第2話 17歳の格差
僕が召喚された異世界『ネニヴァス』には魔法が存在している。
魔法と聞いて最初に想像していた、火や水を出す魔法は『魔術系』と呼ばれる分類になっている。
ただし、魔術系の魔法は才能に頼る部分が大きく、その才能が僕に備わっているかも分からないため後回しとなった。
そして、最初に僕が教わることとなったのは『体術系』と言われる魔法だ。
魔力を操作して、イメージ通りに身体を動かすその魔法は、訓練すれば比較的誰でも使うことが出来る……らしい。
慣れると身体を固くしたり、動体視力を上げるなど、超人的な身体能力を発揮する事が出来る。
当然ながら、魔力の存在を認知したことのない僕にはまず、魔力の存在を知ることから始まった。
そして、それが終われば模擬戦で身体を動かす毎日だ。
一日が終わるころには身体中、生傷が絶えない。
そんなしごきを受けること、早くも一週間が経とうとしていた。
「で、進歩したの?」
「いえ……あまり……」
朝食を食べる食堂は今日も賑わっている。
城の近くに騎士団の寮があるらしいが、城内の任務に当たっている兵は城で食事を取る。
それはメイドさんも同じだ。
そして、何故か王族のシエルもここで食事を取っている。
木製の長椅子に向かいあう形で座り、彼女は最近の状況を聞いてきた。
残念ながら、あまり進歩していない。
「はぁ……まぁ、セイナが相手じゃ仕方ないか」
シエルはパンを片手にため息を零した。
「隊長が相手じゃ、身体が持たないよ」
ストレニア王国の所有する王国騎士団。
一から三番までの隊に分けられ、それぞれの隊に隊長が居る。
特に一番隊の隊長は騎士団の総隊長として、全体を纏める役目も担っている。
総隊長にはまだ会ったことは無いが、僕の模擬戦に付き合ってくれているのは三人しか居ない隊長格の内の一人であり、史上最年少で就任した女の子だ。
「お隣よろしいですか?」
視線を上げると、シエルの横に白銀の髪を持つ、その子が居た。
シエルは女の子の問いに笑顔で「どうぞ」と返す。
彼女こそ、僕の教官にして三番隊の隊長を務める『セイナ・ヨラザル』だ。
歳は僕やシエルと同じ17歳。
同い年なのに、彼女は隊の隊長として皆を纏め、一方の僕は剣の一本すらまともに扱うことは出来ない。
17歳の格差を感じて悲しくなる。
シエルの話によると、彼女は幼少期から知り合いで、数少ない同年代の友達だそうだ。
毎朝こうして、食事を共にすることからも、二人は本当に仲がいいと傍から見ても分かる。
友人……か。
厄介事を避けて生きてきた僕に、友達呼べる存在は居ない。
いや、居なかったが正しい。
こっちの世界に来てしまった以上、元の世界での人間関係は無いに等しいのだから。
「シンジ。今日は一日中、訓練するぞ」
セイナが力強く宣言した。
言い方は悪いけど、一日中いじめられる。そう思うと少しだけ憂鬱になる。
「お手柔らかにお願いします」
出来るだけ笑顔でそう答えるしかなかった。
城から少し離れた、騎士団寮の外に広がる訓練場。
非番の兵が武器を振ったり、筋トレで身体を鍛えている。
憎たらしいほどの快晴とは反対に、僕の気分は淀んでいる。
「さぁ、来い!」
目の前には、やる気満々と言いたげなオーラを発しているセイナが居るからだ。
訓練用の木刀を構える彼女に今から突っ込むのか、そう思うだけで気分は沈む。
何とか逃げ出す手は無いかと考えるが、セイナ相手だとすぐに捕まりそうなので考える事をやめた。
「魔具の補助が付いているんだ。存分に力を振るえ!」
気楽に言ってくれるよ。
魔力を帯びた石、魔法石と呼ばれる石を核に作成された道具のことを魔具と呼ぶ。
多種多様で便利な道具もあり価格も幅が広い、便利な魔具は値段もそれなりにして、一般人が持っていることは希だ。
そして、僕はこの世界に来て一つの魔具を貰った。
右の腕に着いたブレスレットがそれである。
金色の装飾に真ん中には赤い魔法石が露出している。
この魔具の効果は魔力操作の補助及び、体術系の魔法の操作を容易にすること。
おかげで僕も体術系の魔法を多少なりとも使うことが出来る。
反面、そのせいで模擬戦をする羽目になったんだけど……
手に持った木刀を正面に構え、相対するセイナの様子を観察する。
どう攻めても上手くいかない様な気が直感で分かる。
これが隙の無い構えというやつだろう。
「来ないならこっちから行くぞ!」
痺れを切らした彼女が驚くべき速度で近づいてくる。
模擬戦を始めて以来、僕は彼女のスピードに対応する事が出来ない。
セイナに聞いても、アドバイスは「視線がどう」とか、「予備動作がどう」など経験がなければ分からないことばかりだ。
昨日までは対応するために、自分自身のスピードを上げる努力をしていた。
しかし、どれだけ頑張っても、彼女と同じかそれよりも少し早い程度にしかならなかった。
少しの差は彼女の経験値の前では、あっと言う間に埋められるものでしかない。
そもそも動きの質に差があるんだ。
小さな頃から剣を握っていた彼女と僕の明確の差は、すぐに埋まるモノではない。
だから、僕は同じ土俵で勝負してはならない。
彼女の動きに対応して、怪我を出来るだけ減らすには別の方法を考える必要がある。
僕は出来るだけ目に集中する。
向かってくるセイナの動きを出来るだけ、細かに観察する。
やがて、目の奥にジンワリと暖かさを感じると視界に変化が訪れる。
視界に映る全てがスローモーションになり、セイナが踏み込む足のタイミング、彼女が来ている服のしわまでハッキリと見える。
イメージで魔力を操作するのではなく、魔力自体を身体の一部に集める操作は難しいと聞いていたが、上手くいってよかった。
だが、安堵するのはまだ早い。
見えていても避けなければ意味は無いのだから。
セイナは木刀を横に払う気のようだ。
右からゆっくりと向かってくることがハッキリと見える。
半歩下がって、木刀を避けた。
大振りだったのか、セイナの身体が左に流れる。
体勢を立て直すには、まだ少し時間がかかるはず。
今ならこっちからの攻撃が当たる!
