第21話 招かざる来訪者たち
目の前に居る、『閃光のヌーイ』と呼ばれる男は腰にぶら下げた二本の長剣を抜いた。
この世界に来て初めて見る二刀流の剣士。左右の剣をどんな風に使い戦うのか。
初めて見る動きに対応できるのか心配だが、それ以上に不安をもたらすのはあの二本が両方とも魔装具であることだ。
「ボスの指示だ。最初から本気でいかせてもおう」
ヌーイが魔装具に魔力を流すと、右手の剣はバチバチと音をたてて雷を纏い。
左手の剣は風を纏った。斬撃系の武器と相性のいい雷属性と風属性。
それだけでも強力で厄介なのに、彼の真骨頂は『冒険者最速』とも言われるスピードにある。
あまりのスピードに視認が困難で、金色の髪が揺れ黄色い閃光が走っているように見えることから、『閃光』と呼ばれるようになった。
あくまで魔装具はそのオマケに過ぎない。
「抜きなよ。その魔装具。でないと怪我するよ」
彼はそう言って、僕が腰からぶら下げた刀に目をやる。
自信に満ちたその表情は、きっと自分が負けることなんて考えていない。
10年前は騎士団の隊長として第二次人魔戦争を戦い抜き、今は数少ないAランクの冒険者。
僕なんかよりもずっと格上で強い。そんなことは分かっているだけど……
「痛い思いしてもしらないですよ」
腰につけたポーチから札を取り出す。
今ヌーイの視線は僕の魔装具に注がれている。
札で動きを止めるのなら、チャンスだと思った。
「遅い」
そう聞こえたと認識したと同時に、目の前にヌーイが居た。
いつ移動して、何時距離を詰められたのか、それすら見えない。
「縛り羽!」
札を直接張ろうと手を伸ばすが、そこに彼の姿は無かった。
また消えた!?
そう錯覚するほどの速度。
これが『閃光』の異名を持つ男の動きか。
耳に魔力を集めて、聴力を強化。
ジャリっと誰かが石床を踏む音が後ろからした。
右手で刀を抜きながら身体を反転させる。
払うように横に振るうが、手には何の感触もない。
「惜しかったね」
薄笑いを浮かべるヌーイ。
彼は僕の剣の軌道見て、少しだけバックステップをしたようだ。
足音から彼が刀の届く範囲に居ると判断した僕の気を逆手にとって。
「くっ」
左手に持った札に再度魔力を流し、ヌーイ向かって投げつける。
「炎羽!」
声と同時に札が爆裂魔法を発動し、ヌーイを炎で包み込んだ。
コロシアムの歓声が大きくなる。僕が倒したと思ったからだろう。
しかし、魔力で動体視力を強化した目にはハッキリと見えた。
札が爆発を回避する黄色い何かが。
「逃がすか!」
右手に持つ刀に魔力を流し、大気中から魔素を集める。
輝きを増す刀身に比例して、身体に力が漲り、右手首につけたブレスレットに装飾された赤い石が光を放つ。
地面を蹴ると石床が砕けた。観客から見ればまるで壁際まで瞬間移動したように思える、ヌーイまで一気に距離詰める。
「見えていたのか」
眼前に刀を振り上げる僕を見ても、彼は余裕ある表情を崩さない。
「なめるなよっ」
渾身の力を込めて、刀を振り降ろす。
ヌーイは両手の刀を交差させ受け止めた。
お互いに魔装具の能力を発動させた状態では、相手を破壊することは不可能だ。
どこかで隙を見つけて、身体に一撃入れる以外勝つ方法が無い。
そしてスピードは相手の方が上。剣技の応酬になれば勝ち目はないだろう。
「いい動きしてるじゃないか……今の状態でも……」
「何を言っているのか分からないですよっ!」
「掌の上で踊る勇者ってのも、君たちの運命かもね」
「なにを言って……」
意味深なことを言うヌーイの口端が釣り上った。
同時に腹に衝撃。右足の蹴りをくらったようだ。
後方に吹き飛びながら右足を高く上げるヌーイを見てそう思った。
空中で体勢を立て直し、石床に着地する。
顔を上げて刀を正面に構えた。
ヌーイは両腕をダランと垂らし、全身を脱力させている。
「10年前、『黒の勇者』に損害を出したストレニア王国が、再び召喚された勇者候補を無策で放っておくと本気で思ったのかい? 鎖で力を押さえつけられ、王国の道具として利用されている君は……本当に哀れだ」
「何を言って……」
ヌーイの姿が霞んだと思うと、姿をまた見失った。
本当に人か? 移動速度が速すぎる!
