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三.本当の自分

 昨晩、大地が部屋に戻ると咲花は部屋に戻って寝ていた。大地が村中を探し回った事実も知らずに寝息を立てていた。

 咲花を問い詰めることも考えた。

 大切なものを簡単に手放すな。手放すにしてもせめて相談してくれ。と大地は咲花を問い詰めて何を考えているのか聞き出そうと、朝の段階まで考えていた。

 けれど、朝になって、いつも通りの咲花の姿を見て、それで何が好転するのだろうと考えを改めた。

 彼女の軽率な行動を咎めて、自分には何が残るのか判らなかった。一時的な感情で今の咲花との関係を崩すことを恐れた。

 咲花は、昨日の昼間に本人が大地に買ってきたのと同じ意匠の冒険者の格好をしていた。

「制服はどうしたんだ」

 黙っていられなくて、大地はこれだけ口にした。それで少女が慌てふためくと思い込んでいたが、少女の反応は大地が予想したものと違っていた。

「今日は休ませているんだ。これもかわいいでしょ」

 調べればすぐに判るような嘘を彼女は口にする。彼女の手元には、制服なんてもうないのに平素の顔を装う。

 何が正しいのか、判らなくなってしまった。

 彼女の行動の全てが嘘に思えて、大地は悪寒のようなものを感じた。

「それより、大地君、大丈夫? 顔色悪いよ」

 この心配する姿も演技で、彼女の心には全く別の感情が根付いているんじゃないだろうか。

 知り合いの誰もいない世界で、咲花は大地にとって重要な存在だった。

 幼なじみというだけではない。

 自分のない大地は、咲花に求められることで自分の心の在処を見つけた気でいた。

 彼女の求める双葉大地であろうとしていた。

 けれど、彼女の方は心の深い処で大地を信用していないし、平気で嘘を吐く。

 裏切られたと感じた。

 信用していた分、許せなかった。

 誰に求められた訳でもなく、大地自身から生まれた感情。初めて自覚したその感情は暗く冷たいものだった。

「本当に大丈夫、熱ないよね?」

 額に触れようとする咲花の手を大地は振り払う。厚意を無碍にされた咲花は傷付いた表情を顔に浮かべた。

 咲花のいつもと変わらない態度も、咲花の心配する声も、咲花の悲しげな表情さえも大地の勘に触った。

「咲花、僕のことは気にしなくて良い」

 大地自身、無機質な自分の声に戸惑う。誰に求められた訳でもなく出たこの無機質な自分が、本当の自分なんだと心の冷静な部分で感じていた。

 目の前の少女を罵倒したい衝動を無理矢理押し込める。善良な心から来るものではない。彼女は本当の彼女を見せようとしないなら、大地が手の内を相手に晒すのは不公平だと感じたからだ。

「そろそろ待ち合わせの時間だ。もへこと合流しよう」

 咲花もそれ以上は話しかけては来なかった。



 大地たちは『竜の居城ドラゴンズキャッスル』の地下街への入り口へ来ていた。

 もへこはというと、寝違えたという大地たちにとってどうでも良い話は口にするが、咲花が訪ねてきたことも、大地が訪ねてきたこともまるでなかったかのように振る舞っている。昨晩のことは何もかも忘れている様子だ。

 何処からか大きなうなり声が聞こえる。飛竜の存在を近くに感じた。LAとベルの二人組もまだ討伐を成功させられていないようだ。

飛竜ワイバーンは縄張りに入らなければ襲ってこないから大丈夫だよ。まあ、一度、顔を覚えたら相手が死ぬまで追い回すんだけどね」

 もへこは笑っているが、一度追い回されている咲花からしたら笑いごとではないようだった。

「大地君、急いで、食べられちゃうよ」

 咲花は頭上を気にしながら、必死の形相で大地の手を引く。

「やめろ、咲花。恥ずかしいだろ」

 大地が振り払っても咲花は強引にその腕を取り、急かそうとする。

 もへこは大地たちのやりとりを見てにやつく口を手で隠してみせる。

 大地は二人それぞれの仕草を見て多少の感情が沸いたが、それより強い苛立ちが大地から表情を奪っていた。

 この街が本来の色を失った灰色であるように、大地の心も自分を見失って灰色に色あせたようだった。感情が動かない。感情が動いても表に出ない。掴まれた腕から感じる咲花の手のひらの暖かさえ、本物かどうか判らなくなってしまった。

