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六.イミテーションズ

 なんで助けを求めている筈の咲花が、人々を困らせるような今回の騒ぎを起こしたのか大地には判らなかった。

 咲花は怯えている。

 追い詰められた状況で咲花はいい逃れることなどできない筈だ。

 それは大地にもいえることだ。大地は今まで咲花が吐いた嘘から逃げ続けてきた。正面から咲花の嘘を受けとめる勇気が出せなかった。けれど、今はもう咲花の嘘から逃げることができない。

 大地の一言が咲花との関係が決定的に変わってしまう予感がした。

「……」

「……」

 双方共に言葉が出てこない。

 咲花も大地と同じように、自分の発した一言が二人の関係を変えてしまうのだと気付いているようだった。

「『人形使い(ドールマスター)』、悪くない。『人形使い(ドールマスター)』の大切な物、あの子が返してくれない悪い」

「『時計兎ホワイトラビット』っ!」

 白い兎のモンスター、時計兎が濡れたコンクリートの地面を跳ねて前に出てくる。

 時計兎のいう人形使いというのはやっぱり咲花で間違いないようだ。

 咲花の大切な物って一体何だ。

 心の優しい咲花が、大きな騒動を起こしてまで手に入れようとした、大切な物というのが、大地には想像がつかなかった。

「もしかして、制服のカードをトレードに出してまで、もへこから手に入れた『模倣品カラード』と関係在るのか?」

 咲花の表情が、二つの出来事が無関係ではないことを物語っていた。

「『人形使い(ドールマスター)』の大切な物、『人形使い(ドールマスター)』にとって、とてもとても大切。一度あげちゃったものだけど、とてもとても大切だから、返してって、『人形使い(ドールマスター)』、沢山沢山お願いした。もへこ、返してくれた。でも、あの子は返してくれない。だから」

「……だから、咲花が悪くない、っていうのか。何を返して欲しいのかなんて僕には判らないけど。そんなことの為に、LAたちの戦いを邪魔して、暴力を使って無理矢理奪い取ろうとしたのか。そんなの僕の知っている咲花の考えとは思えない!」

 咲花はフードを頭まですっぽり隠れるように被り直す。

「私は黒金帝国の灰被りクイーン、『人形使い(ドールマスター)』。……大地君の知っている咲花とは違うんだよ」

 咲花は鼻声の震える声を出した。

 フードで隠しているけれど、泣きじゃくっているのが大地には判る。

 薄い布で表情を隠せると思うなんて考えが浅はかで、目の前の咲花は何処までも大地の知っている咲花に違いなかった。

「お前は咲花だよ。他の誰でもない、僕の大切な幼なじみだ。何があろうとそれは変わらないよ。……話してくれ、全てを」

「できないよ。私、大地君に嫌われたくない」

 咲花は溢れる感情に耐えきれなくなって膝を崩した。

 濡れた地べたに座り込む咲花。

 咲花が何に嘘を吐いていて、何を隠していたのかなんて大地には判らない。

 ただ、咲花の嘘が何を守る為に、吐かれたのかは何となく大地には判っていた。

 咲花は常に大地のことを第一に考えてくれた。多分、そういうことなんだ。

 咲花の嘘は、大地を守る為に吐かれていた。

「咲花一人がつらい思いをする必要なんてないんだ」

 大地は咲花の肩に手をやり、大切な少女を抱きしめる。

 灰色の街の中心で、少女は泣きじゃくる。

 大地は咲花が泣きやむのを待つことにした。いつかと同じように、咲花にポケットティッシュを差し出す。

 時計兎が主の肩に乗って、心配そうに見つめた。



 隻眼の飛竜は大きく口から息を吸うと、勢い良く雷の電磁砲を発する。ベルを狙った攻撃。

 以前は、右から左へ横薙ぎに電磁砲を出していた。街を焼き尽くす勢いの『線』の攻撃だったものが、今回では『点』の攻撃に変わっている。

 最初の頃とは比べものにならない小規模な雷に、LAはベルを守る形で割り込む。

 LAが突き出した右手の中で、雷は完全に消失した。

 『砕けぬゴーレムハート』は肉体を硬質化する。物理エネルギーには強いが、熱エネルギーまではどうにもできない。

 今の電磁砲を防いだ所為で、LAの利き手の手首から先は炭になり、指は灰となって失われた。

 痛みは在るが、LAは満足していた。

 ベルを守れた上に、ベルがLAに着るように指示してきた『偽造世界フォルス』では貴重という衣類を燃やすことがなかったからだ。

 必殺の飛び道具がLA相手にはもう効かないのだと、飛竜が学習してくれたことを願う。

 さすがに左手までも失いたくない。

 『偽造世界フォルス』には『回復魔法ヒーリングアート』の使い手は一人しかいない。しかも、貴重なことを誰もが知っている為『模倣品カラード』が市場に出回ることがない。

 赤銅商会の商人王キングなら手に入れられるかも知れないが、一人娘を家出するようにそそのかしたと思われているLAに貴重な『回復魔法ヒーリングアート』を譲ってくれるとは思えなかった。

 咲花と行動を共にする、『あの』双葉大地のものとは違って、LAを『偽造世界フォルス』に複製して呼び出した『真理の十字架エミエル』は一回使い切りの『代償魔法インスタントアート』だ。

