学校の怪談 2013 アンリミテッドサマーバケーションインテラー
おれは夏風太刀。中学2年。今回は、おれ達の、ある夏休みの話だ。
「夏休み、学校に行こう!」
「はあ?」
昼盾がまた変な事を持ちかけてきた。身長160、ちっこい男子。こいつは、いつかも皆で海に行こうとか言って、計画を立てるのが好きなんだけど、その計画はめちゃくちゃになるのが恒例だ。海の時は台風がそろそろ来そうって時で、1人だけ突っ走って沖に流されて、救助後おれ達全員が叱られてしまった。
こいつが持ちかけてくるって、なあ。
「何すんだよ」
重鎧が聞く。身長180、眼鏡男子。何でもソツなくこなすやつだけど、嫌味がないから敵が居ない。優等生ポジションなのに、何故かおれ達と遊んでる。
「学校の七不思議!ボクらで暴くんだ!一躍学校のヒーローだよ!」
もう茹だってんのかこいつは。
「ヒーローはともかく。七不思議には興味がある」
大槌だ。身長170、中肉中背。自分の好きなものに熱中するのは昼盾と同じなんだが、大人しくて害がないのが、昼盾とちがう所だ。
「忍び込むんだろ?また怒られるじゃねーか」
「バレないなら、問題ないだろ?」
「秘密のルート?」
大槌が食いつく。こいつは、秘密とかに弱い。
「ああ。有るんだって。先輩に聞いたんだ」
「そんなものが・・」
重鎧が驚いている。確かに新しい学校じゃないが、侵入出来るなんて。
「でさあ、知ってる?七不思議は」
「1つ、2つなら」
「おれも」
「3つ知ってる」
一番知ってるのはやはり、大槌だ。
「じゃ、おさらい行くか。1つ。歩く像」
これは有名だ。ていうかおれと、重鎧が知ってるのもこれだからな。校庭に有る高さ20メートルのブロンズ像が、グラウンドを延々持久走している、というものだ。もしも、その姿を見てしまったら、最低10週は一緒に走らされるとか。
「次、理科室の模型」
これも有名だ。理科室にある、全長50メートルのスーパーサウルスの模型が夜な夜な、学校周辺の木を引きちぎって食べているという噂。満月の夜の次の日の朝には、理科室の前に木の残骸が落ちているとか。実際に見たことはないが。
「保健室の動く白衣」
知らないな。もちろん保健室はあるが。
「お、知らないか。これもまた動くシリーズなんだけど、怖さは段違いだよ。昔、この学校が木造だったような昔の話。保健室に先生が居たんだ。まあ、普通居るよね。でもさ、それが普通の先生じゃ、ないんだよ。なんて言うか。ずっと保健室から出てこないんだよ。普通さあ、トイレ行ったり、何気なく外に出るでしょ、いくらなんでも。それが、全然出ない。もちろん昼食も保健室。病人が居たって平気なんだ。そんな先生が死んじゃったら、どこに出る?もちろん保健室だ。その先生ずっと白衣で居たからさ、そうなんだろうね。白衣だけが動くんだよ。先生は死んじゃったのに」
こええ。実害があるわけじゃない。でも、普通にこわい。触れもしない衣服が勝手に動くなんて。
「噂だろ?」
「まあね。ボクも見たわけじゃない」
「他にも知ってるのか」
「ふふ。6つまで、集めてきたよ」
「おおー」
こいつはバカの癖に、こういう時は頑張る。
「4つ目!増える階段」
「13階段とかいうやつ?」
「ちょっと違うかな。ウチのは、階段が、文字通り増えるんだよ。階段を登る。そして、踊り場を抜け、次の階段・・・どっちだ?そう、階段が複数になってる」
「スペースは?」
「さあ?そうやって登ったり下りたりする度、増えるんだって。最後には校舎の果てまで階段になってたってさ」
「なってたって。経験者かよ」
「らしいよ。実際階段が増えたんだけど、どうしていいか分からなくなって、最後は窓から飛び降りて、助かったってさ」
「へえええ。よく助かったなあ。怪我とかしたんだろ」
「いや。飛び降りた先の木の幹を蹴りながら下りて、無傷だって」
「そっちのがこえーよ」
「だよね」
人間じゃねえだろ。
「5つ目!トイレの花子さん」
「オーソドックスな」
これほどの有名どころは流石に知ってる。ウチにもあったのか。
「ま、聞いたことあるよね?日本の子供なら皆知ってるんじゃないかな。トイレの扉を3回ノックして、花子さん、遊びましょ。回数は諸説あるけど、こんな感じだよね。そして本当に現れてしまった花子さんに殺される・・・。でも。ウチのは少し違うんだよね。通称、トイレ掃除の花子さん。花子さんを呼び出した子はさ、ずっとトイレ掃除をさせられるんだ。その掃除が花子さんを満足させられなかったら、学校中を掃いて拭いて。2日飲まず食わずで掃除して、帰ったら倒れたらしい」
「また体験談かよ」
「うん。その人も大怪我とかはしなくて済んだけど。掃除を断ったり嫌がったりすると、危険なんだって。その人は怖すぎて、全部従って生き残ったらしいよ」
「なあ。この学校、危ないんじゃないか?」
「いや、まさか。聞いたこともないぞ」
重鎧が言うんなら、そうだろう。こいつは学区内の危険区域を覚えている。その上、避難場所、経路も暗記していて、黙ってあそこへ逃げろというアドバイスが出来る。重鎧が知らないんなら、学校には報告してないのか。
「その人は誰にも言ってないのか?」
「友達には言ったらしいけどね。親には家出してたって」
「通るわけねえ。そんな言い訳」
「うーん。でも実際そう聞いたんだよ」
もしかして、突っつかない方がいい話題か、これ。やめとこう。
「次、次。花子さんは終わったんだろう」
「僕が知ってるのは、これが最後。6つ目!ゼロ空間ジジイ」
「何だそれは」
「あれだよ、紫ババアとか、鏡に引きずり込まれるタイプ」
「なるほど」
それなら聞いたことあるな。しかし、ゼロ空間?
