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D.H.  作者: yua
39/76

ACT 8-1



 -1998,10,01



 昔の話だ。まだ、何もかも解らない日々の話。

 とは言えその時から自分自身の中にあるものを感じていた彼女は、それを自分の手で目に見えるカタチにするのがとても好きであり、同時に得意であった。自分の世界を、自分の手で白いカンバスに作る事が出来たのだ。

 周囲はそれをほめてくれたので喜んでそれを作り続けた。自分の中に生きる理由と言うものが生まれた気がした。

 子供だと言うのにどこかおかしな点があったのかも知れない。周囲の人間はそんな彼女を「天才」と評した。

 一躍天才少女と化した彼女は、自分が特別な存在だとは何ひとつ―――そのときは―――思っていなかったのだ。彼女はまだまだ世界を知らなかった。自分の世界しか知らなかったが故の謙虚な姿勢であった。

 しかし、時間が経つに連れて、自分と世界の間にある溝のようなものを感じるようになる。いたって普通に生きてきたと思っていた彼女はそれを激しく意識するようになる。


 昔の話だ。もう、解ってしまった日々の話。

 自分は他の人間と違う事を知ってしまった彼女は、どうしようもない日々を過ごす事になる。

 もはや、純粋にすべてを褒めてくれる人間はひとりも居なくなってしまった。この世界のすべての人間が、自分の作る作品を求め、崇め、そして期待している。それに応えるたびに、自分はどうしようもない憤りを感じるようになってしまったのだ。

 何の為に作品を作るのか。

 何の為にこんなモノを作るのか。

 誰が為でもない、自分自身の為に作っていたはずのものがいつの間にか自分のものではなくなっていたのである。

 作ったものは他者の手に渡る。そうして、どのように使われるのかまでは伝えられないまま、途方もない莫大な額の金だけが手元に残る。まだ若い彼女にはそれを使う術などはなく、どのようなときに使うものなのかも解らなかった。

 両親は既に自分を褒める事はなくなっていた。

 作り出した作品に酔い、それを元に金を作り、権力を得る。彼女の知っている父親も母親も居なくなっていたのだ。


 最後の話だ。

 ―――彼女はもう、この世界に未練はなくなっていた。

 だが死は怖かった。だから、死なない体を作った。

 けど他人の死には無頓着だった。それは自分の苦しみではない。相手からすればたまったものではない痛みでも、それは自分の痛みではない。考慮する必要性を彼女はまったく感じていなかったのだ。

 どこかで歪んでしまったのか、それとも最初から壊れていたのか。

 恐らくそれは両方だ。とても奇異なケース。

 あるとき、この世界に終わりが来ようとしていた。

 寸分の狂いのない緻密な計算。彼女の予言は世界中に広まった。

 そんなものは来るはずはないと一蹴する人間。彼女の言葉なのだから本当なのだろうと慌てる人間。それでも、また彼女が何とかしてくれると楽観視している人間。

 ……だからそこで彼女は初めて反抗をした。

 何もしなかったのだ。

 だが自分が死ぬのは嫌だったので、自分だけはそうならないようにした。

 長い年月が流れて、ついにすべてが終わってしまった世界で、彼女はひとりになった。



 動けなくなった体。失禁してしまって気持ち悪い体。

 彼女は目の前にした現実を否定したくて、そのまま眠りについた。


 戦いが終わったあと、気を失っている彼女を発見したのはそれこそすぐの話だった。他の人間に見つからなかったのは幸いだった、すぐに抱えて家へと向かった。

 彼女の容態はあまり良くなく、排泄物の処理だけでもしようと思ったのだが、女性の体と云う事もありそれは叶わず、結果として見えている部分の汚れ・汗を大量のティッシュでふき取って、ベッドの上に寝かせる事にした。

 ひと通りの作業を終えたところで、途中から別行動を取っていた彼も戻ってきた。

「いや、逃げられた」

 それだけ言った。

 部屋に入ってくるなり、腰を下ろした彼―――ユウスケは、目の前で優愛の世話をするジンに視線を向けた。

 解っている。状況の整理をするのは必要な事だ。

 ジンは優愛の方をもう一度見たあと、ユウスケの目の前に座る。

 ユウスケは持っていた袋をテーブルの上に置く。中身は飲み物と、少しの食べ物と、お菓子であった。あれだけの戦いがあったと言うのに、悠長な人間だ。くつろぐ気である。

 優愛に考慮してか、テレビはつけなかった。部屋のカーテンは朝だと言うのに締め切られており、薄暗い。電気は点けず、この薄暗闇の中でふたりは会話する事となる。

「まぁ、今回は相手に一杯食わされたな」

 ゆっくりと、ユウスケが口を開いた。

 確かにこちらの攻撃が向こうに届いた事は結果としてなかった。ユウスケの放った一撃はどうなったのかは解らないが、その点はユウスケ自身も肩を竦める。一度放った一撃が直撃しているかどうかなど、まして超遠距離攻撃なのだから解るはずもない。

