第10話 地下にて
背中でシエルが小さくなる。それも今の状況を思えば仕方がないと思った。
採掘場の入り口で足場を失くした僕たちは、耳を切り裂く風切音を感じながら落下中。
魔物たちが穴を掘って地面から出てきたこと、採掘場で地下に掘り進んだ両方が原因で、地面の下には広大な空間が出来てしまったらしい。
そんなことよりも、今のままではいずれは地面にぶつかり、間違いなく死ぬ。
成功するかどうかは分からないが、抵抗しないといけない。
シエルを落下させないように、右手でポーチから札を取り出し魔力を流す。
「守り羽!」
下に向かって投げると、遥か下で小さく青い光を放ち、札が障壁を展開した。
障壁が地面からの衝撃を防いでくれるかどうかは分からない。それでも今はそれに賭けるしかない。
足が障壁に触れるとミシミシと音を立てる。壊れてしまうかと一瞬思ったが、障壁はなんとか持ちこたえ、衝撃をかなり吸収してくれた。
死なないことにホッと一息。そして、痛みが足裏から発せられる。
「っ!」
「シンジ?」
僕の違和感に気が付いたシエルが心配そうに声を上げる。
札は死なない程度に衝撃を吸収してくれたが、足を痛めてしまった。
とりあえず、シエルを背負うのがかなりしんどい。
「シエル。降りてくれる?」
「う、うん!」
シエルを降ろして、すぐ腰を下ろす。
周りは真っ暗で何も見えないけど、感触から岩肌に囲まれているらしい。
そんなことを思っていると、シエルが魔法で杖に明かりを点けた。
周りの視界が一気に鮮明になり、シエルの顔もよく見える。
「怪我したの!?」
明かりを点けて、僕が座っていることに気が付いたシエル。
「少し痛めただけだよ。大きなケガじゃない」
「いいから、手をどけて!」
シエルが明かりとなる杖を僕に預け、脛に置かれていた僕の手をどかす。
彼女の白い両手が蒼白い光を放ち、痛みを発する脛を光で包んだ。
足全体に少しずつ暖かさが広がり、痛みが次第に鈍くなっていく。
相変わらず、シエルの医療魔法は凄いなと感心しつつ、大人しく治療を受ける。
「ホント。危なっかしいんだから!」
「だけど、シエルがいつも治してくれるから……ついね」
舌を出しておどけてみる。そんな僕に呆れたシエルがため息をこぼした。
「バカね」
「それはヒドイよ」
「本物のバカよ。はい、終わり。応急処置だから無理はしないこと」
「りょーかい」
元気良く立ち上がり、杖をシエルに返す。
医療魔法と明かりを点ける魔法を同時に使っていたせいか、シエルが少しだけしんどそうに息を吐いた。
無理しているくせに、それを周りに見せない彼女も結構危なっかしいと思うんだけどなぁ。
思うだけでそんなことは絶対に口にしない。怒らせるのだけは避けないと。
「ここは何処だろうね?」
「開発途中で放棄された採掘場って所かしら?」
シエルが杖を少し上にかざすと、採掘のために木材で足場が作られていた。
あの安定していそうな木材を辿れば、地上まで着けそうだ。
上を見上げると、落ちた穴が小さな点で見える。登って地上を目指すには厳しい。
「大人しく。道を辿って帰ろうか」
「そうね。上の被害も気になるし」
シエルが言うのも御尤もだった。
使い手が貴重な医療魔法で人を治す機会が多い彼女の事だ。
突然起こった、魔物の襲撃で傷ついた隊員たちが心配なのだろう。
足場に気を付けて、木材で造られた足場を移動する。
幅は人ひとり分くらいなので、僕が前でシエルが後ろから出来るだけ前方を照らして、移動する。
もちろん、右手には魔装具の刀をすでに握っている。
前は見えるが、昼の時よりもかなり視界は悪い。ここは採掘場内であるため、魔物が襲撃してくる可能性もあり、その備えとして武器は最初から握ることにした。
ミシミシと音を鳴らす足場に少し不安を覚えるが、一歩ずつゆっくりと足を前に進める。
沈黙は不安しか生まないような気がしたので、何か会話をしようと話題を考える。
