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3.偽りの経歴と隠逸人士

中国の歴史を参考にはしてますが、色々適当に切り貼りしている感じです。


春月が公主を連れて来た妓楼は宮殿の殿閣にも劣らない、

いやそれよりも華美で桃源郷を再現したような場所。

「…綺麗。」

通りがけ、目にした酒場のような場所を想像していた公主は

宮殿のような妓楼の佇まいにすっかり安心した。

「政府の高官や裕福な商人の方がお客ですから…美しくするの。

でも外から見ても分かるように…五月蠅い場所よ。」

春月は苦笑まじりに言う。


見れば、華やかな服装をした若者や、恰幅の良いオヤジが馴染みの妓女を尋ねるために

ゾロゾロ馬を揃えて往来している。

顔は笠を被っているので見えないが公主の体が硬くなったのを見て、

春月は彼女がどんな顔をしているのか分かるような気がした。

「公主様…いえ、麗ちゃんが馴染めるかどうか。

心配だわ。麗ちゃんが世間を見る良いチャンスではありますが…。」


春月の心の中にはまだ迷いがある。

公主が居なくなるというのは国家の一大事だ。

皇帝、黄興の一人娘である公主。

皇帝は公主を溺愛していると噂に漏れ聞いている。

そして…禎には嘗て女性君主もいないわけではなかった。


__皇位継承権すら持っている彼女を妓楼に匿うことは皇帝への大逆であり、

周囲に迷惑をかけるのでは?


そう思い、一度は突っぱねようと考えた。

だが公主が涙目で懇願するのを見て、考えを変えた。

余りにも、その涙を美しかったから。

女の春月もクラリ、とくる程。

佳人の涙は恐ろしい、と昔どこかの詩人も言ったが、

まったくその通りだ、と春月は思う。


__これで男嫌いでなければ、国が傾くのだけれど。


そして春月が公主を匿った理由はまだあった。

自分の生家に少なからず関わりがある、皇帝の娘の人となりを知りたかったのだ。


『嫦娥楼』という額が掲げられた門は鮮やかな朱色だった。

先ほどの集団も馬を馬子に預け、入っていく。

その門を通るよう、春月が促す。

周囲の視線を浴びながら公主がおっかなびっくり通る。

ビクついている彼女は面白いくらい挙動不審だった。

「春月。久しぶりだなぁ。」

その集団の一人が春月に話しかけた。

「馬家の若様。今日もお越しでしたか。いらっしゃいませ。」

「今日は秋琴のところに行くけどよ、お前の詩も捨てがたい。

いっそ、お前も俺達のところに来ないか?礼は弾む。」

軽いノリで促す青年。強気そうに吊り上っていた目が特徴的だ。

「…花をとっかえひっかえする蝶は、

そのうち花の蜜が吸えなくなりますわよ。

秋琴さんを口説きたいのでしょう?

それに、今日はこの子を楼主に会わせなくてはなりませんの。

ですから残念。」

春月が傍らの公主を指し示す。


「笠被って顔が見えぬが、この女は新入りの妓女か?」

「ええ、そうですわ。この子は西域からやって来て、言葉が不自由ですの。

それに幼い頃痘瘡にかかっているので顔はお見せ出来ませんわ。

本人が凄く嫌がるので。それに宗教上の理由からも顔は晒してはならないそうです。」

その言葉を聞いて、吃驚したのは公主である。


__聞いてないわっ。春月さん。何時の間に私は西域の女に…。


そんな大きな嘘をついてバレないものなのだろうか?