 あのときも思ったが、ジンは近距離タイプの戦闘を得意とする。剣自身であり、銃器などを装備している訳でもないので当然だ。優愛の『心の剣』と言いつつも、彼女が剣の事を把握していない。

「その点は仕方ないさ。そうなっちまってるんだから愚痴っても仕方ねぇだろ?」

「……正直、キミが共に戦ったほうが良かったんじゃないのかい?」

 不満はゼロではなく、一番の部分はそこである。

 情報秘匿とは言え、ふたりで共に戦った方が良いと、ジンは判断していたのである。

 ユウスケの考えも間違いではない。遠距離攻撃を仕掛ける人間だ、当然遠くから見渡し、その人間自身を抑えた方が良いに決まっている。だが結果として敵には逃げられて、途方にくれているのだから愚痴りたくもなる。

「それで両方全滅ってか? それ最悪の結末だぜ?」

 結論、方向性はともかくとしてふたりは生きて帰ってこれた。敵の能力を確認すると云う情報を手に入れる事が出来た。

「敵は、あそこには居なかった……」

 ジンは呟く。

 あの狙撃スペースには心の剣本体しか存在しておらず、肝心の担い手がそこには居なかったのだ。

 その知らせを受けたユウスケがすぐに追いかけたが、敵の姿を確認するのは不可能に近く、結果としてこのような情報だけの戦果となった訳だが、何も無いよりはましである。

「超遠隔操作タイプの能力ってところか。本人は安全なところに隠れながら、敵を狙撃する事が出来る。ただでさえ、ヒキコモリタイプの狙撃手(スナイパー)だってのに、本人がさらに遠いところでヒコモリしてるとか面倒くせぇタイプだな」

 相手の一撃は確実なものであり、ジンが顔を出した瞬間にはトリガーが引かれていた。威力も申し分なく、ジンを封殺していた。

「心の武器ってのは持ち主の手元から離れると能力が落ちるんだがな……」

 あれで減衰しているのであれば、実際の威力は想像するのも恐ろしい。

「もしかすればそう言う遠隔操作系な上に手元から離れても威力減衰しない能力なのかもしれねぇな」

 どちらにしろ、命懸けで近づいたとしても、敵がそこにいないのであれば意味がない。相手からは一方的に攻撃を仕掛けられた上に、こちらからの攻撃は一切通用しない。敵は安全なところからこちらを確認しつつ狙撃命令を剣に下す。

 面倒な人間に狙われたものだ。こちらには、それを打破する術は皆無だ。

 二手に分かれて、ジンかユウスケが本体を抑えに行ったところで、気づかれれば相手は剣を手元に召還して撤退するだろう。特性上、正面切手の戦闘には向いていないと思われる。

 正面からの戦いが苦手ゆえに、遠距離、射線が通った場所なら無類の強さを誇り、かつ安全面も万全の備えである。

 しかし、先ほど戦闘を行った場所―――「がみげい」近くのある程度広いものの障害物の多い住宅地だったとしても、その隙間を縫ってジンを狙撃して見せた事から一概に、射線が通っている場所が苦手とは考えづらい。

 ……今こうして話している瞬間にも、敵はこちらを狙っている可能性があるのだ。

 部屋のカーテンは締め切っている。薄暗いこの部屋で、しばらくは電気なども点けるのは拙そうだ。テレビの明かりも心配であるが、毛布を上にかぶせてある程度軽減している。

「顔は割れてるにしろ、居所までは知られてはないと思うけど……」

「どうかね。剣の波動をほんの少しでも感じられればある程度の範囲は絞れるだろ」

「それもそうか……」

 ジンは腕を組む。

 ユウスケはテレビを眺めているものの、考え事をしているようで口を「へ」の字にしてなにやら小さく唸っている。

 この時世、慎重に動く敵ならば昼間から、朝から仕掛けてくるとは思えない。銃弾すら存在しない魔法兵器だったとしても、撃てばそれなりの衝撃が走る。同じ剣であるジンを動けなくさせるほどの威力があるのだから、この部屋に打ち込めばただでは済まないだろう。恐らく、この部屋と云うくくりではなく、アパートごと倒壊する可能性もある。

 そうなった場合のリスク。加えて、対象の剣の担い手である優愛を殺す際にジンが近くに居ては―――加えて、ユウスケもいる―――殺しきれるかどうかは不明である。

 やるなら確実に、出来るだけ静かに、気づかれない内に殺す。

 ジンや、ユウスケ程度でもそれぐらいは想像がつく。

「しばらくはこっちもヒキコモリかね。俺はともかくとして、カミシロユアの精神的な意味で無理そうだな」

 問題があるとすれば確かにそこで、今回の件で優愛はさらに現状の不安状態を加速させるだろう。どれだけ大丈夫だと主張しても、危害が加わった以上、その状態は避けられない。

