四.暗い闇
始まりの村の南に白い円錐型の建物が在る。
『偽造世界』最大宗派の白銀教会に属する出張所だ。
大地は、白を基調とした兵士の格好をさせられ教会の講堂の外に立っている。
白銀教会でも高位の人物が来訪するということで、万が一の為に人が必要だったらしい。万一のことなど過去一度として起きていないのだけど必要というなら必要なんだろう。
大地の他にも同じように赤銅商会より依頼を受けてきたらしい人間が並んでいる。
最近はこんな依頼ばかりだ。
初心者でもできる依頼は限られていて、大地たちにはアルバイトと変わらないような戦闘と無縁な依頼しか受領できない。咲花は大地と別行動で、今日で三日目のパン屋の店番をしている筈だ。
大地の今日の仕事は簡単だ。
教会の入り口に立ち、仮にふさわしくない何かが中に入ろうとしたら、入場を断れば良い。
ただ、白銀教会側が定める『ふさわしくない何か』の基準には、大地は耳を疑った。
亜人種は全てダメだそうだ。
純粋な人間だけ入れて、それ以外は教会の敷地に入れてはいけない。
純血主義。教会側はそういっていた。
人間だけを是として、それ以外を否定する。
万人に開かれた宗教とはかけ離れている。
神の恩恵も加護も限られた血脈にしか届かないと彼らは主張する。
そんなものが『偽造世界』では最大宗派になっているというのだから大地は気味の悪さを感じていた。
教会の中では丁度、高位の人物による聖典の一説の朗読が始まるようだ。
講堂の中は大勢の人間で席が埋まっていたが、場は静謐に包まれていた。誰もが言葉に耳を傾けている。
白銀教会の高位の人物と聞いて、てっきり男かと思っていたけれど、凜とした女性の声が響く。
声は大分若い。
三人の女神が世界を作った。
けれど、生まれた世界は不完全で、空も大地もなく永遠に続く闇しかなかった。
女神たちは嘆いた。
理想郷を創造する筈だったのに、生まれたのは誰も寄りつかないような暗黒の世界だったからだ。
女神の一人は願った。
どうか、この世界が人々の笑顔で満ちる理想郷になりますように、と。
女神の一人は願った。
どうか、この世界が他の世界のような美しい理想郷になりますように、と。
女神の一人は願った。
どうか、この世界が人々の願いが叶う理想郷になりますように、と。
女神たちの願いは世界に聞き入れられた。
女神たちしかいない世界に人が招かれるようになった。
人々の世界をまねることで空と大地が生まれた。
人々の願いを叶えることで太陽が生まれ風も生まれた。
朗読の声が終わると、講堂より風が生まれた。室内から外へ流れる風。興味を惹かれて講堂の中を盗み見ると、風は朗読をしていた女性から生まれていた。
魔法による余興劇か、と冷めた思いで元の姿勢に戻ると、他の警備兵が大地と同じようにこぞって中の様子を見ていたので驚く。
涙を流す者や、尊敬の眼差しを向ける者がいた。
教会敷地内全体でも、大地のように冷めた考えをする人間は皆無なようだった。
その後、号泣する者、感動で卒倒する者を出しつつ、高位の人物の来訪は終わった。
「何で、街から司教が来たくらいで、人が集まるんだ」
耐えきれなくなって、疑問を口にすると臨時の警備兵が血相変えて大地に迫ってきた。
「『風の守護者』様っていったら、女神に救いの手を差し伸べた聖人の一人だろ」
知っていて当然だろう、という顔でいわれても、『偽造世界』に訪れて間もない大地は見当もつかない。
「聖人?」
「世界の基本ルールを造ったのが三人の女神なら、天地創造したのは初期にこの世界に招かれた聖人たちだ。聖典の一節にも在る。『人々の願いを叶えることで太陽が生まれ風も生まれた』。……『偽造世界』に風が吹くのは『風の守護者』様の『神位魔法』のお陰だ」
話の内容より、兵士の気迫に圧倒される。
「すごい人物なんだな」
普通、聖典に載っているような大人物が滅多なことではこんな何もないへんぴな村に来たりしない。
