僕と父さん。~10years later~
これはシリーズ物です。タイトルは俺と息子。です。そちらを読んでからこちらを見ると「ははぁあったなそんなこと」となります。ニヤニヤします。
では、どうぞー!
僕の父さんは、本当の父さんじゃない。だからといって気まずい思いはしたことないし、それを隠したこともない。あの人は何かと豪傑すぎるため、気にするだけ無駄というものだろう。
僕は父さんが好きだ。口は悪いし時々下手なことを口走ってしまうけど、優しい。
本当の両親はちょっとしか覚えてないけど、それでも寂しくならなかったのは───この人のおかげだと思っている。
多分、この人はそういうつもりで接してきたわけじゃないだろうけど。
「大樹さん、起きてって。会社行くんでしょ」
布団で寝ている父さんを起こす。
父さんは目をしょぼしょぼさせながら起き上がった。
「あー…滋…。お前はえーな」
「そんなの毎朝のことじゃん。何言ってんの」
父さんが欠伸をする。
「いや、昔のこと思い出して」
起き上がった父さんがキッチンに座って朝食を取り始める。
僕もそれにならった。
「昔って?」
「ほら、お前がここ来たばっかの頃。お前寝起きがすこぶる悪くてなー。何回幼稚園のバスに乗り遅れそうになったことか」
何でもないように話す父さんの様子になんだかむず痒くなる。
そういう話がポンと出てくるほど、長くこの人といるのだ。
そう思うとなんだか照れるような、こそばゆい気持ちになる。
「そうだっけ?僕、覚えてないけど」
「あっ、くそ動画撮っときゃよかった。あの苦労を忘れるとは」
父さんがご飯をかっこんだ。
「ほら、僕も小さかったしね」
曖昧に答えて朝食を片付ける。
ちなみに小さい頃一回だけ“父さん”と呼んで、それ以降はまた呼称は大樹さんに戻してしまった。
理由はただ単に子供ながら照れてしまって恥ずかしかったというものだが、今となってはその頃の自分を呪いたい。今更、父さんとか、なんか変じゃん。なんで流されて父さんって呼んどかなかったんだ!
せめてもの思いつきで心の中で父さんと呼んでいればいつか父さんと実際に呼べるようになるよと願ってすでに5年目になる。
父さんがじっと僕を見た。
「え、な、何?」
「いや、───」
しばらく考え込んで満足そうに笑った。
「でかくなったなってさ」
面映ゆくなって、つい目を逸らす。
父さん。僕、父さんに引き取ってもらえてよかった。僕さ、父さんみたいになりたいんだ。
なんて、こんなこと言ったら、きっとこの人はふざけたこと言ってんじゃねぇって怒るんだろうな。
口元が緩んだ。
僕だって伊達に10年一緒に暮らしてきたわけじゃない。大概の台詞のパターンは読めている。
箸でご飯をかきこんだ。
「滋くーん、ちょっと来なさぁーい」
父さんが机を指で叩きながら僕を呼んだ。
ギクッとなる。大抵この呼び方をする時は、僕を叱るときだ。
「は、はい」
父さんの前に行って自然と正座になる。もう条件反射だ。
「これなーんだ」
机の上に置かれたのはA4サイズの紙。紙には『保護者各位 参観日のお知らせ』と書いてある。
あっと息を呑んだときには遅かった。
「こら滋!またお前はこんな大事なもんを隠しやがって!」
雷が落ちて、反射的に首を竦める。
「ご、ごめんなさい」
素直に謝ると父さんが溜息を吐いた。
「お前のことだから、最近残業続いててこんなのに来たら疲れるからっつーんだろ。だから気にすんなって言ってんのに」
身も蓋もなくなって体を縮み込ませる。
「だって、もう大樹さんも若くないし」
そう言ったら露骨に父さんが顔をしかめた。
微妙な年齢では効果てきめんだったらしい。
「っ、お前は!30代後半を甘く見るなよ!一番脂が載る素晴らしい年頃なんだからな!」
「嘘だ!」
絶対間違ってる!
