第25話 示す意志
呪われた一族の村に来て1カ月が経とうとしていた。
村での生活は本当に快適で、村人の人たちはすぐに僕を受け入れてくれた。
村人たちは外の人間が自分たちを迫害していることを知っている。
だけど、レイトさんや僕のように、何もしない人が居ることも同時に知っていた。
だから、警戒されていのは最初だけで今では普通に接してくれている。
しかし、その事実が僕を苦しめていた。
レイトさんの話を聞き、僕は全てが分からなくなった。
何を信じるべきなのか。自分がどうしたいのか全てだ。
シエルの為に全力でやれる事だけをしてきた。
だけど、彼の話が真実ならば僕は最終的にシエルに殺される。
もう全てを投げ出したい今の僕にとって、それは受け入れる事のできる事かもしれない。
ただ、彼女が僕に見せていたあの笑顔は嘘だったろうか。
全てが茶番で、シエルは本当に僕を殺すために……
レイトさんは「アリッサは俺を殺すことになるとは知らなった。だから、シエルも知らない可能性が高い」と言っていた。
確かにそうかもしれない。だけど、それを確かめる勇気も行動力も僕には無かった。
だから臆病者の僕はこうして居心地のいい村に1カ月も居座っている。
レイトさんがブレスレットを破壊したせいで『覚醒した固有魔法』も、剣を握らない今では役に立たない力だ。
シエルの王位継承を手伝うために力をつけても、最後は僕が死なないと達成されない。
いっそのこと……自分で死のうか……
そんなことを村の近くにある巨大な樹の上に登り、毎日考えている。
鬼火の森の広大な森林地帯を一望できるこの場所なら、少しは気も紛れると思ったけど、その考えは甘かった。
でも、ここから見える景色を気に入って、動く気が無いことも事実である。
レイトさんの話が嘘である可能性も考えた。
シエルと過ごした日々が真実で、彼は力を求めるあまり、蒼い女神のアリッサさんを殺したんだと。
そんな考えも彼の中に宿る『再生魔法』によって打ち砕かれた。
禁忌の一つである『人体より生成された魔素の吸収』による、『能力変換効率』を決定する条件である『相手のことをどれだけ大切に想うか』。
大切な人の魔素を吸収するほど力をつける呪われた禁忌。
レイトさんは最愛の人であるアリッサさんの魔素を吸収した。
だから、能力が伸びるだけでなく、固有魔法である『再生魔法』も継承することにった。
この事実がレイトがアリッサを愛していたことを示している。
大切な人の固有魔法も継承されるのなら、勇者と姫を近づけ思いを通わすイェノム王の考えも分からなくもない。
魔物の侵攻を恐れない『絶対の力』を得ることが、この計画の最終目的なのだから。
「僕は……どうするべきなんだ……」
背中を樹に預け呟く。
思わずしたため息に誰かの声が帰って来るとは思わなかった。
「深いため息ですね」
聞き覚えのある女性の声。
樹の下を見るとそこには灰色の外套を身に纏った緑髪の女性が居た。
その隣には、銀色の髪を持った男の人。
「君が新しい勇者か」
男が言う。
何故こんな所に魔道学院の校長であるネセリンさんが居るのだろう?
それにこの男の人は誰だ?
