で床に書かれた陣が姿を覗かせた。


 祖父が残した召喚魔法の陣。

 国家機密にして、王族にしか使えないその陣は今日もひっそりと地下に存在していた。


「あの時はシエルと仲良くなるなんて思わなかったよ」


 シンジが部屋の中に入り、白線のすぐそばで苦笑。


「それって、どうゆう意味?」


「有無を言わせないシエルが怖かったんだよ」


「あんたが弱腰なだけ。そんなんだから他の女に……」


 シエルが口を尖らせる。シンジは人の誘いをあまり断らない。

 優しい彼らしいが、勇者としての立場からその隣の座を狙う女性は多い。

 舞踏会を開けば、いつも彼の周りには女性たちで溢れていた。

 そんなシンジをいつも遠目から見ては、シエルは複雑な気分だった。


 シンジの良さは知っている。

 だけど、やっぱり自分だけを見て欲しい。独り占めしたい。

 その欲はこの1年で大きくなるばかりだ。


 王としてやる事が多い公務もシンジに会えると思えば頑張れる。

 会う約束をした前日は、いつも楽しみで眠れない。

 いつから目の前の少年に心を揺さぶられるようになったのか、自分の変化にシエル自身が驚いていた。


「ちゃんと断ってるよ。僕が一緒に寝たのはシエルだけ」


「いちいち言わなくても知ってるから!」


 顔がアツい。シンジのせいで温度が急上昇だ。


「シエル。顔真っ赤」


 クツクツと笑うシンジが陣の白線に触れた。

 小さいようで大きい背中をシエルはじっと見つめる。

 逞しくなったその背中をきっと一生忘れることはないだろう。


 自分が愛した男の姿を。


「ねぇ。シンジ」


 シンジにゆっくりと近づく、「なに?」と振り返った彼の唇を奪った。

 王位継承を果たしてから何度もした口付け。肌を重ねて何度も愛し合った。

 だけど、最後のキスは切ない味だった。


「いきなりだね」


 顔を離すとシンジが笑みを浮かべた。

 そんな彼をシエルは突き放す。それと同時にあらかじめ仕込んでおいた魔法陣を発動させる。

 白線で敷かれた陣が蒼白く輝きを増し、特別仕様の魔法障壁をその周りに張った。


「シエル! これはなんだ!?」


 異常に気がついたシンジが周りを見渡す。

 もう違和感に気がついても遅い。

 向こうの世界への転送は始まっている。


「あんたを元の世界に返すの。やっと完成したから」


「元の世界なんて、今さら未練はない! 今すぐ解除してくれ!」


 シンジが半透明の障壁を両手で叩く。

 もちろんそんな事ではこの障壁は壊れない。

 シンジやレイト、勇者の猛攻にも耐えるように新しく開発された障壁だからだ。


「こんな壁一枚、すぐに破壊してやる!」


 人差し指つけた指輪の輝きが増していく。

 シンジは魔装具の力を使い、障壁を破壊する気らしい。


「無駄だからやめなさい」


「理由の説明もなく、今さら帰れるわけないだろ!」


「あたしが辛いからよ」


 ニコッと笑みを浮かべたシエルに対して、シンジは抵抗することをやめた。


「どうゆう意味だい?」


「あんたにもし何かあったら……そう思うと怖くて、怖くて、仕方がない。もう大切な人を失うのは嫌……だったら、あんたが前の世界で生きていればそれでいい」


「何時もそうやって勝手に決めるなよ! 僕がどんな思いで今まで……!!」


 言葉を言い切るよりも前に、シンジの身体が白い光で包まれる。


「転送が始まった。もう止めることは出来ない。だからこれで最後……」


 シエルは障壁のすぐ傍に歩み寄り、掌を半透明の壁に押し付けた。

 彼もそれに応えるが、温もりはもう伝わらない。


「シエル、頼む。今すぐ解除してくれ!」


 それは出来ない。一度発動した陣を止めるすべなど持ち合わせなかった。

 最後は笑顔で、それだけはずっと決めていた。だからシエルは無理やりにでも笑顔をつくる。

 そして、最愛の男へ。


「大好きだよ。シンジ」


「シエ……」


 白い光に包まれ、シンジは異世界へと飛ばされた。

 自分以外、誰も居なくなった空間。静寂に包まれた部屋。


「うっ……シンジぃ……」


 耐えていた感情が溢れ、涙が止まらない。

 蹲り漏らした嗚咽は、しっとりと部屋に響き続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