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D.H.  作者: yua
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ACT 1-3


 時刻は零時を少し回った。まだ夏の暑さが肌をまとわりつく昼間とは違い、夜は冷たい風が吹き抜けていた。少しずつだが、冬に近付いているのだろう。人は肌でそれを感じる事ができる。

 この時間帯ともなれば、都会でない限りは人気も失せる。歩いているのはそれこそ、夜の街で楽しみをしている若者か、残業帰りのサラリーマン、もしくはこれから仕事へ赴く夜勤の人間ぐらいだろう。

 電車、バスなどの交通機関は止まっており、道を走る車も少ない。無人の街に、信号だけが点滅を繰り返している。

 近年ではコンビニエンスストアなどの影響により、二四時間営業する様々な店舗が増えた為、夜だと云うのに街中は明るい。しかしこの辺り、住宅地へ向かう道路は街灯が少数存在するのみで、基本は暗闇に包まれている。

 何も見えず、何も無い。いつもの光景はそんな感覚だ。街灯が照らすわずかな道を頼りに、小さな道を歩いて帰宅の路につく。誰も歩いていないのは時間も時間だからだ。

 しかし……今日は何か異様だった。通りかかった誰もがそれを感じただろう。何かを感じるには感じるのだが、実際はいつもと変わらない風景。単なる思い違いだと思って通り過ぎていくのは普通で、その直感を信じて何かがあると思うのは常人ではない。が、ある意味正解だ。

 妙な空間があるのは確かに間違いではないのだ。そこに迷い込む事は愚か、視認すらできない存在が、この辺り一帯には存在している。

 ―――鈍い音が響く。常人には聴き取れない鈍い音だ。これが聴こえたのなら、その人間は常人ではない。

 住宅地から中心街に入る間の場所。小さなビル群がある場所だ。鈍い音が響いているのはその辺りだ。

 路地裏ではない。完全にビルの中から響いているのである。そこに勤めている警備員すら気付かない―――いや、気付けないのだ。その音も、音を発している存在も、認識する事ができない。彼はぶらぶらとビルの中を徘徊し、そしてある一定の場所に近付くと途端に踵を返して戻っていってしまう。

 その先には廊下が続いているのに、何故か警備員はそこから先には廊下が無いかのように見えている。音は、その廊下の向こう側の方から聴こえると云うのに。

 また音が響いた。……鈍い音が響く。

 最初は住宅地の方で響いていた音だったが徐々にこちら側にきて、最終的にこのビルで落ち着いている。

 それを例えるならまさに彗星だ。凄まじい勢いで建物の屋根の上から上へと飛び移って、足音ひとつ立てずに跳んでいく。

 ふたつ、彗星はふたつ存在している。どこかでぶつかって鈍い音を立てる。先ほどから響いている音の正体は、そのふたつの物体がぶつかり合った時に発せられる音だ。

 物体は良く見れば人間のカタチをしていた。人間が軽く屋根から屋根を跳び越えているのである。途中で交錯して、鈍い音を放つ。現代では考えられない、非現実的な光景だろう。常人には見ていない為、騒ぎにはなっていない。

 彼らの手に握られているのは―――異形の物体であった。剣、と言えば確かにそう見えるのかもしれないが、剣にしては刀身の形や、装飾品がおかしい。あまりにも形が歪で、戦いに向いているような得物ではない。

 ぶつかり合うふたつの影。仮にその手に握った武器が剣だとしよう。その剣が交錯する度に、乾いた音が響き、建物全体を震わせる。あまりにも常人離れしているそれらは、なんと、ビル全体を震わせているのである。

 一閃―――、二閃―――。数を重ねる度に強くなるぶつかり合い。これは本当の殺し合いだ。

 片方の影が剣を握り直して、相手の懐を目がけて飛び込む。当然、もう片方の影はそれを防ぐべく剣を低く握り、振り下ろされた一閃を下からすくい上げるような形で受け止める。交錯する刹那にまた乾いた音が響いて、影は一歩後ろに下がる。

 息つく暇もなく次の動作に移るのは互いに同時。姿勢を低くして、一歩、二歩―――ステップを踏むような軽やかさで前に進むだけで相手との距離は一気に詰められている。当然向こう側も同じで、跳躍して、ビルの天井手前で一回転すると、天井に足をつけて加速する。そのまま一直線に相手にぶつかると思いきや……そのまま頭上を通過する。背後を取ったのだ。

 急いで体勢を立て直して、剣を利き腕で握り直すと、後ろを取った有利を生かして攻め込む。相手は振りむく、敵を認識する、剣を振るうと云う三つのプロセスが必要になる。そのラグが命取りとなる。

 ……が、その思惑は見事に失敗する。背中を取ったと思った瞬間、相手は振り向きざまに遮二無二剣を振るったのだ。空を斬れば自分が斬られる、逆に偶然当たれば命拾い。そんな一か八かの賭けに、彼は勝った。