「ゼロ空間ジジイはねえ、その名の通り、ゼロ空間に引っ張り込むんだ。ゼロ空間て何か?それは知らない。ゼロ空間に入って帰って来た人は居ないんだ。分かっているのは、00:00、午前0時のゼロ時間になると、現れるって。次のゼロ、1:00になると消えるんだって」
「はあ」
「もちろん、これも聞いたんだよ。1時間学校中を走り回って逃げ延びたらしいよ」
「絶対その人のがすげえよ」
「まあ、その人の体験談、漫画化されてるしね」
「すげえ!」
なんだそれ。怪談ていうか、冒険談じゃないか。
「そして、最後の1つを知ると、死んでしまう・・・」
「あるある」
七不思議の最後を聞くと死んでしまう。だから、6つまでなんだって。
「今回の目的はだね。最後まで調べきって、なお生きて帰る!」
「すげーな」
相手、化け物だぞ。なんで自信あるんだよ。
「ふふふ。今回はね、策を練ったんだよ。幽霊が出るなら、倒してしまえば良いってね!」
ここまで来ると天晴れな馬鹿だな。雨降ったら雨雲を散らせば良いとか、そういうレベルだろ。傘の用意が欲しいんだよ、こっちは。
「そこで先生!お願いします!」
がらっ!
「はい!私にお任せ!」
この、何とも言いにくいのが、担任の、愛声起起先生。先生にお願いって、忍び込むんだろ。どういうことだ。
「先生もね、勝手にやられて、責任取るなんてまっぴらです!」
それは、ごめんなさいだけど。
「だから一緒に行きます!」
ええ。アリなの、そんなの。
「先生が当直してるから、忍び込んできてねー」
もしかして、おれが思ってるより、この人ダメなのかな。
「出入り口は裏門使ってね」
堂々言ってくれて。
「先生。おれ達は、あまり良い事をするわけではありません。良いのですか」
重鎧が逡巡する。勢いだけで乗り切れなくなったからなー。
「勝手にやられるよりはね。止めても来るんでしょ?」
う。
「もちろん!流石先生!」
良いのかなー。お言葉に甘えるけど。
「その代わり。条件が有ります。夏休みの宿題を、最低半分は終わらせてくる事!先生の評価のためにも、これは絶対です!」
「はーい!」
昼盾が元気よく答える。だが、おれ達が見ないとやらないんだろうな。正直、肝試しとかワクワクする。勉強見てやるか。重鎧も大槌も誘って。
終業式も済み、夏休みが始まった。今年は水族館に連れてってもらったりして、それなりに楽しかった。そして、その日がやって来た。
最悪、1晩過ごすハメになりそうなので、準備をしていく。
夜の学校に向かうおれ。付いてくる影。
おれが家を出た3歩後に来るからなあ。もうちょっとちゃんと尾行しろよ。立ち止まってみる。
コツンコツン
止まれよ!
「何処行くの?」
「学校」
「槍門も行くー」
「しょうがないなー」
同行者は認められない、とは聞いてない!良し。
こいつは夏風槍門、小6。妹だ。小学校と先生を泣かせているバリバリのアイドルだ。スタッフとファン引き連れて野外コンサートを学校のバザーでやる位にはアイドルだ。やってきたストーカー共を叩きのめし公然と警察に突き出し、リポートする位アイドルだ。常にカメラ写りを気にして、日常生活イコールアイドルだ。
我が儘の1つや2つ、聞いても良い。
「お前、準備してないだろ、コンビニ行くぞー」
「おー」
リュックを背負ってるように見えるが、まあ買っても良い。
コンビニで適当に菓子等を購入。
夜の学校はヤバイ。昼と何も変わらないはずなのに、怖い。
「お兄ちゃんの学校初めてー」
「そだな。槍門は初めてか」
おれの体育祭とかも有ったが、槍門は祝日はだいたいアイドルだからな。
裏門に回る。こっちは正直ショボイ。門というか通用口というか。自転車置き場には近いんだが、門が普通の生徒には遠いんで、あまり利用されてない。通り抜ける。警報鳴らなくて良かったあ。流石に先生が切ってるのかな。あれ、先生が切れるもんだっけ?
いつもの教室に行こうとするが、戸が閉まっている。ええー。
「こっちこっち」
いきなり声をかけられて正直ビビったが、悲鳴を出すの我慢出来た。大槌が、待っていてくれたようだ。鍵の開いている戸に案内してくれる。
「妹も連れて来たの」
「ああ。お祭りだしな」
「よろしくね!」
「うん。よろしく」
妹は、ここいらじゃ顔が売れている。ここいらってのは、日本中が含まれるけど。
教室まで廊下を歩く。おれ達の足音だけが木霊する。先生や重鎧達の話し声も、まだ聞こえない。あいつは先に来てると思ったんだけど。
むしゃり
・・・誰だ。こんな時間に早弁したのは。
謎の音を他所に教室に到着。全員居た。いや、1人多い。もうかよ!?
