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旅立つ者には祝福を  作者:
本編
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第29話 黒の波動を携えて


「ん……」


 シエルは目を覚ました。

 頭が重い。記憶が曖昧だ。

 高い天井は見覚えがある。ここは謁見の間に違いない。

 辺りから聞こえる喧噪はまるで城で戦闘が行われているようだ。


「起きた?」


 あの少年の声だ。

 首を横にするとシンジが右手をかざし、自分に魔法をかけて治療してくれていた。

 いつもと逆の状況に不思議な感覚を覚えるが、何故シンジが居るのか全く分からない。

 しかし、それよりも彼が生きていたことに安堵する。


「シンジ……? 本物……?」


「本物だよ。全身にダメージがあるから、しばらく動かないでね」


 優しく微笑む彼が視線を遠くに合わせた。

 顔を反対に向けると、半透明に展開された魔法障壁。

 何人(なんぴと)たりともその領域に入ることが許されない聖なる領域。

 そこで向かい合うのは二人の男。


 片方の男は黒髪を揺らす、かつて黒の勇者と呼ばれた青年だ。

 もう一人は自分の父にして、この国を治める王である。

 父の姿を見てシエルの曖昧な記憶に少しずつ輪郭が帯びていく。


 そうだ。シンジを殺せと言われた。

 勇者たちの魔素を吸収し、力をつけろと。


(姉様も同じこと言われたのかな……)


 生きている青年、父であるイェノムの発言、自分が操られていた事実。

 それらから見えて来る一つの確信。


(姉様は死んだ……そして、あいつは魔素を吸収した……きっと、死んだ原因である父上を恨んでここにいる……)


 姉であるアリッサはもう居ない。この世には居ない。

 10年間の自分の努力と想いは無駄に終わった。

 だけど不思議と涙は出ない。アリッサが死んだことを頭の何処かでは分かっていたのかもしれない。

 それよりも、今はシンジが生きている。その事実が何よりも嬉しくて大切だった。


 それでも王族として父と向き合う『黒の勇者』を止めるべきなのか、王国に牙をむいた反逆者を放置するわけにはいかない。


「シンジ……あいつを……」


 全身の節々から自分が動けないことを察した。

 だから信頼できる目の前の少年に託そうとした。

 しかし、彼は首を横に振り、自分の治療に専念することを選んだ。


「僕じゃ()のレイトさんを止められない。君の父上を見殺しにしたと罵ってくれて構わない。だけど……今の僕たちにできる事は見ていることだけなんだ」


 姉であるアリッサの死の原因を作った父が殺されようとしている。

 シエルの記憶でイェノムと話した経験はあまりない。

 あっても王族としての事務的な会話だけで、父と娘と言う形で会話したことはないに等しい。


(そりゃそうか……あたしは姉様の代わりだもん)


 父にとって自分はアリッサが失敗した時の代理品に過ぎない。

 利用価値がある時まで利用し、最終的には国の奴隷となる。

 それが父の願い。魔物から民を守るためにその身も心も国捧げ、力を渇望した男の答え。 


 それに向かい合うのはアリッサを愛し、その剣で人々を救ったかつての英雄。

 勇者と呼ばれ、人々の生きる希望の灯となった青年。

 周りから勇者と呼ばれることを重圧(プレッシャー)に思いながらも、期待に応えるために努力を繰り返していた。


 超常的な逸話で語られ、華麗に人々を救うと周りは信じているが、本当の彼はただの人間だ。

 泣きもするし、笑いもする。

 人死ねば悲しみ、怒りに身を任せれば容赦なく剣を振るう。

 

 レイトが正義だとも思わない。父であるイェノムを肯定するつもりもない。

 どちらが正しいかなんて、今のシエルには分からない。

 ただ、彼らは己の信念に従い戦うことは理解できた。


 この目で見届けよう。かつて姉が愛した男の最後か、母と結ばれた男の最後か……どちらの男が勝利するのかを……

















「さてっと……」


 レイトは軽く首を鳴らし、身体をほぐす。

 目の前に立つ男は間違いなく今までの誰よりも強い。

 白髪の老人、国王イェノム。自分と同じ人の魔素を吸収した人間。


 ――そして、誰よりも殺したいと思った男


「こうして向かい合うのは10年振りかの……貴様がここに居ると言うことは、娘のアリッサは死んだか」


「ああ。後に来る異界人のことを託し、俺に力を残し死んだよ」


「愚かな娘だ……」


 そう吐き捨てたイェノムに対し、今は何の怒りも沸いてこない。

 レイトは笑みを浮かべた。


「なぁイェノム。老い先短い者同士、後腐れなくやろうぜ。あんただって俺が目障りなんだろ?」


 レイトの言葉に今度はイェノムが口端を吊り上げた。


「そうか……貴様が吸収しても力は身体を蝕むのか」


「この10年間、アリッサの魔素と俺の魔力を馴染ませようとしたけど、どうやらそれは無理らしい。俺たちは魔力を使えば使うほど寿命が減っていく。当然だ、人の生き血を啜ってまで生きようっていう大罪人なんだからな」


