第18話 勇者の再来と思惑
鬼人ベルソスと勇者候補シンジの模擬戦は、ギルド内でちょっとした噂になった、
結果はシンジが失神して、ベルソスの勝利。しかし、実際の戦闘を見ていた者の中には、防がれたとはいえベルソスに太刀を浴びせたことを驚く者もいた。
――勇者の再来が現れた
多くの情報が集まる『商業都市ラムザ』の街に、そう噂が広がるのは時間がかからなかった。
そして、勇者の再来と呼ばれる少年が武闘大会に出ると言うことも。
「王国も色々とやってくれる……」
ベルソスはギルドマスターに用意された私室の椅子に腰かけ、ため息を吐いた。
新しい勇者の力を見るために模擬戦をしたが、結果は残念と言う他ない。
そもそも、10年前に召喚された『黒の勇者』は『蒼い女神』の誘拐、及び『爆炎のガノ』の殺害の容疑がかけられている。
そんな者と同じ異界人を再び呼ぶには、当然リスクがある。
それを負ってまで王国が再び勇者を呼んだ理由……もちろん、シエルの独断の可能性もあるが、もしそうならあのシンジと言う少年は今ほど自由に動けないはず。
(なんらかの策。異界人を呼ぶ理由があると考えるべきか)
勇者の暴走を抑えるための策は模擬戦で大体の想像がついた。
あのシンジ本人は気づいていないだろうが、彼の能力には蓋がしてある状態だ。
全開には程遠い。それの原因も察しがついているが……
「少し弱い者イジメがすぎるのではありませんか?」
ベルソスが顔を上げると、そこにはAランク冒険者で元騎士団三番隊隊長『閃光のヌーイ』が、毛先まで金色に輝く髪を揺らして立っていた。
「小手先調べだ。もっとも、力には蓋がしてあるようだがな」
「当然でしょう。異界人の力は危険だと、10年前でハッキリしていますから。それよりも、持っていた魔装具が『噂』のモノですかね?」
ヌーイは手に持った紙の束をベルソスの机の上に置いた。
手に取り、その報告書に目を通すと、内容は極秘裏に入手した最新の魔装具に関する開発計画書だった。
「『Sランク魔装具製造計画』、別名『進化する魔装具』の設計及び、目的か」
「あの魔装具は使用者の力に呼応して進化するようです。そして、最終的な目的は10年前に失われた『国宝クラス』の魔装具を造ること……」
「つまり、あのシンジと言う小僧は、実験台と言うわけだ」
「本人も召喚した王女も知らずに利用されているとは、皮肉なモノですね」
資料を机の上に投げ置き、深く椅子に腰かける。
天井に顔を向け、息を深く吐いた。
「ヌーイ。武闘大会であの小僧と最初に戦うのはお前だ。限界まで追い詰めて、見極めろ」
「分かりました。もしも『覚醒』した場合は?」
「出来ればこちらの手駒にしたい。もしかすると、王国と戦うことになるかもしれんからな」
前騎士団総隊長『爆炎のガノ』の死に関する真相は、王国が闇へと葬った。
一部の人間の間では『黒の勇者』が殺したと言われている。しかし、サラドルにはそれがどうしても納得がいかなかった。
ガノと『黒の勇者』の仲がよかったことは知っている。
王国の切り札とまでガノに言わせた勇者が、彼を殺すとは考えづらかった。
目の前に居るヌーイもそれに納得がいかず、真相を求めて自由の効くギルドへと移籍してきた。
サラドルの立場上、簡単に動くことは出来ない。
その分、ヌーイには色々と調べてもらっているが、ガノの死に関すること『黒の勇者』・『蒼い女神』、二人の失脚に関する情報は一切出てこない。
ここまで出てこないとなると、王国が意図的に徹底して情報封鎖しているとしか考えられないほどに。
王国が秘密裏進める計画があるとすれば、それはきっとギルドにも矛先が向くかもしれない。
一応対等な同盟だが、ガノの死後、騎士団の横行は増長する一方だ。
何かの拍子に対等な同盟ではなく、下につけと言い始めるかもしれない。
自由の名の下に始めたギルドだ。
そんな要求は当然ながら認めるつもりはなかった。
徹底抗戦だ。それだけは決まっている。