「太刀は初めてか。隣のクラスの転校生、異世今生さんだ」
重鎧が紹介してくれる。あ、ああ、
「初めまして、夏風太刀です。こっちは妹の槍門」
「・・・どうも」
大人しい子だな。
「異世さんは、どしたの」
「先に居たんだよ。先生と一緒に」
「異世さんも肝試し?」
「七不思議を解き明かすのであって、単なる肝試しじゃないよ!」
はいはい。昼盾は大人しくしてるな、と思ったのに。
「じゃ、全員揃った所で、行こうか!」
昼盾が仕切る。それは良いが、
「先生は?」
「宿直室。何か有ったら呼んでってー」
付いて来てくれるんじゃないのか。まあ気楽だけど。
メンバーはおれ、妹、重鎧、大槌、昼盾、異世さん。
「順番に行くか」
「だな。分かりやすいし」
まずは、歩く像だ。一旦、外に出て校庭に向かう。シーズンになると、ライトアップされる位のデカイ像だが、今は大人しくしてるはず・・・。
「誰だ。大人しくしてるとか、言ったやつ」
「そんな者は居ない」
ブレイクダンスでグラウンドが抉れている。やったのは、もちろんデカイ像だ。ひょっとしてとんでもない光景なのかもしれないが、この言葉に困る感覚は。希望の像だか何だかのはずだが。ていうか、持久走はどうした!
「見つかった!」
声がデカイ!昼盾の言う通り、像はこっちを見ていた。デカイから目も大きい。くそっこええ。
来た!走った!どうする、どうする!
「あーそびーましょ!」
槍門が、前に出た!馬鹿!
引き戻そうとするが、避けられ、グラウンドに飛び出す!
「ダンスが得意?私も!」
槍門はフォークダンスを踊り始めた。像はじっと見ている。1曲踊り終わったらしい槍門が、像に声をかける。
「お次はあなたよ!」
像はびっくりしたように、身を下がらせたが、おずおずと先程のブレイクダンスを踊り始めた。1分経過しただろうか、像は踊りを切り替え、ジャズに移行。芸達者なやつだ。
槍門は像の踊り終わりを待たず、横で最近のアイドルが踊りそうな、つまり槍門のお家芸を踊った。
2人の舞踏はほんの数分だった。像はいつの間にか元有った位置に戻っていた。うっすらと汗をかいているようだ。
「いい像さんだったね!」
「お、おお。お手柄だ槍門」
槍門に持ってきていたジュースを手渡す。夜とは言え、夏に踊ったんだ。槍門だって汗をかいている。
「ありがと、お兄ちゃん」
「・・・槍門ちゃんすごい!」
「ああ。感服した」
「像もすごかったが、像を元に戻した・・すごい」
皆の賞賛に槍門は照れる。異世さんも驚いているようだ。
「次行くかー」
「おー!」
次は、理科室。校舎2階にあるから、ちょっと歩く。
「異世さん、全然喋らないけど、怖い?」
「いいえ。とても、興味深いわ」
「そう」
何か、予想と違う。マジの七不思議と出くわしてから、落ち着き始めた。何だこいつ。
理科室前。歩く像より更に大きい模型が入っているだけあって、巨大な部屋だ。多分、体育館より広い。おかげで、ウチの学校は理科の成績は良いらしいが。興味を持ちやすいのかね。
もしゃり
ああ、ああ。想像出来てたよ。聞こえたもんな。上が理科室だしなあ。そうなるよなあ。
「入るぞ」
どういう度胸してるんだよ。全員ぞろぞろ行くし。
そこには確かに動く恐竜が居た。太刀達は以前恐竜映画を見た事がある。肉食恐竜をとても恐ろしいと思ったものだが。今、目の前で動く、とてつもない、超大型生物ほどの驚愕は覚えなかった。
「・・・うわあああああ!」
幽霊だ妖怪だ騒いでいたのが馬鹿らしい、現実的な、自分より大きなモノへの恐怖。もれなく全員が悲鳴を上げた。
1人は、悲鳴を上げつつ、手に持ったキャベツを差し出していた。
え。恐竜ってキャベツ食うの。
「おい、大槌。大丈夫なのか」
「だって、こいつ木を引っこ抜いて食べるとかいう話だろ。象みたいなもんだよ。多分」
「マジか」
頭だけでおれ達よりデカイ生き物が、首を伸ばしてきた。
大槌の置いたキャベツをペロリと口に運ぶ。
ぎゃおん
恐竜は動かなくなり、元の模型に戻ったようだ。
「いや。良いけど。問題解決で嬉しいけど、あんなので腹いっぱいには、ならないだろ」
「それを言ったら、木1本でも無理だよ。この街中の植物を食べ尽くさないと。きっと夜泣きみたいなものだったんだ。この世に魂だけが残った恐竜。でも、仲間はどこにも居ない。自分が何故こんな所に居るのかも分からない。そんな時、大槌に優しくしてもらった。味方が居た。だから、ほっとしたんだよ」
ふうん。昼盾が言うんなら、そうなのかな。この中で一番こういうのに詳しいし。
大槌は模型の足を撫でてやっている。
「次、行くか。今んとこ順調だな」
「ああ。槍門ちゃんと大槌のおかげだ」
全くだ。今の所無事で済んでるが、この2人居なかったら、危なかったかも。
次は保健室。別棟になるから、またちょい歩く。そんな距離でもないが。渡り廊下を歩いていると、外に人魂のようなものが。新種の蛍かな。
「綺麗ー」
「なー」
正直、もう人魂くらいどうでもいい。感覚が麻痺してるかも。
階段を下り、保健室へ。
明かりが点いている。薄暗い廊下にあって、一室だけ明かりの点いた保健室は癒しの空間になりそうだった。
「入るのか」
「白衣が動くだけなら、危険は少ない。だよな昼盾」
重鎧が念を押す。保健室がオカシイのは既に分かった。あとは白衣を目撃すれば、決定的。
がら
「失礼しまーす」
一応声をかける。先生の霊らしいし。
ふお
本当に白衣が動いている。ふわふよしていて、すげえ。・・・人魂もそうだが、像や恐竜がすごすぎて、これだけなら、そこまで怖くない。
「次行くか」
「うん。すごい順調だね」
確かに。扉を開けようとしながら、思う。
が
開かない。入るときはスムーズに動いたぞ。もう一度、押し方を変えて。開かない。
「開かない」
「何を言っている」
重鎧が代わりに開けようとするが、開く気配はない。
やばくないか?
