第17話 立ちはだかるは最強の男
ミフアさんとロスブルクさんに挨拶を終えた僕たち三人は、ギルド最高責任者、別名『ギルドマスター』と呼ばれる男の待つ部屋の前で立ちすくんでいた。
ギルドマスターの娘であるミフアさんには、「パパは楽しみにしてたから大丈夫」と言われ、部屋の場所だけ教えて、仕事に戻ってしまった。
こっちには王女のシエルがいるとはいえ、向こうはギルドの最高責任者だ。
万が一粗相があった場合、色々と国際問題的な何かならないかと不安になる。
「この中に鬼人が……」
シエルがボソッと呟く。
いつのなら勢いよく扉を開けるシエルも、さすがに緊張しているらしい。
セイナもさっきから深呼吸を繰り返し、情緒不安定だ。
そんな彼女たちの姿を見て、僕の手が小刻みに震える。
落ち着け、普通にしていれば何も問題ない……はず。
「シエル。緊張するね」
「は、はぁ? ヘタレのあんたと一緒にしないでっ。こ、このあたしが緊張するわけがないでしょう?」
ちなみにシエルは鬼人と呼ばれるギルドマスターと会うのは始めてらしい。
ギルドの役員で会うのは、王都へとよく訪れるミフアだけで、こうして自らギルドに訪れるのは初めてとのこと。
セイナは武闘大会に出場したことがあり、父がライバル関係だったこともあって、何度か絡まれ事があるとか。
「シ、シエル様、落ち着いて、く、下さいっ」
二人とも落ち着けと、格好良く言いたいが、当然ながら僕にもそんな余裕はない。
「ええい! 腹を括りなさい! 行くわよ!」
意を決したシエルがドアを二回ノックした。
中から「入れ」と深みのある低い声。
「「「失礼します」」」
三人の声が見事にハモった。
シエルを先頭に僕、セイナと続いて部屋へと入る。
「よく来たな」
まるで学校の校長室だなと、部屋の雰囲気を察した瞬間、視線は机につく男に奪われた。
坊主頭で左目には縦に切り傷があり、纏う雰囲気はまるで戦場帰りの傭兵のようにピリピリしている。
この人が……四英雄の一人にして、鬼人のベルソス。
ギロッとこちらを睨む姿に、呼吸が浅くなる。
本能が危険だと警告と鳴らす。
何故か、目の前の男は僕たちに向けて、殺気を振りまいていた。
前に立つシエルは肩を上下に動かしている、彼女もベルソスが振りまくプレッシャーに押し潰されそうだ。
やるしかないっ
腰から刀を抜き、シエルの腕を掴んで強引に引っ張る。
彼女の前に立ち、刀を正面に構えた。
乱れた息を整えるために、深呼吸を繰り返し、ジッと『鬼人』を見つめる。
「ほう。オレに剣を向けるのか?」
「目の前に殺気を振りまく人が居れば当然でしょう」
刀を握った右手に力を入れる。
後ろで、シエルとセイナが「やめろ」と言っているけど、僕の全神経、五感は目の前に男に注がれていて、反応する余裕はない。
「貴様が新しい勇者か……腕を見せてもらうには丁度いいかもな……」
ベルソスがゆらりと立ち上がる。
「ベルソス様! 我々はそんなつもりはありません!」
「俺個人が勇者の腕を見たいと言っているだけだ。そっちに落ち度はないから安心しろ」
セイナの言葉にそう言い返し、鬼人の視線が僕の身体を貫く。
心臓の音が耳に響いて、うるさく感じるほど鼓動が早い。
雰囲気に飲まれたと言えばそれまでだけど、そう言いたくなるほど今の僕は男の一挙一動にくぎ付けだ。
「シンジ、剣を納めなさい! 戦えば無事で済むわけが……」
シエルが言い切るよりも早く、ベルソスが動いた。
来る。そう予感した時には、すでに彼は僕の懐に潜りこみ、胸倉を掴んでいた。
丸太のように太い腕に掴まれ、窓の方へと投げられる。
背中から窓ガラスを割ると、そのまま地面へと落下していく。
いきなりかよっ
ギルドマスターの手荒な歓迎に心の中で舌打ち。
そして、下を見る。
三階から落とされたとあって、高さはかなりのものだ。
地面に直撃すれば、無事ではすまない。
腰につけたポーチから札を一枚手に取り、地面に向かって投げた。
「守り羽!」
以前の魔物討伐任務の時、地下に落下した時と同じ要領で障壁を地面の上に張り、その上に魔力で強化した足で着地する。
ミシミシと障壁が音を立てるが、前回よりも高さがマシなこともあって、衝撃をすべて吸収してくれた。
「変わった魔法を使うんだな」
頭上から声。
見上げると、鬼人のベルソスが僕の割った窓から飛び降りてきた。
ドシンと音を立てて、着地した彼の右手には大槌が握られている。