「悪いんだけど、明かりの魔法唱えてもらえるかい」

 もへこの指示を受け、咲花がカードからパンを取り出し呪文を唱える。

「『出現ヒット』『解放バースト』『聖者の御肉ザライトオブライフ』」

 割られたパンは世界に溶け、暗い地下街に小さな光が生まれた。光は意思が在るように大地たちに同行する。

「この辺りは安全だよ。見張り場が機能している限りはゴブリンたちも此処まで来ないからね」

 大地たちは初日に地下街を歩いているが、その時はゴブリンなんて見かけなかった。地下を歩いた経験がもへこの言葉が信頼できるものだと裏付けていた。けれど、地下に降りた辺りから大地の手には得物が在る。慣れない道だし、この街では一度矮小竜に攻撃を受けた記憶が在る。用心しておいて悪いということはないだろう。もへこはというと大剣を背に背負ったままだ。重い分、常に手に持って歩くという訳にもいかないらしい。

 咲花もまだ弓矢をカードにしまったままだ。周囲への注意で其処まで頭が回らないらしい。初心者向けの森で一度も敵に当たらなかったくらいだから戦力とは考えていないのだけれど。

「気になっていたんだけど見張り場って、どうしてそんなものが必要なんだ。地上に教会は在るけど近くに集落が在る訳でもないし、集落を守る訳でもないなら人員を割く理由が判らない。他に重要な施設でも在るのか」

「重要な施設っていうならゴブリンの巣そのものが重要な施設っていえるかな」

 見れば判るよ、ともへこは語尾を濁す。大地の疑問全てに答える気はないらしい。

 もへこは慣れた様子で地下街を進んでいき、機能していない改札を通ると、地下鉄のホームへと出た。もへこは躊躇なく線路に降りる。大地たちもそれに続いた。

 しばらく歩くと、コンクリートで覆われたトンネルに、元の世界にはなかった横穴が唐突に生まれていた。

 人一人がギリギリ通れるような狭い土で覆われた緩やかな下り道を体を縮めながら進む。

 もへこ、咲花、大地の順だ。

 頻繁に左右に分かれる複雑な道を、もへこはためらうことなく進んでいく。小一時間も歩き通しだったので、もへこのことだからためらいがないだけで道に迷っている可能性を危惧したが、道は正しかったようでそのうちに広く開けた場所に着いた。

 咲花は必要のなくなった魔法の光を消した。

 ゴブリンの巣の見張り場。

 聞いた時は、門番が立っているだけの簡素な施設だと思い込んでいたが、想像していたものより大規模なものだった。見張り場というよりは防衛拠点といった方が正しそうだ。行き交う人々の服の色や、旗の色を見ると赤をシンボルカラーにしているようで、赤銅商会の関係施設なのかもしれなかった。

「はい、これが頼まれていたものだよ」

 もへこの姿をみて近づいてきた男に対して、もへこがカードを渡す。隊長にあたるだろう屈強な体つきをした男だ。

 カードだから嵩張らないが、大地一人では一年かかっても食べきれないだろう食料が取引されていた。建物の規模からしても、常駐しているのは十人や其処らではないだろう。

 挨拶もそこそこに男は建物に引き上げていった。

「これで終わりか、呆気なかったな」

 終わってみれば、本当におつかい以外の何ものでもなかった。

 少なからず実戦経験が積めると期待していたのだけど、一番最初のクエストなんてそんなモノかも知れない。手に持っていた木刀をカードにしまう。

 何気なく咲花を見ると、咲花は服に付いた土を両手で払い落としている処だった。

 目が合う。

「何?」

「……いや」

 昨夜のこともあって気まずい。

 その大地の頭に、もへこが、ぽん、と手を置いてくる。

「何を休んでいるんだい? おつかいが一件とはいってないでしょうが」

 もへこは経験豊富な冒険者なので、複数のクエストを同時に受領していた。

 てっきり、食料を届けるだけで終わりと思っていたが、そうではなかったらしい。

 始まりのファーストヴィレッジで神父の前で説明を受けた時は、ゴブリンの巣の見張り場に食料を持っていくだけだと聞かされていたのだけれど、もへこの独断で別クエストの受領をしていたらしい。

