第26話 王都強襲
ストレニア王国の首都にして、最大の都市である王都。
ギルドと戦争の噂は、街にも届いていた。
10年前まで起こっていた、魔物との戦争。
その相手が今度は人になる。
それだけで人々は憂鬱になった。
ある者は祈り、ある者は怯え、ある者は再び希望が灯ることを願った。
――勇者と言う名の希望を
勇者は人々の希望であり、勝利の象徴である。
争いを望まない人々は、勇者が戦争を止めてくれると信じていた。
新しく現れた『勇者の再来』と言われる少年。
勇者を召喚し、国を守り続けてきた王族への信頼もあるだろう。
だから王都を象徴する城で爆発が起きても、人々は少しの動揺を見せただけだった。
信頼ある騎士団が鎮圧してくれると、また誰かが治めてくれると。
しかし、城全体は謎の白い壁に覆われ、中の様子が分からなくなってしまった。
「さてっと……」
レイトは呟き、城の方を眺める。
10年前と何ら変わらない様子に、少しだけ懐かしさが込み上げてきた。
「じゃあ。ここでネセリンとルルは待機しといてくれ。特にルルは、城を隠す障壁が解けないように頼むぜ」
「承知です」
「分かりました」
ネセリンの転移魔法でまず王都まで最短で移動し、城の敷地内に侵入する。
その後、障壁で城を隠し民の混乱を避ける。ここまでは順調だ。
(あとはシンジとロリフィが上手くやるだけだな……)
別のルートから侵入する予定の二人は、上手くやっているだろうか。
少し心配だが、単純な戦闘なら二人に勝てるのはシエル・国王イェノム・総隊長サラドルくらいだろう。
そして、その3人はきっと城の奥にいるはず。二人と会う確率は低いはずだ。
「陽動にかかって出てきたな」
ネセリンの爆裂魔法で起こした爆発につられ、騎士団の兵たちが出てきた。
王都の城が襲撃されるのは、初めてのことだから皆浮き足立っている。
「勇者様。サラドル総隊長派とはいえ、貴重な戦力です。程ほどにして下さい」
ルルの忠告にレイトはフッと笑みをこぼす。
腰に差したアグナの宝剣を抜き、目の前で武器を向ける騎士団に向かって言う。
「一度だけ忠告する。武器を捨てて道を開けろ。そうすれば命は保証してやる。ただし……向かってくる者は皆殺しだ」
ゆっくりと前へ足を出す。
一歩、また一歩と兵たちとの距離を詰めていった。
放たれる殺気は、兵たちの平常心を奪うには十分なモノだ。
「侵入者を討ち取れぇぇぇえ!!」
兵の一人が叫んだ。
それを合図にして一斉に兵がレイトに襲い掛かる。
「それが答えだな」
ボソっと呟いたレイト。
右手に持つアグナの宝剣の刀身が黒く染まる。
そして、横に一振り。
美しい刀身から放たれた黒の斬撃は、兵たちをあっという間に飲み込み、身体をバラバラに引き裂いた。
赤い液体がベットリと床に流れ、人の残骸が転がる。
「じゃあ、行ってくる」
レイトはそう言い残し、床に転がる異物を意に介さず歩いて行く。
赤い沼に転がる遺体の上を歩くたびに、ペチャっと足元から音が鳴った。
初めて歩く死体の上は、思ったよりも柔らかく不快な感触がする。
それでもレイトには城の奥に居る「イェノム」しか見えていない。
セイナ派についた騎士団員も居るため、城の扉を破壊し内部に入っても向かってくる兵の数は思っていたよりも少ない。
ネセリンの話によると、セイナが投獄されている今、戦える隊長格は総隊長サラドル・二番隊隊長フロリーだけだ。
(フロリーも二番隊隊長とは出世したな)
10年前の第二人魔戦争の時、フロリーは四番隊の隊長だった。
厳格で王国に忠誠心の強い彼女は、どんな時も王国の味方だ。
そんな彼女が無策で自分の侵攻を許すわけがない。
向かってくる兵を切り伏せて確実に城の奥へと侵入する。
兵となる騎士団員は、ただ自分に向かってくるだけだ。
(この兵の使い方……こりゃ、サラドルの指示だな)
目の前で振り上げられた剣を、身体をスライドさせて避ける。
そして、空いた敵の首に向けて剣を振った。
抵抗なく切り落とした首が宙に舞い、身体が糸の切れた人形のように横たわる。
ふうっと息を吐いて、来た道を振り返った。
赤い絨毯の敷かれた長い廊下に転がる無数の死体。
待ち伏せも数による包囲もなかった。
止められないと分かっているのに、兵を無駄にしてもいいと思って使うのはサラドルの考えが反映されている。
あの男は部下を道具にしか思っていない。それは異界人であるレイトにも当てはまる。
サラドルは異界人を道具だと本気で思っている。
力を貸すこと、力を残すために死ぬことも当然と考えており、自分が一番でないと気が済まない傲慢な男だった。
(だからガノを殺した……自分より上だったガノを認めたくなかったからだ……)
