第1話 出会い
最初に感じたのは後頭部への衝撃だった。
い、痛い……
ジンジン痛みを発する後頭部をさすり、身体を起こすと目の前には同い年くらいの女の子が居た。
肩まで切りそろえた蒼い髪、スッと通った鼻筋、そして澄んだ蒼い瞳に僕は一瞬で惹きつけられた。
そして、服装は蒼い色のローブ。
あ、あれ……? でも、蒼い髪と瞳……?
コスプレをした外国の人なのかな?
「君は……?」
外国の人なら、言葉が理解できないかもしれない。
かといって、英語が話せるわけもなく、僕は日本語しか話すことが出来ない。
言葉が通じたのか、通じなかったのか、女の子は左手を腰に右手の人差し指で僕を指し、高らかに宣言した。
「あたしの王位継承を手伝いなさい!!」
「え!?」
パニック!
思わずそう叫びそうになった。
王位継承? 王様になるお手伝いってことかな? この子、何処の国の話しているんだろう?
様々な疑問が浮かんでは消えてゆく。
今になって周りを見渡すと、壁も床も石が敷き詰められており、壁にかけられたロウソクが部屋を薄く照らしている。
雰囲気は謎のオカルト的なモノに近い。
あ、怪しい……怪しすぎる。
変な宗教集団に捕まったのか、そんなことを思っていると女の子が答えてくれた。
「ここはストレニア王国。あんたはあたしが召喚したの。あたしの名前はシエル・エフェレフ。この国の王女よ」
ツッコミたい。色々とツッコミたい。
ストレニア王国? 王女? 召喚?
それらのワードから連想される一つの答え。
あぁ、もしかしてこれって、ラノベでありがちな異世界トリップってやつ……
混乱する頭で色々と考えるが、今すべきことはこの子に名前を答えることだと思う。
今、この時間は自己紹介のための時間のはずだ。
「荒木真志です。17歳、高校2年生。趣味はラノベ」
とりあえず、テンプレの自己紹介文を起伏の無い声で並べてみる。
それを聞いたシエルと名乗る女の子の顔が、少し引きつっている。
あれ? 何かおかしい事言ったかな?
「こうこうにねんせい? らのべ? 何、意味の分からないこと言っているの?」
これが文化の違いなのかな?
彼女はどうでもいいと言った感じでそれらを一蹴すると、僕の胸倉を掴み強引に立たせた。
見かけよらず凄い力だった。
彼女の小さな手には凄い力が込められているようだ、怒らせて殴られた時の痛みを想像してゾッとする。
この子を怒らせてはいけない。
僕の本能にその事実が刻み込まれた。
「立てる? 身体に異常は無い?」
「お、お陰さまで」
シエルと名乗る女の子は手を離し、踵を返した。
スタスタと歩き、入口へと歩いてゆく。
「ど、何処に行くんですか?」
「あんたの召喚に成功したから父に報告に行くの。あんたもついて来なさい」
召喚のくだりが無かったら、まるで娘が父に婚約の報告にいくように聞こえる。
こんな可愛い子と、そんな話になるのなら男として本望だと思う。
しかし、王女である彼女の父と言うことはこの国の王だ。
何か粗相をしたらすぐに打ち首とかされたらどうしよう。
まだ、高校生の僕は大人のマナーに自信が無い。
かといって他に選択肢も無く、彼女の後に続いて部屋を出た。
ひんやりとした空気が頬を撫でる。
窓や外に繋がる何かが無い、洞窟かそれとも何処かの地下なのか。
シエルさんに「ここは何処?」と聞くと「王都にある城の中よ」と短く返事をされた。
らせん状の階段を上がり、重々しい鉄の扉を開けるとガラス張りの窓が並ぶ廊下へと出た。
窓からは日の光が差し込み、内部を明るく照らしている。
やはり、先ほどまで居た場所は地下にあたるようだ。
高そうな赤色の絨毯が敷かれた廊下をシエルさんと並んで歩く。
時々、うすい青色の鎧を全身に纏った、兵らしき人たちとすれ違う。
手には槍を持っている人がほとんどで、僕の顔を驚いた様子で見て来る。
なんか凄く見られているんですけど……
逃げ出したい、穴があれば今すぐ入りたい。
人目につかず、波風を立たせず生きてきた僕は、注目を浴びることに不慣れだ。
そんな僕を見て、廊下の端の方でリアルメイドさんたちがヒソヒソ話をしている。
こいつ変な顔してるなー、とか言われたらどうしよ。
僕のメンタルは、召喚されて早々ズタボロだ。
「頭、抱えてどうしたの?」
シエルさんの顔が心なしか引いているような気がする。
僕はいつの間にか、被害妄想のせいで頭を抱えていたらしい。
きっとシエルさんも変な奴呼んでしまった、とか思っているんだろうなぁ。
僕が逆の立場ならこんな奴、そく元の世界に突き返す。
待てよ、そう言えば僕は帰ることは出来るのだろうか?
