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異世界転生したらアザラシ? でした〜白いモフモフでイケメン騎士たちに拾われましたが、前世の知識で医療チートしています〜

作者:
掲載日:2026/02/15

 怒濤の仕事ラッシュを終え、三日ぶりに帰れた我が家。

 私はボロボロの体に鞭を打ってシャワーを浴び、タオルで頭を拭きながらリビングに入った。


「まったく。私を便利屋みたいに、こき使いまくるんだから。担当以外は診ないって言ってるのに緊急手術にまで駆り出されてさ」


 一人暮らしのワンルームで愚痴りながら帰る途中のコンビニで買った缶チューハイを手にとり、プルタブに指をかける。


 プシュッ。


 小気味よい音とともに炭酸とフルーティーな香りが殺風景な部屋に広がり、私は誘われるように缶に口をつけた。


「くぅぅ!」


 シュワッと喉に走る刺激と口内に残るフルーツの甘味とアルコールの微かな苦み。久しぶりのアルコールが体に沁み込んでいく。


「はぁ、生き返るぅ」


 行儀悪くゴロリとソファーに転がった私はタブレットのスイッチを入れた。

 トントン、と数回タップするだけで映し出される映像。


 それはプールでプカプカと浮かぶアザラシたちの姿だった。


「いやーん、今日も推したちが可愛い!」


 アザラシがプールの中で垂直に浮かぶ様子や、ホースで遊ぶ姿が映っているだけなのだが……


「あぁ、みんな仲良くくっついて……あ、こっちの子はホースをガジガジしてて可愛い! あれ? もしかして、あの子は新入り!? もう、じゃれあって馴染んでるなんて偉い! あ、こっちむいた! 目を細めた顔も可愛い! あー、もうゴロゴロしてるのも最高! もう、生きているだけで、みんな可愛い! 存在が尊い! 見ているだけで癒されるぅ」


 仕事で疲労しきった脳は語彙力を失い、可愛いという言葉しかでない。


「あ、投げ銭しなきゃ。これで美味しいお魚を食べてね」


 チャリンと日課の寄付をして、うっとりとアザラシたちを眺めながら缶チューハイを飲む。


「はぁ……老後はアザラシ幼稚園を眺めるだけの生活をしたいわ」


 これで心は癒されるけど、体はそういうわけにはいかなくて。

 もっと見ていたいのに、疲労と眠気で瞼が重くなっていく。


「明日は久しぶりの休みだから、買い物をして、昼からはアザラシ幼稚園の餌やりを見て……」


 ゴトリとタブレットが床に落ちる音が響く。

 それが最期に聞いた音だった。


~~


 目を閉じていても感じる眩しい光に、うーんと唸りながら目を開ける。


(うぅ……)


 ぼやけた頭のまま何度か瞬きをしていると、視界がハッキリとしてきた。

 空に向かって伸びる大木といっぱいに広がった枝と緑の葉。すぐ隣には頬をくすぐる草に、風が運んでくる甘い花の香り。

 少し先には太陽の光を反射してキラキラと輝く湖。


(……えっ!?)


 そこは木が点在する草原だった。


(なんで!? 私は家に帰って……? 家……あれ? 私、どこにいたんだっけ? そもそも、私って誰?)


 思い出そうとするけど、頭に霧がかかったようにぼんやりしいて、私がどこの誰なのか、まったく思い出せない。


(とにかく、ここがどこなのか……)


 状況を知るために体を起こそうとしたが……


(あれ? 動けない?)


 お腹と手に力を入れるが体を起こせない。

 それどころか……


「きゅっ? きゅっ?」

(あれ? あれ?)


 声を出すたびに聞きなれない音もする。まるで窓を磨くような、靴でピカピカの床を歩くような音。


「きゅう? きゅうぅ?」

(なんで? なんでぇ?)


