いないいない
誤字指摘ありがとうございました修正しておきました
両親と大喧嘩をした。進学のことで揉めて拗れて最後には家を飛び出した。
その日は大雨だったが、傘も持たずに全力疾走で近所を走っていたのは覚えている。
しかし雨のせいなのかそこからの記憶は曖昧だった。
確かに服も水を含んで重たいし、視界も雨やら涙やらで霞んで見えなかったため仕方ないのかもしれない。
気がついて目を覚ましたら私はベットのなかにいた。
しかし見覚えはあるものの自分の部屋のベットではない。
「み、美緒…。」
「あっおはよう幸希くん」
「お、はよ…。」
「幸希くんがここまで運んでくれたの?」
あぁこの部屋は幸希くんの部屋だったのか。
幸希くんは私の1つ上の幼馴染みだ。少しいじわるだけど、なんだかんだで小さい頃から私の面倒を見てくれていて、高校生になった今でも幸希くんのアパートで時々勉強を教えてもらっている。ここはそのアパートだということを頭の隅で理解しながら幸希くんを見る。
「まさかお前、何も覚えてないのか?」
「えーっと、雨の中全力疾走したのは覚えてるんだけどさー…。」
「そっか…。」
幸希はしばらく私の顔を凝視していたが、突然はっとしたように笑顔になった。なんか様子がおかしい。
「ねえ、どうかしたの?」
「なにがだ?」
「今日の幸希くん、なんかおかしいよ。」
「は?おかしい?俺が?なんで?どこが?」
やっぱり、おかしい。目も泳いでるし、いつもはこんなにベラベラと話す人じゃないもの。それに扉の前からどこうとしない。なんで?扉の向こうに何かあるのかな?
「私に何か隠してるでしょう。」
「隠す?なにも隠してねえよ。」
「うそ。じゃあ、そこどいてよ!」
そう言ってベットから立ち上がり、幸希くんの返事も聞かずに扉に向かって歩き出す。
「それはだめだ!!」
いきなり幸希くんが大声を出したので、ドアノブにかけようとした手を引っ込めた。
その隙をついて幸希くんがドアノブをぎゅっと握り、扉に背を向けた。
「ここから出るな。」
「なんで?今日なにかやってるの?」
「なにもやってない。」
「うそだよ。じゃあなんでそんなに必死に止めるの?」
「お前こそ、このまま家に帰るつもりか?大喧嘩したんだろ?」
「うっ…。」
痛いところを突かれた。確に昨日あれだけ喧嘩して出ていったのに、のこのこ帰るのもなんだか悔しい気もする。
「しばらくは泊めてやってもいいぞ。」
「は?え?」
「なんだ、いいのか?それなら家に帰っておじさん達に謝るんだな。」
ふんっと鼻を鳴らして私を見下すのはいつもの幸希くんだ。さっきの動揺している幸希くんではなくなっている。まさか私に気を使ってくれてたからあんなに挙動不審だったのかな?普段気を使わない幸希くんのことだ、十分にありえる。
「じゃあ…お願いします。」
勝手に頭の中で自己完結させて、とりあえずしばらくは幸希くんの所にお世話になることにした。
そして月日は流れ、幸希くんと暮らして一週間がたった。ここで深刻な問題が1つ。幸希くんが私を家から出してくれない。幸希くんも家からでない。まぁ今は夏休みなので支障はないが、軟禁状態は精神的にキツいものがある。
そこで私は幸希くんが食料が底をつきたからと言ってスーパーに出掛けた隙を見て外に出た。
そろそろ冷静になって親に謝る決心もついたので、我が家を目指した。
久しぶりの外は晴れているせいか、一週間ぶりのせいなのか、なんとなく自分だけ世界から切り離されているような気分になって寂しくなる。
早く家に帰りたくて足をはやめた。
やっと着いた我が家はなんだか静かだった。
平日の昼下がりはだいたいこんなものなのかな、と思いながら中へ入る。すると微かだが、どこかで誰かがすすり泣く声がした。声のする方へ足をすすめる。そして見つけたのは母だった。一週間前と変わらないリビングで、母は泣いていた。
「おかあさん?」
「ぐすっ…ごめんなさい、ごめんなさい。」
「おかあさんでば!」
母はまるで私の声など聞こえてないかのように泣き続ける。その顔は一週間前よりも明らかにやつれていた。
なんで?なんでそんなに泣いてるの?
私がいくら問いかけても母は返してくれない。なにこれ。おかしい。なんで?
私が1人戸惑っていると、玄関の開く音がした。私はとっさにキッチンに隠れてしまった。
そして足音は案の定リビングの中に入ってきて、ここ最近ずっと聞いている声が聞こえてきた。
「おばさん。」
「あぁ幸希くん…ごめんなさいね。」
「いいえ、心配で勝手に入ってきてしまいました。」
「そんなのいいのよ。こちらこそ気を使ってくれてありがとうね…。」
「未緒が死んでまだ1ヶ月程しか経っていないんですから、仕方ないですよ。」
え?死んだ?未緒って、未緒って私の名前だよね?
わたしってしんだの?
「あぁ私があの時あんなこと言わなければ未緒は轢かれずにすんだのに、痛かったでしょう。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「おばさん、少しお部屋で休みましょう。」
母が呪詛のように謝罪を繰り返していたが、わたしの頭にはもう何を言っているのか入ってこなかった。
急激に曖昧だった記憶が鮮明になっていく。
そうだ、あの日私は車に轢かれて死んだんだ。
大通りまで出たときに幸希くんに会って、それで幸希くんの家に行くことになったんだ。
でも歩いてたらでいきなり横から押されてそのまま車に…あれ?
横から押された?
私の横には幸希くんしかいなかったのに、なんで…。
「みお。」
「幸希くん…。」
リビングでうずくまっている私に幸希くんは笑顔で近づいてくる。
自分の身に何が起こったか知ってしまった今では幸希くんの笑顔を恐怖でしかなかった。
「その様子だと全部聞いてたんだろ?そして思い出したんだね?」
幸希くんは今までに見たことがないくらいに幸せそうに微笑んでいる。
その笑顔に死んで冷たくなっているはずの体が更に冷えていく気がした。
「俺が美緒を殺したんだ。」
なんで、そう言おうと思ったけど口が動かない。
声を発することもできないくらいに私の頭は爆発寸前だった。
「なんで、なんて聞かないでね?理由は簡単だからさ。俺が美緒のこと愛してるからだよ。でも美緒はすぐ俺から離れようとするからさ、殺そうと思って。でも幽霊になってまで美緒が俺に会いに来てくれるとは思わなかったよ、本当に嬉しかったんだ。自分の都合のいい夢じゃないかと思ったくらいには驚いたさ。だから絶対に離さないと思って部屋に閉じ込めておいたんだけど、やっぱり美緒は俺から離れようとするんだね。そうやって生きてる時と同じように俺を置いていくんだろう。本当殺してやりたいよ。でも、もう美緒は死んでるんだもんね。その様子じゃ成仏もできないみたいだし、今のところは美緒の姿が見えるのは俺だけだ。それに美緒に触ることもできる。ああなんて幸せなんだろう。美緒を殺してよかった。さあ、家に帰ろう?今日は鍋を食べよう?」
そう言って幸希くんは私の手を握った。
なんで幸希くんにだけ私の姿が見えるのか、それはきっと私は心のどこかで幸希くんを信頼していたんだと思う。それに幸希くんに忘れてほしくなかったのだ。その思いが未練になって、この現状を産んだのではないか、と私は鈍った頭でぼんやりとそんなことを考えていた。
過ちを犯したのは私か、それとも彼か。