白衣は別に襲ってきたりはしない。でも、出れない。じわっと汗が出る。運動なんてしてないのに。
重鎧に大槌、昼盾まで加わって開けようとしている。槍門は白衣を面白そうに見ている。異世さんは。何、してるんだ?
「あなたのお仕事は終わったのよ。お行き」
異世さんが白衣を捕まえ、火を付ける。おいおい!
「おい!警報器鳴るぞ!」
「開かない扉があるのに、スプリンクラーは正常に作動する?冗談でしょう」
ええ。そういう問題かあ?
白衣は身悶えしながら、灰になる。そして、昼盾が体重をかけて開けていた扉が、簡単に開いた。昼盾は勢いあまり転げそうになるが、大槌に助けられていた。
煙が出ているのに、本当に作動しないんだな。そう言えば像が動いててもだったか。何かセンサーに引っかかっているはずなのに。本当に心霊現象ってやつなんだ。こういうのは、普通に怖いな。機械が役に立たないのは。
「次、行くのか」
「まあ、扉が開かなかっただけだし、異世さんが何とかしてくれたしね。ね、異世さん」
「ええ。せっかくだもの。制覇しましょう」
「今の所、やばかったのは、出れなくなりそうだっただけ。まだ大丈夫だろう」
重鎧まで。ま、こんな機会二度と無いのは事実。
「怖くないか。槍門」
「大丈夫!」
それなら、行くか・・
「ちょっと待て。次の増える階段て、出くわしても対処法なんて」
飛び降りなんてしたら、おれ達は大怪我だぞ。
「確かに。念のために塩持ってきたけど、階段に効くかどうかは」
大槌、お前。気の利くやつだ。キャベツに塩。
「階段はパス?」
昼盾も、流石にさっきの保健室で少し肝が冷えたらしい。ちょっと及び腰だ。
「行きましょう。私が何とかするわ。今みたいにね」
「異世さん、かっこいー」
異世、マジか。そして槍門も。かっこいいかもしれないけど。
「どのみち階段はこれからも使う。異世さんが何とかしてくれるなら、そうしよう」
むう。重鎧が言うのが正論ぽい。
「なら、行くぜ。離れるなよ。増えた階段ではぐれたら、洒落にならないぞ」
階段目指し歩く。発生するまで、何回か往復するのか。それとも特定の階段でのみ起きるのか。
保健室に来るとき使った階段を登る。踊り場を通過すると、目の前が広がった。
増えやがった。高さは変わってないのに、幅が倍だ。これはすごい。
すごいが、どうするんだ?
「おい。本当に増えたけど、どうする。戻ってみるか」
「今なら、戻れそうだな」
踊り場から、下りる階段を見るが、1つしかない。今なら戻れる。・・・本当に?そんなものに、飛び降りる必要まで有ったのか?
「やめときましょう。今下りたら、階段に取り込まれるわよ。いえ、既に入り込んでしまっているのだけれど」
「どういうことだ。下りる階段は1個しか見えないぞ」
「そうね。それは間違いないのよ。でも、下りるのはオススメ出来ない」
どうする?でも、こいつに任せるってことで、ここに来たんだよなあ。
「異世さんに従う。自信ありそうだし」
「太刀。分かった。おれもだ」
「僕も」
「ボクも!」
「お姉ちゃん頑張って!」
「ええ。任せなさい」
異世を先頭に階段をずんずん上がる。上りきると、さらに階段。一応教室も廊下も見えるが。3つの階段が横に広がる様は、豪華なホテルみたいだ。異世は何も気にせず、階段をさらに上る。
数分、上っただろうか。おれ達は少し疲れていた。アイドルである槍門はまだまだ元気そうだが。
異世が立ち止まる。何回目かの階段を上りきった時だ。
「ここがツボね」
もうどれだけの道筋をたどったのか分からん。異世は増えた階段の何番目を上るのかも指定していた。何かが見えているのか。
異世はそこら中の階段に、通行止めのテープを貼り始めた。ちゃんとしたテープではない。ただの色付きテープのようだが。それをあちこちにベタベタ。
「手伝おうか」
異世はキビキビ動いているが、流石に数が多い。
「いえ。むしろ手伝われると厄介な事が起きるかもしれない。気持ちだけ受け取っておくわ」
「そうか」
よく見ると、一箇所テープを貼ってない階段が有る。だからか。
10分過ぎただろうか。おれ達は異世の動き終わるのを待っていた。
「出来た」
テープを貼り巡らされた階段!圧倒的にこっちのが怖い。
「霊道を封じた。これで正常な通り道が機能するはず」
異世の言葉を待っていたかのように、階段は徐々に数を減らしていく。するすると元の階段、元の風景に戻った。帰って来れたあ。
「異世!ありがとう!」
「異世さん、すごいよ!」
「ああ。本当に助かった」
「おねーちゃん、すごい!」
「ありがとうね、槍門ちゃん」
槍門に笑みを向ける異世。おれ達の感謝も受け取ってくれているようだ。
「実際よ。段々怖くなってきてないか」
「ああ。異世が居なければ、不味かった」
「ううん。でも異世さんが居れば、何とかなりそうじゃない?」
「そう頼りにされても困るけれど、私は普通に帰るつもりだから、そうね。槍門ちゃんだけは、必ず守るわ」
それは、心から助かる。
「すごい助かる」
「お礼はいいわ。私も趣味で来ているのだし」
昼盾よりおかしい女だ。まあ今回は助けられてるし、ありがたいけど。
「行くか」
「ああ」
「で、どこのトイレだ。女子トイレだろうけど」
入るのに躊躇したりはしない。誰も入ってないんだから、どうでもいい。
「分かんない」
聞いたんだろーが、こいつは。
「片っ端から行くか」
「いや待て。使われてない女子トイレなら、有る。あそこか?」
重鎧には心当たりがあるっぽい。
「当てもないし。そこ行くか」
理科室と同じ棟の3階にあるそうだ。がちゃがちゃ話しながら向かう。
異世さんは両親の転勤でこっちに引越してきたらしい。前の学校でも友達は居なかったとか、話しにくそうな事を淡々と喋ってくれた。槍門とは、もう仲良さそうだが。
「ここか」
「ああ」
確かに女子トイレ。夜のトイレってどうしてこう、怖いんだろう。明度が違うだけじゃねえか!