「嘘じゃねぇ!つーかいらん心配をすんなって言ってんだろ!なんだよ、息子の授業見に行くのに疲れちゃ駄目なのかよ!そうだよ足疲れんだよ椅子出せ椅子!こちとらおっさんなんだから1時間も立っていられません足疲労骨折しそうなんだっつのこの野郎!」
突然吠えた父さんに唖然とする。
そして息子という言葉に照れくさくなった。
慌てて誤魔化すように言い張る。
「お、おっさんって自分で言った」
「なんだよ!俺は40間近のおっさんだそれがどうした!」
「なんも言ってないだろ!」
そこで自分達の会話の間抜けさに気づいて口を閉じた。
胡座をかいて父さんが頭を掻いた。
「ほんとにお前…でかくなってもこういうのの隠し場所変わらねーよな。つーか絶対隠すの」
大抵がゴミ袋を外したゴミ箱の底!と父さんが言う。
「ぐっ。ごめんなさい」
父さんが溜息を吐く。
「もうやんなよ」
僕の前髪をグシャグシャとかき混ぜた。
そして授業参観日に、父さんは時間ぴったりに現れた。
授業が終わってもまだそこにいるので不思議に思ったら、どうやら懇談があるようだ。
帰りは一緒に帰ろうと思っているので廊下にしゃがんで待っていると友達に話しかけられた。
「そーいや、大樹さんってまだ奥さんいねぇの?」
小学校時代からの友達なのでその辺の事情に詳しい。
「奥さん?」
思わずキョトンとした顔になる。
「いや、あの人、けっこう俺らから見ても男らしくてかっこいいじゃん?小学校の時も、同級生の女子とかそのお母さんに隠れファンいたし。あの年までにけっこうモテたんじゃねぇのかっていうのが俺の見解」
どうよ?とか言われてもわからない。少なくとも僕はそんな───結婚しそうな女の人の気配なんて今まで一度も感じたことない。
「さぁ…」
「バレンタインとかもらってんだろ?かなりの数」
「まぁ、紙袋を携えて帰ってくるけど」
「サイズは」
「ショップで服を3枚買った時ぐらい」
「そこそこでけーな。やっぱ大樹さんモテるんだ」
いいな~お前の父ちゃん、と言われて、満更でもなかった。
懇談が終わると出てきた父さんが俺を見て笑った。
「帰るぞ」
頷いて下駄箱に向かう。
「先生、なんか僕のこと言ってた?」
父さんを見上げる。
中学生になって身長はグングン伸び始め、160cm代になった。今も伸び続けている。それでもまだ、父さんには届かない。
父さんが僕を見てニヤリと笑った。
少し誇らしげだ。
「成績も良くて態度も良くて、お友達との確執もありません。100点満点のお子さんです、だってよ」
グシャグシャと父さんが僕の頭を撫で回す。
「わっ」
「俺の息子にしてはホント出来よく育ったな。我ながら不思議」
それは僕が父さんに誉められたかったから、なんて言ったらきっとこの人は調子に乗るんだろう。
「大樹さん、問題児だったの?」
「とりあえず、先生にはほとんど叱られてたな。いやな?授業にちゃんと参加しようとはしてんだよ。でも気が付いたら寝ててなー。んで、寝ないためには写真に落書きが一番手っ取りばえーんだよな」
社会とか先生の声聞いたらもうマジヤバくて。あれは子守歌だよなー。と父さんが過去を振り返る。
「授業なんだから話聞こうよ…」
「あっ、お前それ言ったらおしまいだろーが!」
頭では理解してるー!と父さんが叫んだ。
この人が結婚、ねぇ。
チラッと父さんを見上げる。
考えたこともなかった。
そんなときである。
「お見合い…?」
家で夕飯を食べているときに父さんが言いにくそうにそう切り出した。
曰く、お見合いを勧められて断りきれなかったから行ってきます。お前も来るか?である。
「そうだ。お前も中学生だし、今更かもしれないけどな、やっぱ母親がいたほうがいいだろ?」
腕を組んで父さんがウンウンと頷いた。
「大樹さ…」
僕は、別に。
「それでだな、行くからにはやっぱ真剣にしなきゃならんだろ?てことは息子がいるってことを相手さんにも知っといてほしいし、お前が気に入る人がいいからさ」
