第28話 渇きのままに、欲望のままに、僕はただ君を欲す。
僕はひたすら走っていた。
赤い絨毯の敷かれた廊下。見覚えのある壁に掛けられた絵画。
異世界に来てシエルと並んで歩いた道は、どこか懐かしく思えた。
シエルが居るはずの謁見の間はもうすぐだ。
刀を握る右手と歯の奥をグッと力を入れ、魔力で脚力を強化する。
レイトさんに教えてもらった、僕の右腕についていたブレスレットが力を抑える物だったことを。
王国は僕のことを信用していなかった。
当然だ。彼らにとって僕は異分子で脅威そのモノなのだから。
そんな思いを胸に、一歩踏み出すと今まで感じたことの無い速さを身体に感じた。
枷の外れた僕の力は自分でも驚くほど上昇している。
今ならセイナに勝つことも、シエルにだって負けない。
シエルが僕を殺す気でも、本気で抵抗すれば殺されるわけがなかった。
正直まだ迷っている。
何を信じるべきなのか、ホントはレイトさんやロリフィを止めるべきなのではないかと。
彼らがしていることは虐殺そのものだ。
特にレイトさんはこのままいけば、国王殺しの大罪人となる。
人殺しはダメだと、いくら綺麗事で取り繕たって、僕にレイトさんを止める覚悟は無い。
彼は人の命を吸ってまで、血塗られた道を歩く決意をした。
そんな彼を自分のするべきことに迷いを持つ僕が止められるはずがない。
だけど、シエルに会いたい。
彼女の全てが欲しい。
身勝手でどうしようもない己の要望の為に、僕は今こうして走っている。
そんな僕をシエルはどう思うだろう?
どうしようもない奴だと軽蔑するかい?
情けない奴だと見放すかもしれない。
だけど……僕は……君に会いたい。
目の前に覚えのある鉄の扉が見えた。
謁見の間の扉だ。刀を構え、扉を切り裂いた。
人が少ない分、広く感じる長方形の部屋。
その部屋には先客が二人いた。
「よく来た。新しい勇者よ」
王の座と呼ばれる椅子に座り、僕を見つめるイェノム王。
そして、その隣には虚ろな表情で佇むシエルが居た。
「シエル! 僕だ、シンジだ!」
「……」
王族愛用の蒼の外套を身に纏ったシエルは、何も答えず杖を僕に向けた。
どうやら、シエルが精神的な操作が与えられ、操られているのは本当らしい。
どうする……僕の力で彼女を正気に出来るのか?
正気に戻しても、シエルが僕を殺そうとしたら?
もうどうしようもない……僕が死ぬか彼女が死ぬか、二つに一つだ。
「黒の勇者から真実を聞いたのに、わざわざ殺されに来るとは哀れな小僧だ」
足を組みフッと笑みを浮かべるイェノム王。
シエルは僕を殺すために、数歩前に出てきた。
彼の目的は僕を殺し、シエルに魔素を吸収させることだ。
トドメは必ずシエルにやらせるはず……それに彼もレイトさんと同じで力を使うほど寿命が縮んでいく。
レイトさんが来ている今、力の浪費は避けたいはずだ。
僕とシエルの戦いに介入するとは考えづらい。
だけど保険はかけておこう。
刀を地面に突き刺し、魔力を流した。
僕とシエルを中心に、円形に魔法障壁を展開。
イェノムとシエルを分断した。
「ほぉ。これほどの結界を張れるとは、その魔装具も大した進化だ。回収するのが楽しみで仕方がない」
見下すような笑み。
まるで身体を舐められるような視線に、イラつきを覚える。
「あなたは……自分の娘をなんだと思っているんですか?」
「我らは王族なのだ。魔物を恐れない、絶対的な力を持っていなければならない。この国に生きる人々の為に……だから、異界人のような家畜には、死んでもらうのだ」
そうか……これが彼にとっての正義なのか。
国民の為に力をつけ、国を守る。
立派だ……立派な大儀だよ。
僕が悪なのかもしれない。
だけど……それでも……
「簡単には死なないよ。家畜が無抵抗とは限らないんだよ!」
右手に握る刀に魔力を流す。
光輝いた刀は、小さな球体となり僕の人差し指で止まった。
キンと言う金属音と共に、指に装着された純白の指輪。
進化する魔装具は、僕が使っていた札と刀が融合し、固有魔法の補助など多彩な能力を備える魔装具へと進化した。
今までは使い慣れた刀の形で使用していたが、全力でやらないと死ぬ。
「面白い。行けシエル」
イェノムの合図でシエルが杖を振った。
火の海がシエルの周りに発生し、僕の方に向かってくる。
初めて見るシエルの本気の魔法。操られている間は、どうやら僕を本気で殺す気らしい。
僕の顔見たら、ちょっとは元に戻るとか期待したのに……
どうやら、そんな良いように事態は転ばないようだ。
シエルの周りに発生した火の海が一つに固まり、巨大な矢となる。
高速で放たれたそれを防ぐために、右手を前にして障壁を展開。
火の槍を防ぎ、次の魔法に備えようとすると、上から気配がした。
顔を上げると、そこには雷属性の槍が無数に存在している。
いつの間に!? 最初から仕込んでいたのか!?