 『真理の十字架エミエル』の重ね掛けによる疑似回復は複数回使える『神位魔法ディーファイアート』でしかできないし、『神位魔法ディーファイアート』で呼び出された『あの』双葉大地にしか効力を発揮しない。

 『真理の十字架エミエル』の疑似回復は肉体を元通りに癒やして回復する訳ではなくて、新しい肉体を複製し直す。足りない部品を組み込み直す感覚に近い。

 ベルや『あの』双葉大地は咲花の『真理の十字架エミエル』の効果を『回復魔法ヒーリングアート』だと誤解していたが、LAは咲花の『真理の十字架エミエル』の本当の効果を知っていた。

 咲花の『真理の十字架エミエル』の効果は、別世界にいる『双葉大地』という人物を『偽造世界フォルス』に複製して召還するというものだ。

 LAが『偽造世界フォルス』で咲花と会うのは、竜の居城ドラゴンズキャッスルで『あの』双葉大地と二人で行動しているのを助けたのが、初めてだった。

 けれど、元の世界でなら何度も咲花と会っていた。

 なにせ幼なじみだ。

 顔を忘れることなんてない。

 咲花と行動を共にする双葉大地の顔を見て、ベルは驚いて見せた。理由はLAと『あの』双葉大地が同じ顔をしているからだ。髪型が違っているくらいで二人が同じ顔をしていることに気づかないのは間抜けくらいだ。もへこや神父も当然気付いていた。

 誰だって見たら気づく、LAと『あの』双葉大地が同じ複製魔法によって複製された人形であることくらいは。

 ベルもさすがに、黒金帝国の最高幹部が訓練された護衛も連れずに黒金帝国の庇護のないこんな処にいるなんて思っていなかったようだ。ベルは咲花を異世界に着たばかりの初心者だという話を信じていた。

 ――消失した右手が疼く。

 LAは無事な左手で手持ちのカードを確認し、今の中間距離で有効な『代償魔法インスタントアート』を探す。ベルを守ることを考えると今より接近はできない。

 本来なら、中間距離はベルが得意とする距離だ。普段、近接戦闘を担当しているLAにはめぼしい『代償魔法インスタントアート』がない。いくつか手元に置いていたものも長い飛竜戦で既に使ってしまった。