……何かあるかなぁ。
「そう言えばさっきさ」
「なに?」
ぶっきら棒に答えるシエルに少しだけ怖いなぁと思いながら、木材で造られた階段を上る。
「初めて名前、呼んでくれたよね」
先ほどの戦闘の際、どさくさに紛れてシエルに初めて名前を呼ばれた。
こっちの世界に来てから、ずっと一緒に居るのにシエルが僕の事を名前で呼んだことはない。
今、よくよく考えればで思いだしたことだけど、これって結構ヒドイことだなと改めて思う。
それを指摘する勇気は僕には無いんだけど……
「ご、ごめん……」
こう思うと失礼かもしれないが、素直にシエルが謝ることに違和感。
反射とも言える反応で、思わず彼女の方に顔を向けてしまう。
「な、なによ!」
「いや……意外だなって」
「あたしだって、謝るわよ!」
「ごめんなさい!」
何故か僕が謝ることになって、怒るシエルから目を逸らすように、すぐさま前を向く。
なんでいつも怒らせることになるんだろうか。どうにか良い関係を築きたいと思いけれど、残念ながら僕にはそんな対人スキルは備わっていない。
シエルにばれないよう、小さくため息。
そして、階段を上りきると、開けた場所に出た。
体育館二つ分くらいの大きさの空間。地下に何故これほどの空洞があるのか疑問だけど、この場所をより異様にさせているモノがある。
「なんで魔素がこんなに……」
後ろのシエルが呟く。この場所には小さな蒼い光の粒子が浮かび、部屋全体を蒼色にライトアップさせている。
目に見えるくらい魔素の濃度が高いのだろうか?
「ここが濃度上昇の原因場所かな?」
「はぁ……はぁ……かも……ね……」
シエルの様子がおかしい。振り返ると額に汗を滲ませ、肩で息をしている。
「シエル。大丈夫?」
「大丈夫……少し、魔素に酔っただけだから……」
魔素酔い。魔術系の魔法に精通した魔術師が魔素の濃い場所に行くと、稀に起こる現象。
胃の中で何かが暴れまくるほど気分が悪くなると、本で書いてあった。
ただこの症状が発症するのは、本当にすぐれた能力を持つ魔術師のみと言われているので、普通は心配しなくていいそうだ。
蒼白な顔色を浮かべるシエルには少し申し訳ないけど、やっぱり彼女は凄いんだと再認識。
シエルはいつも「姉様に比べれば大したことない」と言うけれど、同じ血を引いているんだし、魔法に関して言えば彼女もかなりの腕前だ。
もっと自信を持てばいいのに。素直にそう思う。
「少し休む?」
「バカ言わないで。早く戻らないと……」
やせ我慢でいつもと同じように振る舞おうとしているけど、声がいつもよりも弱い。
心配だけど、これ以上僕が心配するとシエルに怒られそうだ。
歩く速度を少し落として、歩こうと思った時だった。
部屋の端から聞こえるのは複数の足音。
その音は確実にこちらへと近づいてくる。足を止めて刀を握る右手に力を込めた。
魔素の蒼い明りに照らされて現れたのは、ゴブリンの群れ。
ここはゴブリンの巣だったのか?
小さな身体を揺らして、ゴブリンたちは四方から近づいてくる。
魔素の濃度が高いこともあって、正気を失っているのか、訳の分からないことを叫んでいた。
多勢に無勢。魔装具の力をまだ引き出せておらず実戦経験が少ない僕と、魔素酔いを引き起こし、万全からは程遠いシエル。
状況が悪いことは分かっている。それでもやらないといけない。
生き残るために。
「シンジっ、あたしが魔法でぶっ飛ばすから動かないでっ」
「分かった!」
確かに周りに味方がいないこの状況なら、力いっぱい魔法を撃つことが出来る。
周りの地盤に当たらないか少し心配だけど、ピンポイント攻撃が可能な闇属性の魔法だってある。
シエルなら絶対になんとかしてくれる。そう思って、刀の魔装具を握り、ゴブリンたち向き合う僕の耳に届いたのは爆発音。
振り返るとそこには小さく蹲るシエルの姿があった。