「あなたは?」
「俺の名前はルル。今はネセリンの旦那だ」
「こらルル。もっと愛想よくしなさい」
「さっき黒の勇者さんと再会して、号泣していたあなたに言われたくない」
「こらっ、恥ずかしいからやめてっ」
どうやら、この人が人気の校長先生のハートを射止めた男らしい。
元騎士団の隊員の彼と元隊長のネセリンさんなら、鬼火の森を通れるかもしれない。
だけど、色々と疑問があった。
「この場所が分かったのは、魔力探知で探しました。村には入れたのはレイト君に事情を話すと入れてくれました」
ニコッと笑みを浮かべたネセリンさんがすべての疑問を解決してくれた。
「そのことで君に関係する話もある。とりあえず樹から降りて来い」
ルルさんに促され、樹から飛び降り地面に着地した。
僕にも関係のある話とはなんだろうか。
どんな話でも僕はもう……
そんなことを勝手に思っていると、レイトさんとロリフィも現れた。
ロリフィは昼寝でもしていたのか、眠そうに目をこすっている。
「挨拶は終わったか?」
レイトさんの言葉にルルさんが頷き、ネセリンさんはほほ笑む。
「では、揃った所で王国の動向に関してお話ししなければなりません」
ネセリンさんがそう切り出し、王国の動きに関して全てを教えてくれた。
僕が誘拐されたことが原因で、王国とギルドが今すぐにでも戦争を始めそうなほど緊張状態にある。
そしてセイナが反逆の罪で地下牢に入れられ、そのことに反発した騎士団員がおり、内部が二分されて準備が進んでいないそうだ。
そして、セイナが反逆した理由が僕には最も衝撃的だった。
――シエルを切り札に戦争をする
国王イェノムに精神的な操作が加えられ、今のシエルは正常な判断が出来ない可能性がある。
そのため、戦争の道具として使われても、本人は何も気づかないらしい。
きっとアリッサさんの時のように、刃向わないために用意していた魔法なのだろう。
このままでは王国とギルドは戦争をはじめ、多くの血が流れてしまう。
止めないと。だけどどうやって? もう戦う理由が無い僕に何が出来る?
ネセリンさんの話を聞いても、僕にとっては他人事でしかなかった、
しかし、もう一人の異界人には違った。
「なら。今すぐ王都に行って、イェノムと決着つけないとな」
レイトさんの言葉を聞いても、僕以外の面々は驚かない。
ある程度予想していたらしい。
「そう言うと思いました。私たちも10年前の真実を聞いたからには、ガノ総隊長の無念を晴らさないと」
ネセリンさんがそう言った。
それに頷くルルさんを見て、彼ら二人はすでにレイトさんから話を聞いたことを察した。
むしろ、それを知るためにここまで来たのだから。
「ついにこの時が来たんだね。レイト君!」
話が始まる時は眠そうだったロリフィの鼻息が荒い。
当然だ。彼女は10年間、レイトさんを見てきた。
彼がどれほど苦しんでいたか、そして国王イェノムを殺したがっているかを。
「シンジ。お前はどうする? どうするかは自分で決めろ。明日までにな」
レイトさんが僕にそう言って、この場は解散となった。
村の夜は驚くほど静かだ。
森の中だと言うこともあるだろうが、それ以上にこの村は静かで淡々としている。
だから散歩で外を歩くと、ブーツが靴を踏む音がうるさく感じる。
ジャリっと音をたてて歩くと、村の人が起きるんじゃないかと思い程に。
だけど、今の僕には寝る時間がない。
明日、王都へと向かうレイトさんたちに、ついて行くかどうかを決めないといけない。
もしかすると、シエルに会えるチャンスは明日が最後かもしれなかった。
そう思うと行くべきだと思う。
だけどもし、シエルが本気で僕を殺すつもりだったら?
できる事なら、真実を知らないまま死にたい。
それだとシエルが操られている今の方がいいのか?