 LAは補助と目くらましに専念し、隻眼の飛竜への攻撃はもへこに任せるしかないようだ。

 もへこは、隻眼の飛竜の眼前まで近づきつつあった。

「『解放バースト』『鉄の外套メタルコート』」

 もへこがコートを脱ぎ捨てた。

 脱ぎ捨てたコートは光となって消え、ポケットに詰めていた多くのカードが風に舞う。

 コートを代償に、大剣に鋼の鋭さが増す。

 コートの下の格好はスウェットの上にセーターを着込んだ組み合わせだ。ビビッドカラーに別のビビッドカラーを合わせていて、着合わせも何も考えていない。

 隻眼の飛竜の爪による牽制の一撃を、

「よっ、と」

 ――もへこは横一文字に切り伏せる。

 腕と一体化した隻眼の飛竜の片翼が再起不能に分断された。

 苦しがる隻眼の飛竜。

 もへこは隻眼の飛竜から距離を取り、当たらないような距離で大剣を小さく振った。セーターとスウェットに小さな切り込みが入る。

「『解放バースト』『まとう雷電エレキエンチャント』。『解放バースト』『まとう灼熱フレアエンチャント』」

 もへこが着ていたセーターとスウェットを代償に、大剣に雷と炎の渦が生まれる。

 キャミソールとホットパンツという格好で、もへこの体のメリハリが引き立つ。

 他の年頃の少女なら恥ずかしがるような格好だけれど、もへこは眼前の敵を倒すことに専念しているし、多くを気にしない性格なので恥ずかしがる様子もない。

「終わりだよ」

 もへこは隻眼の飛竜に接近し、喉元へ走り寄る。

 大剣は隻眼の飛竜の太い首を一刀両断に斬り落とした。

「ベルちゃん、やったよ!」

 大剣を掲げる。大剣へ付加していた魔法の効果も程なくして消えた。

 もへこが勝ち鬨をあげる。

 歓喜の表情が、次の瞬間凍り付く。

 視線が空へ向いていた。

 雷光が辺りに明滅し、もへことLAに巨大な影を落とした。

「ベル!」

 ベルは体力を使い果たし、崩れるように倒れ込んでいた。

 LAはベルへ駆け寄る。

 術者が倒れたことで魔法による拘束を解かれた飛竜は、すぐには攻撃してこなかった。

 飛竜は中空で首の落とされた隻眼の飛竜をじっと見ている。殺された同胞へ哀れみの視線を送っているかのようだ。

 ベルの元へやってきたLAは、ベルの体を助け起こそうとする。しかし、ベルには立つだけの気力がないようだ。

 何とか、首に手を回させ、ベルを抱き上げる。

「……LA,ごめんね」

 腕の中で、ベルはらしくないことを口にした。いつものお嬢様の振りも忘れているらしい。

 万全の準備ができている筈の飛竜は攻撃してこない。

 もへこが辺りに散らばったカードの回収をする間も、LAがベルを安全な処へ連れて行ってる間も、一切攻撃してこない。

 いくらでも待つから万全な状態で掛かってこい、といわれている気がした。

 今までは知性のない生物だとLAは考えていたが、ドラゴンとは誇り高い生物らしい。

 真っ向勝負で来い、とその目は語っていた。

「逃げることもできるよ」

 もへこが、一枚のカードをちらつかせる。

 LAはそっと、その手を下ろさせた。

「俺は逃げない」

 真っ向から戦うことが誇り高い飛竜に対する礼儀だと感じていた。

「……二人には逃げて欲しい。勝てない喧嘩に他人は巻き込めない」

「他人って、酷いよ。私はLAのこと友達だって思ってるよ」

 もへこは悲しそうな表情をしている。

 しかし、LAの決意は変わらない。

「知るか。俺には何もない。友人なんて一人もいない」

「……そんな悲しいこといわないでよ」

 普段明るいもへこからは想像もできない暗い声を出す。

「LA,貴方が行くことを許可できません。貴方は私の傍にいなさい。……いつでも殺せると思って攻撃してこない馬鹿な飛竜ワイバーンが悪いんです。今のうちに三人で逃げましょう」

「いや、俺は逃げない」

「LA,貴方は何も判っていません。私がどんな思いで『呪文強化ダブルダウン』を使ったか。私がどんな思いで貴方の傍にいたか」

 ベルはすがるようにLAの袖を掴む。

「LA、行っちゃ嫌だよ!」

 ベルの大声が辺りに響く。喉が潰れるくらいの悲痛な声だ。

 LAは黄色いパーカーを脱いでベルに押しつける。

 ベルは押しつけられたものを見て、黙って俯いた。

 渡された文字を見て、ベルがどう誤解するかはLAには判っていた。

 けれど、それで良い。

 死ぬのはLA一人で良い。

 LAは飛竜へ向っていった。

 立ちどまりそうになるLA本来の『脆弱なグラスハート』を『砕けぬゴーレムハート』に『偽装スタンド』して飛竜へ向う。

 敵は万全な飛竜だ。

 満身創痍で利き手も失ったLAに勝ち目はない。

 そんなことLA本人が一番判っている。

 せめて、無駄死にはしたくない。

 LAのやることは決まっていた。

 狙いは絶命した隻眼の飛竜の心臓だ。極上の貴重品で、元々それ欲しさにベルは竜の居城ドラゴンズキャッスルへやってきた。

 『竜の心臓』さえ在れば、ベルも喜んでくれるだろう。

 仲間の死骸に向うLAに対して、飛竜は怒気を孕んだ咆吼の後に攻撃してきた。



「――始まりは二年前」

 咲花は大地の胸の中でひとしきり泣いてから、充分に心が落ち着いた頃にようやく口を開いた。フードは取っている。

「私は今から二年前に『偽造世界フォルス』に招かれた。渋谷の街を全てを複製する強大な力を持つ術者として招かれたんだよ」

 ……待てよ、二年前ってどういうことだ。

 大地が疑問を発しようとした時、時計兎と目が合った。

 時計兎は真摯な視線を大地に向ける。

 咲花の話を最後まで聞いてあげて欲しい、と請われた気がした。

「私は一人で不安で、誰も何もないこの街を心細く歩き回った。その時、何も知らない異世界の人間の私を助けてくれたのが黒金帝国の人たちだった。彼らは優しく声をかけてきたから、何も知らない私は彼らについて行くことにした。彼らの目的が私の持つ強大な力なんだってすぐに気づいたけど、その頃には私は自由に外に出してもらえないようになっていたんだよ。彼らがそうまでして手に入れたかった私の『真理の十字架エミエル』の本当の能力は、元の世界にいたある人間の複製化。――大地君、貴方のような複製人間を作り出す能力なんだよ」

 思考が追いつかない。

 LAは複製人間だ。それは間違いない。けれど、自分も複製人間だという。

 不自然な共通点は、一つの予想によって容易に繋がった。

「LAも、咲花が呼び出したのか」

 咲花はいいづらそうに一度俯いて、それから大地の目を見た。

「私の『神位魔法ディーファイアート』で生まれるのは一人の大地君だけで、二回連続で『神位魔法ディーファイアート』を唱えたとしても二人発生する訳じゃないんだよ。『複製スプリット』したエミエルから唱える『代償魔法インスタントアート』で唱えて、それで初めて二人目以降の大地君が生まれる。LAと呼ばれているあの大地君は、私が『複製スプリット』したエミエルのどれか一つによって生まれたんだと思う」

 咲花の言葉から、大地の予想が事実と違ってなかったことが判る。

 LAは元の世界の双葉大地の複製品だ。

 そして、大地も。

 大地は複製品だ。『複製スプリット』すること生まれる『偽造世界フォルス』に在る他の何もかものアイテムと同じように、一つのオリジナルから数限りなく複製し続けることができる。