「本気を出さないのなら死ぬだけだ!!」
右側から声。振り向くとそこには剣を僕の右腕へと伸ばすヌーイの姿。
完全に立ち遅れてしまい、防ぐことは難しい。
一撃をもらってしまう。そう思った瞬間、黒い影が僕とヌーイの間に割って入った。
黒の外套を身に纏い。フードを被ったその者は、片手でヌーイの剣を指でつまんで止めてみせた。
歓声が驚きと困惑の色へと変わる。
当然だ。試合中の乱入は禁止されている。
入って来たことにも驚きだけど、それ以上にヌーイの剣を指でつまんでいるのが驚愕だ。
誰だよ……この人……
「10年ぶりか……言葉を交わすのは初めてだね」
ヌーイの言葉。その表情は先ほどとは違う、緊張感のある表情だった。
「そうだな……後輩をイジメるのはやめてもらおうか」
男の声。割り込んだのは男なのか。
ヌーイはバックステップで距離を置いた。
「冷静だな」
男がそう言うと、風が吹いた。
風が男のフードを外し、顔が顕わになる。
観客の声がどよめきに変わり、そして歓声が降り注ぐ。
男の背中しか見えない僕にも、その理由はすぐにわかった。
「黒……髪……」
思わず呟いてしまった。
紐で束ねて風になびく黒い髪。
僕と同じ黒髪の男、そして『二つ名』と通りの黒い外套。
まさか……この人が……
「はじめまして。同じ異界人の少年よ」
振り返った男の瞳は、やっぱり黒かった。
「あいつは……!!」
コロシアムの上段。ガラス張りの一室からは試合全体が一望できる。
その場所で、ギルドマスターのベルソス、役員であるミフア、ロスブルク、護衛のセイナと共に試合を観戦していたシエルが呟いた。
シンジとヌーイの間に割って入った男。
10年前と髪が伸びた以外変わらぬ姿を見間違えるはずはなかった。
「ミフア、ロス。この場に居る動ける者を全員に通達しろ、侵入者の男を捉えると」
ベルソスの指示を聞いた二人が素早く部屋を出て行く。
コロシアムにも大会の運営や警戒の業務の為に、冒険者が多く居る。
その者たちを呼びに行ったのだろう。
「セイナ! あたしたちも行くわよ!!」
シエルが愛用の杖を片手に席から立ち上がる。
10年ぶりに大衆の前に姿を現した黒の勇者レイト。
彼に聞けば、姉の行方が分かるはずである。
そんな思いを胸に、立ち上がったシエルの前にベルソスが立ちふさがった。
「どいて! あいつには聞かないといけないことがあるの!!」
「レイトの身柄はギルドで拘束する。王国の関与は認めん」
「そんな勝手な理屈が通ると思ってんの!!?」
「奴には、前騎士団総隊長ガノ・ヨラザルの殺害と貴様の姉アリッサ・エフェレフの誘拐の容疑がかかっているとしてもか?」
ベルソスの言葉にシエルの動きが止まる。
姉であるアリッサの誘拐。事実かどうかは別にして、形的にはそう考えてもおかしくはない。
問題は、セイナの父であるガノの殺害容疑だ。
確かにガノは城に入った賊に襲われその命を落とした。
犯人が捕捕まえるために行われた作戦は、当時騎士団で編成された特殊部隊の100人弱しか知らない。
ただし、その100人弱は何故か全員悲運な死を遂げるか、行方不明となり、今現在場所在地が判明している者は皆無だった。
「ベルソス様。父のその話は本当なのですか?」
「噂だがな。しかし、レイトとアリッサ姫が消えたのはガノが死んだ日だ。これは確かな筋からの情報だ……俺はガノの死の真相を知りたい。だから、王国の関与は認めん。二人の勇者の身柄はギルドが貰い受ける」
「シンジまでどうする気!」
シエルの問いにベルソスはフッと鼻で笑い返す。
「随分な言い方だな。手首につけたブレスレットで少年の力を押さえつけ、Sランクの魔装具を造るための実験に利用していた王国さんが、俺たちのことを言えた義理か?」
「あなたは知り過ぎている。何が目的ですか?」
シエルの前にスッと出てきたセイナが、鋭い眼光でベルソスを睨みつけた。
放たれる殺気。今にも飛び出しそうな気配は、まさに『爆炎』の血を引く者にふさわしいそれだ。
「王国の隠す真実を知る事。そして、背後に居る者をあぶりだすことだ。邪魔すれば、てめぇらでも容赦はしねぇ。覚悟しておけ」
ベルソスはそう言い残し、背負った大槌を握り部屋のガラスを破壊する。
そして大きな体を揺らし、真下の試合会場へと飛び下りた。
「セイナ! あたしたちも……」
ベルソスは「手を出すな」と言うが、この機を逃せばいつまたレイトと会えるのか分からない。
急いで下へと向かおうとするシエルに対し、セイナはピクリとも動かなかった。
「セイナ?」
歯を食いしばり、眉間にしわを寄せ、必死に身体を動かそうとしているがセイナの身体はやっぱり動かない。
「申し訳ありません……身体が動きません……」
「なんで……」
自分は動けるのにセイナは動けない。
この謎の現象に説明がつかないと思い、割れたガラス窓から下を見るとレイトの横には、赤髪の女の子が居た。
(間違いない……呪われた一族だ)
女の子の姿に、そのことを確信したシエル。
この時、彼女は今からコロシアムが、惨劇の場になるとは思いもしなかった。