アタフタ公主がしていると、

「じゃあ、お前は景旋を踊れるんだな?今流行ってるもんな。

それはそうと…少しだけ、顔を見せてみんか。」

礼は弾むぞ?とまた言うと、彼は公主の顔を覗き込んだ。

無言で顔を逸らせた公主の態度を見て彼はニヤニヤした。

「おふざけも大概になさいませ。女を困らせる男は嫌われますわよ。」

「まったく…冗談じゃないか。じゃあ、俺は秋琴のところに行くからな。

…今日はあの腐れ宦官野郎がいないから、清々するぜ。」

そう言うと若者は手をヒラヒラさせて行ってしまう。


「春月さん!」

若者が行ってしまうと、公主はガバリと春月の方に向き直った。

春月も緊張のせいか、少し怖い顔をしている。

「…分かっています。でもこれがベストかなって…。

道中、楼主や周りにどう説明したものかと考えていたら、

いっそ西域の女にすれば言い訳出来るかなって…。」

春月がそう思った理由は三つある。

第一に西域の人々は顔を隠す風習があるそうだ。

第二に西域の人間なら奴隷として買われてやってくる人間…流れ者が多いから

何処の生まれの者か勘ぐられなくて済む。

第三に、西域の文化は流入しているとはいえ、

一部の文化が浸透しているだけだったのだ。

彼らの生活習慣をこの国の人間が詳しく理解しているかといえば、否なのだ。

つまり彼女が西域人の真似事をするのに不都合がない、ということだ。


「まぁ、大丈夫よ。」

心の中で春月は付け加える。


__少しの間ならば。


まさか公主が一生妓楼で暮らせるとも思えない。

彼女が戻る決心をつける少しの間ならば。

願わくば、公主が李瑛の人となりを見て仲良くなったりしないだろうか。


「…春月さん。宮殿で西域の人間の像を見たことがありますが、

景族なんかは顔の彫り深いですし…。私は…。」

笠の下から泣きそうな声で公主が言う。

「いえ…麗ちゃんも充分顔立ちはっきりしてますし、

彫の深さなら化粧で誤魔化しききますからっ。」

本当は半信半疑だが、務めてそう信じたい春月だった。

「何より、景旋って何ですか?」

「…西域人と言えば、我が国では景、狭、黎など様々な人々を指すのだけど…、

その中でも景族を差す場合が多いの。今、我が国の西域を騒がせている部族でもあるわ。その景族の文化で景旋という踊りがあるの。

伝統的な禎の舞とは全く違う、激しく旋回する踊りで、

円莚の上で踊るの。凄く難しくて西域出身の妓女じゃないと中々上手くいかないわ。

…そちらも言い訳の為には踊れた方が良さそうだけど…頑張ってみる?

一人うちにも踊れる妓女がいるのよ。」

「…必要ならば…やります。」

凄く自信の無さそうな声で公主が応えた。



楼主は元宦官だ、ということだ。

普通、妓楼の楼主は金持ちの女性であったり、

パトロンがついた元妓女である場合が多いのだが。

意外でしょ?と春月は言うが、妓楼のことを知らない公主は

それが意外なのかどうかも分からなかった。

春月は楼主の部屋に公主を連れて来たのだった。

楼主であると紹介された夏傑という男の印象は凄まじいものだった。

アレを切られたせいか男にも女にもなりきれていない中途半端な風体。

干からびた化け物じみた顔容に化粧が施されている。

着ている物はヒラヒラした女物だった。

公主を見て、一言気に入らなげに、

「何で顔隠しているのよ?」

と宣った。


その男が言うには、妓女の一番の売りは才覚。

二番目に顔とのこと。

顔を隠すのならそれなりの才覚がいる、と彼は言う。

その上で公主に問うのだ。

お前に相応の売りはあるのか、と。

でもあんた、言葉が不自由だもんねぇ、と溜息をついた楼主は

春月に訪ねる。

「そもそも何処で拾ってきたのよ?春月?」

「え…とまあ、野垂れ死にしそうだったところを…。

どうも彼女を連れて来た商人が道中襲われたらしくて

命からがら雲揚まで来たそうよ。でも言葉通じないから食べ物にありつけなくて困っていたのよ。」

よくもまぁ、嘘がサラサラ出てくるものだ、と公主は春月に尊敬の念を向ける。

「…母さん、この子は西域の人間だから宗教上の理由から顔を隠しているんですわ。

それに幼少の頃病に掛かったらしくて、見せられるような顔ではないそうです。

ですが、この子の知恵は素晴らしいですわ。」

公主は「母さん」というのは一瞬誰のことかと思った。

どうやらこの楼主のことらしいと分かった瞬間ブルッと怖気がした。

こんなに「母さん」らしくない「母さん」は見たことがない。

ここでは楼主を「母さん」と呼ぶらしい。


「この子言葉喋れないのに、どうして分かるの?」

「それは…野垂れ死にしそうな彼女が生き延びたからですわ。

どうやって生きていたのかと聞けば、自分の袋を指差したのです。

滋養強壮に利くネズミモチやトチュウなど、山に行けば手に入るようなものばかり入っていましたわ…。」

冷や汗をダラダラ流しながら春月は説明した。

ちょっとばかし自分の言葉が苦しいのは春月も分かっていた。


「…特技は…サバイバルっと…。」

楼主は呟いて、苦笑いした。そりゃ、そうだと公主も思う。

妓楼に来る若者達は妓女にサバイバル能力を求めている訳ではないのだ…。

「…い、いえ…つまりですね。私が言いたかったのは彼女が薬草に詳しいということですわ。サバイバル能力も魅力の一つですが…アハハ。」

「…つまり薬草に詳しければ、お客としてやって来る、酒に酔い潰れた若様達や流行り病に掛かった妓女や、『五散石』使って清談とか言って議論を戦わす、どこぞの引き籠り集団を助けることが出来るってわけか。兎に角、毎晩吐いてぶっ倒れる奴が多いからな。確かに役にたつ…。」