 双葉大地の肉体や記憶を複製する。

 それどころか、大地がようやく見付けたと思った心すらも複製品だといわれている気がした。

 時計兎は咲花のことを『人形使い』と呼んでいた。

 双葉大地の複製人形を扱う使い手を意味しているんだろう。

「私は二年前に『偽造世界フォルス』に招かれた。黒金帝国に保護されてすぐの頃に私は『真理の十字架エミエル』を使って、大地君を複製した。その大地君が私にとって二人目の大地君。帝国に捕らわれた私を助けてくれたのが彼だった。けれど、一ヶ月前、帝国から私を逃がす為に死んでしまったんだ」

 聞きたくなかった。耳を背けたかった。

 けれど、真実を伝えることから逃げなかった咲花に対して、大地だけが逃げることは許されなかった。

「あなたは私にとって三人目の大地君なんだよ」

「――――」

 呼吸すらどうやって良いのか判らない。

 大地には心がない。心がないから、こんな時に、どんな顔をすれば良いのか判らない。

 泣いて良いのか、怒って良いのか判らない。

 だから、そのどちらでもない、ぐちゃぐちゃの出来損ないの顔になった。

 自分が人間じゃないというのも、耐えられた。

 自分が替えの効く複製品だというのも、耐えられた。

 けれど、咲花にとっての双葉大地が自分一人じゃないのが、何よりも耐えられなかった。

 灰色の街のスクランブル交差点で、咲花が泣いていた理由がようやく判った。

 彼女は自分の姿を見て、もう既に『偽造世界フォルス』にいない別の双葉大地を想って泣いていたんだ。

 想い人にもう会えないから、悲しくて悲しくて泣いていたんだ。

「『人形使い(ドールマスター)』、とてもとても大地のこと大切。だから、黙ってた。……大地のいない時、いつもいつも泣いてた。心折れそうになっても、大地の前は笑ってた。『人形使い(ドールマスター)』、とてもとても大地のこと大切。だから、怒らないで、大地」

 空から落ちた雨が時計兎の目元に落ち、一縷の涙のように頬を伝う。

「……怒らないよ」

 咲花は偽物である大地を文字通り人形のように扱うこともできた。

 想い人にもう会うことが許されない咲花は、それでも代用品の人形として喚んだ筈の大地を尊重した。

 大地が三人目なら、死んだという二人目の続きからやり直せば良い。

 けれど、咲花はそうしなかった。

 『偽造世界フォルス』に二人一緒に迷い込んで、二人一緒に冒険をすることに決めたんだ。

 三番目で在り代用品である筈の大地を気遣ってくれた。

 咲花には感謝しても感謝しきれない。

 咲花は何処までも優しくて、優しいから嘘吐きだった。

 正直者がいつも正しいなんてことはない。

 彼女は嫌われたくなくて嘘を吐いていた訳でも、愛されたくて嘘を吐いていた訳でもない。

 弱い大地を守る為に、嘘を吐いていたんだ。

「咲花、僕は偽物だ。本物を騙る偽物だ。世界が君の願いを叶える為に宛がった、単なる偽物なんだ。本物の形に模られた肉体に、本物をまねた記憶を埋めただけの人形だ。魂が在るのかも判らない。元々心なんてないのかも知れない。けれど、僕は決めたよ。……オリジナルの双葉大地が決めたんじゃない。僕が決めたんだ。優しい嘘で君は僕を守ってくれた。つらい現実から全身全霊で守ってくれた。けど、これからは違う。咲花、これからは僕が君を守る。全身全霊で君を守るよ。優しい嘘ももう必要ない。どんなつらい現実が目の前にあっても君を一人にしないよ」