木刀を振りかぶり、彼女の肩に目がけて振り下ろす。
素早く降ろされた木刀は確かに彼女の肩に当たった。しかし、手に伝わる感触はまるで、金属に木刀を当てたような硬い感触。
手が痺れて握力が一瞬無くなる。すっぽ抜けた木刀が宙を舞った。
そう言えば、熟練者が体術系の魔法を使うと、身体を硬化することも出来るんだっけ?
そんなの反則だろ……
セイナの木刀が次の動きを示した。
今度は左から僕のことを攻撃する気らしい。
ちょっと、待ってくれ。こっちは手元に武器の無い丸腰だぞ!?
彼女の視線から攻撃目標が腹部だと直感的に判断する。
そして、木刀を握る彼女の手の力は衰える気配がない。
セイナには寸止めと言う発想が無いらしい、このままでは間違いなく僕の腹部に木刀がめり込む。
それだけはなんとしても阻止しないといけない。でなければ、消化途中の朝食と再び『おはようございます』してしまう。
両手を腹部の前で固定して、木刀の一撃に備える。
歯を食いしばり、足に力を入れた。身体を硬化することはまだ出来ないから、どれくらいの痛みが襲ってくるか分からない。
覚悟を決めた僕の腕に、木刀がゆっくりと当たる。
そして、驚愕する。
力を入れたはずの足が地面から浮き、徐々に浮遊感が身体を包み込む。
彼女は木刀一本で僕の身体を吹き飛ばす気らしい、剣を握りたての素人にどれだけ本気なんだ!?
セイナの本気具合に戦慄した時には、すでに身体は空中。一瞬の浮遊感の後、地面に叩きつけられ何度も転がる。
背中に強い衝撃を受けて、何かの壁にめり込んだ。
人って……壁にめり込めるんだ……
視界が徐々に端から黒く染まっていく、何事だと集まって来る兵士たちの声が次第に遠くなっていく。
こんな場所で晒し者になるわけにはいかない。必死に意識を保とうとするが、意識は僕の手を離れていった。
目を開けると、青い空の海に白い雲がぽつぽつと浮いていた。
いい天気だなぁ。呑気にそんなことを思い、左腕に違和感。
暖かい何かを感じる。首だけ動かし左腕を見ると、シエルが魔法を発動していた。
僕の左腕に添えられた白い両手からは、蒼白い光が発せられている。
この世界に来て何度か体験した医療魔法だ。
僕が生傷絶えない連日のしごきに大きなケガなく耐えられているのは、シエルが訓練後こうして毎回怪我をある程度治してくれるからである。
怪我すれば訓練をサボれるのにとか考えるけど、何だかんだで毎回怪我を一生懸命治してくれるシエルを見ていると、そんな考えは胸の内に消える。
「ありがとう、シエル」
「黙って、まだ治している途中だから」
額に汗を滲ませるシエルは相当集中している。
この魔法には繊細な魔力のコントロールが必要らしく、初めて治してもらった時、少し動くと本気で怒られた。
それ以来、治してもらっている間、僕は大人しくされるがままである。
「はい、終わり。骨はくっ付いたけど無理はしないこと、完治まではしなかったから」
シエルがそう言って医療魔法を解除し、額の汗をぬぐった。
ふうっと息を吐く様子から察するに、相当な集中力で魔法を使っていたようだ。
てか、僕の腕は骨折していたのか……
身体を起こし、左拳を握り腕に力を込めると、ピリっとした痛みが走る。
「いてっ」
「だから、無理するなって言ったでしょ!」
「ご、ごめん。どれくらいなら大丈夫かの確認だよ」
シエルに本気で怒られて、少しへこむ。
とりあえず、立ち上がり足を前に動かすと、足元がふらつく。
壁に激突したダメージは回復していないらしい。
「おっと」
「危ないっ」
シエルがふらつく僕を支えてくれた。
彼女の顔がすぐ近くにあるせいか、鼻に女の子独特の良い匂いが飛び込んでくる。
いい匂いだなぁ。
「ニヤつかないで」
いつの間にか頬が緩んでいた僕に、シエルがデコピンをくらわす。
一瞬ひるんだ僕から彼女がスッと離れる。
「ホント……アイツと一緒で変態みたい……」
シエルが何か呟いた気がしたけど、指摘したらまた怒られそうだからやめた。