口の端を歪めて笑う楼主。

今度は公主が冷や汗をかく番だった。

自分はそんなディープな知識を持っている訳ではない。

医者の真似事レベルだというのに。


楼主のスイッチが入ったらしく愚痴が始まる。

「…特に『五散石』…いい加減、あんなもの止めてしまえと思うわ。

なんで中毒症状起きるのに、なんかセレブっぽいとか言って続けるのかが意味不明。

大体あいつら、政治に不満があるならこんな妓楼に引き籠ってないでなんとかしろよ。

まぁ…出来ないんでしょうがね。分かりますがね。政治は一部の人間に握られてますわな、そりゃ。でも…毎晩吐いたり、夢遊病みたいに散歩するの止めて欲しい。いいかげん夜中にゲロ踏みたくない。」

公主と春月がなんともいえない顔をする。

この楼主が『あいつら』に対して相当鬱憤を溜めているのは良く分かった。


「た…多分この子が何とかしますから…。」

春月の無責任発言に楼主は喜色満面で、

「本当だなっ。じゃあ『あいつら』のことは任せるからな?」

正直任されたくないと思う公主だった。

中毒、ゲロ、夢遊病みたいな散歩という言葉が怖い。

その後も楼主はブツブツと春月に延々と愚痴を聞かせた。

エンドレス攻撃を何時止められるか公主には分からない。

だが、春月は馴れたもので、キリの良さそうな所でスッパリ切った。

「じゃ、じゃあ…彼女は私の妹分ということにします…身支度もあるし私達はこれで。」

春月は公主の手を引くと、逃げるようにその場を後にした。


「麗ちゃん…まあ、なんとかなったわね。

何か聞きたいことは?」

春月は公主を自分の部屋に通す。

「…色々あるけど、まず私はこれからどうすれば…。」

「私にくっついてもらえれば、なんとかするわ。

それにしてもどうしてまた面倒なことに…。

『五散石』飲んでいる人は興奮しているから、私も側にいるわ。」

「あの…『あいつら』ってどんな人なんです?五散石って…?」

「麗ちゃんや皇帝陛下を批判するわけではないのよ?でも禎という国の在り方自体が豪族連合政体なのよ。禎の初代皇帝陛下も豪族出身で、他の豪族と連合して即位したわけで…。だから、その政権は貴戚や、宦官に握られているの。地方の人士や有志ある者が政治に参画するという地盤がない。

政治の外部に置かれた者は国家が掲げる儒学という思想を拠り所にして中央政権に入り込むか、または諦めて権力とは距離を置くか…どちらかの方向を取らなければならない。

でも結局諦めちゃう人間が多いのよ。入れないから。『あいつら』はそういう人達で、

隠逸的思考が世の人々の憧れを集めているけど…妓楼で毎晩クダ巻いているシャブ中が多いこと、多いこと。でも彼らだって命がけ。中には反体制の意志を明確に示す人間もいるから。」

どこか遠慮がちに言う春月はすまなそうな顔をした。

「そうなの…ですか。」

「…いえ、麗ちゃんが一朝一夕になんとか出来る話じゃないわ。人の巨大な流れだから。

『五散石』は貴族の間でウケている…麻薬よ。彼ら以外にも吸う人は多いけど、彼らは議論をする時良く吸うから、象徴的な物にはなっているわね。『五散石』は飲んだら発熱するから、その熱を逃すために散歩するのよ。じゃないと死ぬから。

楼主が夢遊病と言っていたのは夜な夜な散歩しているからよ。」

「…ちょっとそれは気持ち悪いかも…。

政治というのは複雑なのね。私より詳しいのね…春月さん。」

「元々私の家も豪族だから…。

それに皇帝は往々にして豪族に権力を引きはがされるのよ。」

そんなことより、と春月は言う。

「妓女っぽく着飾ってみましょうよ。私の簪貸してあげるわ。」

ウキウキと手際よく道具や衣装を揃えていく春月。

着せ替え人形を見つけた幼女のように目がキラキラしている。

「麗ちゃんは綺麗だから…きっと、こんなのも、あんなのも似合うわね!」

床に色々並べている。

それを見た公主は戸惑った。

少し…いや、かなり宮殿にいた時の物より露出度高くないだろうか?

「この衣…スケスケだわ…っ。」

「いえ…ちゃんと中に着ますよ?」

差し出された裙は胸から着るものだった。

「でも腕を覆うものが…。」

「…気持ちは分かります…。

でも諦めてください。ここ一応、妓楼なんです…流行りです。」

春月が同情するように言った。



次は李瑛のターンにするかも。

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