 ゴブリンの巣でそうしたように、身を犠牲にして、自分の何もかもを投げ捨てて、咲花は残酷な真実から大地を守ってくれていた。

 いつかの咲花の言葉を思い出す。

『大地君には生きて欲しい。あんな経験、二度目は耐えられないよ。大地君を助ける為だったらなんだってするし、この命だって惜しくないんだよ。本当だよ』

 彼女は言葉通りに全身全霊で大地を守り、全身全霊で嘘を吐いてきた。

 そんな優しい少女を、大地は怒るだなんて考えられなかった。

「大地君、ありがとう」

 咲花は花が咲くような笑顔を見せる。

 咲花の笑顔を見て、幼い頃交わした咲花との約束を大地は思い出した。

 あの時も、咲花は同じ言葉を同じ表情で口にした。

 ああ、そうだ。

 今の今まで忘れていたけど、咲花の願いは今も昔も変わらない。

『一人にしないで。いつまでも一緒にいて』

 簡単には答えるべきじゃ願いだったけれど、当時の大地は根負けする形で了承した。

 両親を突然の事故で亡くし、深い孤独を感じた幼い少女がどんな思いで口にした言葉なのかは想像つかない。

 咲花は長く守られなかった大地との約束を大切に覚えていて、『偽造世界フォルス』に招かれたことで歪な形ながら叶えられた。

 異世界に一人連れられてきた咲花を一人にしない為に、『真理の十字架エミエル』は双葉大地の複製を咲花に宛がった。

 お陰で住む世界を別にし、本物の双葉大地では叶えられなくなった二人の約束を守らせてくれる。

 咲花との約束を守ることは今となってはこの大地にしかできないことだ。

 咲花は大地に優しい嘘を吐いてくれた。

 複製でも関係なく守ってくれた。

 大地にできることなんて限られていた。咲花が大地に求めていることも判っている。

 けれど。

 だからこそ。

 人間ではない大地では簡単に約束してはいけないことだと判っていた。

 咲花を一人にはしない。

 それは絶対だ。咲花を一人にするつもりはない。

 だけど、隣にいて良いのは大地ではいけない。

 人間ではない大地が隣にいて良い筈がなかった。

 優しくて嘘つきな彼女にふさわしいのは人形である大地ではない。

 咲花にふさわしい人物を、いつまでも咲花と一緒にいてくれる人物を、彼女が見つけ出すまで、大地は彼女の傍に居続けることに決めた。

 それが大地の誓いだった。

 言葉に隠した本心を気取られないように大地は話題を変える。

「それで、もへこから手に入れた『模倣品カラード』ってなんなんだ」

「もへこさんから返してもらったのはエミエルの『模倣品カラード』だよ。『偽造世界フォルス』に来てすぐの頃、私が黒金帝国に連れて来られたばかりの頃に国内を歩き回るくらいの自由はあったから帝国内で出会って、『複製スプリット』したものなんだよ。もへこさん本人は私のことも、何処で手に入れたカードなのかも忘れていたみたいだけど、私は覚えてた」

「何でそんなものを欲しがるんだ。お前はオリジナルを持っているじゃないか」

 回数制限のない定期券を持っているなら、敢えて一回使い切りの切符を買ったりしない。

 大切な思い出の詰まった制服をトレードに出してまで咲花が欲しがる理由が判らなかった。

「黒金帝国に大地君を渡さない為にだよ。カード自体は手に入れてすぐに破り捨てちゃった。でもそれで良いんだ。目的は果たせたから……。一年前に黒金帝国が複製された大地君に戦闘兵器としての価値を見出したんだよ。それから、何もかもが変わった。それまでの私は単なる人型モンスターを召喚できるだけの囚われの実験体。帝国はそう見てた。けれど、一夜で女王の位に着いた。大地君を人殺しする為の兵器として量産化しようっていうのが黒金帝国の考え。私はそれが嫌で帝国から逃げてきた。過去に『複製スプリット』した殆どのエミエルを破壊してね」

 神父の前でエミエルを『複製スプリット』するのを異常に嫌がったことがあった。それも同じ理由からなんだろう。

「制御する方法が見つかるまでは、って、不用意にエミエルを使用して大地を具現化させるのを帝国側が嫌った。それが裏目に出たんだよ。お陰で殆どのエミエルの複製は簡単に破壊できた。けど、過去に『複製スプリット』した十枚は『偽造世界フォルス』中にバラバラに散っていて見つからなかった。もへこさんが持っていたのがそのうちの一枚。そして、もう一枚は既に使われていたんだよ」

「それがLAか」

 咲花は、うん、と短く肯定した。

「LAをどうする気だ?」

「始めはただ黒金帝国に渡さないように注意するだけのつもりだった。けど、ベルちゃんはいったんだよ。『貴重なアイテムを代わりにくださるんでしたら相手が黒金帝国だろうとなんだろうと手放します。あんな人形で良ければですけど』って」

 いつかの、赤銅商会の依頼掲示板で二人がいい争っていた時のできごとなのかも知れなかった。

「……黒金帝国に渡す渡さない以前に、人間扱いしてもらえない彼がかわいそうだった。だったら、彼を自由にしてもらおうと交渉したの。けれど、ベルちゃんは異常に価値を吊り上げて結局交渉に応じてくれなかった」

