第22話 力の差
「久しぶりだな、レイト」
ドシン! と石床を割って着地し現れたのは鬼人のベルソス。
右手に持った大槌、黒の勇者レイトを射殺すような目で睨む。
勇者はベルソスさんの方を振り返り、その視線に笑みを返す。
どうして? 同じ英雄のはずのに……
ヌーイも再び剣を構え、観客たちは避難を開始している。
まるで犯罪者が現れたような対応。
これも黒の勇者が現れたからかだろうか。
「よう、ベルソス。相変わらずの迫力だなぁ。もう少し殺気を抑えてくれると助かるんだけど?」
「大罪人に大きな顔されてギルドが黙っているとでも?」
黒の勇者が大罪人?
なんで? 彼は前の大戦の英雄のはずじゃ……
「大罪人ねぇ……あんたが何処まで知っているのか知らないけど、ギルドを相手にするのはしんどいから、ズルさせてもらうぜ。ロリフィ!」
「はいは~い♪」
身軽な着地。
フワリと脱げた灰色のフードから現れたのは赤色の髪と赤色の瞳を持つ、同い年くらいの少女。
まさか、彼女は呪われた一族か!?
黒の勇者レイトの横に降り立った彼女が右手を空にかざす。
それと同時に、観客席の人間たちがドサドサと音をたて倒れた。
中央のこの場所でも、僕とベルソスさんを除いたギルド側の人間は全員突然倒れてしまった。
「てめぇ……なにをした!」
ベルソスさんの声。
今にも飛び出しそうな雰囲気なのに、彼はピクリとも動かない。
気性の荒い彼なら、今すぐ飛び出してもおかしくないのになんで……
「ロリフィの『幻術』でちょっと眠ってもらっただけだ。もっとも、あんたのように魔力の高い人間には、動きを封じるだけみたいだけど」
ベルソスさんにそう言い返し、もう一人の異界人は僕の方を振り返った。
自分に敵対する者を封じた、彼の目的が分からない。
そもそも、彼は何故僕とヌーイの試合に乱入したのだろうか。
「色々と言いたいことはあるだろうが、手短に言う。俺に黙ってついて来い」
「はいそうですかって、言うわけがグッ!」
黒の勇者の右拳が腹に突き刺さり、身体が後方に飛ばされた。
背中から地面に落ちて、石床を背中で滑る。
「いきなり、なにを……」
身体を起こし、黒と赤の髪と瞳を持つ二人と向かい合う。
彼は敵なのか? 英雄なのに?
勝手にとはいえ、抱いていたイメージと全く違う目の前の男。
そもそも、勇者や英雄と呼ばれる人が敵になるなんて、想像していなかった。
「お前に拒否権はない。抵抗するのなら力づくで連れていく」
「待ってください! ちゃんと説明してくださいよ! それにそもそも僕とアナタでは戦う理由がない!」
同じ異界人と戦いたくなどない。
そんな気持ちを胸に、必死に声を出す。
きっと届く。彼は人々を救った英雄なのだから。
「戦う理由が欲しいのか?」
「あってもあなたは英雄で、シエルのお姉さんの想い人と戦えるわけがない」
「シエルの姉ねぇ……そもそも、お前はどうして大人しく王国の勇者を演じているんだ?」
勇者の黒い瞳がジッと僕に向けられた。
僕は王国に仕えているんじゃない。シエルの悲願を達成するその為だけに……
「そんな大層なものじゃありません。僕の願いはシエルをお姉さんと再会させることだけです」
「そうか……ならば、お前は俺に剣を向ける理由があるぞ」
「え?」
男の声に心臓がドクンと大きく鳴った。
10年前に死んだと言われる彼がこうして生きていたのに、同じく死んだと言われる『蒼い女神』は居ない。
考えたくもなかった。だけど、頭の何処かでは分かってのかもしれない。
彼は冷たく、そして力強く言い放つ。
「シエルの姉、アリッサを殺したのは俺だ」
殺した? シエルのお姉さんを? 彼がその手で?
刀を握る右手が小刻みに震える。
「どうして……ですか?」
身体の底から知らない感情が溢れて来る。
「力を得るため」
そう短く返す目の前の男が憎い。
「それだけのために……?」
「そうだ。それだけの為にだ」
「じゃあ……」
溢れた黒い感情が、目の前の男に向けられ、確かな殺意へと変わる。
「じゃあ! 10年間のシエルの想いはどうなるんだっっっ!!!」
怒りと憎しみを足に乗せて、地面を蹴った。
遠くの方でベルソスさんが「やめろ! 死ぬぞ!」と言っているけど、もう何も耳に入らない。
あるのは、目の前の男を殺す。ただそれだけだ。
「おっと。その前に」
レイトはそう呟き、振り下ろした刀を避けた。
消えたと錯覚するその動きは、閃光のヌーイと同等かそれ以上に思える。
どこにいった!!?