「入ろうよ」
「ああ」
昼盾に言われるまで、足が進まなかった。
それでも、トイレに進入。当然普通のトイレだ。
「ノックか」
「うん。正確に何回かは知らないんだけど」
ちゃんと聞いといてくれよ。
こん、こん、こん
とりあえず3回。
「はーなーこさん。あーそびーましょ」
どうだ。
・・・来ない。
「回数が足りないのかな」
どうなんだ。
「これって、女子がやらないと来ないとか」
「それかな」
「やってみましょう」
即断即決。助かるけど、すごい度胸だ。
こん、こん、こん
「花子さん。遊びましょう?」
こん
返事が来た!
ぎ、いぃぃぃ
来る!
ばん!
来た!
ばん!
倒した!
何イ!
「お掃除当番とは知っていたもの。掃除表に呪文を書き付けて貼ってあげたわ」
「すげえな」
「あと100年は掃除してもらうようにしたわ」
悪魔か、こいつは。
「可哀想な霊よ、でも。私では勝てない。一時無力化するので精一杯」
「そ、そうか。がんばってくれたんだな」
「ええ。でも、私のためだわ。気にしないで」
友達が居ないって、なんでだって思ったけど。こいつ、隙がないんだ。
「次、行くかあ」
「多分、大鏡だろうな」
「だねー」
大槌も頷いている。大鏡というのは、ここからだと別棟になる。保健室と同じ棟だ。あの階段とは別の階段の踊り場に設置されてる大きい鏡。多分、それだ。
「気を付けて。合わせ鏡で封じる事が出来るはずだけれど、油断はしちゃダメよ」
「ああ」
今更、怪談をナメてるやつは居ない。
問題の踊り場に到着。鏡はまだ、何も起こしていない。現在午後9時前。
「午前0時まで待つのか?」
「うーん」
流石に、それは帰りたい。槍門の健全な成長も阻害してしまう。
「9時丁度を待ってみよう。それで出てこなければ、解散しても良いさ」
重鎧がしめる。異世も不満は無さそうだ。良し。
3分前。1分前。30秒前。
・・・9時。
ピカ!
「来たぞ!」
鏡が光った!間髪入れず異世が手鏡を大鏡に合わせる。これで、オシマイ、か?
異世が支える手鏡が、落ちた!来る!
「ぐっ!失敗した!逃げて槍門ちゃん!」
くそ!この中で最も専門家っぽい異世が失敗したんなら、これはやばい状況だ。逃げるって言ったって、このジジイ、逃げきれる気がしない!
昼盾がジジイの前に立ちはだかる。バカ!時間稼ぎでもするつもりか!
「おじいさん!この時計を見てください!今、9時になりました!」
ひゅるん
ゼロ空間ジジイは大鏡に戻っていった。
え?そんなんで良いの?