 LAの為だったんだ。

 今回の騒動は、LAを自由にする為のものだった。

 街を一つ占領するというのはやり過ぎだけど、咲花の行動の理由は理解できた。

 ――飛竜の咆吼が木霊する。

 続いて、連続した雷鳴と、遠方の建物が倒壊する音も辺りに響いた。

 飛竜に感情が在るなら、言葉の伝わらない大地にも判る程の激しい怒気に満ちていた。

 屋上から身を乗り出して見ると、金髪の青年が首の落ちた隻眼の飛竜の死骸を漁り、何かを探しているようだった。

 飛竜に怒るなというのも無理な話だ。

「咲花、もう充分だろ! ベルだってきっと反省してる。飛竜をとめろよ」

「大地、勘違いしてる。モンスター喚び出す、『時計兎ホワイトラビット』の力。でも、モンスター喚び出してお願いするだけ。お願い聞いてくれるの、相手次第」

 時計兎が慣れない早口で説明してくれた。

「つまりは、喚び出すことはできるけど。強制的にやめさせることも、黒い穴に無理矢理戻すこともできないってことか。……クソ。死人が出るぞ。咲花、責任とってとめるぞ」

 大地は咲花の手を取り、走り出す。

「え?」

「誰か死なせるようなつもりじゃないんだろ。俺も一緒に責任取る。咲花、お前もお前で手を貸せ」

 最初は大地に連れられるだけだった咲花だけれど、扉をくぐり、下階への階段に差し掛かることには自分で走り出していた。

 咲花は何処か吹っ切れた顔で階段を下っていく。

 振り落とされそうな時計兎を大地が手で抱きとめた。

 腕の中の時計兎が尻尾をピンと立てる。

 時計兎は恭しく頭を下げた後、大地の顔をじっとみつめた。

「ありがとう、大地」



 地上階に降りると、もへこが大きく手を振っていた。

「こっちだよ、こっち」

 もへこの元へ駆け寄る。

 飛竜は、死亡した隻眼の飛竜の死骸の近くに腰を下ろしている。仲間の死を悼んでいるようだった。

「わ、どうしたの咲花ちゃんその格好。それに何その白ウサギ」

 もへこは咲花の黒衣と、その肩に乗る時計兎を指摘する。

「もへここそなんだよ、その格好」

 薄着のもへこは力なく笑った。

 もへこから少し距離を置いた処でアスファルトに座り込む少女がいた。

 少女は手に何かを握りしめて、周囲にはばかることなく泣いている。

 弱さを見せる彼女が大地の知っているベルと同じ人物とは思えなかった。

 ベルは片手に一つずつ何かを持っていた。

 見覚えの在る黄色いパーカーと、手のひら大の紅い宝石だ。

 宝石は艶やかに濡れた紅色をしていた。

 ベルの宝石を握った方の手は固まり切れていない竜の血液で汚れていた。

「ベル、どうしたんだそれ」

「LA、が命、を犠、牲にして、取ってき、た、の」

 しゃくり上げながら答えるベル。

「……LAが死ぬ間際に投げて寄越したんだ」

 さっきまで笑っていたはずのもへこの表情も硬い。

 ベルは汚れた方の手で目元の涙を拭って顔が汚れた。

 冷静さを欠いた状態なのに、LAのパーカーには血液の所為でついたようなシミは一つとしてない。

 本来の持ち主を永久に失った中、彼がいつでも帰ってきても良いように気遣っているようだった。

「ベルちゃん」

 咲花がベルの背中に周り、抱きしめる。

「あ、の時、LAを、貴女の、いう、通りに、自由にして、あげれ、ば、良かった。そうしたら、彼は、こんな、物の為、に死ん、だり、しなかった、もの」

 ベルは再度、汚れた方の手で目元を拭った。

「大地君、どうする? 『空のストレート 始まりのファーストヴィレッジ』で、いつでも逃げられるよ」

 もへこは神父からもらったカードを見せる。

 今だったら無事に帰ることができる。

 命を失ったLAだって、ベルたちが無事に逃げ切ることを望む筈だ。

 けれど。

 ベルが咲花の手を振り解いて立ち上がり、『空のストレート 始まりのファーストヴィレッジ』のカードをびりびりに破いた。

 ベルは大地をみつめた。

「これとこれあげる」

 ベルに取ってLAの形見の品である筈の、黄色いパーカーと紅い宝石を大地に無理矢理押しつけてきた。

 思ったより重く、そして温かく、LAとベルの二人の思いが詰まっているようだった。

「今はそれしか渡せないけど、もっと貴重な物いくらでもあげるから、だから、お願い、」

 ベルは大地の手を握る。

「――LAの仇を取って」

 ベルの手はパーカーと宝石以上に、熱を持っていた。

「……」

 大地はポケットからカードを取り出す。

 最後の一枚となった『空のストレート 始まりのファーストヴィレッジ』のカードだ。

 大地は逃げる為に必要なそのカードをベルと同じように破り捨てた。

「ベル、勘違いするなよ。僕はLAの為に戦うんだ」

 前に、ベルはLAのことを差して人形といっていた。

 本当に替えの効く人形だと考えていたなら、ベルは見ず知らずの大地にLAが命を賭して手にしたアイテムを渡したりなんかしなかっただろう。

 LAはベルに取って唯一無二の存在だった筈だ。

 LAを失って初めて、彼女はそのことに気が付いたのかも知れなかった。

 或いは、気付いていても認める勇気がベルにはなかった。

 LAの自由と引き替えの咲花の申し出だって、本当は何を出されたって始めからLAを手放すつもりなんかなかったんだ。

 LAを自由にして、LAがベルに付いて来てくれる可能性がないとベルは思っていた。

 LAと一緒にいたいが為に、LAを手放さなかった。

 ベルはわがままで、自分勝手だ。