 何だか、嫌な予感がした。

 もへこの手元には複数枚のカードが在る。大地にはカードの絵柄が弾薬に見える。大量の弾薬のカードを他の何処かに持っていくのが任務らしい。

「ゴブリンの王に会いに行くよ」

 見張り場を前にして、堂々と恐ろしいことを口にする、もへこ。

 敵対関係に在る二者に対して、片方に食料を補給したかと思えば、もう片方にも弾薬を補給するとか正気の沙汰とは思えなかった。

 奥まったゴブリンの巣の入り口へ、もへこは向かっていく。

 当然、入り口には警備の任務に就く門番が待機しているが、もへこは気にせず進もうとする。

「待って、もへこさん。その依頼はやめとこうよ」

「そうだ、もへこ、冷静になろう」

「えー!? なんで!? 咲花ちゃん、大地君、気は確かかい!?」

「気が確かじゃないのはあなただよ、もへこさん!? もー、ちょっと人目のない此処まで来なさい!」

 咲花は、もへこを門番たちから死角となる場所へ誘い出す。

「良い、もへこさん、良く聞いてね。昔々在る処に……」

 咲花は語った。

 即興のおとぎ話だ。

 もへこは幼い子供のように、咲花の話に夢中になっている。

 内容としては、空を飛ぶ鳥にも、陸を歩く獣にも、自分は仲間だといっていたコウモリが、最終的には鳥にも獣にも嫌われて、空でも陸でもない暗い洞窟の中で一生を過ごすようになった、というものだ。咲花の話の中ではファンシーな動物に置き換えられていたが……。

「――そうして、灰色ウサギ君は暗い洞窟で一人寂しく暮らすことになったのでした」

 パチパチパチ。

 もへこ一人分の乾いた拍手が辺りに響いた。

「この依頼をこなしちゃうと、私たちも同じようになっちゃうんだよ」

「……そっかあ、良く判らないけど、私も仲間外れの灰色ウサギ君になりたくないからなあ」

「そうだよ、白ウサギ君たちと仲良く草原で暮らしたいでしょ。此処で黒ウサギ君たちのいる森に行っちゃったら、二度と草原にも森にも出入りできなくなっちゃうよ」

「そうだよね。残念だけど、帰ろうか」

 切り替えの早いもへこはすでに帰り道へ歩き始めている。

 どうやら説得に成功したらしい。

 咲花のお陰で、危険な状態は回避できたようだ。

 一度受けた依頼を中断することで、多少信頼を減らすことになるかも知れないが、もへこの横顔には未練がない。

 これから元来た穴に入ろうと一列になった処で、まったく残念でなさそうな声が、もへこの口から出てきた。

「残念だなあ。報酬はさっきの依頼の『二十倍』なんだけどなあ」

「――っ!?」

 大地の顔が前を行く咲花の後頭部にぶつかりそうになる。

 金額に関わる言葉を聞いて、咲花の足が巌のように動かなくなったのだった。

「おい、突然とまるなよ、咲花」

 咲花は回れ右をする。視線はゴブリンの巣へと向けられている。……ダメだ、瞬きすらしていない。

「大地君! 黒ウサギさんたちが私達を待ってるよ! 行くぞー、おー!」

「おー!」

 欲に目が眩んだ咲花の猛進をとめる術は大地にはなかった。咲花の後ろをもへこが楽しそうについていく。

「……せめて正面突破はやめないか」

 口から出た一言に、自分で驚く。

 これで共犯になった、という自覚が大地にはあった。

 先程までいた門番から死角になる場所で作戦を練る。話をしながら脳裏に過ぎるのは咲花の一人語りの最後の一節だった。

『――そうして、灰色ウサギ君は暗い洞窟で一人寂しく暮らすことになったのでした』



 見張り場からさらに長く暗い道を進んだ先にゴブリンの巣はあった。

 ゴブリンの巣は始まりのファーストヴィレッジを行き来していた人間や亜人種より多くのゴブリンが住む地下帝国だった。広く開けた穴倉は地上と比べれば狭いが、ゴブリンたちが生活するには充分の大きさに思えた。