 剣同士はぶつかり、男は九死に一生を得た。思わずにやりとする。運で死ぬべき事実を捻じ曲げたのである。

 戦いは振り出しに戻って、場所を変える。今のような事をされてはたまったものではない。剣を振るって、天井を破る。落ちてくる瓦礫をよけながら次の階層へと跳躍した。

 何度もそれを繰り返して、ふたりがようやく立ち止った時、そこは既にビルの屋上であった。

 ここなら下手な小細工なしに戦いを行える。

 澄んだ風が突き抜ける。屋上故に風を遮る障害物もなく、寒い。当たりを照らす街灯もなく暗闇に包まれているが、相手がどこにいるか解る。それを知らせてくれるのは鈍く発光した剣だ。発光した剣の光は人のカタチまでも照らすが、そこまで鮮明ではない。

 それでも戦いの中で相手の急所を狙うには充分過ぎるレベルだ。

 互いににらみ合い、駆け抜けるタイミングを見計らっている。第三者からすれば、この何でも無い空気に意味はあるのかどうか不思議なところだが、実際このように戦いになってみると、この時間とは重要な意味をもってくる。それに、彼らにとってはその時間は恐ろしく短いように感じるのだ。

 一歩、前に進んだ刹那、相手も動く。まずは一合目。交錯する瞬間に相手の急所を狙った一閃は、結果としてぶつかり合う。それだけでは終わらない、ぶつかった剣を支点にして片方の男が跳び一回転して相手の肩に足を掛けてもう一度跳ぶ。その際、相手を蹴りつける。

 蹴りつけられた男は同じような事を先ほどされていたので、すぐに対応した。倒れようとする体を、剣を地面に突き刺して支えにして捻ると、後ろに回った男を正面に捉える。

 そちらの行動も早い。先よりも早いスピードで迫ってきている。やむを得ない、そのまま剣を構えて受け止める。下手をすればこちらの急所を狙われる。そうなれば何もできないままこの世を去る事になる。

 二合目は正面からのぶつかり合い。力と力がぶつかり合う。普通の剣であればここで剣同士の衝撃で壊れてしまうのだが、彼らの持つ剣は違った。折れる事なく、傷ひとつ付く事なく互いの力を伝え合う。

 力と力のぶつかり合いは、その人間の持つ力、そして体格が左右する。当然、常人の域を脱している彼らとてそれは同じだ。徐々に片方の力が片方を押しつつある状況に変わる。

 このままでは押し負ける。いずれ剣を弾かれて、正面から斬られて終わりだ。それだけはできない、ここでは死ねない。

 しかし今の力同士がぶつかっている状況から逃げ出すのは難しい。下手に力を別の方向に向ければそれこそ、その隙を突かれてしまう。剣同士がぶつかっている状況は変えずに、相手から逃げ出す手段を考えなければならない。

 ……考えられる時間は少ない。急がなければ押し切られてしまう。しかし考えれば考えるほど、こちら側の手の内を明かす以外は存在していない致命的な選択肢が待ち受けている。

 手をこの場で明かす事は、すべてここで終わらせなければならない。見せるのなら必殺、駄目ならば運よく生き残ったとしても次の戦いの時には対策を練られている。それを避けたいが為に別の手段を考えるのであるが……

 それ以外がない。あとは決断だけ。苦渋の決断。

 ……大きく息を吸い込んで、両手で握った剣に力を込める。動かない、相手の力によって抑えつけられているその剣は決して動かない。

 刹那の内にその考えは切り替わり、剣は動いた。青白い光を放って、剣が相手の躯体ごと吹っ飛ばしたのである。その突然の変貌に驚きつつ、何が起こったのかは解っていた。

「―――解放したか、心の力を……」

 呟いた。

 目の前に居たそれは、先ほどとはもう形が違っていた。


 異変に気付いたのは、それこそ突然であった。警備員が気付いた時にはもう手遅れであった。彼にできる事と言えば、惨状を事細かく警察に伝えるしかできない。

 ビルの途中から屋上にかけての巨大な穴。割れている窓ガラス。抉られた地面と壁。そして……轟々と燃えるビルの一室。

 一体ここで何があったのか。ずっとこの場所に居り警備を続けていたと云うのに、何故こうなったのか解らなかった。何があって、どのような経緯でそれが起こって、こうなってしまったのか……まったく解らない。ただ気付いたらこうなっていた。

 消防が来るのには時間が掛かるらしい。警察もくる。警備員はただ、こうなってしまった責任を感じたまま、呆然と燃え上がる炎を眺めていた。


 燃え上がる炎、野次馬たちが集まる中をかき分けて逃げ去るように消える人影がある。

 人ごみから出て、ふと、足を止めて振り返ってみると、炎を上げて燃えるビルが見える。所々爆発したかのように炎が噴きでると、野次馬たちが大きな声をあげる。

 人影はその様子だけを見て、足早にその場を立ち去った。もうこれ以上この場に居る必要性はない。無駄にここに居れば怪しまれるだけではなく、野次馬としてテレビ局などの取材を受ける羽目になる。それだけは面倒この上ない。



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