 LAが命を賭して手に入れてきた宝石だって、きっと、ベルが欲しがっていたから危険を承知で取ってきたんだ。自分が死ぬことだって知っていたのかも知れない。

 其処までして取ってきたものを、ベルはあっさりと大地に渡した。

 ベルが許せなかった。 

 大地はLAとベルのやりとりを知らない。

 何でベルは、LAが宝石を取りに向った時に必死でとめて、彼の命が何よりも大切だと教えてあげなかったのか。

 LAを思うと、悔しくてやり切れない。

 大地とLAとの違いは、目覚めた時に隣にいたのが、咲花だったかベルだったかの違いだけだ。

 何かが違っていれば、大地も咲花の隣にいる別の双葉大地に強い敵意や嫉妬を抱いていたかも知れない。

「LA、力を貸してくれ」

 大地は、黄色いパーカーを羽織った。

 そうすることで、もう一人の自分が力を貸してくれる。そんな気がした。

 何の気もない行動だった。

 本当に死者が力を貸してくれるだなんて、少しも考えていない行動だった。

 黄色いパーカーを着込み、LAが良くやっていたように、全身を脱力して姿勢を自然体にする。

 咲花と時計兎の顔を見た。

 もへこの顔を見た。

 最後に、ベルの顔を見た。

「『魔法の使えないベル』は此処にいろ。あの馬鹿の仇討ちは僕がする」

 大地は手の中の宝石を握り込む。

 力の限り握り込んで、固い宝石が手のひらの肉に埋まるくらい握り込んで、宝石が砕けて破片が指や手のひらに完全に埋まった。

 大地が手のひらを開くと、痛々しくいくつもの傷が在り、砕けた宝石が傷を埋めるように埋まっていた。

「『偽装スタンド』『猛るドラゴンハート』」

 砕けた宝石が大地の手の中に溶けて消える。

 紅い宝石、竜の心臓を大地の中に取り込む為の儀式は完了した。

 複製品であり、何処かの世界から『偽造世界フォルス』に招かれた訳ではない大地には『神位魔法ディーファイアート』を発揮する為の『真性品ピースオブワールド』は存在しない。

 その代わりに、複製品には複製品なりの戦い方がある。

 大地の固有能力はLAと同じ『偽装スタンド』だ。特定のモンスターがドロップするアイテムを体内に取り込むことでモンスターの能力を偽装する。

 心臓が他の生物のように暴れ回る。

 大地は大地自身の『脆弱なグラスハート』が別の物に変わったことを自覚した。

「咲花、もへこ、補助を頼む」

 大地は飛竜へと向かいながら、『偽造世界フォルス』のルールの一つを思い出していた。

 ペット屋で教えられたものだ。

『心の拠りピースメーカー』は死にやすい複製生物ペットの生前の記憶を保持して、別の個体に記憶と経験を伝えるものだ。

 ペット屋はペット限定の効果だといっていたが、複製人間にも効果はあったらしい。

 大地は木刀を取り出すことなく、素手で飛竜へ向かっていく。

 LAの戦闘スタイルだ。

 『慣れたスタイル』の方が戦いやすい。

 大地は、『LAだった頃』の記憶を探り、パーカーのポケットに収まっていたカードを取り出す。

 近接に持ち込めそうな『代償魔法インスタントアート』が記憶通りに残っていた。

 ベルからある程度離れた距離になると、飛竜は周囲の雷を強く響かせ、口腔にエネルギーを溜める。

飛竜ワイバーン、僕はお前が嫌いだ」

 大地は飛竜へと駆け出す。

「『出現ヒット』『解放バースト』『加速装置ハイビートオートマティック』」

 足はとめずに、出現した腕時計を叩き割る。

 ――大地は走る。

 文字盤の割れた腕時計が光と消え、全ての音がとまった。

 ――大地は走る。

 飛竜も雷も風景画のように停止する。

 ――大地は走る。

 雨粒一滴一滴が、ゆっくりと地面を目指した。風景画のようだった飛竜も雷も殆どとまっているような遅鈍な動きながら動いている。

 ――大地は走る。

 走り抜ける大地以外の全てが停止に近い緩慢な時間経過の中にいた。

 速度の決定的な変化。

 『代償魔法インスタントアート』『加速装置ハイビートオートマティック』による超加速だ。

 速度が変わったのは大地の方だった。

 緩慢な時間の中の飛竜は、隻眼の飛竜が出した者の何倍もある電磁砲を仕掛けている。しかし、大地が腕時計を叩き割った処への攻撃だ。

 今、大地のいる場所からしたら、見当違いの方向だ。

 極限まで接近すると、超加速の効果が消えた。

 大地は、大口で雷を吐いている無防備な飛竜の横っ面へ、渾身の力を込めて右ストレートを入れた。

 飛竜からしたら大地の拳はあまりにも小さい。

 肉体を別とする大地には『砕けぬゴーレムハート』は使えない。LAだったら剛力が使えたが、大地には肉体相応の筋力しかない。

「――――ッ!!」

 飛竜はひるんだ。

 必殺の雷の電磁砲を放出している最中の口が攻撃された為、飛竜は身をよじらせる。

 口の中が焼けたらしい。黒煙が上がる。

 竜を殴った時に妙な感覚を受けた。

 大地の拳と飛竜の間に空気の層が生まれたような感覚だ。

『猛るドラゴンハート』を偽装したことで、大地にも飛竜の特性がしっかりと付与されているらしい。

 LAが普段している調子で殴ったが、『猛るドラゴンハート』にはもっと有効的な使い方が在るようだ。

 試しに、爪を立て片手を飛竜の前の空間で横薙ぎに振ると、爪を立てた指の数だけの飛竜の体に傷が生まれた。拳を作って突き出していた時は空気の層でしかなかったものが、不可視の刃となって大地の爪を補完する。