人々にとってどれだけ重要な行事だったのかが今更になって判ってきた。
ただ、大地には一つ気になることがあった。
「聖典に載ってる人物っていう割には若く見えたんけど、まさか不老不死って訳じゃないだろ」
冗談のつもりだったが、兵士はまじめな顔を造る。
「彼女は不老だよ。仮に彼女が亡くなって、突然風が吹かなくなったら困るだろ。彼女は老いることを許されない。自然死が在り得ないのさ。『偽造世界』に招かれた時点から変わらない若さが保たれている」
不老で永遠の若さを保ち続ける生きた聖人。
白銀教会からしたらさぞ良い宣伝材料なんだろう。動く広告塔として今回のように小さな村にも訪れる。
彼女のお陰で教会は威厳を保ち、寄付金等の白銀教会の維持費が手に入る。
聖人ともいわれる人物が、何故純血主義の増長を手伝うのか、大地には判らなかった。
依頼を無事に終えて着替えをしてから帰路に着く。
おつかいクエストから特に進展もなく、大地たちが『偽造世界』に招かれてから一週間が経過しようとしていた。
『偽造世界』での生活にも慣れてきた。
最初は奇妙に感じていた亜人種の顔にも慣れていた。
市場を横切ると、まだ日が沈むまで時間が在るというのに、商人たちが店じまいをしていた。
「今日は何か在るんですか?」
「雨だよ。天候を司る聖人様が『偽造世界』全体に雨を降らせる日だよ」
『偽造世界』では定期的に、天候を携わる聖人が雨を降らせるらしい。基本的にはあらかじめ宣伝してくれる親切な聖人なので、白銀教会や赤銅商会などの人の集まる場所では容易に得られる情報とのことだ。
商人は支度を調え、さっさと引き上げていった。
また聖人か、と大地は独りごちる。
この分だと、地面に草を生やす聖人や、生ゴミを腐らせる聖人までいそうだ。
『偽造世界』を運営するのに必要不可欠な存在なのは判る。けれど、大地自身は聖人たちのことを良く思っていなかった。
純血主義といわず、亜人種に対してもっと歩み寄っても良いと思う。
何故それができないのだろう。
考えごとをしていると、疑問に答えてくれそうな人物が視界に映った。
眼鏡をかけた伊達男が、年端もいかない幼い少女にバラの花を渡している処だった。
「君とは何処か出会った気がするよ。君もそうだろう」
つまりは初対面らしい。
「何をやってる、変態」
神父を足蹴にすると、幼い少女は逃げていった。
「神は恋愛する自由を与えてくださった。愛に正直に生きているだけさ」
神父は格好を付けているが、後頭部には大地がつけた靴跡がくっきり残っている。
「神父、聞きたいことが在るんだ」
大地は今日のできごとを話した。それから白銀教会の純血主義について質問すると、神父は最後まで話を聞いてから苦々しい顔を作った。
「亜人種は人間とは違う」
神父も行き着く処は白銀教会の一員らしい。
神父は続ける。
「そもそも人間とそれ以外とは誕生に違いが在る。人間は世界に招かれるか、招かれた人間が出産することで生まれる。けれど、それ以外の種族は元の世界にいたオリジナルを複製し偽造した『物質』だ。『複製』したパンと変わらないんだ。簡単に代用が効く。少なくともそう思われている」
あれを見てみろ、と市場を歩くエルフの姉妹を指さした。仲の良い双子の姉妹だ。談笑しながら歩いている。衣服や装飾品に違いは在るけれど、外見的特徴はそっくりそのままだ。
「彼女たちは双子でもないし姉妹でもない。元が同じだけの複製品だ。前に、矮小竜が黒い円から現れるのを見たといっていたな。最初は不定形の生物だったものが徐々に形を変えただろ。彼女たちも『偽造世界』に来た最初の姿は同じものだ」
大地は矮小竜が現れた時を思い出す。中空に生まれた黒い円が泥状の生物を吐き出した。あの時は成り立ちからして生物とはとても思えず、理解のできない未知のものに対する奇妙さを感じていた。
神父の言葉を信じれば、『偽造世界』で生活する人間以外の生物は、鳥も猫もエルフも何もかもが、同じ泥状の生物が形を変えたものとのことだ。