「嘘だろ。それなら、どうとでもなるんじゃ」
「いえ。先程の鏡は、強い霊よ。どうとでもなるモノではなかった」
「ふふーん。これがボクの実力ってやつかな」
そういやこいつの時計は、いつも遅れてたか。どんなポンコツでも役に立つことがあるんだなあ。
「多分だけど、わざと時間をゼロに合わせてもダメだったんだろうな。昼盾の時計は間違いなく遅れている、ちゃんとした時計、だったから認められたのかな」
「かもしれないわね。時計を認めたというのは、そうだと思う」
「ボクの活躍で良いよお」
けたけた笑う昼盾を見ていると、怪談に怖がっていることが、バカらしくなる。
「それで、七不思議の最後は、分からないんだろ?」
「うん。ここまで」
「それなら、これでお開きだな」
「楽しかった」
「私も楽しめたわ。槍門ちゃんは?」
「楽しかったー!」
先生の居る宿直室へ。これでおしまい。
「おい。宿直室、暗いぞ」
「ほんとだ」
見回りだろうか。
「待ってる?」
「そうだな。1時間もかからないだろうし」
宿直室に入り、電気を付ける。各自持ってきたおやつなどを食べる。おれ達もコンビニで買った物を開ける。
「結構怖かったな。正直、夜の学校を周るだけで帰ると思ってた」
「おれもだ。こうも、奇怪な現象が現実に起こりうるとは」
「恐竜、かっこよかった」
「ボクの活躍もすごかった」
「像さん、楽しかったー」
「いい体験が出来たわ」
「異世さんは、怪談とか好きだったの?」
好きどころじゃなく、その道の人っぽいけど。
「趣味ね。趣味でお経や呪文、呪符、御札、お守り、聖水、色々集めてるわ」
オタクかよ。いや、にしても初めての動きじゃないだろ。霊道がどうとか。
「以前は1人で心霊スポットを荒らしていたのだけれど、仲間が居るのも良いものね」
全然大人しい子じゃねえ。知ってたけど。
「先生、帰って来ないねー」
「ああ」
あちらこちら見て回ってるのか。大変だな。
「こちらの学校。珍しいのね」
「何が」
「最近の学校は、警備会社にお任せで、先生が見回りしたりしないものだと思ってたわ」
「確かに」
そこは重鎧も引っかかっていたらしい。
「この学校にも警備会社のマークが有った」
うーん。
「そうは言っても。先生が行ってるし。何か理由有るんだろ。・・・夜見てなきゃいけない植物とか」
「温室?」
「それに、照明を付けてなきゃいけないタイプの事だよな」
大槌がフォローしてくれる。
「そそ。先生が学校で作業してて、そのついでに見回ってるとかさ」
「ふむ。有りうるな」
「でもさ。遅いよね」
誰も口に出さないが、1時間経ってる。作業なら確かに時間はかかる。でも生徒を放っぽってやるか、普通。責任問題に繋がっちゃうだろ。それこそ。
「行ってみるか」
「ええ」
すぐに異世が賛同してくれた。異世も回る方が良いと思っているのか。
おれ達は先生のルートを想像しながら、学校をうろついた。しかし、先生には会えなかった。
「どうする。宿直室戻ってきちゃったけど」
「仕方ない。何処に居るのか分からないんだ。帰ろう。メモ書きを残しておけば大丈夫だろう」
おれ達は、先に帰るとメモを残して、学校を後にしようとした。だが、
開かない。棟から、出れない。
「おい。これ、別の七不思議か?」
「分からない。聞いたことないよ」
昼盾の声が震えている。おれだって、すっかり終わった気になってた。ものすごく、動揺している。
「異世。分かるか」
「さあねえ。やってみましょう」
異世はそう言うと、開かない戸に御札を貼り、呪文を唱えた。
しかし、開かない。
「私では無理ね。力が足りない」
「どうする」
「朝まで待てば、多分帰れる。今まではそうだったわ」
「本当にすごいな、お前」
どういう経験してるんだ。
「時間が経てば、帰れるんだね」
「なら、宿直室で夜を明かすか」
「ただし、朝を待てれば、よ。私が夜明けを待つ時は、必ず結界を張って耳栓をしてアイマスクをして寝てたわ。誘われないように。目覚まし時計が動くまで微動だにせずに」
「そんな準備してないぞ」
「これだけ人間が居れば、順番に寝れば良いでしょう。槍門ちゃんを守りながら」
「それが良いか」
「賛成」
先生が心配だが。
「先生は」
「先生なら大丈夫でしょ」
「そうね」
「なんだ、その信頼」
「先生は元密教系退魔師住職坊主神父だよ」
「あ?」
「先生は元密教系退魔師住職坊主神父」
「・・・霊の専門家?」
「そう。私なんかより、遥かに上の霊能力者よ」
「へえええ。人は見かけによらないんだなあ」
「?見た目通りじゃない。先生の腕輪は宝具だし、首飾りは数珠よ。名刺入れは2つ有って、1つには御札がズラリ。バッグの中、お茶のペットボトルの横には聖水のボトルも。見た目通りの霊能力者じゃない」
「知らなかった・・・」
「同じく」
「僕も」
「へへへ。知ってたのは、ボクと異世さんだけだねー」
そんなこんなで宿直室。
「四方八方に御札を貼るから、破らないように」
「はーい!」
槍門の良い返事。
「泊まりか。なんかワクワクするな」
「ね。林間学校みたい」
「昼盾はいつでも楽しそうだな」
「そうそう」
「人生は楽しまなきゃ」
「同意出来るわ。こんな面白い体験、しなきゃ損よ」
「ねー」
槍門が異世に共感していて、将来が心配になる。
こんこん
「・・・聞こえた?」
昼盾が皆を見回す。全員が頷いた。
こんこん
「先生が、この部屋に入るのに、ノックは要らない」
「分かってるじゃない。無視よ」
ごんごん!
「怖いぞ」
大槌は不安そうだ。
「大丈夫。外で怪異を起こしてるってことは、中に影響出来ないってことよ」
「なるほど」
重鎧が得心したようだ。
ノックの音は、止んだ。
「行った?」
「みたいだな」
がちゃ
「おいおい」
がちゃがちゃ
「鍵かかってるよね?」
がちゃ、り
「この部屋に、鍵は無いわ」
きいい
「来るぞ!」
槍門を後ろに下げ、構える。無論、逃げ出す構えだ。先生や異世じゃあるまいし、戦えるか!
扉の向こうには、先生が。
「先生?本物?」
異世の顔を見る。異世の顔つきは、厳しい。
「おい。不味いのか」
「あれは、本物の先生よ。そして、今は、正気じゃないわね」
しゃあああ
先生の口から、人間らしからぬ声、いや唸り声が。
「何とか止める、その時、正気に戻して」
異世は御札を取り出し、先生に飛びかかった。先生は躱すと見えたが、異世の動きはフェイントだった!クイックターンを決めた異世は、先生の頭に御札を貼り付け、先生を停止させる。
「今よ!」
今よっても、どうする!
槍門がコンビニ袋をおれに差し出す。そうか!
「おおっ!」
おれはペットボトルのキャップを開き、先生の口に注ぐ。
ぐぎゃあああああ!