 ひるむ飛竜に、もへこが斬撃を加える。

 飛竜は痛みに悶えながらも、もへこに対して爪の攻撃で押収する。

 大地の爪に生まれたものと同じ、不可視の刃での攻撃だ。

 もへこは背後に跳ぶことで飛竜の刃から逃れた。元々効果範囲も狭い。

 ならばと、飛竜は雄叫びと共に周囲に雷を落とした。

 雷の一つが、大地に落ちる。

「――――!」

 咲花の声が聞こえた気がした。

「……心配するなよ」

 至近距離の落雷により耳と目がおかしくなっているが、大地には傷一つついていなかった。服も無事だ。

 これも『猛るドラゴンハート』の特性によるものだ。

 飛竜は雷の中を傷一つ付けることなく飛ぶことができる。魔法による直接攻撃だって飛竜には効かない。

 大地にも一部の魔法攻撃を無効化する特性が付与されていた。

 『猛るドラゴンハート』で偽装した飛竜の特性は『竜の鱗』。

 大地を守る形で生まれる不可視の結界だ。

 攻撃に転じれば斬撃による攻撃をアシストして刃を作り、防御に転じれば魔法による直接攻撃を無効化する。

 大地の意思に関係なく自動で発生し、複雑な制御も要らない。

 LAの『砕けぬゴーレムハート』とは戦闘スタイルが大きく変わるけれど、『猛るドラゴンハート』も強力な偽装に間違いなかった。

 飛竜は接近してきた大地ともへこを嫌って、空へと一時逃げようとしている。

 一度空に逃げられると厄介だ。

 邪魔しようにも飛竜が巻き上げる風塵が邪魔して、大地ともへこはその場に踏ん張ることしかできない。

 声を上げたのは咲花だった。

「お願い『時計兎ホワイトラビット』」

 咲花を見ると、その肩の上で、時計兎が小さな鐘を何処からか取り出していた。

 時計兎が鐘を鳴らすと、咲花の手の届く位置に黒の円が生まれた。

 咲花が円の中に手を突っ込む。

 大地には咲花の肘から先が途切れたように見えるが、本人は至って平気そうに黒の円の向こう側を手探りしている。

 咲花が取り出したのは林檎だった。

 咲花は時計兎のいる肩の位置に林檎を持っていく。

 差し出された林檎に、小型のナイフを突き立てる時計兎。

「『解放バースト』『万物が有する等しきグラビテーション』」

 時計兎の声が魔法を生み、重しを付けられたように飛竜の羽ばたきを減速させた。

 本来の飛び方ができない飛竜は、溺れるように空を藻掻く。

 飛竜は抵抗虚しく地面に落ちた。

 爆音が響く。水面に肉の塊を叩きつけたような妙な水っぽさを孕んだ爆音だ。

 大地はLAが持っていた知識を探った。

 『万物が有する等しきグラビテーション』は対象一体の重力を増減させる『代償魔法インスタントアート』だ。今回は重力制御により飛竜に掛かる重力を何倍かに増やしたらしい。動きを拘束する魔法に近い。直接攻撃ではないので飛竜にも有効なようだ。

 飛竜は上体を起こそうとするがそれも敵わず、尚も地面方向に掛かる過度な重力に耐えている。

 とどめを刺すのは今しかなかった。

「LA、お前の仇を取るよ」

 飛竜は接近されるのを嫌って、周囲に数多の落雷による嵐を発生させる。

 飛竜は力を出し切るつもりだ。後の攻防なんて考えてない。

 今までの非ではない雷の量だ。

 接近戦を狙っていたもへこはそれで距離を取らざるを得ない。

 けれど、『猛るドラゴンハート』に偽装した大地には雷による直接攻撃を無効化することができる。

 大地は嵐の中を無傷で進んだ。

「『出現ヒット』!」

 大地は木刀を取り出す。

『猛るドラゴンハート』による障壁は大地だけでなく、所持する武器や防具も雷の嵐から守った。

 飛竜は尚も身動きが取れず、過度な重力に従い地面で頭を低くしている。

 目と呻り声で大地を威嚇してくるが、飛竜は爪も牙も持ち上げられずにいる。

 木刀を十字に振るう。

 木刀の周囲に、攻撃に特化した『猛るドラゴンハート』による刃が生まれ、飛竜の肉を裂く。

 爪の刃による攻撃よりは傷が深いが、飛竜を仕留める程ではない。

 大地は木刀を宙に放り、爪で裂いた。

「『解放バースト』『風刃乱舞シルフィーダンス』」

 木刀を代償に、小さな突風が大地を中心に周囲に流れる。

 風で構成された不可視の刃が、『猛るドラゴンハート』で生まれた爪型の結界一つ一つをより攻撃的にする。

「……LA、これが僕にできる最高の一撃だ!」

 荒々しく暴力的に、猛る感情をぶつけるように、大地は両手に生まれた風の刃を飛竜に振るった。

 『風刃乱舞シルフィーダンス』の効果で幾重にも増えた風の刃が飛竜を襲う。

 風の刃の一陣が飛竜に触れる瞬間、飛竜は抵抗をやめたように大地には見えた。

 ともすれば、逃げて醜く生き残ることを良しとしない高潔な敗将のように首を差し出したようだった。


もう出来上がっているものなので、短期間に、ずらずらとあげていく予定です。

後はエピローグを残すのみです。


感想やアドバイスなどありましたら是非。


また、下記URLで別企画進行中です。創作活動興味ある方はお声がけください。

http://kakikichi.com/neta/


以上。

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