 いつ、誰が狙っているとも解らない。戦いが開始された以上、もうこの状況になってしまうのはどうしようもない事だ。

 ……と、言って何もしないと云うのも問題であり、戦いの確認や、情報収集などは必要だ。夜にジンと敵の戦いを観察していた人間たちと同じように、戦いを傍観するのもまた重要な戦いなのだ。

 情報収集は必要だ。それを提供、共有するのもまた同盟を組むひとつの理由だ。もっとも、戦いの初心者である優愛たちにそう言ったものは望めないが、今回は魔女との契約があった事と、この特異連中に若干の期待をしているのもまた事実だ。

 何故、このような特異な人間に期待をしているのか。正直な話をすれば、確実に腕の立つ人間を味方に引き入れた方が楽ではある。それも、魔女の契約混みなのだが、それが納得いかないのなら断れば良い。

〝まぁこっちにも色々と事情があるしな。しばらくはこの調子か〟

 横目で優愛の方を眺めて、その後すぐにテレビの方に視線を戻した。

「とは言え、彼女を守りながら情報を収集するのは不可能じゃないだろう?」

 ジンの提案は最もであり、かつ驚きでもあった。彼にそのような思考があったとは思ってもみなかったのである。

 彼の事だ、彼女の安心さえ保障できれば問題ないと考えているものとばかり思っていたが、案外、それ以外の事も考えていたらしい。

 心の剣と言う事は彼もまた優愛の欲望の具現化なのだから。

「考え方としては、片方ずつが外に出て情報収集するってアレだろ? ……まぁその方法を考えなかったワケじゃねぇけどさ」

「今一番やれる行動だと思うよ。優愛を僕が守って、キミが外で情報を収集する」

 そこで優愛を守るのは自分だと言う辺りは、やはり彼女の方が優先度が高いからだろう。それと、見知らぬ人間を優愛の近くにふたりだけで置くのは避けたかったからであり、さらに言うのであればジンは彼のように情報を手に入れる先を知らない。

 ユウスケは唸る。想像以上にジンが優愛と同じように戦いの事に関しても考えていたので、それを踏まえて再び思考しなおしているのである。

 とは言え、ジンの第一目標は願いの主である神代優愛の安全の確保である。そして、それを成しえる為にはこの戦いを早急に、かつ安全に終わらせなければならない。そう考えれば、彼が戦いに積極的に参加、思考するのは当たり前の行動である。

「解った」

 ならば解答はふたつ。断るか、承諾するか、だ。

「それでいこう。あんたがカミシロユアを守って、俺が外に出て情報収集する。俺の方が他の参加者に見付かったときにも逃げやすいからな」

 それは彼の持っている剣の能力がそう言ったものに特化しているからだろうか? ジンは考える。

 ユウスケはまだ自分の能力を明かしていない。自分たちに明確な形で開示していないのである。作戦などを立てるのは実力不足である事も踏まえてユウスケが行う為に何も言わなかったが、彼自身の能力を知っておいた方が良いのではないのだろうか。

 それは同時に、いつか敵対したときの攻略法にも繋がる。

 知らないユウスケでもないだろう。だから何も言わないだろうし、自分から開示しようともしていない。

 自分の手打ちを明かす事は決してしないだろう。それを解っているからこそ、ジンも訊かない。戦いの中でそれを見抜いていくしかないと云う事だ。

〝協力関係と言っても、こうも情報に差があるとはね〟

 ジンは苦い顔をした。

 星野ユウスケ。魔女・山田悠里との何らかの契約によって優愛と手を組んでいると推察されるが、肝心の契約内容を知らないが故に、ジンは彼を信用する事は出来なかった。

 優愛は自分の身の安全の為に、彼の事を信用しているようである。手を組み、自分に害が加わらないようにしてくれている人間とでも思っているのだろう。

 人を信用するのは簡単な事ではない。特に、現代社会のように人間の心が寂れてしまった今では、他人を無条件に信用する人間などいないだろう。そういった意味では、神代優愛は特殊な人間のひとりに入るのだろう。

 どちらかと言えば、人間関係に疲れ果てた結果、と言うものが正しいのかもしれないが、それは本人にしか解らない事だ。

 考え事をしている間にも話は続いており、とにかく、情報収集はユウスケがこれから行い、ジンはいつも通り優愛を守る事に徹するようである。

 今日は昨夜戦闘があった事もあり、ユウスケも休憩するようである。話を終えるなり、彼は腰を上げた。

「ま、お前も昨日今日だし、ゆっくり休めよ。……とは言え、カミシロユアの事もあるからそんなに休めないとは思うけどな」

「そうさせてもらうよ」

 テレビの電源を消して、ユウスケは玄関の方まで歩いていく。それを、ジンは見送る。

 すると玄関の扉を閉める前に、ユウスケは口を開いた。

「何か解ったら連絡する。そのとき、戦いになるかもしれないからな、その間に何とかしておけ」

 その〝何とかする〟対象と言うのは、訊くまでもなかった。


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