 状況が分からず、どうにか少しでも動こうとバタバタと暴れていると体が傾いた。

 それから、視界がグルンとまわり……


「きゅぅぁぁあー!!!!!」

(きゃぁぁぁぁあー!!!!!)


 緩やかな下り坂をゴロゴロと転がり落ちていく。

 どうにか止めようと手と足に力を入れるけど、上手く力が入らず、踏ん張れない。

 そして、私の頑張りも虚しく……


 ポチャン。


 軽い音とともにキラキラと輝いていた湖に落ちた。


(い、息っ! 息が!?)


 水面にあがろうと必死にもがく。

 ジタバタと手足を動かし、全身で上にあがろうとするが、体はどんどん沈んでいく。


(このままだと息が、苦しっ……くない? あれ? 苦しくない?)


 もがくのをやめて周りを見る。


(……きれい)


 よく見れば、湖の中は透明な青の世界。

 底にある白い砂と沈んだ木々、その周辺に生えている水草までハッキリと見える。


(すごい)


 綺麗すぎる水中に見惚れていると、体が勝手にスィーと進み始めた。


(……もしかして私、泳いでる!?)


 湖に落ちる前はあんなに動けなかったのに、今は嘘のように動ける。しかも、水の中なのに苦しくない。


(魚になったみたい!)


 状況を忘れて自由に泳ぎ回る。

 光がカーテンのように差し込む水中をスイスイと進みながら、途中でクルッと一回転してみたり、ビューンと早く泳いでみたり。

 空を飛んでいるかのように自由に動き回る。


 ただ、そのうち少しずつ息が苦しくなってきて……


「きゅぁ!」

(ブファ!)


 私は飛び出すように勢いよく水面から顔を出した。


「ぷきゅ、きゅぁぁ……」

(さすがに、魚じゃないからずっとは無理……)


 水から顔を出して一息ついていると、ぶわりと叩きつけるような風が吹いた。

 それからフッと頭上に影がさして……


 ガシッ!


「きゅ!?」

(痛っ!?)


 頭に鋭い痛みを感じると同時に、そのまま体が引っ張られる。


「きゅぁぁあ!?」

(えぇぇぇえ!?)


 私の意思とは関係なく、どんどん空へと舞い上がっていく体。


「きゅ!? きゅ!? きゅぅぅぅ!?」

(なに!? なに!? なにぃぃぃ!?)


 顔を動かせないため目だけを上に向けると、そこには巨大な鳥がバサバサと翼を動かして飛んでいた。


「きゅ!? きゅぁ、ぷきゅぅ!?」

(えっ!? なに、どういうこと!?)


 驚いている間にも木々が低くなり、遠くの山まで見渡せほどの高さに。

 緑の平地に生える木と、その真ん中に道があり、その先には畑と家が点在している。たぶん小さな町か村だろう。


「きゅ、ぷきゅぁ……ぁぁあ!?」

(まさか、人が住んで……ってぇぇえ!?)


 眺めていると下から凄いスピードで何かが飛んできた。


 それは矢のようでシュッ! と真横をかすめて背後へと消えていった……のだが。


「きゅ!?」

(うわっ!?)


 突如、私の体が落下を始めた。

 鳥がバランスを崩したのか、矢みたいなものが羽に当たっていたのか、私を掴んだまま急滑降していく。


「きゅきゅぅぅぅ!!!!」

(離してぇぇぇぇぇ!!!!)


 悲鳴とともにクルクルと旋回しながら落下していく。

 これが水の中ならスイスイッと動けるけど、ここは陸上どころか空。まったく動けない。


 容赦なく近づいてくる地面。

 このまま落ちたらペッタンコになる自信しかない上に、急旋回しているから目もまわってきた。


「ぷぃぃぃぃ!」

(ダメェェェ!)


 ギュッと目を閉じて全身に力を入れる。


『風の精霊よ。翼を持たぬ者に慈悲を』


 心地良い低い声が耳を撫でると同時に柔らかな風に包まれた。

 それから、頭に刺さっていた痛みが消え、ふわりとあたたかな温もりに包まれる。


「きゅ?」

(え?)


