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D.H.  作者: yua
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ACT 9-1



 -1998,10,02



 願うべき事があるとするのであれば、それは自身の平穏だろう。それ以上の事は望まない。

 一番は、何もしなくても安定した収入と、住む事の出来る家、ストレスの溜まらない人間関係。そして適度に欲しい娯楽である。

 人間が欲しいと思っても簡単には手に入らず、かつ、それを手に入れようと努力しようものなら、周囲からあまり良い目では見られない。なんとも、厳しい世界だろうか。

 人々は平穏が欲しいが為に働き、収入を得て、自分の安心できる場所を金で買うのである。ようやく安心できる場所を手に入れられたかと思えば、今度はそれを維持する為に金を求められ、それを拒否しようものなら、早々にその空間から叩き出される羽目になる。

 安心を維持する為にまた安定した収入を求める。自分の中のストレスと戦いながら……

 天馬理美にはそれは耐えられない苦痛であった。殺し屋と云う、一般常識から外れた場所に身を置いている彼女ではあったが、現代社会の精神的苦痛を見ると、どうにもこの世界は不条理でならないと思ってしまう。

 極度の緊張や、ストレス状態は、人を殺すと云う仕事の中ではかなりある。殺人と云う行為を容認している国など存在しておらず、その行為が周囲にばれないように事を進める必要性がある。自分の計画が如何に完璧だったとしても、ばれるリスクは常に付きまとう。

 それでも、現代社会のストレスに比べればマシであり、永遠に続くストレスより、一瞬感じるストレスの方が負荷が少ないのは確かだ。

 心から欲する願いがあるとすれば、それは怠惰な生活だ。

 自由気ままに、好きなだけある金を使って、好きなだけ遊ぶ生活。好きなように時間を調整し、好きなように生きる。他人の干渉はなく、自分だけの時間が続く。

 それこそが、ストレスのない生活だ。幾ら周辺から「甘え」「怠け者」と言われようとも、そう言った生活こそが理想的だ。


 煙草の吸殻を用水路に捨てると、ターゲットの出現を待ち続ける。

 昨日の昼間から動きがあったのだが、今回は見送り、そのまま確認作業に入った。こちらとしても、次戦うときには完璧な状態で、相手を殺しきらなければならない。一度逃した相手は、二度目にはしとめる。

 一度目は小手調べだ。彼らの能力や状況判断を確認する為の。

 しかし二度目は違う。それを知って、相手に合わせた戦略を組み立て、確実に葬る。

 一流の殺し屋なら、そんな回りくどい事はしないだろう。入念な情報収集は同じだとしても、彼らは一度目の交戦で仕事を終える。それは彼らが一流だからである。それなりの金を積んででも、殺したい相手がいるのなら彼らの方が時間は掛かっても、確実にしとめてくれるだろう。―――それも、証拠もなしに。

 理美は残念ながら、一流はない。ある程度の失敗を踏まえて、成功させるタイプだ。そしてそれを知っているからこそ、一度ではなく、二度で行う。

 それに今回の仕事は、通常とは勝手が違っている。

 普通では考えられない『心の武器』などと言われる代物を使ってのターゲットの殺害が目的である。

 先日の戦いで解ったのは、ターゲットである「神代優愛」と云う人物は、心の武器を持っていないと云う事である。

 彼女自身は一度の遠隔狙撃のあと、逃げられてしまったが、その後戦った彼女の付き添いの人間と戦う事になった。敵はひとりであったが、胴体に狙撃しているのにも関わらず、動きが鈍る程度で致命傷にはなっていなかった。

 つまり、あの人物こそが、心の武器を持っている人間である。

 渡されたものと、自分で独自に調べた資料では、神代優愛は女性であり、八神高校に通っている生徒である。そして、ターゲットらしき人物を狙撃したが、そのターゲットは心の武器を持っておらず、共に行動していた人物が心の武器の所持者であった。

 戦い自体、有利には運んでいた。というのも、その武器の所持者はどうやらあの頑丈な肉体以外に武器を持っていない様子だった。接近しての肉弾戦が主だったのだろう、こちらにたどり着くのに随分と時間が掛かったようである。

 そのまま倒せるかと思ったのだが、前述したとおりの邪魔が入って、剣の遠隔操作が利かなくなった。

 今回の情報だけで考えれば、相手は接近する術を持たない、と云うのが収穫であった。

 行動監視してからしばらく経つが、ターゲットである神代優愛は戦う気がないのか、そもそもこう云った荒事が苦手なのかどうかは解らないが、ここ二日はあまり外出していない。基本的に、家の中に引きこもったままである。

 …………それにしても気がかりな事がひとつある。

 監視していて、ちょくちょく、隣の家の住人が部屋の中に入っていく事だ。恋人なのかどうかは解らないが、戦いが始まって少ししてから彼は彼女の隣の部屋に入居した。その後、何度か出入りしている姿を見る。

 妙なのは、その人間は普通の人間のようでいて、そうじゃない何かを感じる事である。そう、それはまるで……

〝山田悠里とホテルで話をしたときのような……〟

 妙な感覚だ。

 初めて、彼女に出会った時は別に何も感じなかったのだが、ホテルで魔法使いとしての彼女と出会ったときのような違和感を感じるのである。……あくまで、第六感の話であり〝そんな気がする〟程度の感覚なのだが。

 嫌な予感は、彼もまた魔法使いなどと云う理不尽極まりない存在なのではないのだろうかと云うものである。もしそうなら、色々と面倒な事になってくる。ホテルで受けたあの攻撃―――と呼べるかどうかは不明だが―――が頭を過ぎる。

 神代優愛とコンタクトを取っていると云う事は、彼女と協力関係にある可能性も捨てきれない。そうなれば、先日の戦闘による邪魔者の存在も頷けるのだ。

 あくまでそれは彼が予感通り魔法使いか、それに関係している何かだったらの場合だ。

 心の武器を持っていない彼女がどうしてこの戦いに巻き込まれているのか解らないが、彼女を殺せ、との依頼を貰っている上に、彼女の周囲にいる心の武器を持つ人物。

 何かがあるのだろう。それを知る余地は恐らくないが。

 その辺りについても調べてみる必要性を感じているのだが、あの隣に住む青年の情報は今のところ手に入れられていない。さすがに名前も知らず、写真ひとつ存在していないので仕方がないと言えばそこまでである。

 ついでに言えば、あのふたりが共に行動している光景をこれまであまり見ていない事もあり、彼の行動を把握していない事も理由のひとつである。

 先日の朝も、彼女の部屋に入ったかと思えば、一時間ほどしてからまた出てきて、外出していた。そこからまだ戻ってきていないので、確認のしようがない。

 顎をさする。……彼女へ仕掛けるまでもう少し準備が掛かる。一日かそこらだけだが、突如として現れた彼の方の情報を調べてみる必要性があるのかもしれない。

 体を起こして、監視の目を一旦緩める。

 彼女が居るのは、神代優愛の住処からそこまで離れていないマンションの一角である。さすがに部屋の中を監視する事は出来ないが、ここから彼女の部屋の玄関までは見える。もちろん、肉眼では確認できず、望遠鏡などの機材を使っての確認だ。

 ……が、今回は心の武器と云う便利な代物を手に入れた為、予め心の武器を彼女の家の近くに設置しておき、そこから監視をしている。もし不都合があれば、すぐに手元に戻せる為、機材が見付かるリスクも少ない。

 ため息を吐きながら、部屋から出る。だが、彼女への準備を怠る訳にはいかない。

 理美は次なる準備に向けて、歩を町並みの方へと向けた。


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