考えが一向に纏まらない。
ごちゃごちゃと色んなことが浮かんでは消えていった。
「夜更かしして考え事か?」
振り返ると同じ黒髪を持つレイトさんが居た。
「少し散歩に付き合え」
彼にそう言われ、黙って後をついて行く。
村の中を抜け、あの人が眠る樹の下で足を止める。
レイトさんは地面に置かれていた『アグナの宝剣』を手に取り、腰に差した。
「そう言えば、どうして武闘大会を襲撃した時、その剣を持っていなかったのですか? 持っていれば、楽に勝てたのに」
素朴な疑問をぶつけた。
彼はフッと笑みを浮かべ、アグナの宝剣を鞘から抜いた。
暗闇でも分かる、鈍い蒼色の光を放ち輝く刀身。
その美しい刀身は、この剣が人を殺めたことなど忘れされる。
「お前にだけは言っておくよ。俺の命は力を使う度に削れている」
「な!? どうして……」
「この世界の人間と異界人の魔力は馴染まないらしい。アリッサの魔素を吸収して以来、俺の寿命は減る一方だ。そして……それはイェノムも同じだ」
「じゃあ……あなたは最初から……」
「イェノムを殺せば、どの道思い残すことは無い。お前が俺を殺したいのなら喜んで死のう」
彼には覚悟がある。
その手を血で穢したとしても、悲願を成し遂げるという覚悟が、命を賭ける覚悟が。
比べて僕はどうだ? 手を汚す覚悟も真実を知る勇気もない。
だけどもう僕にはないんだ……生きる理由が……
「死にたいならここで殺してやってもいい。だけど、それはもう一度シエルに会ってからでいいんじゃないか?」
「会ってどうするんです……? 僕を殺す気だろう? とか聞いてみろと?」
「そうだな。聞くのもいいかもしれない。だけど、お前が生きる理由を他人に求めるな。シエルの為に必死だったのは分かる。俺もそうだった……アリッサや周りの為に必死に剣を振った。だから思うんだ」
「何をですか?」
「他人に自分の生きる理由を求めちゃダメだってな」
彼の言いたいことは何となく理解できる。
だけど、僕には受け入れがたいものだった。
叔父と叔母に育てられ、人の顔色ばかり窺って来た僕には。
「仕方ないじゃないですか……他人に必要とされなきゃ! 迷惑をかけないようにしないと、僕みたいな人間には価値がない! いきなり戦えと言われ、剣を握れる貴方のように、 みんなが出来るわけじゃないんですよ!!」
心からの叫びだった。
きっと僕の今の顔は酷く歪んでいる。
そうだ、僕はシエルにとって必要とされなくなることが怖い。
僕ではなく、異界人なら誰でもいいと思われることがただただ怖い。
「そうかもな。だけどそれは、他人にとって都合のいい役割を引き受けると言うことだぞ」
「いいじゃないですか! 他人に嫌われるよりもずっといい!」
「お前がそう決めて、見返りを求めないのならそれでいい。人の為に何かするってことはいいことだと思う。だけどな……」
レイトさんは剣を収め、僕を真っ直ぐ見つめる。
目を背けたくなるほど真っ直ぐな瞳。
きっと彼は自分を信じて揺るがない。
そう僕に確信を抱かせる程、彼の瞳は澄んでいた。
「それは他人の人生を生きているとも言える。自分を殺して他人の為に生きる事なんて、死んでるも同然だ」
「じゃあ、他人に迷惑をかけて生きろって言うんですか!? 我儘なエゴイストになれと!?」
「そういう意味じゃない。ただ、自分のしたことやする理由を他人に求めるな。お前はどうしたい? 何が欲しんだ?」
「僕は……」
彼は意志を示せと言っている。
何がしたいのか。幼少期からの知り合いも家族も居ない、この孤独な世界でどうしたのかと。
決まっている。僕が本当はどうしたいのか。
「シエルの全て……彼女が居るなら僕は他に何もいらないっ」
「なら……どうするか決まっているよな。お前は俺と違って、欲しいモノがまだ手に入るんだから……」
レイトさんはそう言って、踵を返した。
そして右手を高々と上げる。
「お前は俺たちのようにはなるなよ」
まだ、僕は彼の考えを受け入れることは出来ない。
だけどシエルに会いたい。シエルが欲しい。
その欲望だけはハッキリとしていた。
僕は生まれた初めて、自分の欲望の為に力を行使しようとしている。
たとえそれが『暴力』だと分かっていても、この乾いた欲は止まりそうになかった。
いや、そもそも力を行使した時点で、そこにどんな理由があれそれは『暴力』なのかもしれない。
前の世界でよく読んでいたラノベ。
勇者と魔王の対立は王道だ。
大衆の為に剣を握り、魔王を倒す勇者を僕は悪いと思ったことは無い。
だけど、今思うとあれも暴力だったのかもしれない。
魔王となんら変わりのない力の行使。
正義とは……悪とは……17歳の僕には分からないことだらけだ。
そんな迷いをまだ抱えたまま、己の欲望を果たすべく。
勇者と勇者の再来と言われた、『大衆にとって信じるべき存在』である僕たちは、明日王都を強襲する。