「ゴブリンは突然攻撃してきたりは基本しないけど、盗賊団もいるしアフリカの紛争地域くらいには危険かな」

「『アフリカ』大陸を知ってるってことは、お前、地球の出身か?」

「今更何いってるの? 大地君と同じ、日本の高校生だよ。本当なら高校三年生」

 外見だけでいえば、もへこはもっと年上と思っていた。身長も女性にしては高いし大人びた顔立ちは二十歳は超えているように大地には見える。冗談かと疑ったが、もへこは嘘の吐けない性格だということを知り合ってからの短い期間で大地は知っていた。

「……高校三年生」

 咲花はその話を聞いて落ち込んだ様子だ。視線は主に、もへこと自分の胸元を交互に行き来している。

 体の成長の速度は人それぞれだし、咲花は中学三年生だ。もへことは三歳も年齢に差が在る。年齢にほとんど差がないなら話は違うが、咲花が気にする必要はないように大地は思った。

 不意にその自信のない視線が大地を向いた。

「……」

 咲花はつかつかと早足になり、大地たちを引き離そうとする。知らない間に咲花のコンプレックスを刺激してしまったらしい。

 大地たちは、まるで危険のない街中を歩くように、ゴブリンの巣を会話を交えながら歩いている。敵の本拠地の真ん中にしては堂々としすぎだと大地自身も感じている。

 それには三人の頭の上に在る、光でできた兜が関係していた。

 一時的に周囲の生物に存在を感知されなくなる魔法『冥王のハイドアンドシーク』の効力だ。普通に会話しているが、その声すらもアイテムを使用した集団以外には聞こえなくなり、道を歩くゴブリンたちは無意識に大地たちを避けて歩いてくれる。このカードのお陰で、門番やゴブリンに気付かれずにゴブリンの巣に潜入できた。

 強力な『代償魔法インスタントアート』だけれど、もへこは惜しむ様子もなく使わせてくれた。

 惜しむ様子もなくというのには、語弊が在る。

 きっと、もへこは物に執着しないのだ。現にこのカードも、ポケットから乱雑に取り出したカードの山から使えそうなアイテムをと三人で探し出してきた物だ。

 仮に世界に一つしかないものだとしても、もへこ自身が価値を見出さない限り、同じように大地たちに差し出してくれたことだろう。

 普段もカードの中身を見ず、ポケットに詰めるだけ詰めているとのことなので、刻々と状況が変わる戦闘時に臨機応変に魔法が使えるとは思えない。

 神父は『経験豊富な冒険者』として、もへこを大地たちに紹介してくれたのだけれど、彼女の言動を見る限りはとてもそうは見えなかった。

「……ねえ、大地君、あれ」

 先行していた咲花が驚いた様子で何かを指差して立ちどまる。

 ゴブリンの集団だ。数でいえば百を超える大数の集団。

 集団は等間隔で縦横に立ち並び、一斉に同じ方向にガチョウ行進を始めた。全体で一つの生命のように美しい正方形を保っている。かと思えば、正方形は複数のより細かな正方形に分かれ、独立し複雑な動きのマスゲームを繰り返し続けている。

