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エピローグ

 大地は目覚めた。

 何か風のような物が大地のお腹をくすぐったからだ。

 長期宿泊している宿屋の部屋でのことだ。

 羽織った掛け布団が異常な程膨らんでいた。

 嫌な予感がする。

 布団をどかすと、予想通りの光景が目に入った。

 ベルが、大地を抱き枕にして実に気分良さげに眠っている。

 大地のお腹をくすぐったのはベルの寝息らしかった。

「……こら、ベル、何してやがる」

 ベルが不機嫌に顔をゆがめた。

「ちょっと大地、布団取らないでください。寒いです」

「お前、別の宿屋に帰ったじゃないか。何で僕のベッドで一緒に寝ているんだ」

「いつものことではないですか」

 ベルはムスッとした仏頂面を作る。

 ベルは何かに抱きついていないと眠れないという性癖が在り、LAのベッドに良く忍び込んでいた。

 けれどそれは主と従者であったベルとLAの関係だから許されたことだ。

 LAがいないからって、大地を抱き枕代わりにしようだなんて許されない。

「僕はLAじゃないだろ!」

 口に出して初めて、しまった、と気付いた。

 大地の遠慮のない大声で驚いただけでなく、ベルは瞳に涙を湛えて大地をじっと見ている。

 ベルにとって、LAは替えの効かない大切な人物だった。

 LAはもう二度と戻らないのだということを、大地の一言により再度自覚させてしまった。

 なんと声をかけたら判らないまま、何もできず慌てていると、部屋のドアが、ぎいと鳴った。

「大地君、なんか騒がしいんだけ――ど」

 咲花はベッドの上の大地と、同じくベッドの上で涙を流すベルの交互に視線を送る。

 赤面した咲花が部屋のドアを力の限り閉めた。

「だー! 勘違いするな、咲花! お前は何かとんでもない勘違いをしているぞ!」

 咲花を追いかけようと立ち上がるが、今度はベルが大地の服を握って放してくれない。

「ベル、放せよ」

 ベルの額を手のひらで押すが、全然放してくれない。

 力を入れれば入れる程、むしろ何処か楽しそうにベルは笑った。

 竜の居城ドラゴンズキャッスルでの事件は首謀者不明のまま神父が呼んでくれた白銀教会によって解決されたことになっている。

 たまたま始まりのファーストヴィレッジを訪れていた『風の守護者』が手を貸してくれた。

 前に神父が『昔の知り合い』といっていたのが、その知り合いが『風の守護者』らしかった。

 神父が聖人と具体的にどのような関係が在るのかは不明だけれど、彼らが先陣をとり危険な矮小竜の群れの討伐などの後始末の殆どをやってくれた。

 危険な矮小竜の群れを街に解き放った犯人は咲花だったが、初心者にできる筈ないよ、という、もへこの一言で助けられた。

 飛竜との戦いの時に、咲花が黒い円を作り出した処を見ている筈だけれど、大地が聞いてみても、もへこは、気付いているのか気付いていないのか判断が付かない、いつものとぼけた笑顔をみせるだけだった。