突然の出来事に頭がついていかない。
「そうなんだ…」
父さんが、お見合い。てことは───。
「滋はどうしたい?」
「え?」
俯きかけていた顔を上げる。
真っ直ぐ僕を見ていた父さんの視線とぶつかった。
「来るか?」
気にかけてくれているのが、丸わかりの温かい態度で。
もしかしたら僕に母親がいないのが、父さんはずっと気がかりだったのかもしれない。
僕は父さんに向かって笑った。
大樹さん───父さん、本当に僕は別に…。
「いいよ、わかった。行く」
僕の顔を見て父さんが安心したように微笑む。
「そうか」
父さんが指を曲げて僕にこっちに来るように仕草をした。
僕は前のめりになって近づく。
父さんの手が僕の頭を叩いた。
「───」
「ん」
父さんが手を離す。
「…………何?」
「いや?なんでも」
「大樹さん」
「んー?」
「いい人だったら、いいね」
父さんが笑った。
「そうだな」
お見合いで会った女の人は、綺麗でいい人だった。明るくて、子供がいても平気だと言う。
「いい人だったね」
「そうだな」
帰り道にぽつぽつと印象を話す。
あの人なら、きちんとお母さんになってくれそうだ。優しい雰囲気の人だったし。
「……美人だったよね?」
「まぁなぁ」
さっきから曖昧な返事しかしない父さんを見上げる。
「結婚、するの?」
僕の言葉に父さんが固まった。
そして俺の頭を乱暴に撫でる。撫でるというより上からグリグリと押さえつけている感じだが。
「~~~~っお前はっ!!」
「な、何!?僕変なこと言った!?」
「あー言った!まだ一回しか会ってないのにいきなり結婚とか成り立つわけねぇだろ!」
怒鳴られて口を尖らせる。
「でも、何回か会ってたら結婚してもいいってことだろ?」
「うぐっ。そ、それはなぁっ」
「いいじゃん。別に迷うことなんかないでしょ」
僕の突き放すような言葉に父さんが目を瞬かせた。
思わずハッとして恥ずかしさで体が熱くなる。
これじゃ、これじゃまるで───だだをこねている子供だ。
「美人だし、子供好きだし、優しそうだし。三拍子揃ってる。なんの不満があるの」
慌てて取って付けたような理由を後付けしてみた。
父さんが困ったように笑う。
そして僕をグリグリと押さえつけた。
「大人なめんな。簡単に“はい結婚!”とはなんねぇんだよ」
それじゃあ、やっぱ結婚はしたいんだろうか。
あの家に、家族が1人増えるのだろうか。あの、狭いけど、どこまでも満ち足りた優しい家に。
───いい事だ。僕にはお母さんができて、父さんには奥さんができる。
いい、事だ。
フフッと笑ってみせる。
「ま、時間の問題だろうね」
僕の顔を見て父さんが苦笑した。
ポンと軽く叩かれる。
「……かもな」
その言葉に───なんだか遠く、離れた気がした。
父さんは、お見合い相手の女の人とよく出かけるようになった。かれこれ2ヶ月会っている。二人共仕事があるから当然出かけるのは夜だ。
僕は、夕飯を1人で食べることが多くなった。
「俺が出た後ちゃんと鍵閉めろよ。あと、もしかしたら遅くなるかもしれないから、俺が帰ってくるの待ってる必要ないからな?んで火を消したか…」
「はいはいわかったから。火の確認、しっかりやります。ほら行きなって。遅れそうなんでしょ?」
うっと父さんが詰まる。
「10時に帰る予定だからな」
「何回も聞いたって!」
父さんがタジタジになってドアを開けた。
出て行く間際、僕の頭を軽く叩いた。
「───」
「じゃーなっ」
返事を返す前にドアが閉まる。
振り返って家の中をグルリと見回す。
1人のリビングは、ただ広かった。
それから数時間経って、今は午後9時。
コンビニで買ってきた弁当を開ける。
いつもは僕が適当にこしらえるのだが、1人だからか作る気がしない。しかも父さんの帰りを待ってしまうので、夕飯の時間がこんな遅くになる。最近は父さんが出掛けるたびにこんな生活になっている。