 ゴブリンの集団というよりはゴブリンの軍団だ。

 軍団の一糸乱れぬ所作がゴブリン一匹一匹の練度の高さを物語っていた。手には例外なく銃剣が収まっている。

 ゴブリンの軍事行進の様子を貴賓室と分かる高所から静かに眺めているゴブリンたちの姿があった。二人が左右に立ち中央に一人が座している。

 ゴブリンにも身分の差が在るとしたなら、一目で最高階級と分かる頭に王冠を冠したゴブリンだった。

「もへこ、依頼の品を置いてさっさと帰ろう」

「そうだよ。そうだよ。そうしようよ」

「この辺に置いとけば、良いんじゃないか」

「そうだよ。そうだよ。そうしようよ」

 とんでもない処に着てしまったという恐怖の余りに、正常な判断ができなくなっているということを大地は自覚していた。

「えー、でもー、手渡ししないと依頼人に怒られちゃうじゃないか」

「死ぬより良いだろ!」

「大地君は大げさだなあ」

 豪快に笑いながら、もへこがゴブリンの軍団の方向へ向かっていく。此処まで恐れ知れずだと、もへこが大物に見えてくるから不思議だ。

 もへこの前に出て体でとめようとすると、三人の『冥王のハイドアンドシーク』の効力がちょうど切れた。

「え? ウソだろ」

 軍隊から見て最も近い位置に出ているのは、結果的に大地だった。

 突然の人間の出現にゴブリンの軍団はどよめくが、訓練されたゴブリンの軍隊は即座に銃口を最善の方向へ向け、最善の隊列を作る。

 死ぬ。

 大地は恐怖で体を動かすことができなかった。ちょうどいい遮蔽物もなくて銃口の死角に逃げ込む余裕なんてない。

 時間がとまったように、誰も動かないそんな中を、一人、前に出る人物がいた。

「大地君を撃たないで!」

 咲花だ。

 大地を守るように、手を広げて大地とゴブリンの軍隊の間に立つ。

 怖くない筈がない。

 咲花の体は震えている。

 脚だって尋常じゃないくらい震えていて、ようやく立ててるといえるくらいだ。

 咲花はそんな脚で大地の前まで走ってきた。

 動かない自分の体が憎い。

 女の子が身を挺して守ってくれようとしているのに、大地は自分が動けないのが悔しかった。



 大地は二匹のゴブリンの兵隊に挟まれ中央を歩き、見張り場まで続くトンネルを歩いていた。

 軍隊に囲まれた後、大地や咲花たちに対して銃弾は放たれることはなかった。

 ゴブリンの王は、軍事訓練中に現れた突然の来客に強い興味を示した。

 特に咲花に対する関心は強かった。

 言葉の通じないゴブリンにも、大地を庇うように立った咲花の行動は英雄的に映ったらしい。

 見張り場の門を抜け、暗かった視界が開けた。

「お疲れ様ぁー。『おつかいクエスト』は終了だよー」

「おー」

 もへこが元気な声を出す。咲花もそれに続いた。

 先に見張り場に着いていた二人が、大地が着くなりクエストの終了を告げたのだった。

「はい!」

 もへこが受け取った報酬の一部を咲花に渡す。

 咲花は目を輝かせながらそれを受け取った。

 大地たち三人にそれぞれ二人付き添っていたゴブリンの兵士たちが、見張り場の門番たちにきれいな敬礼をして去っていく。

 彼らは大地たちに失礼がないようにと、ゴブリンの王がつけてくれた警護兵だ。

「もへこ! そもそも人間とゴブリンが敵対していないって、いってくれよ!」

 大地は溜まりに溜まった文句を吐き出した。

「なんで?」

 もへこは頭に疑問符を浮かべている。

「僕たち身を隠してゴブリンの巣に入っていったよな。敵対しているからそうしたんだと思うだろ!」

「えー、大地君たちがどうしてもそうしたいっていったからだよー。私はそんな必要ないって最後までいってたのに」

 もへこのいっていることは正しい。確かに、もへこは最後まで主張していた。