 着替えをした後、事情は話させる為ベルを連れて外に出ると、大地とは面識がない筈の赤銅商会の新兵に声をかけられた。

「髪型変えたのか?」

 黄色い例のパーカーを羽織ってた上に、ベルを連れていた為、LAと勘違いされたらしい。

「おかっぱの女の子見なかったか?」

 誤解を解くのが面倒くさかったので、咲花のことだけ聞く。

 モンスターの出る森に向かうのを見たと教えてくれた。

 新兵が教えてくれた場所へ向かうと、森に響かんばかりの声が聞こえてきた。

「大地君の馬鹿ぁ!」

 大地に向かって発されたものではない。

「大地君の阿呆ぅ!」

 饅頭型の奇怪な生物に向かって矢を射ながら咲花は叫んでいる。

 矢はどれも百発百中。構えも大地なんかよりも様になっていた。

 前に、此処で戦った時は実力を出していなかったらしい。

「大地君の嘘つきぃ!」

 今度は空を飛ぶ鳥を射落とした。

「おいおい、嘘つきは咲花の方だろ」

「え?」

 大地がベルを連れて咲花の前に出る。

 現れるとは思っていなかったのか、咲花は気まずそうに視線を泳がせた。

「ベル、ちゃんと説明しろ」

「……はい」

 借りられてきた猫のように大人しく、ベルは大地のいうことを聞いている。彼女なりに反省しているらしかった。

 全てを聞き終わると、咲花はベルの頭を優しくなでた。

「怒ってないんですか?」

「一人が寂しい気持ちは判るから」

 声は普段の咲花からは想像がつかないくらい大人びていた。

 そういえば、咲花は中学三年生の時に『偽造世界フォルス』に招かれて、『偽造世界フォルス』では二年の歳月を過ごしている。高校二年生相当だ。

 大地には高校一年生の頃の記憶しかない。『真理の十字架エミエル』でコピーしようにも元の世界に取り残された後のオリジナルの大地の記憶までは複製できないようで、咲花が『偽造世界フォルス』に招かれた辺りまでの記憶しか大地にはない。

 LAの記憶も遡れるが、何処か他人のもののようで大地自身の記憶とは思えない。

 重ねた歳月では咲花の方がお姉さんになっている。

 咲花が年上。

 笑えない冗談だ。

「あー、大地君、私がお姉さんぶるのがおかしいって顔してたでしょ」

 頬を膨らませ、顔を赤くさせる、咲花なりの怒りの表情だ。

 咲花は元の世界で双葉大地と接していた頃と変わらない表情をする。

 大地は咲花の顔がおかしくて、腹を抱えて笑ってしまった。

 ベルは大地の仕草を見て、困惑の表情を作った後、表情を柔らかくした。

 LAと同じ顔が笑い転げるのが楽しいのか、ベルは大地の脇をくすぐってきたりする。

 LAとベルの間では起きなかったやりとりだ。そして、死んでしまったLAとは二度とできないやりとりでも在る。

「ベル、やめろ、くすぐったい」

 大地とベルのやりとりを見て、咲花はさらに頬を膨らませた。

 咲花は、双葉大地にしていたのと変わらない表情をしている。

 複製でしかない大地はその表情にどれだけ救われたことか。

 咲花には感謝が尽きない。

 ベルは、LAには見せることのなかった表情をしている。

 彼女は彼女なりに変わろうとしている。

 変わることの手助けが大地にならできる気がした。

「そうだ。咲花、受け取れよ」

 大地は、ポケットから一枚のカードを取り出し、咲花に投げた。

 風で飛ばされそうなカードを咲花は受け取る。

「思い出は大切な宝物だろ。元の世界のことを忘れる必要なんてないんだ」

 渡したのは、咲花が手放した制服のカードだ。

 もへこから再トレードして手に入れてきたものだ。

 咲花は複製品である筈のカードを宝物のように、ぎゅっと抱きしめる。

 咲花にとって、元の世界の思い出が詰まった物だ。

 例え、形が同じだけの偽物だとしても、咲花にとっては関係ないようだった。

「大切にするね」

 咲花は花が咲くように笑った。



 オリジナルの双葉大地が一緒にいると約束し、世界を違えることで果たせなくなった咲花との約束を大地は果たそうと思う。

 本当に咲花の横にふさわしい誰かがみつかるまでは。

 LAが守ると約束し、本人の死によって果たせなくなったベルとの約束を大地は果たそうと思う。

 ベルが誰かの擁護を必要としなくなるその日までは。

 偽物ばかりのこの世界で、偽物である大地は考える。

 偽物にも魂が宿るなら、その魂が本物だとか偽物だとかは関係ない。

 誓いや人を想う気持ちさえ本物ならそれで良い。

 前に神父は、本物は壊れない、といった。

 永遠に形を変えることなく在り続けるのなら、それは本物だと暗にいっていた。

 なら、大地の心に在る誓いは間違いなく本物だ。

 咲花とベルを想う気持ちも本物に違いない。

 そう考えれば、つらい現実も生きていける気がした。



最期までご購読ありがとうございます。

構想十年、プロット作成二年、執筆三週間規模の、私としては当時の総力を費やした小説なのですが、残念ながら、第20回春スニーカー小説大賞では落選となったものです。

より多くの人に彼ら彼女らの冒険を知ってもらえれば嬉しいなと思った次第であります。

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