「崇高なる目的の前に犠牲はつきものだ。それに、家畜が主人の贄となるのは当然だろう?」


 イェノムの予想通りの言葉。

 そうだ。この男にとって異界人は家畜と同じなのだ、

 

(理屈なんざどうでもいい……俺はこの男を……)


 レイトは身体の底から黒い感情が湧き上がるのを感じた。 

 前の世界に居れば決して認知することの無かったその感情。

 本来ならば人として抑えるべき『それ』は確かにレイトの中で胎動していた。


 アグナの宝剣を握る右手に湧き上がる『殺意』を乗せて、力強く握る。

 ようやく辿り着いた。目の前の男を殺せるこの瞬間に……


 常人なら願わない状況を10年間、淡々と待ち続けた。

 人はこれを復讐と言うかもしれない。この世界に召喚される前の平和ボケした自分ならそれを止めたかもしれない。

 復讐は何も生まないと、こんなことしても死んだ人は戻ってこないと。


 アリッサがこんなことを望んでいるかどうかなんて、レイトにだって分からない。

 何も知らない他人はやめろ言うかもしれない。

 しかし、理屈ではなく、心が『奴を殺せ』と叫ぶ。

 何も見えない暗闇で血の涙を流しながら、生まれたての赤子のように叫んでいる。


 だから、レイトは口端を吊り上げた。

 たどり着いた場所に身体は歓喜し、全身の毛が逆立つのを感じる。

 確かな殺意はもはや抑えることは出来ない。レイトの人の皮をはぎ、殺意は残虐な笑みへと変わった。


「勇者とは思えぬ顔よ……」


 イェノムが手に持つ杖を構えた。

 樹齢100年はくだらない木製の杖の先には、蒼い宝玉が取り付けられている。

 アグナの宝剣に並ぶストレニア王国の国宝、イシュタムの長杖。

 魔術師が使う魔術媒介と呼ばれる杖の中では最高峰の能力を誇り、使いこなせる魔術師が使えば天変地異のような魔法が発生すると言われている。


「俺はただの破壊者だ……10年間ずっと待っていた……お前を殺すこの日を……!!」


 レイトがアグナの宝剣に魔力を流し、刀身が黒く染まる。

 本来ならば決して悲鳴をあげないアグナの刀身が、許容量を超える魔力を流されバチバチと音をたてた。


「10年前と同じ、一撃で決着をつけるか。よかろう」


 イシュタムの長杖に取り付けられた蒼い宝玉が輝きを増し、蒼い魔力がイェノムの身体を包み込んだ。

 二人が本気で長い時間戦えば、城はおろか王都は崩壊する。

 お互いに相手が息絶えればそれでいいと思っている二人は、早めに決着をつけるために一撃に全てを賭けることにした。


「忘却の彼方へ消えるがいい、黒の勇者ぁ!!」


 イェノムが渾身の魔法を放つ。

 蒼い魔力の塊はまるでレイトを飲み込むかのように近づいてくる。

 膨大な魔力の塊は簡単に人の身体を消滅される。

 いくらレイトが再生魔法を使えるとは言え、身体が消えてしまえば意味は無かった。


(別にあんたを否定する気は無い……ただただ死んで欲しいだけなんだ)


 レイトはアグナの宝剣を構え、目の前に迫る魔力の塊を凝視する。

 イェノムの考えを否定する気も、偉そうに何かを言う気もない。

 彼の考えだって、国民の平和を考えれば間違っているとは言えない。


 それになによりも何が正しくて、何が違うのかは立場によって変わる。

 普通の何処にでもいる凡人から、勇者と言う英雄になったレイトにはそれが分かる。

 だから、イェノムを否定する気はなかった。


 ただ、彼がこの世で生きていると言う事実が許せなかった。

 彼の人柄・やって来ことの功績、そんなこと関係なく、アリッサの死の原因を作った男に死んで欲しいと思っている。


(先に地獄で待っていてくれ。俺もきっと地獄行きだから)


 人の命を喰らった自分たちはきっと地獄だろう。

 アリッサと同じ天国()へは行けそうにもない。

 人の命を救い続け、道標となった誇り高き女神と同じ所へは……


 レイトは嘲笑を浮かべ、アグナの宝剣を力強く振り降ろした。

 全てを終わらせる一撃となることを祈って。


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