ごくごく飲んだ先生は、叫び、倒れた。
助かった。
「何をしたの」
助かったのに、異世は不審気だ。
「ただのジュースだ」
ヘルシ・マッド味。紅茶じゃない。土味だ。
「その、キャップを開けたら排水口に直行させた方が良い飲み物は、本当に日本で売られているの」
「失礼な。全世界で売られてるんだぞ」
おれも1回気が遠くなったが、慣れればやみつきだ。液体なのに、少しシャリシャリした飲み心地。有り得ないのに、食感を感じ、味わいは穏やか。強炭酸でありながら、落ち着くフレーバー。ちなみに、本物志向のため、大地に根ざす野菜が数十種類含まれている。1本300円の豪華飲料だ。
「所で、先生がこうなった原因は、まだ有るんだよな」
「ええ。参ったわね」
窮地を脱したんじゃない。その真っ只中なんだ。まだ。
こおおおおお
「何だ」
「風?」
ぽい。台風は、まだ来てないはずだが。
ごおおおおおおお
「本当に台風?それとも、ただの強風か」
「このタイミングで、そんなわけが。明らかに霊気を感じる。やばいわよ」
くそ。勘弁しろよ。
「室内なら、強風でも関係はない。大丈夫」
そうだったら良い。でも異世の顔は、そう言ってない。
「打って出る。多分だけど、ここに居ても、追い込まれるだけ。居場所がバレてるから」
「どうするんだよ。ボスでも居るのか」
そんな都合の良いものが。
「居るわね」
居るのか。
「疑っているわね。でも確かに居る。先生を操ったのは、強力な個体よ。群れなした悪霊ではないわ」
「ふうむ」
で、先生を意のままにするようなのと、どうするって?
「倒すわ」
「おー!」
「槍門!」
「何をしているのよ。先生を背負って、重鎧君」
「あ、ああ」
そうか。ここには、もう置いておけないのか。
「疲れたら交代する」
「ああ。助かる」
重鎧も体力が無いわけじゃない。だが、人1人背負うなんて、経験はあまりないんだ。無理して、重鎧が逃げ損ねるのは、いやだ。
「何処に行けば良い?」
「この学校のツボ。中庭へ」
「ああ」
中庭?体育館とか音楽室とか、定番はまだ有る。中庭で良いのか?
「信じてくれる?」
「もちろん」
今日、一緒に行動しなかったら、多分信じられなかった。でも、今日一緒に動いた。遊んだ。だから、信じる。友達は信じられる。
周囲を警戒しながら、中庭へ。幸い、何も出なかった。
暗い。ここには廊下の照明も何も無いんだ。真っ暗闇を、持ってきた懐中電灯が切り開く。
有った。あからさまに怪しげなポイントが。昼間なら見落とすような、ちょっとした石。だが、今は明らかにオカシイ。ぼんやりと発光している。
「あれだな」
「ええ。アレに凝縮している」
異世は汗をかいている。疲れ、ではない。脂汗を。
「先生は起きない?」
「まだだ」
「私達でやるわよ」
「仕方ないな」
「これで、ヒーロー確定だよ!」
「無事、帰るために」
全員、意思統一出来ているようだ。
「行こー!」
おお!
「仕掛ける。何かあればよろしく」
「任せろ!」
異世は御札、聖水、その他先生の持ち物まで取り出して、石に突っかかる。全てを石にぶちまけた、が。石には、何の変化もない。
他には沢山の変化が有った。
横っ飛びに異世をさらい、転がる。異世の居た辺りに、人魂が発生する。それだけではない。人魂に囲まれている!
「っどどどどおしよおおお!」
「落ち着け!」
重鎧は自分のお茶を人魂にぶっかける。消える人魂。
「そうだ!こいつらは発光している!物理としてこの世に有る!効くぞ!」
「えい!」
槍門は手の平にグミのお菓子を巻きつけ、次々と殴り消していく。マジか!
一発一発がものすごく正確なパンチ。そう言えば、こいつは番組企画で女子ボクシングを習っていたはず。ついでにアンダー12で世界大会優勝もしてたな。なんでおれの妹で、こう優秀なんだ?
大槌は中庭のホースから水を放射しつつ、上手く逃げている。昼盾は逃げつつ、囮になってくれているようだ。おかげで、人魂が誰か1人に集中していない。
「どうにか出来ないか、異世」
「あの石に傷を付けれれば」
「・・・水なんてかけてどうする」
そんなことかよ!大槌からスコップをかりて、石に叩きつける!
手がしびれてしまう、が、欠けた!石ころがぁ!金属スコップに勝てるかよお!
「危ない!」
調子に乗ってスコップを振り上げたおれに、石が飛んでくる。それは、誰かに防がれた。
「先生の責任になるでしょ!怪我しちゃダメ!」
先生!
居たっけ!そういや!
「異世さん、呪文をお願い」
「はい」
先生が何かバッグから取り出して、聖水を振りかけている。警棒?
「由緒正しい仕込み聖剣よ」
プラスチックとアルミに見えるけど、聖剣だったのか!期待出来る!
「さあ。パワーアップも出来た」
言う通り、先生の剣のひと振りで、周囲の人魂があっという間に掻き消える。
先生は石に飛び込む!石は弾丸みたいに欠片を飛ばすけど、先生は全て切り払う!すげえ!先生の一撃が、決まった!石は真っ二つだ!
「やった!終わった!」
「いえ」
異世が否定する。
「何言ってるんだ。割れたんだぞ」
「むしろ・・」
「そう。これからが本番よ」
どういう、聞こうとした時、石は消滅した。
これで終わったはずなのに。おれは、ガタガタ震え始めた。周りを見ると皆、同じようだ。しっかり立っているのは、異世、先生、槍門。槍門?