静かな空間を紛らわすためにテレビをつける。途端に大きな笑い声が響き始めた。
弁当に箸をつけながらテレビを眺める。
いつもは父さんと見る番組で面白いはずなのに、今日は頭に入ってこない。
買った弁当に入っていた玉子焼きをかじる。
甘い味がした。
そういえば僕が小学校3年生の頃、僕が遠足に行くと言ったら、その当日に父さんが弁当を作ってくれたっけ。
入ってた玉子焼きはしょっぱくて、しかも焼きすぎていて巻けてなかった。
思い出して思わず苦笑する。
父さんに言ったら、しまったって顔をしたんだよなぁ。塩と砂糖を間違えたって。瓶にちゃんと書いてあるのに、なんで間違えるんだろう。慣れないことしたからだろうな。
それでも。しょっぱくても、ちゃんと巻けてなくても。
嬉しかったことに、違いはなくて。
ぐっと、胸が詰まった。
目の奥が熱くなって涙が滲んでくる。
大樹さん。大樹さん。大樹さん。
僕は、父さんだけで十分なんだよ。母さんがいないからって、寂しい気持ちになったことなんかないよ。大樹さんが───父さんが全部くれてるのに。
零れてきた涙を拭う。
喉が詰まってうまく息が吸えない。
箸を置いて顔を立てた膝に伏せて隠す。
「大樹さん…っ」
腕を強く掴んだ。
血が繋がってても仲の悪い親子はいる。そして少なくない。
父さんは血が繋がってないのに僕を育ててくれてる。ぶっきらぼうがまさに当てはまるような優しさをくれる。
それで、僕は十分だから。
「大樹、さ…っ」
父さんが、母親がいないからって気にしなくてもいいから。
───僕は、父さんがいてくれればそれでいいから。
ボロボロと涙が零れ落ちる。
大きくなってからはあまり泣かなくなっていたのに、今日は小さい頃に匹敵するほどの泣き具合だ。昔から、あの人のことばかりで泣いている。例に漏れず、今回も。
強く胸が締め付けられる。
苦しくて、悲しくて、どうすればいいのかわからない。
僕は、寂しいんだ。この狭い家は、1人になるとこんなに広い。この狭い家は、狭いけど満ち足りていて優しい家は、2人で狭いのだから、3人だときっと狭すぎる。つまり、2人がちょうどいいのだと思う。
でも、父さんが僕の事を考えてしてくれることなのに、そんなことを言ったら、きっと自分勝手だということになる。当然だ。僕だってそう思う。
それなら、こんなこと思う資格なんてないのに。罰当たりなのに。
自分が酷く非常識な人間のような気になる。
父さんの気持ちを無視するような人間なのかと思ってしまう。
大樹さん。大樹さん。大樹さん。
「大樹さん…」
強く腕を握った。
「……っ……父さん…っ」
足を抱えている僕がすごく小さく思えた。自分の気持ちに圧し潰されそうだ。
───その時だった。
ふと頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。
びっくりして顔を上げる。
「……大樹さん…」
しばらく父さんは黙ったまま僕の頭を撫でていた。
そして息を吐く。
「なんで、いるの?」
父さんと呼んだのを聞かれた。
それが無性に恥ずかしくなる。
「早めに帰ることにした。向こうも明日仕事早いらしくて」
「そうなんだ…」
手のひらで頬の涙を拭われた。
「んで?お前は、なんで泣いてたんだ?」
「え…っ、………えっと、それは、…」
咄嗟に誤魔化そうとして父さんから体を遠ざける。
「滋」
ビクッと体が竦んだ。
くそ。こんな時ばっか、嘘が下手だ。
恐る恐る父さんを見ると、笑っていた。
「お前は、いっつもなんか隠そうとすんなぁ。前から言ってるだろ、俺はお前に隠し事されんのが嫌なだけだ。そりゃ、お前も微妙な歳だし、俺に知られたくないことあんだろーけどな」
父さんの手が最後に一回僕の頭を叩いてそっと離れていく。
「……それでも、今回は俺が原因だっつーのはわかるから」
父さんがまた笑った。
そこで気づく。無理して笑ってるように見えないか?