自分とは違う理解の及ばないものに嫌悪するのは仕方のない感情だ。
白銀教会の掲げる純血主義が、最大宗派になっている理由が判った気がした。
「白銀教会も、女神の教えを第一に考えるか、聖典を第一に考えるかで細かく別れるんだが、聖典の一節にも在る『女神たちしかいない世界に『人』が招かれるようになった』が一人歩きしている例だな」
「人間だけが招かれてそれ以外は招かれざる客、だといいたい訳か」
「まあ、そうだ」
神父が苦々しい表情を造った理由が判った気がした。
個人ではどうしようもない、所属している組織の負の部分を話すことになると判っていたんだろう。
誰が悪い訳でもない。
女神が悪い訳でも、聖典を書き記した人物が悪い訳でもなく、聖典を信じる人間が悪い訳でも、ましては人間未満だといわれている亜人種たちが悪い訳でもない。
けれど、結果として亜人種は人間未満だと世間が認めていた。
「僕は何も知らなかった」
「その通りだ、お前はまだ何も知らない」
大地は亜人種と会話を交わしたことがない。
お互いに接点がなかったからだと思おうとしていたけれど、心の何処かで外見が違う亜人種との接触を避けている処がなかったといえば嘘になる。
道を行き交う亜人種はしかめっ面をしたり笑顔を見せたり表情豊かで、心が在るんだって信じて疑ってなかった。
彼らがモンスターと元を同じにしているなんて、容易には信じられなかった。
神父は、大地の目を見ずに、気楽な調子を装って、真摯な懇願を口にした。
「この世界を嫌いにならないでくれ」
神父と別れ、赤銅商会へ向かった。
咲花と合流する為だ。
特に待ち合わせをしている訳ではない。けれど、殆どの冒険者がそうであるように、一つの依頼が終わった後には咲花は赤銅商会を寄ることが多い。依頼の達成の報告や新しい依頼を求めてのことだ。
探すまでもなく、赤銅商会の依頼掲示板の前に咲花がいるのが見えた。
咲花は一人ではなかった。ロリータファッションの少女と一緒にいる。ベルだ。
「ベルちゃん、話を聞いてよ」
いい争っている、というより、咲花が一方的にベルに絡んでいるようにみえた。
仲裁に入ろうかと思ったけれど、会話が気になって大地は二人の死角に隠れた。
二人には悪いとは思ったが、もしかしたら咲花が大地に秘密にしている何かが判るかも知れないと期待を抱いた。
「……盗み聞きか」
突然の声の方向へ振り返ると金髪の青年、LAがいた。壁に寄りかかった姿勢で大地を見ている。
LAの顔は表情が読めない。少なくとも咎めている訳でも非難している訳でもなさそうだ。
顎で、大地に外に出るように促して先に出ていく。
咲花たちの方も気になるが、LAは大地に用事が在るようだ。
背中を追っていくと、赤色商会の前の通りの真ん中で、LAは立ちどまった。
「得物を出せ」
大地にはLAに何をいわれたのか、判らなかった。
「俺はお前が嫌いだ。得物を出せ」
無表情に近かったLAの顔が、敵意にゆがむ。
まさか、此処で決闘しようっていうのか。
「立ち聞きしたのは悪かった、謝るよ。そんなに怒ることはないじゃないか」
「最後忠告だ、得物を出せ」
話を聞いてくれそうにもない。
LAから充分な距離を取ってから木刀のカードを取り出す。
「『出現』」
大地は木刀を油断なく構えるが、LAは脱力した自然体で何の構えもない。
周囲には大地たちを囲むようにして人が集まり始めていた。
本来なら仲裁してくれてもよさそうな、赤銅商会の見回り団員は遠目で見守るだけで、すぐに決闘を中断させる気はないようだ。
野次馬は口々にLAの名を呼ぶ。大地には応援の声はない。まるで四面楚歌だ。
LAは何故大地を嫌っているのだろうか。
盗み聞きに関しては確かに大地に非が在る。
けれど、それだけではない気がする。
寡黙な青年が、感情を表に出してまで全身全霊で誰かを嫌いになる。
大地の何かが決定的にLAの勘に触るようだ。
実力差は判りきっている。