あまりに早すぎる魔法と魔法の繋ぎに驚くが、このままだとやられる。
両足に渾身の魔力を込めて後ろに飛び、上空から襲い掛かった雷槍を回避した。
耳を塞ぎたくなるほど雷鳴と当たった床が消失した事実に戦慄する。
直撃すれば、間違いなく死んでいた。
「シエルの固有魔法はどうかね?」
イェノムが余裕の表情を見せる。
シエルの固有魔法? 使われた魔法は普通のように感じたけど……
そう思い、シエルを見るとそこには火・水・雷の三種類の巨大な槍が出現していた。
そうか……シエルの固有魔法は同時に魔法を発動、もしくは連続で魔法を発動さえることらしい。
本来、一人が同時に二種類の魔術系の魔法を使うことは不可能だ。
術式と呼ばれる回路に同時に魔力を流すことは不可能とされているからだ。
だけど、シエルは同時に魔法を発動させ、こちらが気づかないほどの速さで、連続で魔法を使った。
彼女もまた僕と同じく固有魔法への『覚醒』をすましている。
どうしようか……
ネセリンさんから渡された魔具が今の僕にとっての切り札である。
ただそれを使うには、シエルに触るくらい近づく必要があった。
連続で絶え間なく発動する魔法の間を潜り抜けてだ。
シエルが杖を水平に小さく振ると発動させた三本の強大な魔法の矢が向かって来た。
避けるのは難しいだろう。避けても回避した先で魔法を発動させられたら一瞬で終わりだ。
使うしかない。腹を括った僕は右の掌を向かってくる矢にかざし固有魔法を発動させた。
ピタッと言う擬音語が正しいのか、三本の矢は僕の目の前で形を保持したまま止まる。
今度は右腕をシエルの向かって振ると、魔法の矢は彼女の方へと向かっていく。
シエルはジャンプしてその三本の矢を回避すると、地面にフワリと着地した。
その間、コンマ数秒だけシエルの視線が僕から外れる。
一瞬のチャンスだと判断し、足に魔力を溜めて地面を蹴り一気に加速。
一歩でシエルとの距離を詰めると、腰のポーチから黒い球体を取り出す。
ネセリンさんが開発した闇属性の新しい魔具だ。
レイトさんの黒の波動には様々な特徴があるが、今回の魔具で再現したのは『魔法を飲み込む』という特性だ。
込められた魔力に比例して、黒の波動は相手の魔法を消し去ることが出来る。
それを応用し、魔法をキャンセルする魔具を開発したらしい。
これをシエルに使えば、操られている魔法を解除できるのでは……と、ネセリンさんは言っていた。
もちろん、全て可能性であり使うにしても触るくらい接近する必要がある。
魔法に影響を受けている部分に当てることが必須の条件だからだ。
左手に握った黒い球体の魔具をシエルの頭部に近づける。
いける! そう思った瞬間、シエルの右手が僕の腕を掴んだ。
振り払おうにも、魔法で強化しているのかもの凄い力だった。
「グッ……!!」
歯を食いしばり掴まれている左腕に魔力を流す。
気を抜けばグシャッと潰されるくらい、シエルの力は凄まじい。
年頃の女の子が怪力ってどうなんだよ。
「コロス……あたしが……ゼンブ……」
虚ろな瞳でボソボソと何かを繰り返すシエル。
他人を操る魔法はまだ実験段階の魔法であると、ネセリンさんが言っていた。
完全に制御するには、色々と条件が整わないと難しいはずだと。
きっとシエルは武闘大会の襲撃以後、自分の殻に閉じこもった。
責任感強いという美点は、時に必要以上に自分を追い込み自責の念に変わる。
シエルは自分を追い込み過ぎたんだ。そのことを彼女の意識の底深くに沈んだ瞳を見て確信した。
「余裕がないね……相変わらずっ」
右の掌を足元の石畳みにかざし、固有魔法を発動させる。
僕に目覚めた固有魔法は『念動力』とでも言えばいいのか、生命体以外すべての物質を操作できる魔法だった。
さっきもこの魔法を使い、シエルの放った魔法を止めた。
今度は石畳みを動かすために魔力を流すが、もちろん全部を持ち上げることは不可能だ。
だけど、一部分だけなら……!