(さて……誰に運があるのか……楽しみだな……)
ニヤリと笑みを浮かべたベルソス。
彼はまだ知らない。かつて英雄と呼ばれた男がこの街に居ることに。
「勇者の再来……ねぇ」
「レイト君以外にも勇者が居るのかな?」
目の前に座るロリフィが訪ねて来る。
冒険者たちの喧騒に包まれる居酒屋のような店の内。
一番端の席に座り、フードを被れば気づかれることも少ない。
昼食のパンを片手に、周りの冒険者たちの会話に聞き耳を立てていると、『勇者の再来が現れた』と耳に入って来た。
その情報を聞いて、王都に寄らず、直接ラムザに来たかいがあったなとレイトは思った。
まさか、この街に意中の相手がいるのは予想外で、まだ異界人と決まったわけではないが、カンがほぼ確定だと告げている。
根拠はない。だけど確信している。
「かもな。同じ異界人かも」
まるで『見えない何か』で引き寄せられるように、レイトは異界人の存在を感じることができる。
同じ異界人だからなのか、それとも同じ召喚魔法を使って来たからなのか。
これは『蒼い女神』と呼ばれたアリッサから聞いた話だが、彼女は祖父の作った召喚魔法の陣に少しだけ改良を加えたそうだ。
それが何の改良だったかは結局教えてはくれなかった。
その改良が原因だろうか? 天才と言われた彼女のことだ。予想も出来ない細工を施していても、不思議ではない。
「むぅ。他の女こと考えてる」
ロリフィがプウっと頬を膨らませている。
考えが顔に出てしまうのは、10年前から変わらないらしい。
(そう言えば、アリッサにも考えが顔に出ていて、よく怒られたっけ)
クスっと緩んだ口元を手で隠す。
見つかればまたロリフィに何を言われるか、想像しただけでも恐ろしい。
「ちょっと昔を思い出しただけだよ」
「女神様のこと?」
「かもな」
適当に誤魔化す。
彼女も嘘だと言うことは理解しているだろう。
それでも何も言ってこないのは、『全て知っている』から。
最愛の人をこの手で殺し、自暴自棄になりかけた10年前から変わらず彼女は傍に居てくれる。
だから、たった一つを除いて全て話した。アリッサを殺した理由、自分が呼ばれた本当の理由、果たすべき約束。
そして……国王イェノムを殺すことが悲願であること。
「その勇者の再来とか言う子には会うの?」
「もちろん。そのためにここまで来たんだ」
レイトは木のコップを手に取り、水で喉を潤す。
「どこに居るんだろうね?」
「この街の何処かだろ。それに、武闘大会に出るのならその日が一番確実だ」
「大衆の面前じゃ、ゆっくりお話しできないよ?」
「連れ去れば問題ないだろ」
「うわぁ、英雄とは思えない悪い発言だね。だけど、抵抗した場合は?」
「うーん。久しぶりに暴れたいし、少しくらい抵抗してくれた方が面白いかもな」
口端を吊り上げた表情は、勇者と呼ぶにはあまりに無理のある、悪人の表情それだった。
新しい異界人は自分のことをどう思っているのだろうか。
様々な逸話で語られる勇者とは程遠い。結果的に10年前も魔物侵攻を止めただけで、大衆の為にやったわけではない。
自分の出来ることを必死にやり、愛する人の為に剣を握り続けた結果だ。
自分は勇者などと言う聖者からは程遠い。
こっちの世界に来てから『覚醒』した魔法だって、まるで魔王のような力だ。
黒の魔王の方がしっくりくる。
「レイト君って、時々ホントに勇者なのか疑わしい発言するよね」
「そりゃ、俺を勇者かどうか認めるのは周りの勝手だからな。俺は自分の欲望に忠実な人間だよ」
「じゃあ。あたしも欲望に従って、レイト君にアタックするね」
「それとこれとは別だ」
再び頬を膨らませるロリフィが面白くて笑みが出た。
実は彼女に話していないたった一つの事。
言えばロリフィは何と言うだろう。
シエルやセイナといい、誰かに何か言われるのが怖いなんて、自分がしてきた業の深さを実感するばかりだ。
目の前の少女に聞こえないように、小さくしたため息は、嘲笑と共に出て行くばかりだった。