3人は中空を見つめていた。
どうして、おれは気付かなかったのか不思議に思う位、どでかい人魂が。
「なんだ、これ」
「積もり積もった、怨念よ」
「怨念?怨霊?」
「そう言ってもいいわ。長い長い年月、この学校で有った満たされない思い。願い。苦しみ。悲しみ。怒り。そういうものが一個の霊に集合した。これが、この学校のボスよ」
ボスとやらは、おどろおどろしい発光、明滅を繰り返している。
「今のうちに何とかしてくださいよ!」
「無理無理。爆発するよ、下手に刺激すると」
「封印はできないのですか。放っておいては」
「うーん。封印術式が全く足りないわね。坊主を100人位連れてこれれば、読経で押し潰せるんだけどねえ」
「変異します」
異世の言う通りだった。デカイ人魂は、怪物になっていた。
ぎゃああああ
うるせえ!ちくしょう!怖いし、音が体に響くし、どうするんだよもう!
「持ってきておいた呪殺爆弾はこれで最後」
やたら物騒な事を言う先生が、何かを異世に渡した。
「先生はこの聖スタンロッドで牽制するから、トドメはよろしくー」
「はい」
よろしく、で平気で受けるか。すげー。
ぎゃああああああ
耳をふさがないと、不味い位の音量。やばい。この化け物に、ほんとに、殺される。
槍門は、皆は大丈夫か。
異世は自前の耳栓で平気そうだ、すげえ。槍門はアンパンを耳にあててゴムで止めてる。すげえ。重鎧、大槌、昼盾はおれと同じく、手を耳にあてている。おれ達に出来ることってなんだ?
「皆、お守り持ってる?」
「ああ」
異世に言われて、交通安全のお守りを取り出す。お出かけの時は、持っているんだ。槍門も。重鎧は学業祈願、大槌は健康、昼盾は商売繁盛。全員のお守りを異世は手に持ち、さっき先生に渡されたのと一括りにして、ぶん投げた!爆発した!おい!
「効いたんだろうなあ!」
「当たり前でしょう。あれだけ加護を撒き散らせば」
よろよろしてる!先生がすかさず聖スティックを叩きつけ、さらに弱らせる。
「これでオシマイ。最後は生徒である、あなた達の手で」
先生が何かを、差し出す。縄跳びロープ?
「御札を巻いてある。結界ですね」
「いいえ。縛殺ロープよ」
これ、こんな学校の備品みたいなものに、縛殺とか名付けるなよもう。
「巻いて巻いて!」
言われるまま、おれ達は動きのにぶった怪物をロープで巻き始めた。
「オッケー。祈祷、出来るわね?」
「もちろんです」
異世さんはそのまま、英語ではない外国語を唱え始めた。
「あら。ヘブライ語。やるじゃない」
先生もそのまま、サンスクリット語の呪文を唱え始めた。何故分かるかというと、以前授業中に外国語の紹介で喋ってたからだ。
ロープが、きつく締まり始めていく。
「何とかなりそう」
「ああ」
2人は詠唱をやめない。ロープがギチギチに締まり、怪物の姿は見えなくなった。
先生が唱えながら、バッグを指差す。おれはバッグの中身から、意味ありそうなもの、御札を取り出す。先生は頷いた。皆に配って、御札を怪物を縛っているロープの上から、ペタペタ貼る。
ちょわ!
かつ!
2人の詠唱が、止んだ。今や、バスケットボールサイズになったロープの塊。
「良し!」
「ふううう」
先生がにっこり笑顔。異世は深く息を吐く。終わったようだ!
「後はこれを、そうね」
先生はスタスタと中庭中央に向かうと、穴を掘り始めた。
「手伝いなさいよう。先生1人じゃ、無理!」
おれ達は交代しながら、朝まで穴を掘り、10メートルは掘ったと思う。そこに、ロープの塊、怨霊を置く。さらに先生は、大量の御札を服から取り出し、御札、土、御札、土の順に被せて行った。そんなことを手伝いながら、さらに時間は過ぎ。朝7時。
「お疲れさまああああ!」
「わーい!」
槍門には近くで寝ていてもらった、異世と一緒に。その槍門が喜び、大声を上げる。おれ達だって大喜びしたいが、全身ガッタガタだ。
「わーい」
調子を合わせるしか出来ない。
「皆、本当にお疲れさま。これでこの学校の危険は去ったわ」
「危険?七不思議じゃあなく?」
「ええ。あれらは、怨霊の影響の副産物。怨霊こそを止めなければいけなかった」
「先生のおっしゃる通り。放っておけば、さらに危険な七不思議に成長していたでしょうね」
へえええ。
「それも解決して、一件落着?」
「多分ね」
「私のお仕事もこれでオシマイ。今までありがとね」
「え?」
「先生は先生なんだけど、実は霊担当教員なのよ。全国の霊障に悩む学校に赴かなきゃいけないの。もちろん呼ばれればだけど」
「そんな仕事だったのか、先生」
「へへへ。内緒よ。胡散臭いからね」
「はーい」
「言っても信じてもらえないでしょう」
「じゃ、そういう感じで。帰りましょうか。先生はまだ帰れないけどね」
「今度は普通の先生としてのお仕事?」
「ええ」
「私達に出来る事は、もうありませんか?」
「ええ。あなた達は完璧にサポートしてくれたわ。ありがとう」
先生と笑顔で別れ、おれ達は帰路に着く。2学期の再会を約して。
たった一晩の経験なのに、ずっと忘れられない夏休みの思い出になりそうだ。異世ともっと遊ぶのも2学期になってからだが、それはまた別のお話。今回はここまで。皆、聞いてくれてありがとうな!
ぎゃおん
え?