せめて一撃当てようと、大地は脳天を狙い仕掛ける。
LAは最小限の動作で避け、最小限の動きで同じ位置に戻る。
大地による横一文字の一振りも、袈裟斬りも、避け、自然体へ戻ってみせる。
木刀だけに頼っているのが悪いのかと思い、蹴りを交えても全て同じで避けられる。
振りを小さくして、連撃を意識しても触れることさえできない。
LAは避けることに徹底し、攻撃を仕掛ける様子がない。
大地がわざと隙を作っても、LAは手出ししない。
……舐めてかかってるよな。
大地にできることは限られていた。
そもそも戦闘訓練を積んでいる訳でもない全て我流の素人にできることは多くない。
「これでどうだ!」
破れかぶれの特攻だ。捨て身ならさすがに逃げようがない筈だ。最初の一撃と同じ、脳天唐竹割りを狙った渾身の一撃。
始めから勝とうなんて考えていない。相手に当たりさえすればいい。
LAは迫り来る木刀と頭部との間に右の手のひらをかざす。
「……『偽装』『砕けぬ心』」
魔法を使うのかと思ったけれど、様子が違う。
LAは右手も左手も何にも触れておらず、魔法を行使した様子はない。
聞いたことのない詠唱呪文の上、魔法が使われた時特有の光も発生していない。
はったりにしか見えない。
防御を捨てた大地の全力の振りぬきは、LAの手の中で完全に静止した。
LAは痛がるそぶりもなく、握り込む。
木刀にひびが入る。
人間の動きじゃない。
ひびの入った得物を見て、大地は咄嗟の判断で魔法の詠唱に移る。
「『解放』『風刃乱舞』」
掴まれていた木刀が光の粒となって空気に解け、大地はLAから距離を取ることに成功する。
大地の手の中には、木刀を代償に風で構成された不可視の剣が生まれた。小さな突風が大地を中心に周囲に流れる。
「これが、僕にできる最高の一撃だ!」
先程LAにとめられた一撃と全く同じ軌道、同じ力加減で、大地は風の刃を振るう。
LAも変わりなく、迫り来る木刀と頭部との間に右の手のひらをかざす。
けれど、LA背後には鏡対象のように大地の持つ風の刃と似た軌道を描く、合計二本の別の刃が迫っていた。
『代償魔法』による必殺の剣舞。
大地の一撃を仮にとめたとしても、背後の二刃がLAを襲うだろう。
それに対して――
――LAは動かない。
大地に不敵な笑みを浮かべてさえした。
「――『解放』『権力者の鳥かご(ルーラーズテスティモニー)』!」
第三者による魔法の詠唱。
LAを取り囲むように作られた光の防御壁によって、大地の必殺の攻撃が防がれた。風の刃が収縮していく。
光の防御壁は何処かで見たような王冠の形をしている。
魔法の詠唱の声を辿ると、頭に王冠を乗せたロリータファッションの少女がいた。隣には咲花がいる。
ベルの頭上の王冠が魔法の詠唱を意味する光を帯びている。
魔法を使って消えないってことは、王冠が彼女の『真性品』なんだろう。
ベルは防御の『神位魔法』を使うようだ。
「ベル、邪魔をするな」
「『砕けぬ心』を偽装している限りは、あなたはどんな攻撃を受けても傷付かないでしょうけど、服はそうはいかないでしょ。物の少ない『偽造世界』で私の気に入るファッションを揃えるのに、私がどれだけ苦労したか考えてください」
LAは光の防御壁に地面が震える程の蹴りを加えるが、防御壁自体はびくともしない。内側からも防御壁を破ることは不可能なようだ。
「――クソっ!」
ベルは咲花に向き直る。
「私の人形が粗相をしたようですね」
「人形だなんて……」
「ただの複製品に感情移入するなんて変わっていますね。アレの外面を気に入るのは判りますけど、アレは中身のないただの人形です。帝国が量産化を計画していた兵器が彼です。私がオークションで競り落とした人間の紛い物です。もっとも、弱すぎて使い物にならないから量産化計画は永久凍結になったらしいですけど。……魔法でいくらでも量産が効くなんて、人形以外の何物でもないでしょう」
人形? LAが人間じゃないっていうのか?
