第14話 来訪者の誘い
遠くで誰かの声が聞こえる。徐々に帯びた意識の輪郭。
その声がシエルとセイナのやり取りだと気がつき、目を開ける。
ベッドの側で顔を赤くするシエルと、部屋の入り口から顔だけ覗かせるセイナ。
両者の間に流れる微妙な空気にどうしたらいいのか分からないが、とりあえず身体を起こす。
ただ、どうしてシエルが僕の部屋にいるのか、それが一番気になることだ。
「シエル? 何してるの?」
「な、何もしてない! あたしは何もしてない!」
必死に叫ぶシエルに首をかしげる。
何をそんなに慌てているのだろうか?
何も悪いことをしていないのならば堂々としていればいい。
「二人がそんな関係だったとは…一生の不覚っ」
訳の分からないこと言って、両手を床につくセイナ。
そんな関係とはどんな関係なのだろう。そもそも、シエルは僕になんのようだ。
「シエル。朝から何か用?」
シエルはハッとなり、我に帰ったという感じになる。
用件を忘れるほど、彼女は何に夢中だったのか。
とても気になるけど、怒られるのが怖いから胸にしまう。
「約束はどうしたの!」
なんのことだろうと言われ、まだ眠気の残る頭で考える。
そう言えば、シエルが遊びに行ってあげるとか言っていたような気がする。
僕は寝坊して起こされかけたのか。
「ちゃんと覚えてるよ。少し寝坊したのは申し訳なく思ってる」
「ホントよ! 責任取りなさいよ!」
僕の方にビシッと指をさすシエル。
何をどう責任を取ればいいのか分からないけど、朝食を食べないことには何も始まらない。
食堂に向かうために、ベッドから出て身体を伸ばす。
「シエルの怪我は大丈夫なの?」
「あたしを誰だと思っているの?」
聞いた僕がバカだった。
シエルが痛いと弱音を言うはずがない。
無理しないように見ておかないと、どこまでも突き進むからなぁ。
「無理はダメだよ」
「う、うるさい!」
プイッと顔を横に向けた彼女が可愛らしくて口元が緩む。
見られると怒られるから、手でそれを隠した。
「ところでセイナは僕に何か用?」
両手を床についていたセイナが顔を上げた。
そして素早く立ち上がり、何かを思い出したように早口で話し始める。
「お二人に会いたいと言うお方がいらっしゃったので、お呼びに来ました」
「あたしとシンジに? 相手は誰?」
「ギルド役員の一人。ロスブルク様です」
「去年、ギルドマスターの娘と結婚した人ね」
二人の会話から、そのロスブルクと言う男が相当なやり手だと察する。
ギルドマスターの娘と結婚するって、つまり組織のボスの娘と結婚すると言うことだ。
僕で言うならシエルと。ありえない。と言うよりも、そこに手を出す度胸が凄い。
「その……シンジ様との約束があるのなら……上手く誤魔化しておきます……」
「ない! そんなものは無いの!」
顔を赤くして必死の否定。
向こうが誘ってきたはずなのに、少しだけ悲しくなった。
「ほらシンジ! 客人を待たせているから、すぐに行くわよ!」
朝食ぐらいは食べさせて欲しいと言う間の無く、シエルは僕の手を引いて部屋を出た。
赤い絨毯の敷かれた廊下をどんどん歩いて行く。
後ろからはセイナもついてくるから、彼女もそのロスブルクと言う男に呼ばれたのだろうか?