周りを見渡すと、ガラガラと石の崩れる音。
音のした方を向くと、ベルソスさんが石の壁を破壊して倒れていた。
「これで少年だけだな」
両手をパンパンと払うレイト。
この男は身動きの取れないベルソスさんに向かって、攻撃を加えたらしい。
「外道が……!!」
「その外道に今から負けるんだぜ。大怪我しないように気をつけろよ」
余裕のある表情。
歴戦の猛者を倒すにはどうするべきか、考えるよりも早く殺意に支配された身体に力が入る。
そんな僕を踏みとどまらせたのは、上から聞こえた声だった。
「やめなさいシンジ!」
上からシエルとセイナが飛び下り、魔法でフワリと着地した。
シエルの右手には愛用の長杖、セイナは身体が動きにくそうだが、すでに剣を抜いている。
「シエルにセイナか。久しぶりだなお前ら」
「セイナに何したのか知らないけど、これ以上はさせないわよ!」
「相変わらず強気だな。大人しくその少年を渡せば、痛い目みないで済むぞ」
「はいそうですかって、渡すわけないでしょ! あんたには姉様の居場所を絶対にはいてもらうわ!!」
そうか、シエルはさっきの発言を聞いていないのか。
その方がいい。彼にお姉さんが殺されたなんて、シエルには重すぎる。
「父上の死の真相……知っていることを教えてもらぞ」
セイナが剣を向ける。
この人は何処まで知っているんだ? もしかして、アリッサさん同様セイナの父親も……!!
「お前ら二人に用はない。ロリフィ、二人をよろしく。殺すなよ」
「りょーかい♪」
呪われた一族の少女が笑顔で前に出てきた。
シエルとセイナの二人を相手にするのに「殺すな」と指示が出ると言うことは、それほどまでに彼女は強いのか?
「さてっと……」
再びレイトが姿を消す。
気が付いた時は僕の懐に入り、胸倉をつかみ観客席へと投げた。
長い浮遊感。高速で動く景色の中で、コロシアムの石床が遠のいていく。
避難が進んで人が居なくなった観客席へと着地し、後から追いかけてきたレイトが軽やかに着地した。
「ここなら。誰の邪魔を入りそうにないな」
そう呟いた彼の掌の上に、黒い球体が現れる。
以前、シエルが使用していた闇属性の魔法にそっくりな黒球。
闇属性のベースとなった固有魔法を使うと言っても、特性は大きく変わらないはず。
深呼吸を繰り返し、彼の一挙一動を観察する。
「いい眼だ。俺を殺す気満々って感じだな」
「あなた罪を償いうべきだ、今! ここで!!」
足を踏み出し、レイトとの距離を詰める。
それと同時に彼の掌に現れた黒い球体が細い一筋の線となって飛んできた。
動体視力を強化した眼には、そのことがハッキリと見える。
身体を横にスライドさせて一発目を回避。
そして足に力を入れて、一気に加速し距離を詰める。
相手は勇者だ。長引かせれば不利なのか明白。
一撃で……!
黒い感情を乗せて、右手に持った刀を振り降ろす。
しかし、振り下ろしたのは肘から先が無くなった腕だった。
な!? いつのまに!?
視線を上にすると、手首にブレスレットをつけた腕と刀が宙に舞い、その近くを黒い流星のような一筋の光がはしっていた。
「俺の『黒の波動』は、途中で方向を変えることが出来るんだ」
レイトの説明ですべてを理解した。
僕の右腕を切ったのは始めに避けた攻撃だ。
避けた後、後ろから方向を変えて戻って来たらしい。
「クソっ」
感じたことの無い痛みが右腕からする。
血が溢れ、ボタボタと床にこぼれ、次第に意識が薄くなっていく。
繋ぎ止めろ……! 意識を失ったら終わりだぞ……
歯をグッと喰いしばり、意識を繋ぎ止めるが、身体の力は抜けていく。
片膝をつき、なんとか倒れる事だけは阻止した。
だけど……これ以上は戦えそうになかった。
「シンジ……!」
シエルは呟いた。
観客席で戦う二人の異界人。
黒い一筋の光がシンジを襲い、腕らしきモノが宙に舞った。
右腕が無くなり、武器を持たないシンジを見下ろすレイト。
(このままじゃ、やられる!)