「お願いだから、彼の前ではいわないであげて」
「本当のことです。今となっては貴重品なので手元に置いていますが、アレを人間扱いする必要なんて在りません。……行きますよ、LA」
LAを取り囲んでいた防御壁が解かれる。
LAは感情が死んだように表情を殺して、ベルの後をついていく。
大地は、我慢ならなかった。
もし仮に自分がLAで、同じように扱われていたら耐えられないと感じたからだ。
LAは大地のことを『嫌い』だと口にした。
そんなLAが中身の無いただの人形だなんてとても思えなかった。
気が付いたら、体が動いていた。
背中を見せるベルへ駆け寄り、後頭部目がけて拳を振りおろした。
――ゴッ。
鈍い音が辺りに響く。
鉄の塊を殴ったような感触だった。
ベルへの攻撃に対して、LAが割って入っていた。
大地の拳をLAがとめている。
防御するLAの腕は巌のように動かない。
「とめるなLA! 一発殴らないと、気が済まない!」
「……」
「大地君、やめようよ。暴力じゃどうしようもないことだって在るんだよ」
悲しみの色を含んだ咲花の声が、鼓膜だけじゃなくて心にも響く。
暴力じゃどうしようもないことだから、って簡単に受け入れることなんて大地にはできない。
LAの眼はまっすぐ咲花の声の方向を見据えていた。
「LA、行きましょう」
ベルは冷めた目で大地たちを見る。まるで、家畜同士の争いを見ているかのようだ。
LAは尚もベルに向おうとする大地の拳を、一旦開放し、突然解かれた拮抗について行けずよろける大地の足を、鎌のような鋭い蹴りで刈り取る。
大地は無様に転ぶ。
中途半端な受け身しかできず、大地は顔面を地面に打ち付けた。
痛がっている時間もなく、LAによって引きずり起こされ、膝で立っているような宙に浮いているような姿勢になる。
「LA、行きますよ!」
LAは悔しそうに顔を歪め、大地の心臓に力なく拳を振り落とす。子供がやり場のない怒りを枕に向けるとの同じような所作だ。
最後の拳に対する肉体的な痛みはない。
そんな顔でそんなことをされると殴り返したくても、殴り返せないじゃないか。
LAは無抵抗でぐちゃぐちゃだろう大地の顔を見ると、興味が削がれたように、ベルの後を追っていった。
「大地君、大丈夫!? 口が切れてるよ。エミエル使うね」
咲花の魔法で身体の傷は癒えていくが、LAが拳を振り落とした心への攻撃だけは、長く強く大地の心へと響いた。
LAの去る方向に目をやる。
LAは出会った時と同じように、背中の文字『LA Don’t ♡ U(LAはお前が嫌いだ)』を大地たちに向けて振り返ることなく去っていった。
大地は咲花と一緒に宿屋に戻ってきていた。
宿屋と併設されている食事処で夕食を食べることにした。
咲花と向かい合い食事を摂るが、味が感じられなかった。
大地と咲花の間には会話はない。
先程のLAとベルとのことが気になっているからだ。
大地は、LAは生きた人間だと感じていた。LAには感情だって在る。
けれど、純血主義の『偽造世界』では、LAのような存在は人間として扱われないらしい。
ベルはLAのことを『魔法でいくらでも量産が効く』といっていた。だから、人間じゃないのだと暗に示している。
けれど、LAは大地たちと何処も変わらない。楽しいことがあればきっと嬉しいし、悲しいことがあればきっと傷付く。
生まれや育ちなんて関係ない、誰かを大切にしたり、何かを守ったりする、心の有無こそが人間たり得るのではないかと大地は考えていた。
だからこそ、『暴力じゃどうしようもないことだって在るんだよ』という咲花の言葉が重く大地には響いていた。
大地は、『偽造世界』では、敵を倒して経験値をためれば、なんだってできるようになると考えている処があった。
飛竜だって、魔王だって、どんな悪者だって、それで倒せると思い込んでいた。
けれど、LAの抱える問題は敵が多すぎて、大地がどんなに努力して時間を費やしても解決することができるとは思えなかった。