こうゆう類のラノベでは召喚された人は、元の世界に帰ることは出来ない。
死んだ人たちが神様の慈悲で、異世界へと生まれ変わる。
しかし、僕は学校へ行こうと玄関を出たら異世界へとダイブだ。
元の世界ではまさに神隠しと呼ばれる現象に違いない。
伯父と伯母は僕を探してくれるだろうか……
いや、義務で機械的に僕を育てていた彼らは、一応形式上は探すと思う。
だけど、見つからなければそれでいいかと言う考えのはずだ。
どうせ元の世界に戻っても、誰からも必要とされず盲目的に生きるくらいなら、この世界でシエルさんの手伝いをした方がいいか。
どうせ、僕を待っている人も必要としている人も、あの世界には居ないのだから。
ただ今は前を向こう、それしない。
「着いたわよ」
僕たちは大きな扉の前で足を止めた。
「ここに王様が居るの?」
僕の問いにシエルさんはため息をこぼす。
めんどくさいのは分かるけど、そこは許して欲しい。
「ここは謁見の間。中には騎士団や貴族の人もいるわ。横にあたしがいるから、あんたは立っているだけでいい。話す必要があるなら、その時は適当に話しなさい」
「適当って……変なこと言って、罪に問われたりしない?」
「ええい! うだうだ言うな! 男なら腹くくりなさい!!」
「無茶苦茶だぁ!!」
シエルさんは両手で扉を勢いよく開けた。
バンっと音を立てた僕らに視線が集中する。
帰りたい……とっても、怖い……
感覚的には体育館ほどの広さの部屋に、敷かれた赤い絨毯と両サイドに整列した人々の雰囲気に圧倒された。
左側には鎧を着て剣や槍など武器を持つ人が並んでいる。
彼らが騎士団の人たちだろう。
右側には光って眩しい宝石を首や指につけた人たち。
女の人は綺麗なドレスで着飾っている。
きっと、貴族の人たちだ。
そして、赤い絨毯の先には椅子に座る一人の男。
これだけの人が集まっているのに、椅子に座る男の存在感は群を抜いている。
間違いない、彼が国王だ。
「行くわよ」
凛々しい声だった。
横に居たシエルさんがそう言って、歩き始めた。
一歩、また一歩、力強く胸を張り堂々と歩く彼女の姿は誇りと威厳に満ちている。
ホントに王女様なんだ。
そう思わせる彼女と対照的に、僕の足は小刻みに震えていて、上手く力が入らない。
情けない。そう自分でも思うけれど、こんなに人の視線の集めた中、歩く経験など皆無だ。
力を入れろ、ゆっくりでいい、歩くんだ。
自分にそう言い聞かせて、力の入らない足を前へと踏み出す。
力強く歩く彼女とは違い、弱々しい足取りだと思う。
周りの人たちは笑っているだろうか?
周辺の反応が分からなくなるほど、僕は歩くことだけに集中していた。
距離にして数十mなのに、まるでフルマラソンを走ったかのような疲れと長さを感じて、僕は彼女の横に並んだ。
少しだけ顔を上げると、逆光に照らされた王の姿があった。
目を細めて、入ってくる光を限定する。
白髪と灰色の瞳、なんとか王の姿が見えるようになる頃には、王は威厳に満ちた声で話し始めた。
「ようこそ我が国へ。我はこの国の王、イェノム・エフェレフ。貴様の居た世界とは、色々と勝手が違うこともあるだろう。詳しくは娘のシエルに聞くといい」
「は、はい!」
出した声が裏返った。
恥ずかしい……恥ずかしさで死にそうだ。
その後、色々とシエルさんと王様が話していたような気がするけど、まったく頭に入って来なかった。
「こちらの部屋をお使いください」
「ありがとうございます」
謁見の間でのやりとりを終えた僕は、メイドさんに自分が使う部屋へと案内された。
ベランダに繋がる大きな窓が一つとベッドがある以外は、何もない殺風景な部屋だ。
「着替えをベッドの上に置いているので、お着替えください。また、何かありましたらお気軽に私たちにお声をおかけください。では、失礼いたします」
背筋を伸ばしたまま、綺麗なお時儀をして、メイドさんは出て行った。
部屋で一人になり、次にすることを考える。
とりあえず、着替えよう。
ベッドの上に置かれた洋服を手にとり、学ランを脱いだ。
用意されていたのは、チュニックと草色のズボン、それにブーツも用意されていた。
これがこっちの世界での一般的な格好なのだろうか?
今まで、僕が見て来たのは城で働くメイドさんと騎士団の兵士に貴族、そして王族だ。
この街の住む一般人はまだ見ていない。
それでも、学ランよりかは馴染むはずである。
着替えを済ますと、ドアがノックされた。
こっちの世界でもノックをするのは、同じらしい。
「あたしだけど」
声の主はシエルさんだ。
「どうぞ」
彼女がドアを開けて、部屋に入ってきた。
先ほどまで来ていたローブと違い、彼女は真っ白なドレスに着替えていた。
少しだけ胸元の強調されたドレスは、目のやり場に困る。
「どこ見てんのよ」
シエルさんがジト目で僕を睨んできた。
「いや……綺麗だなぁって……思っただけです……はい」
最後の方は小さな声になってしまった。
だって、睨みつけるシエルさんが変な威圧感出しているんだよ……僕はもうちびりそうだ。
「あ、ありがと。あんたに褒められても嬉しくないけど」
彼女は顔をプイッと横に向けてしまった。
機嫌を損ねたのだろうか? でも、心なしか、顔が赤い様な気がする。
意外と褒められることに慣れていないのだろうか?
お姫様って、箱入り娘と言うか、大事に育てられるからそうゆうことには慣れっこだと、勝手に思っていた。
うん、先入観はよくないぞ。
彼女だって、一人の女の子なのだから。
「ところで、僕はシエルさんの王位継承を手伝うって、何すればいいの?」
「シエル『さん』? シエルでいいわよ」
有無を言わせない言い方に僕は頷くしかない。
「はい……で、僕は何をすればいいの?」
シエルは僕が使うベッドに腰を下ろした。
白く細い指を顎に当て、目をつむり考える。
もしかして、具体的には決まっていないのだろうか。
「まずは、戦えるようになって」
笑みを浮かべた彼女に対して鼓動が速くなる。
やっぱり、可愛いよなぁ。
そんな呑気を考えながら、僕はふと思った。
何と戦わされるのだろう……と。