アグナを握る右手に力が入る。
その力のままに目の前の木製扉を切り裂いた。
中に入ると、その部屋は広く石畳が床に敷かれている。
そして、真ん中には傷だらけの上半身を露わにする白髪の老人。
(老人と呼ぶには、あまりに迫力があるけどな)
騎士団総隊長サラドル。
すでに剣を抜いている彼は戦う気満々だ。
「10年経っても変わらんなぁ……貴様の姿は……」
鋭い眼光でこちらを見る彼の瞳は、まるで魔物を見つめる人の目そのものだ。
サラドルはきっと、一対一で戦うつもりだった。
だから邪魔が入らないよう、自分の配下の兵を捨て駒にした。
「フロリーの二番隊は、ネセリンたちの所か」
「察しがいいな。貴様がお望みのイェノム王とシエル姫はこの奥に居る。もちろん、ワシは合わせる気はないがな」
サラドルが剣の切っ先をレイトに向ける。
どうやらこの男を倒さない限り、イェノムに会えそうにない。
出来るだけ力を温存したいレイトにとって、それはめんどいだ。
しかし、ガノを殺したこの男を見逃すことは出来なかった。
「なら、無理にでも通してもらうぞ」
「10年の因縁に決着をつけようぞ」
黒と白。二つの影がお互いに地面を蹴った。
「凄い揺れだ」
「レイト君が暴れているのかもね」
横に居るロリフィが嬉しそうに言った。
城の地下から侵入した僕とロリフィは、地下の独房室の長い廊下走っている。
壁の揺れから、地上では激しい戦争が行われているのかもしれない。
虐殺だろうな……レイトの渇きはもう収まらないだろう。
渇きが潤うまで、彼は血を求め続ける。
しかし、どれだけ血が流れても悲願を達成するまで止まらない。
何が正しいのか、もう分からなかった。
いや、それは前からか……今はやるべきことだけをやるんだ。
僕とロリフィの役割はまずセイナの救出と、地下の奥深くにあると予想される『ある物』を回収することだった。
その後、セイナにシエルの居場所を聞いて、僕はその場所へ向かう手筈になっている。
すでに『ある物』に関しては回収していた。警備が厳重な場所にあったけど、非常時で人が少なくてよかった。
『同い年なんだからお前ら二人がセイナを助けて来い』
それがレイトさんのセリフだ。
セイナを助けるのは彼の意志で、僕たち二人を前線から遠ざけたのは『手を汚すのは自分だけでいい』と思っているからだろう。
正直、今の僕には彼のように向かってくる兵たちを倒す覚悟は無い。
自分の欲しいモノは欲しいくせに、僕には覚悟もない。
この手を血で染めてでも、奪い取る覚悟が。
「ここだ!」
ロリフィがセイナの居場所を見つけたようだ。
呪われた一族の中でも一部の者にしか使えない『瞳術』と呼ばれる赤い瞳の力。
本人が言うには、相手の魔力が色で識別でき、それから次の使う魔法や個人が特定でき、瞬時に魔法の術式が看破できるらしい。
その瞳の力で相手の精神に侵入し作用するのが、武闘大会で使っていた『幻術』と呼ばれる魔法らしい。
呪われた一族にしか使えない『特殊な魔法』だった。
「あの鉄の壁を斬って!」
ロリフィが突き当りにある大きな鉄の壁を指さす。
腰から『進化する魔装具』である刀を抜き、魔力を流した。
僕の固有魔法の覚醒に伴って、この魔装具も進化を遂げている。
ネセリンさんが言うにはすでにSランクに匹敵する能力を備えているらしい。
そしてこの魔装具にはとうとう名前がついた。
そんなことを思いながら、切れ味が数段ました刀身で鉄の扉を切り裂く。
抵抗なく切り伏せた扉を突破すると、そこには首を鎖で壁に繋がれた銀色の髪を持つ少女が居た。
セイナは突然現れた僕たちに驚き、そして一瞬で状況を理解した。
「そうか……この騒ぎはお前たちが……王都を滅ぼしに来たのか?」
「違う。セイナ、シエルは何処だ? 僕は彼女に会いに来た」
僕の言葉に、彼女は諦めを浮かべた瞳を向ける。
「おそらく謁見の間に居る……だが、私にはもう握る剣も理由もない……姫様はもう……」
「握る剣ならある。ロリフィ、僕はもう行くから後は頼んだよ」
「りょーかい♪ レイト君の援護に向かいます」
敬礼ポーズをとる彼女に笑いが出そうになる。
どこでそんなポーズを覚えたんだが。
レイトさんはこの子に色々と仕込み過ぎだ。
「セイナ。これを君に渡しておく。レイトさんは見ればわかるって」
そう言って、僕はセイナに回収した『ある物』を渡した。
「この剣は……」
はやり彼女には一目でわかるらしい。
かつて王国騎士団で最強と謳われた男の剣にして、世界に三本しか存在しないSランクの魔装具。
それをセイナに渡し、僕はシエルのいる謁見の間に向けて走り始めた。