 発散先を失ったモヤモヤが大地の体を駆け巡る。

「僕が悪いっていうのかあ」

「大地君、まあまあ」

 結果的に助かったから良いんだけど、大地は咲花みたいにまるで何もなかったかのようには振る舞えない。

 呻いていると、視界の隅に大地は信じられないものが映った。ゴブリンを見張る筈の建物の中に、慣れた様子で見張り対象のゴブリンが出入りしていた。

「どうしたんだい、大地君。ゴブリンの商人が珍しいの?」

 もへこが、慣れた光景だ、といいたげに大地を見る。

 他にも、職員と談笑したり、職員と一緒にお酒を飲んだりするゴブリンの姿が目に入る。捕虜にはとても見えない。

 見張り場というよりゴブリンの娯楽施設といわれた方が信用できた。

 当初は敵だと勘違いしていたが、目に入るゴブリンは人間に対して友好的に見える。

「ゴブリンはみんなこうなのか」

「んー」

 大地の質問を受けて、もへこは少し唸った。

 二人のやりとりを聞いていたらしい見張り場の職員が大地の疑問に答えるべく近づいてきた。

「ゴブリンはみな善良で友好的かっていわれれば、そうであるともいえるし、そうではないともいえるかな。ゴブリンには知性が在るし、知性が在るからには個性も在る。ゴブリンは人間と同じなんだよ。人間がみな善良で友好的かっていわれたら、一概に断言できないよね。やむにやまれない事情で犯罪を犯す人間は少なからずいるし、性格の臆病な人間がいる。ゴブリンは人間と同じくらいには善良で友好的だよ」

 もへこが最後まで背中の武器を手に取らなかったのは、彼らが一方的に攻撃してくることがないと、始めから判っていたからだった。

「この見張り場はね」

 職員は何処か誇らしげに建物を見て続ける。

「ゴブリンを巣穴に閉じこめておくのが目的だけど、ゴブリンには少なからず知性が在るし、人間と物々交換してお互いに有益な関係が保てている。それにゴブリンは感謝している筈だよ」

「感謝?」

 狭い巣穴に閉じ込められて感謝するなんて奇妙な話だ。

「ゴブリンはドラゴンにとってエサなんだよ。自然界には一方的に負けるしかない天敵っていうものが在るらしいんだけど。ゴブリンにとってドラゴンがまさにそれで、この街のゴブリンはドラゴンに食べられる為だけに存在していたんだよ」

 『いるんだよ』じゃなくて『いたんだよ』という過去系で、職員は語る。

 昔はドラゴンの食料でしかなかったけれど、今では違っている。人間のおかげで、ゴブリンはドラゴンの食料でしかなかった頃では手に入れられなかった人生を手に入れている。

「人間がゴブリンを守ってるなんておかしい」

 思ったことが口から出た。

 人間は自分の利益しか考えない生き物だ。気まぐれや贖罪で他に対して善行を行うことはあっても、自分の利益にならないことは全くしない。人間同士でさえそうなのに、他の種族に対して利益にならないことをするなんて大地には思えなかった。

「もちろん、お互いに利益がなければそんなことはしないよ。人間側には人間側の都合があって、彼らを守る必要があったんだ。どんなに強力なモンスターも食料がなければ、いつか飢えて死ぬ。強力なモンスターであるドラゴンを減らす為の方策として、赤銅商会はゴブリンを守ることにしたんだよ」

 確かに初日に出会った飛竜は腹を空かせていた。満腹で健康でいるよりは、食料がなくて弱ったドラゴンの方が倒しやすいだろう。地上に食料がなければ餓死を迎えたり、少ない食料を求めてドラゴン同士で争ったり、共食いで倒れたりと種を減らすことができる。

 矮小竜の時に大地たちは見ているが、ドラゴン自体は黒い円によって現れる。その為種族として完全に絶滅させることはできそうにもないが、赤銅商会の方策は危険なドラゴンを減らすという点ではてきめんの効果を発揮する。