どうやら、あれがSランクの魔装具らしい。
「ただの手品ですよ」
「貴様の固有魔法か?」
「使えたら嬉しいんですけどね」
刀を正面に構え、ベルソスと対峙する。
なんでこんな事になったのか、一瞬そんな考えが過ったけれど、考える事をすぐにやめる。
相手の魔装具に魔力が注がれていったからだ。
この人は本気で僕の腕を試す気らしい。
相手の殺気にあてられて、武器を勢いで取り出してしまったとはいえ、これはいい機会かもしれない。
相手は間違いなく、最強クラスの男できっと『黒の勇者』も同レベルだろう。
今の僕がどれくらいの場所に居るのか、『勇者』からの距離を測るには絶好の機会だと勝手に考えた。
「その右腕のブレスレットはなんだ?」
ベルソスの問いに、右腕に視線を向ける。
金色に装飾されたブレスレット、この世界に来て初めてもらった魔具にして、僕の体術系の魔法を支える要。
これが無かったら、僕は間違いなくもっと早く死んでいた。
「魔法を使いやすくする魔具ですよ。あなたには関係ないでしょうけど」
「魔法補助の魔具……まぁいい……行くぞ!」
ベルソスが右手に持った大槌で地面を強く叩く。
叩かれた付近の地面が隆起して、まるで生き物のように伸びて来る。
目に魔力を集めて、動体視力を強化、足に魔力を溜めて地面を蹴った。
「いいスピードだ!」
嬉しそうな声をあげたベルソスが大槌を振って、隆起した地面を僕へと向ける。
左右から僕を押し潰そうと迫る土の塊を、ジャンプして避けた。
空中では身動きを取れない僕の四方を土の塊が囲む。
このままじゃ、押し潰されて終わる。
死ぬことだけは避けるために、ポーチから数枚札を取り出し四方に投げる。
「守り羽、密集硬化形態!」
札同士の障壁が繋がり、僕の周りを球となって囲い込む。
四方から迫った土の塊が障壁にぶつかり、バチバチと音を立てた。
何とか防ぐことが出来たけど、やはりベルソスが操作している土の物量は凄まじく、このままでは押し切られてしまう。
「させるか!」
魔装具の刀に魔力を流すと、刀身が蒼白く輝きを発揮する。
僕の周りを囲む土にも、当然ながら魔力が込められている。
その魔力を吸い上げ、刀身に纏わせるのが、僕の魔装具の能力だ。
Sランクの魔装具を使って、込められた魔力量は凄まじい、刀身の輝きを見てそう思った。
魔力を奪われた土の塊は、普通の土へと変り果て地面へと落ちる。
これで僕の周りを囲んでいた土は無くなった。
障壁を展開したまま地面に着地し、ベルソスと再び向かい合う。
「貴様何をした?」
「手品だよ! 縛り羽!」
障壁となって発動していた札たちが、一斉にベルソスの方へと飛んでいく。
それ見た彼は横にローリングして回避した。身動きを抑えることには失敗した、だけど、今の彼は一瞬だけ僕から視線を外した状態である。
ここで、キメる!
魔装具の刀に魔力を纏わせたことで、飛躍的に上昇した身体能力。
それを全力で発揮し、滾る力を足に乗せて地面を蹴る。
一歩でベルソスとの距離を詰めて、刀を振り降ろす。
彼はようやく僕に気が付いたが、魔装具による防御は間に合わない。
回避した直後で体勢も崩れており、再び回避することは難しいだろう。
もらった!
そう思った直後、僕の振り降ろした刀は彼の左手に止められた。
バ、バカな!? 切れ味が数段増した今の状態を素手で止められるはずが……
「甘いな、小僧……この程度でオレに一太刀浴びせようなんてな!」
ベルソスが右手に持った大槌が僕を襲う。
あまりの速さに回避も防御も間に合わず、大槌は僕の腹部にめり込んだ。
「ぐふ!」
メキメキと骨が折れる音、逆流した血が口から溢れ、吹き飛ばされる。
長い浮遊感の後、地面に叩きつけられ何度も転がる。そして追い討ちをかけるように、ギルドの建物の壁にぶつかった。
朦朧とする意識の中で、必死に目を開けるとベルソスがゆっくりとこちらに近づいてくる。
来るぞ……迎撃しないと……殺される……
必死に立ち上がろうとするが、ダメージを負いすぎた身体に動くパーツが一つもない。
たった一撃で沈められたことに驚愕。最強の男の一撃はこれほど重いのかと。
「センスは悪くねぇ。だけど、勇者と呼ぶにはまだ早いな」
僕を見下ろすベルソスの一言。
勇者とはなんて遠くて、気高い称号なのだろうか、一人で勝手にそんなことを思い、僕の意識は途絶えた。




