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旅立つ者には祝福を  作者:
本編
12/36

第11話 雪がとけるように


「シエル!?」


 振り返った先には苦痛で顔を歪める王女様。

 右腕についた切り傷から、血が流れていた。

 魔法が暴発した? 魔素の濃度が高すぎて魔力の操作を誤ったらしい。

 制御不可に陥った魔法はシエルの手元で発動し、爆発となって彼女を襲った。


 シエルの怪我の状態が心配だけど、今は周りから囲むように近づいてくるゴブリンたちをなんとかしないといけない。

 腰のポーチから札を数枚取り出し、魔力を流して四方に向かって投げる。


「守り羽!」


 展開された障壁どうしが繋がり、大きな防御壁が僕とシエルの周りに張られる。

 障壁に激突したゴブリンたちは、手に持った剣やこん棒で障壁を叩くが、少しくらいではビクともしない。

 今のうちに体勢を整えないと。


「シエル! 怪我を見せて!」


 蹲るシエルに近づき声をかける。


「これくらい大丈夫よっ」


 彼女は強がるけど、血が地面に落ちて小さな溜まり場を作っていた。

 かなりの重傷だ。僕の札で治すことは出来るだろうか。


「強がるのはいいから、怪我を見せて」


「大丈夫って言っているでしょ! いいから障壁を解除しなさい! あたしが倒す……あたしが……」


 焦りと余裕のない表情。

 まるで自分がやらないといけない、やるしかないと言う強迫観念にでも、囚われているのだろうか?

 いつも自信満々で、負けることなんて考えない王女様はどこに行ったのやら……


 ポーチから札を取り出し、魔力を流す。


「治癒羽」


 シエルの周りを囲んだ札に発動したのは、簡易的な医療魔法。

 本当は怪我をした場所に直接札を当てるのが、一番の効果を得られる。

 しかし、シエルが意地を張って怪我を見せくれないのであれば仕方がない。

 時間はかかるけど、動かずに大人しくして貰おう。


「シンジ! どうゆうつもり!」


「どうもこうも、怪我人は大人しくしとけって、いつも言っているのはシエルだろ? だから大人しくしていて、ゴブリンは僕がやる」


 ゴブリンたちの猛攻を耐えていた障壁に、ピシっと音を立ててヒビが入った。 

 これ以上は長く持ちそうにない。もうすぐゴブリンたちが僕たちを殺すために襲ってくる。

 動けないシエルにもう一枚、札で魔法を付加する。


「守り羽」


 半透明の障壁がシエルの周りに張り巡り、これで彼女をゴブリンたちの攻撃から守ってくれる。

 障壁を突破しゴブリンたちが近づいて来た。刀を握った右手に力を入れる。

 目を閉じ、息を深く吸って、ゆっくりと吐く。集中力を高め、スウッと目を開けてゴブリンの群れと対峙した。


 もう森で死にかけた時のように無力な僕じゃない。

 死ぬ気で訓練した。生まれて初めて武器を求め、力を欲した。

 別の世界で出会った彼女の願いを叶えるために……


「あんた一人でどうにか出来る数じゃない! 大人しく障壁(これ)を解除しなさい!」


「たまには僕を信じてくれ」


 半透明の障壁をバンバンと叩くシエルを諭すように言った。

 頼りない僕だと思う。シエルのように皆を治したり、凄いことは出来ない。

 だけど、今この瞬間だけは僕がなんとかしてみせる。


 そう思った僕が、それは無意識に行った行為。

 右手に握る魔装具に魔力を流した。すると、この大空洞に満ちた魔素が刀身へと集まり、蒼い光となってそれを包み込んだ。

 魔力を流すことで属性魔法を付加させる魔装具の武器。


 訓練時はいくら魔力を流しても、反応が無かったくせに、今このときになって初めて反応した。

 これが「進化する魔装具」と言われるこの刀の力なのだろうか。

 そんなことを考えるけど、今はどうでもよかった。

 高揚する気持ちと、滾る力を足に乗せて、僕はゴブリンの群れへと向かってジャンプした。


 魔装具の効果なのか、イメージよりも高く飛んでしまう。

 刀身に集まった魔素に応じて、身体能力に補正がかかっているらしい。

 一人で多数のゴブリンを相手にするのは、キツイと思っていたけどこれなら……


 眼下に広がるゴブリンの群れへと刀を一振り。

 刀身に纏った魔素が蒼い光の斬撃となって、飛んでいく。

 斬撃に襲われたゴブリンたちの身体が、グシャッとグロテスクな音を立てて潰れる。

 遠距離で攻撃が出来るのなら、怖いものは何もない。


 続けて、二発目、三発目と次々に斬撃を飛ばしていく。

 蒼い光に包まれて、ゴブリンたちの悲鳴。死んだ身体から出た血で地面が赤く染まる。

 地面に着地する頃には、生き残ったゴブリンたちは20匹程に減っていた。

 斬撃を飛ばしたせいか、刀身を纏っていた蒼い光の輝きが小さくなる。

 

 次で決めてやる。


 そう思い。剣を水平に、身体を一回転させて振る。

 円形に広がった光の斬撃が残りのゴブリンたちの首を飛ばした。

 助かったと一息ついたのは束の間。


 大きな揺れが地面を通して伝わる。

 奥から出来てきたのは、褐色の肌を持つ一角鬼(オーガ)

 不気味に光る赤い目は、魔素の影響を受けたせいだろうか。


 まだシエルが動くことは難しい。

 編成を組んで討伐するオーガを一人で倒せるかどうかは分からない。

 だけど、やるしかない。


 再び武器に魔力を流すと、刀身に魔素が集まる。

 それに比例して、身体に力が漲り、身体能力が上がったことを確信した。

 こちらに走ってくるオーガに向かって、刀を一振りして斬撃を飛ばす。

 オーガはそれを横にスライドして避け、一気に加速した。


 さっきの戦いを見られていたのか?