 ゴブリンの巣とその見張り場は、ドラゴン種攻略に置いて重要な意味合いを持つ施設だった。

 赤銅商会は年単位の時間と多くのお金のかかるドラゴン種攻略の方策を実現している。

 個人として経験を積んでいく以外の戦い方が在るのだと、赤銅商会は大地の知らない道を指し示しているようだった。



 宿屋に帰ると、大地は鏡と対峙した。

 大地には自分というものがない。

 誰かの求める双葉大地を演じることで、自分という存在を保ってきた。

 けれど、『偽造世界フォルス』に来て咲花と冒険をするうちに、大地自身も知らない本来の自分が表に出ようとしていることを自覚していた。

 空白だと思っていた心の芯の部分にはちゃんと、他の誰でもない自分がいた。

 その人物は、大地本人が思うよりずっと弱くて繊細で、周囲のちょっとした変化に対して、焦りを覚え、怒りを覚え、悲しみを覚える。

 かっこいいとは決していえない弱くて繊細な自分に、大地は目を背けたい感情と、親しみやすさの両方を感じていた。

 長く見失っていた大切なものが、この数日で見つかったような気がしていた。

 誰かの為ではなく、大地自身が求める自分になろうと思う。

 気が付けば、鏡をまじまじと見る習慣なんて大地にはなかった。

 此処数年で身長も伸びた。表情ひとつで少年にも青年にもなれる微妙な年齢の人物はまだ何処か他人のようでしっくりこない。

 鏡に向かい合うのも慣れていないので気恥ずかしく、大地はベッドで仰向けになって寝転がることにした。

「それにしても、なんで僕だけ『真性品ピースオブワールド』を持ってないんだ」

 『真性品ピースオブワールド』は『神位魔法ディーファイアート』を発動させる為のアイテムで、本人しか使えない代わりに無尽蔵に魔法を生み出す、戦闘の切り札になり得るものだ。

 元の世界に戻る為に『偽造世界フォルス』を冒険せざるを得ない大地には、どうしても必要なモノだ。

 本来なら、『偽造世界フォルス』に招かれた時点で誰もが一つだけ元の世界から持ち込むことが許されるものらしい。

 けれど、大地の手元には在る筈のそれがない。

 元の世界で最も大切にしていたモノが選ばれて、本人の願いを具現化した奇跡を起こすとのことだ。

 咲花の十字架は、彼女が幼い頃から肌身離さず持ち歩いていたものだ。咲花の具体的な願いというのが何なのかは大地には想像つかないが、他人の傷を癒やすのは温厚な咲花らしいとは思う。

 咲花にとっての十字架のような、大切にしていたものが大地には思い当たらない。願いだってそうだ。

 ようやく自分自身を見付けたって処なのに、大切なモノも願いも大地の中に本当に在るのか疑問だった。

 どれくらい時間が経っただろうか。日も沈んだ頃に扉の向こうに誰かの気配を感じた。

「大地君、いる?」

「はーい」

 咲花の声が聞こえたので、応えるが、一向に入ってくる様子がない。

 何を遠慮しているんだろう。

 大地が、部屋の扉を開けると、咲花が部屋に入らないでいた理由が分かった。

「朝、体調悪そうだったから、宿屋の台所借りておかゆ作ったんだ。タマゴを安く手に入れるの大変だったんだよ」

 咲花の両手は温かな湯気を上げる鍋でふさがっていた。

 冒険から帰ってきた後、大地が部屋で考えごとをしている間に用意してくれたらしい。

 朝、大地が咲花に冷たい態度を取ってしまった為に、体調を崩していると判断したらしい。

 鍋の蓋を開けると、大地にとって馴染み在る、細かなネギも乗った見事な卵粥があった。日本に戻らないと食べられないと思っていたものだ。

 お米もタマゴも限られたお金の中では簡単には手に入らない筈だ。苦労して、市場を端から端まで歩き回る咲花の姿が想像できた。

 大地に不要な嘘を吐き、陰で嗤うような人間がこんなことまでしてくれるだろうか、と大地は自問する。

「大地君、どうしたの泣いてるの? 何処痛いの?」

「違うんだ」

 潤んでいるだけだったのに、声を出したら涙が溢れてきた。

「自分が情けなくて、そして嬉しかったんだ」

「情けなくて、嬉しい?」

 脈絡のない言葉に咲花は戸惑いを見せる。

 大地は咲花を改めて正面からちゃんと見た。目に映るのは自分の為に全てを投げ打ってくれる少女だ。大地の想像の中に巣くっている悪意在る人物では決してない。

 彼女を信じていなかった自分が情けなかった。そして、献身的な彼女の優しさが何よりも嬉しかった。

 彼女のことを信じてみよう。

 誰かが強いた訳ではない大地自身が求めた本当の自分は涙脆いようだ。

 大地は心配する咲花に不格好な笑顔を返した。


もう出来上がっているものなので、短期間に、ずらずらとあげていく予定です。


感想やアドバイスなどありましたら是非。


また、下記URLで別企画進行中です。創作活動興味ある方はお声がけください。

http://kakikichi.com/neta/


以上。

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