「よそ見はダメだよ♪」
目の前から声。
気が付くと懐にロリフィが入り込んでいた。
(さっきまでセイナと戦っていたはずなのにどうして!?)
「あなたたち弱すぎだよ」
ロリフィはそう言って、回し蹴りでシエルを吹き飛ばす。
浮遊感の後、コロシアムの壁に背中をぶつけ、全身に鈍い痛みがはしった。
顔を上げると、ロリフィを挟んで反対側で倒れるセイナが居た。
(セイナを倒すなんて……この子一体……)
同い年くらいの少女にセイナが負けるとは思ってもいなかった。
シエルは自分と対照的な赤い瞳の少女をキッと睨む。
それを見たロリフィは、イラついたように舌打ちをした。
「ホント……あの蒼髪女神様とそっくり……イラつくのよね。レイト君を魅了するその蒼い瞳を見ると……」
「姉様を知っているの!?」
「そりゃ、10年前に一緒に戦った仲ですから。恋敵だけど」
冷たく言い放つ少女が一歩ずつ近づいてくる。
セイナもやられ、シンジも追い詰められており、目の前には『幻術』と呼ばれる謎の魔法を使う少女。
(状況は悪い……だけど……)
諦めるわけにはいかない。
10年間待ち続けた答えがすぐそこにあるのだ。
「レイト君の許可が下りればアナタもすぐに殺すのに……あの異界人の子を殺す前に……」
「シンジは死なせない!」
シエルはゆらりと立ち上がる。
全身から送られる節々の痛みに歯を食いしばり、ジッとロリフィを睨みつけた。
彼女はその視線に見下したような笑みを浮かべる。
「あの子を殺すのはアナタでしょ? 王国の都合で振り回されるレイト君たちの気持ちを考えたことあるの?」
「何を言って……」
シエルがそう言った時、黒い光の筋がシンジを貫くのが見えた。
身体を貫かれ、倒れるシンジ。無くなった右腕、貫かれた傷口からの流血でつくられた赤い池に身体を埋めた。
「シンジ!」
「重症だねー♪」
ニコっと笑みを浮かべたロリフィを見て、ドクンと心臓が大きく鳴る。
死んだ? 殺された? 自分が呼んだ少年が?
頭の中が白く染まる。
また傍に居る人を失ってしまう。そう頭に過った時シエルは我を忘れて飛び出した。
「やめろ! シンジから離れなさいよ!!!」
地面を蹴り、観覧席まで一気に飛び上がる。
杖を振りかぶり、火属性の魔法を発動させレイトに向かって、炎の波を放つ。
しかし、炎は全て黒い波に飲み込まれ消えてしまった。
黒の勇者が使用する固有魔法『黒の波動』は、変幻自在で魔法も物質も全てを飲み込む。
それでも、諦めるわけにはいかない。なんとしても今ここでシンジを取り戻さないと間に合わない。
杖に魔力を流し、再び魔法を放とうとした時、目の前にロリフィが姿を見せた。
「風属性の魔法なんて、やめてくれる?」
「な!?」
発動しようとした属性の魔法を看破された。
これも彼女の不気味に輝く赤い瞳の力だろうか?
そう思いロリフィの瞳を見た瞬間、身体の動きをとれなくなる。
空中でバランスを失ったシエルは背中からコロシアムの石床に落ちた。
『幻術』とやらに自由を奪われた身体をなんとか動かし顔を上げる。
見下ろす赤い瞳の少女。その隣には黒の勇者が居た。
片腕を失ったシンジは、半透明の球体の中で意識を失い、その球体はレイトの横に浮かんでいる。
あの球体は黒の勇者が魔法で精製したものらしい。
「これ以上……あたから大切な人を奪わないでよ!!」
心からの叫び。
落下の際に打った後頭部がズキズキと痛みを発する。
そのせいで、視界が歪んで意識が遠のいていく。
しかし、意識を失えば、それはシンジを失うことと同義である以上、意識を失うことは出来ない。
しっかりと相手の二人に焦点を合わせて睨みつけた。
黒の勇者はその視線に笑みを浮かべる。
「じゃあな」
短い返事。
追いかけないと、シンジを取り戻さないと。
頭ではそう分かっているが、身体が動ない。
「シンジ……待って……」
左手を伸ばすがその手は彼に届かない。
(嫌だ……こんなの……)
そう思った瞬間、シエルの視界は黒く塗りつぶされた。
武闘大会中の襲撃。
その情報はネニヴァ中に広がるのに、そう時間はかからなかった。