「――ベルたちが、遂に飛竜に戦いを挑むらしい」
別の客が話している内容が聞こえてきた。
酒を呑んで赤ら顔の二人組がカウンターで話をしている。
大声を出されて、店主も迷惑そうだ。
「死にかけの餓竜にどれだけ時間かけてるんだよ、LAのやつ。赤銅商会の切り込み隊長が聞いて呆れるぜ」
「そういうなよ。いくらなんでも、二人だけじゃ厳しいって」
一人が騒ぎ、一人が呆れ交じりになだめる。酒が入るとそういう構図になるらしい。
「二人だけっていうのも、あのお高く留まったお嬢様の自業自得じゃないか。性格悪すぎて、元々いたパーティー締め出されたんだろ」
酷いいいようだけれど、大地の知っているベルは噂そのものの人物だ。
「ベルの両親には感謝してもしきれない恩が在るが、勘当娘がいつまでも親の七光りでやっていけると思うんじゃねえぞー!」
本人がいる訳でもないのに、文句を口にする酒客。本人がいないからこそ口にできるのかも知れないが、上機嫌に他人の悪口をいわれるのは良い気がしない。
咲花も、居心地悪そうにしている。
「大地君、行こう」
テーブルの上に食事はまだ少し残っていたが、咲花は席を立ち、二階の宿泊部屋に戻ろうとする。
大地も食事を程々に咲花の背を追う。
LAを人形扱いして傲慢さが目立ったが、ベルはベルで何か事情が在りそうだ。
「また、何処かでベルが騒ぎを引き起こしたらしい。飛竜攻略が終わったら、アイツらいづらくなってこの村を離れるかもな」
食事処の端に在る階段の途中で、咲花が足をとめた。
「ベルも、赤銅商会の商人王の元に帰る訳ないし、この村を離れる、っていったって行き場ないだろう」
「もしかしたら黒金帝国に亡命するのかもよ」
どう面白いのか、冗談にひとしきり笑う二人の酒客。
背を向けた咲花の表情は読めない。
何か考え込んでいるようでは在るが、想像がつかない。
「咲花、階段でとまるなよ」
「ごめん」
咲花は短く応え、表情を見せることなく部屋に戻っていった。
大地も自室に戻ろうかとした時、酒客の話の内容が大きく変わった。
「そういえば、この村に史上二人目の『回復魔法』の使い手が現れたらしいぜ」
「ああ、聞いた。『回復魔法』といえば、どの勢力も喉から手が出る程欲しい貴重な魔法だろ」
多分、咲花のことだ。
LAと大地が路上で決闘をした時に、咲花が魔法を使って大地の傷を癒やした。
不用意に人前で使ったのが悪かったらしい。
噂になっている。
「一人目の『回復魔法』の使い手は、その力を帝国に狙われて、彼女の所属する白銀教会と黒金帝国の間で何度も小競り合いが起きたって話だよな」
「こんな何にもないへんぴな村に、黒金帝国が諜報員送り込んでるなんてことはないだろうが、盗賊くらいには狙われるかもな」
大地は耳を疑った。
魔法一つの為に咲花の身が狙われるっていうのか、そんな馬鹿な。
咲花は何か考えごとが在るようだ。明日の朝、本人に気をつけるようにいっておこう。
大地は部屋に戻った。
明け方。日も昇っていない暗い朝。
大地の部屋に誰かが入ってきた。
軽い足音だ。とても軽い足音。子供のものにしても軽すぎる。
「……『解放』『死に近い眠り(ジュリエットトロイメライ)』」
誰かが部屋に入ってくると同時に、大地は猛烈な眠気に襲われ、体を動かすことは愚か、目を開けることさえできなくなった。
「『人形使い(ドールマスター)』の命令、とても大事。この人眠らせる、『時計兎』褒められる」
夢か現か判断つかない中で、片言の声が妙に耳に残った。
もう出来上がっているものなので、短期間に、ずらずらとあげていく予定です。
感想やアドバイスなどありましたら是非。
また、下記URLで別企画進行中です。創作活動興味ある方はお声がけください。
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以上。