ACT 7-5
「……そうよ」
別に嘘は吐く必要性はない。それにこの店には現在理美しかいない。
彼女は笑顔になると、理美の前の席に座った。
殺し屋との交渉を前にして、笑顔になる人物などなかなかいない。本当に、彼女は自分に用事があって手紙を出してきた本人なのだろうか? と疑問に思ってしまう。
仕事を出してくる人間は大体切羽詰まっているものだ。人を殺して欲しいなどと言う人間は、何かしらの問題を抱えている。そんな印象が目の前の女性には見られない。あくまで、見た目や仕草の話であり、心の中まで見透かしている訳じゃない。
すると、別の人間が来たのを見計らって、店員が注文していたケーキが出てきた。
「……まあどうぞ」
理美は頼んだケーキのひとつを彼女に渡す。すると彼女は手を合わせて、無邪気に笑った。
「ありがとうございます」
さて、別にケーキを食べているのを待つほど呑気な人間ではないので、ケーキにフォークを入れつつも、懐から例のハガキを二枚取り出して、テーブルの上に置いた。
「さて、話してもらおうか。依頼の内容とやらを」
そう云いながら、理美はメニューを開く。飲み物が欲しくなったので、なにか冷たいものでも貰おうと思ったからである。普段なら、客先前でそんな事はしないのだが、この客はどうにも調子が狂う。
「あ、わたしも飲み物頼むので、それからで良いですか?」
「…………好きにして」
呆れるとかそういうものは通り越している。どんな人物なのか全貌が掴めない。
妙な人間なのは解っている。手紙のトリックと言い、普通の人間でない事は確かだろう。世の中には普通ではない事が幾つも存在しており、自分たち一般人はそれらを知らないだけなのだ。―――とは言え、殺し屋が一般人にカテゴライズされるかどうかは首を捻るところだ。
閉じたメニューを理美から受け取ると、彼女はドリンクのページを見て、何度か頷いたあと、店員に向かって「すみませーん」と手をあげる。
「紅茶をください。あ、ホットで」
「アイスコーヒーおかわり」
理美は先ほど飲んだアイスコーヒーを頼んだのだが、目の前の彼女はこのような季節だと云うのに、アイスティーではなく、熱いままの紅茶を頼んだ。
別に否定するつもりはない。誰だったか忘れたが、紅茶は熱いままの方が、風味があって美味いと聴いた事がある。そこまでの拘りを紅茶に求めた事はない。
すぐにアイスコーヒーと紅茶は運ばれてきた。
「紅茶の方は少し蒸らしてから飲んでくださいね」
そしてさすがにそれを待つほど、理美も悠長な人間ではない。
「……じゃ、始めようか」
アイスコーヒーを一口すすると、今度こそそう言う。
今度は彼女も頷いてくれた。そしてすぐにスーツのポケットから赤い小さなケースを取り出すと、中から一枚の名刺を取り出す。テーブルの上に置かれて、そのまま理美の手前にまで流される。
そこには、ディジタル文字で、『心理カウンセラー 山田悠里』と書かれていた。
「カウンセラー?」
とはつまり、なにかしら心の問題がある人間が厄介になる人種。人の為になる仕事と云う訳だ。
「そんな心理カウンセラーさんが殺し屋に何の用で?」
殺し屋、のときだけ横目で店員の方を少し眺めた。当の店員は厨房の方にいるのか姿は見えない。……そもそもこのような静かな喫茶店を、話し合いの場所にするのはいかがなものかと思われる。そこは向こう側がチョイスした場所なので、如何とも言いがたいが。
人間と向き合う事が仕事の心理カウンセラー。人の心の悩みや、闇などを一番身近で聞く事も多いだろう。特に、被害者側の立場に立つタイプの存在だ。こういった人間が相手だと、自分勝手な私怨によって自分たちのような人間に依頼してくるパターンが多い。
彼らは優しいがゆえに、自分の正義が正しいと思って疑わない。大衆の正義と、個人の正義を併せ持つジレンマ。理美にはあまり理解できない代物だ。
「わたし、存知のとおり普通じゃないんです」
普通ではない。
彼女の言葉の意味を理解するのに少し時間が掛かった。
そのままの意味で捉えるのであれば、彼女は精神的に病んでいる事になる。しかし、それは違うと思ったのは、今は彼女の手前に置かれているハガキの件があったからだ。
妙な事をする。どこかの怪しげな宗教団体とは少しレベルが違ったように見えた。それが魔法ではなく、何らかのトリックを使ったのであれば、その内容をぜひ知りたいところだ。
「普通じゃないのは解っているよ。ハガキの件もあるし、妙な技を使う」
「わたしこう見えて、魔法が使えるんですよ」
「へぇ」
……頭がどこか悪いのかもしれない。もしくは、本当にそう思っているのかもしれない。ネタさえばらさなければ、確かにテレビに出てるマジシャンもまたそのようなものに該当するだろう。
「あなたが思っているようなテレビに出ているものとはちょっと違いますけどね」
紅茶のカップの中を少し確認すると、山田悠里はカップの中に紅茶を注いだ。
どこが違うのか少し気になるが、まぁいいだろう。細かく聞くだけでも時間が掛かりそうだ。
「それで? そんな魔法使いサンがどんなご依頼で?」
早く本題に入れ、と言わんばかりに理美は言葉を続ける。
その様子を見て、理美がどう思っているのか察したのか、話はすぐに始まった。
「この方を消してもらいたいんです」
そう言って出てきた写真には、ひとりの少女が写っていた。年齢的に、見た目が少女だと理美が判断しただけに過ぎないが、背景を見るに学生であろう。少し控えめな傾向の印象を受ける。近年の学生が派手になっていくのにつれて彼女のようなタイプの人物は希少種になりつつあるのかもしれない。
「年齢は? まだ歳のいかない人間に見えるけどね」
理美にしてみれば契約が成立した時点でどんな人間でも殺す。それが殺し屋だからだ。昔、赤子を殺せという依頼を受けた事があるので、然程抵抗はない。
「年齢は今年で一七歳。私立八神高等学校に通う学生」
「〝がみげい〟か」
芸術学部の分野では、そこそこ有名な高校だ。あくまで、このあたり周辺での話ではあるが。
「ふぅん。一体なにをしでかしたのか……」
そこは独り言だ。様々な事情があるので、詮索してみたくなるのは解るが、そこで答えを求めてしまうとあとで面倒になるのは経験済みだ。
「―――今ではなく、これから起こすんですよ」
言葉に驚き、理美は悠里の方を見る。彼女はゆっくりと紅茶を飲んでいた。
〝これから起こす……この女が……?〟
この女、と云うのは写真の少女の事である。どうみても、普通の人間だ。どこにでもいるような、可愛らしい容姿で、控えめな性格ながらも友人と共に談笑し、青春を謳歌している。それがごく普通の学生生活、そして青春と呼べる代物ではないのだろうか。
少なくとも理美はそう思っている。自分には出来なかった生活だ。
どうやら、この山田悠里と云う人物の肩書きに、魔法使いともうひとつ、「預言者」と云うものを追加しておかないといけないようだ。
「話は解った。値段次第では引き受けるよ。元々こっちとしては、NOと云う仕事はなかなかないしね」
受けられるものは受ける、ではなく、受ける。これが、理美のモットーなのは前述したとおりである。
正直、リスクもある。
恐らく、現場はここ日本である。自分が拠点として構えている以上、足がつきやすい。あまり日本での依頼は受けないのが得策なのだが、最近日本での仕事も少ない。ここらで、日本国内の信頼や名前を回復しておくのもいいかもしれない。
「それでは、お金の方ですね」