 まるで僕に接近するため、誘っていたような動きにそんな考えが過った。

 魔素の影響は知能にも影響するらしい。近づいて来たオーガが右拳を振り降ろす。

 魔力で動体視力を強化したおかげで、その拳の軌道はハッキリと見える。


 魔装具の補正で強化された身体で避けるのは、造作もないことだけど、問題は反撃する体勢を整えた状態でいかに回避するかだ。

 セイナとの訓練を必死に思い出す。たしか、「最小の動きで避けて、即座に反撃しろ」と言っていたような気がする。

 そうすれば、相手は攻撃直後で一番無謀な状態で攻撃を受けるからだと。


 身体を少しだけ後退させ、鼻先に拳圧を感じながら攻撃を回避した。

 地面に突き刺さったオーガの右拳が地面を粉砕し、手首辺りまでめり込む。

 一瞬のスキ。それを見逃さず魔素を纏った刀をオーガの首へと向けた。

 首に当たった刀から、重い手応えが刀身を通して伝わる。


「この!」


 腰を回転させて、全身の力を使って刀を振り切った。

 宙に飛んだ首。赤い液が飛び出し、胴体が力なく倒れる。

 周りを見渡しても魔物の気配や姿はない。このオーガでこの辺りの魔物は最後のようだ。

 息を深く吐いて、刀を鞘に納めた。


 シエルに近づき、障壁を解除する。

 怪我の具合を見るに、確かに治り始めてはいるが、動くことはまだ厳しそうだった。


「あんた! 無茶しすぎ!」


「勝ったのに怒るの……」


「死んだらどうするつもりだったの!」


「そこまで考えてる余裕はなかったよ」


 やや苦笑気味で答える。

 本当にそんな余裕はなかった。魔物たちを考えることで精一杯。

 今度からはもっと余裕を持てるといいな。そんな願望は胸にしまって、怪我が悪化しないようにシエルを背負った。


「ちょ、ちょっと! 恥ずかしいからやめて!」


「ここに留まるわけにもいかないし、同時に動くにはこれしかないよ」


「だって……あたし最近けっこう重く……」


 地上の戦闘時にだって背負ったのに、何をそんなに恥ずかしがることがあるのだろうか?

 シエルが言うには最近重くなったらしく、そう言われてみるともう少し軽かったら楽に運べるのにとか思ってしまう。


「確かにもう少し軽い方が助かるかもね」


「そこは嘘でも『そんなことない』でしょ」


 シエルが腕で僕の首を絞める。

 苦しくて息が出来ない。それよりも、僕の背中に当たる柔らかい二つの感触越しに伝わる、彼女の鼓動が気になる。

 心臓バクバク言っていますよ、王女様。


「なに笑ってんのよ。いいですよ、どうせあたしはデブですよ!」


「ちがっ、シエル……心臓バクバクしすぎっ」


 首を絞められて絞り出した声は酷く掠れていた。

 心臓の鼓動を指摘され、シエルが腕を首から離してくれる。


「変なとこ気づかなくていいのっ いいから黙って歩きなさい!」


「はいはい。仰せのままに王女様」


 シエルって弄ると結構面白い反応するなぁ、と勝手に思い胸にしまう。

 もちろん言えば怒られるし、時々からかって遊ぶには本人に知られる訳にもいかない。

 シエルの身体に無理がないように、ゆっくりと歩き始める。

 木の足場を踏むと、ひと二人分。さっきよりも大きくミシミシと音を立てた。

 一歩一歩、足場を確認しながら慎重に上へと昇って行く。


「ねぇ、シンジ」


「なに?」


「足引っ張っちゃってごめん……王女のくせにあんたに頼りっぱなしで……役立たずって……思ったよね?」


 恐る恐る聞いてくる彼女は本気でそう思っているのだろうか?

 僕が怪我した時、シエルが治してくれなかったら今の僕は居ない。

 訓練で大怪我か、習練が足りず魔物に殺されていた。

 それに地上の戦闘だって、シエルが闇属性の魔法を使わないと、どうなっていたか分からない。

 そんなシエルを役立たずと思う訳がなかった。


「思う訳ないよ」


「嘘言わないで! あんたにまで変に気を遣われたくないの! 正直に言って!」


 僕の首に回されている彼女の腕から小刻みな震えが伝わって来る。

 そんなに言われるのが怖いのなら、最初から聞かなくてもいいのにとか思うけど、それは僕の意見であって、聞くかどうかはシエルが選ぶことだ。

 でも、この世界で真っ直ぐ向き合ってくれた彼女に、僕は応えないといけない。ただなんとなくそんな気がした。


「嘘なんかじゃない。シエルが僕の頑張りを知っていたように、僕だって君の頑張りは知っている。だから、役立たずなんて自分で言うな」


「……ホントにホント?」


「本当だ。もしシエルのことをそういう人が居ても、僕はシエルの味方だよ」


「あ、アンタはあたしが呼んだから当然でしょ!」


 何故か再び首を絞められる。

 何がそんなに彼女を怒らせることになったのか分からない。

 ただ、シエルの鼓動がビックリするくらい早かったのは、少しだけ笑いそうになった。


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