「そのロスブルクって人は凄い人なの?」
「ギルドが元は傭兵集団を母体にしているのは知ってる?」
「うん。本で読んだ」
「彼はその時から在籍している。だから、ギルド役員なの。冒険者じゃなくてね」
魔物領から見て、北にあるギルド本部がある街『ラムザ』。
元々は商業都市として人の往来が激しい街で、10年前『第二次人魔戦争』の時にその街を守っていた傭兵集団が、今のギルドと呼ばれる組織の母体になっている。
ギルドの仕事は主に魔物の討伐や物資の運搬、魔物の被害を受けた村の復興など多岐にわたる。
ストレニア王国はギルドと協力関係にあるので、騎士団だけでは手の回らない仕事はギルドに任せている。
最近では出張所も各地の多く点在し、登録すれば誰でも仕事に就けると言うことで『冒険者』と呼ばれる登録者の数は増加の一途を辿っているそうだ。
事実、騎士団からも隊員をやめてギルドに所属する者もいる。
そしてギルド役員とは、ギルドの運営管理する立場として今回のように協力国への訪問。
冒険者の育成、依頼の作成などを担当する人たちの中でも上位の人たち。
ギルド創生時から居るメンバーで構成され、その戦闘能力は魔物狩りのプロとして腕を鳴らしていので折り紙付きだとか。
そんな凄い人が僕とシエルに何の用だろうか。
「シエルだけじゃなくて、僕もなんだね。それにセイナも」
「当然でしょ? ギルドマスターは『黒の勇者』に一目置いていたし、セイナの父はライバルなんだから、興味があるのはおかしくない」
ストレニア王国とギルドの最初にして最大の合同作戦『魔物領遠征』。
第二次人魔戦争終盤、魔物侵攻の原因が魔物領にあると突き止めた王国は、当時はまだ傭兵集団だったギルドに協力を依頼し、これを見事に達成。
それにはもちろん、『黒の勇者』と『蒼い女神』も参加していた。ここまでは知っている。
「セイナのお父さんも騎士団にいたの?」
首を後ろに回し、セイナに聞いてみる。
すると彼女は誇らしく答えてくれた。
「そうだ。父は前騎士団総隊長であり、『爆炎』と呼ばれていた。父が使っていた魔装具を継ぎ、総隊長になるのが私の目的だ」
今の総隊長にはまだ会ったことがないけれど、本当に強いと聞いている。
その地位にいたセイナの父親。本当にみんな凄いなと改めて思った。
それに『爆炎』の名前は読んでいた本で見たことがある。それがセイナの父親だとは思いもしなかったけど……
第二次人魔戦争を終戦させ、人間側の勝利で終わらせた『四英雄』の一人。
人々は彼ら彼女を称賛する、『黒の勇者』・『蒼い女神』・『爆炎』・『鬼人』の四人を英雄として。
「着いたわ」
城の中にある応接室の扉の前でシエルが足を止める。
ギルド役員の男で、第二次人魔戦争で魔物領に行って帰って来た。
きっと強面の男に違いない。怖い人だったらどうしよう。
「入るわよ」
「シエル。もうちょっと心の準備をっ」
「うるさい」
相変わらず、僕の言葉を無視して扉のドアノブに手をかけた。
ガチャっと開いた扉の先に居たのは、来客用のソファーに座る男。
普段は背中にかけてあろう大剣を手に持ち、オールバックの茶髪は見事に決まっている。
歳は30代前半くらい。この人がギルド役員ロスブルク。
「ロスブルク様。二人をお連れしました」
セイナがスッと僕たちの前に出て、説明してくる。
ロスブルクさんはゆっくりと立ち上がり、茶色の瞳が向けられる。
てか……でかい。
身長は190センチくらいあるだろうか?
それに元は傭兵とあって、肩幅も広いから威圧感は相当のものだ。
怖い、めっちゃ怖いんですけど……
ビビる僕とは対照的に、シエルは毅然とした態度だ。
彼女は会ったことあるのだろうか?
そんなことを考えていると、ロスブルクさんがシエルの顔をジッと見つめる。
そして声を出した。
「いやぁ、噂に聞いていたけど、ホントに女神さまにそっくりなんだなぁ」
ニッと笑みを浮かべる大男。
体格から想像もつかない屈託のない笑顔と、気さくな話し方。
身構えていた僕はなんだったんだ。
「姉様を知っているの?」
「そりゃ、オイラたちは前の戦争で一緒に戦ったらかなぁ。それで横に居るのが新しい『勇者』?」
彼の視線が僕に向けられる。
「はじめまして。シンジと言います。勇者ではありませんが、異界人です」
「うん? 王国には勇者になれる基準でもあるんか?」
「ない。こいつが弱いだけ」
シエルの容赦ない言葉が突き刺さる。
最近は少しマシになったと思ったんだけど、まだまだ足りないらしい。
「ハッハッハ! その様子だと性格は姉妹なのに似ていないみてぇだな!」
耳がキンキンする。声まで大きい。
「ロスブルク様。一応城内ですので、声は程ほどに」
「おお! 悪い悪い! セイナも隊長を上手にこなしているってな! あの『爆炎のガノ』もきっと喜ぶと思うぜ!」
「ロスブルク。雑談はこれくらいにして、本題に入って」
シエルの言葉を聞いて、ロスブルクさんは「しまった」と呟く。
どうやら、話が脱線することはよくあるらしい。
「今日は招待しに来たんだ」
「あたしを?」
シエルの言葉にロスブルクさんは首を横に振る。
「姫様もそうだけど、本命は彼」
そう言って、ロスブルクさんの太い指が僕に向けられた。
「僕……ですか?」
ギルド役員が僕に何の用だろう……
初めて会ったし、目をつけられるようなことは何もしていないはず。
「そう。お前を『ラムザ』で開かれる『武闘大会』へ誘いに来た!」