もしかして父さんは、僕が父さんのことが嫌になって泣いたのだと思ってるんじゃないか?
そう思ったからか、すっと言葉が出てきた。
「……父さん」
くっと、父さんの目が見開かれる。
再び涙が滲んできて、あぁダメだ。やっぱり、この人にだけ泣かされてしまう。
「…僕は、母さんがいなくてもいいから。父さんが、義務感とか周りに推されてしょうがなくとか、そんなのが理由であの人と会ってるなら、やめてくれていい、からっ、僕の為にって、思ってくれてるなら、嬉しいけど、でもやっぱりやめてくれていいからっ」
「ちょ、何、言って」
しゃくりあげてきてうまく言葉が紡げない。
「っだっ、だからっ、僕は、と、父さんだけで十分だからっ」
目をごしごし擦って涙を拭く。
「滋…」
必死に涙を堪えて顔をあげる。
相当狼狽えている父さんがそこにいた。
その腕に手を伸ばして掴む。
「この、家は3人じゃ狭すぎるからっ、だからっ」
「わかったよ!余計なことすんなって話だろ!?」
突然怒鳴った父さんにびっくりした。
余計なことって?
違う、逆だよ。───逆なんだよ。
「でもな、俺だって、保護者としてお前のためになんかしたかったんだよ。……んだよ、余計なお世話かよ」
堪えきれなくなって叫んだ。
「違う!僕は、ただ大樹さんといたいだけだ!」
言い切って、我に返る。
キョトンとした父さんの顔から目を逸らして、強く指を握り込んだ。
「………もう、本音を言うけど」
あぁ。きっと、身勝手なやつだと思われる。
「僕は、大樹さんがいてくれればそれでいいんだ。母さんがいれば、そりゃ何か変わることもあるかもしれないけど、でも」
顔を伏せる。
「僕にとっては、大樹さんがいないことの方が、ずっと───」
つらい。
唇を噛んで目を固く瞑った。
呆れられる。
───不意に強く頭を撫でられた。
「えっ…」
「わかった。結婚の話はなしにする」
「……いいの?だって、」
こんなに、身勝手な話。
「もともとお前が寂しい気持ちにならないようにと思って取り決めた話だし、最初は断りきれなくて渋々って感じだったし」
まだ結婚するとか話に出てないから、と父さんが笑って言った。
「それに……」
父さんが顔を背けて付け足す。
そして溜息を吐いた。
「俺、お前に父親として見てもらえてないって思ってたし」
「え!?なんで!?ち、違う、ちゃんと思ってっ」
「わーかってる、わかってっから!今はちゃんとわかってるよ!」
強く頭を抑えられる。
「でも、あれから一回しか父さんって呼んでくれねーし。そう思ってもしょーがねーだろ」
「それは、僕が照れてたから…」
「なんだそりゃ、しょーもねーな。俺密かに悩んでたのまるっきり無意味じゃん」
父さんが僕を見て首を傾げた。そして悪戯っぽく笑う。
「これからに期待してるぜ、滋」
翌日、僕の目は過去最大級に腫れてしまって、朝から冷やせ冷やせと父さんと大騒ぎだった。
父さんは相手の人に謝罪して、そのお見合いをセッティングしてくれた人にも謝罪したらしい。
僕がごめんと言ったら、息子のためだからしょーがねーと自分で言って自分で照れていた。
僕が照れずに父さんと呼べるようになるのも、そう遠くない未来のこと。
ありがとうございました!