パキパキと音をたてて、人の顔の大きさ程の石の塊が床から離れる。
僕とシエルの間に浮かんだ複数の石の塊をシエルに向かって投げつけた。
ゴツっと鈍い音が鳴り、シエルの身体に石の塊がぶつかる。
しかし、シエルは僕の腕を掴む力を緩めようとはしない。
このままでは彼女の身体がイカれるか、僕の腕が握りつぶされるかの二つに一つだ。
「離さないと身体が壊れるぞ、シエル!」
僕の呼び声にシエルはもう反応を示さない。
そうかい……もう僕と話すことはないってか。
無視とも取れる彼女の行動。操られているから仕方がないのは分かっている。
でも今思うと、彼女はいつも僕の話や意見は聞かない。
人の話を聞かず、強気で勝気で頑張り屋。
自分のことよりも他人のために無理をするけど、弱みは絶対に見せない。
虚ろな目、光を失った彼女の蒼い瞳は僕の好きな目じゃない。
そうさ。その目じゃないんだ。僕が好きな彼女の目は……
こんなに必死に戦っているのに、反応を示さず引かないシエルへのイラつきが徐々に増していく。
いい加減に……
「いい加減にしろよ! この我儘姫が!!」
右手の人差し指に装着した指輪の魔装具が輝きを増す。
掌の周りにある空気を操り、野球ボールほどの大きさに圧縮。
それに魔力を加えると小さな爆弾の出来上がりだ。
それをシエルの腹部に当てて、同時に魔力を一気に開放する。
解放された魔力が小さな竜巻のようにシエルを襲った。
彼女の小さな身体が浮き、障壁まで飛んでいく。
張られた障壁に背中をぶつけ、身体中傷だらけの彼女はまだ倒れない。
僕の方を見つめ、杖を構える。
そんな彼女との距離を一気に詰めて、目の前に立つ。
「シエル……もういいんだ……」
彼女から杖を奪い、ネセリンさんが開発した魔具を頭に当てた。
黒い光が一瞬輝くと、シエルが意識を失い身体の力が抜ける。
それを支えてホッと一息……ついた時だった。
「娘を離してもらおう」
パリンと音をたてて障壁が壊された。
壊したのはもちろん、外で見ていたイェノム王。
放たれた蒼い魔力の魔力がまるでレーザーのように僕とシエルに向かってくる。
シエルを抱きかかえ、回避するためにジャンプしようとすると、足元が何かとられて動けない。
視線を足元に向けると粘土のように柔らかくなった床。
どうやらイェノムが土属性の魔法で足元を攻撃したらしい。
動けない。目の前からは魔法。
固有魔法で魔法を止めるために右手をかざす。
魔力を流そうとすると、ズキンと頭痛が僕を襲う。
固有魔法の使用は、術式が無い分使用者にかかる負担が大きい。
ましてや実戦で使うのは初めてで、かかる負担は予想もつかなかった。
「ぐっ」
額を抑えると頭痛が収まる。
しかし、顔上げるともう相手の魔法は目の前だ。
一瞬の隙は戦場では命取りになるって、セイナが言っていた。
そんなことを思っても、もうすでに遅い。
僕の命を刈り取る魔法はすぐ目の前だ。
シエルを抱きしめ、彼女と魔法の間に身体を入れる。
目を閉じ、覚悟を決めたその時、あの人の声がした。
「イジメるのはやめてもらおうか」
黒の外套を身に纏った『その人』は、黒い刀身を持つ剣で魔法を切り裂いた。
パシュっと音をたてて、イェノムの放った魔法は消失する。
武闘大会と同じように『彼』は僕と相手の間に入った。
その時と今でハッキリと違うのは『彼』は僕たちの味方だと言うことだ。
「来たか……」
イェノムが小さく呟き『彼』を睨む。
揺れる黒髪、黒い外套、右手には国宝であるアグナの宝剣。
その背中から発せられる圧倒的な存在感。
あぁ、これが勇者の後ろ姿なんだ。
人を殺し、愛する人の命を喰ってまで生きたとしても……
正義を掲げず、己のことを『まるで魔王』だと嘲笑するその人は、力強く、高らかに言った。
「よくやった。後は任せとけ」