 突然の展開に恐る恐る目を開けると、そこには美青年がいた。


「……無事か?」


 絹のように艶めいた漆黒の髪の下にある深い海のような藍色の瞳が私を見つめる。

 まっすぐな鼻筋に薄い唇に精悍な顔立ち。

 しかも、私を支えている腕はしっかりと鍛えられていて安定感抜群。まさしく、眉目秀麗という容姿。


「きゅ、きゅぁ……」

(は、はい……)


 外見は二十代半ばぐらいに見えるが、年齢以上に落ち着いた雰囲気がより安心感を与える。


 そこに軽く走ってくる足音がした。

 目をむけると短い淡い栗色の髪をした二十歳前後ほどの青年が元気よく手を振りながら駆けてくる。

 アーモンド形の大きな茶色の瞳に整った顔立ちで、親しみやすそうな雰囲気。スラリとした体躯でもう少し大きくなりそうな感じでもある。


「だんちょ……」


 その声に藍色の瞳が鋭くなり、空気がピリッとなる。

 それだけで、走っていた青年が慌てて言い直した。


「えっと、その、マクティーラ様。置いて行かないでください」


 その言葉でマクティーラと呼ばれた美青年の雰囲気が少しだけ緩む。


「こいつがガルーダにさらわれかけていた」

「だからって、いきなり走り出して魔法をぶっ放さないでください。イラール先輩がいたら半日お小言コースでしたよ」


 そう言いながら青年が私を見下ろす。

 クリッとしたアーモンド形の大きな目がマジマジと私を見るのだけど、そこに映った姿が……


「きゅぁぁぁあ!?」

(あざらしぃぃぃい!?)


 ぽわぽわな毛に包まれた愛くるしいむちむちボディ。

 丸い目と、その上にある丸い眉。ピョンと伸びたひげと黒い鼻に、どことなく笑っているかのような口角が上向いた小さな口。


 それは、どこからどう見ても真っ白な赤ちゃんアザラシで……


「ぷきゅぅ、きゅあきゅぅきゅうぅぅぅう!!!!」

(私はアザラシを愛でたいのであって、なりたかったわけじゃないのぉぉぉお!!!!!!)


 いきなり叫んだ私に驚いたのか栗色の髪の青年がビクリと下がる。

 一方で、マクティーラの藍色の瞳が再び鋭くなった。


「フィア、何をした?」

「な、何もしていませんよ!」

「本当か?」

「本当も何もしてません! 目の前で見ていたでしょう!?」


 必死に弁明するフィアと呼ばれた青年と、無言のまま威圧するマクティーラ。


 そして、そんな二人の間でメソメソと泣く私。


「きゅきゅぅぅぅ……きゅ、ぷきゅぁ?」

(なんで私がアザラシにぃぃぃ……って、なんで私はアザラシを愛でたかったんだろ?)


 心の中から噴き出た感情をそのまま叫んでしまったけど、どうしてそう感じたのか思い出せない。


「きゅ? きゅ?」

(えっ? えっ?)


 首を傾げながら戸惑っていると、上からゾクリと視線を感じた。


「きゅぅ?」

(なに?)


 顔をあげるとそこには不気味な笑みで私を見下ろす藍色の瞳があり……


「きゅぁぁぁあ!?」

(きゃぁぁぁぁ!?)


 私は恐怖のあまりに絶叫して気絶した。


~~


 いくら男前でも、いくら精悍な顔でも、いくら美青年でも怖いものは怖い。

 むしろ、あれだけ美形なのに笑うとあんなに怖い表情になるなんて反則だと思う。


 私は浮上していく意識とともにそんなことを考えていた。


(そういえば、あのマクティーラって人。美形だけど、どこか声をかけずらいというか、張り詰めた感じがあったんだよね。そういえば、前にもあぁいう人っていたような……質問したいんだけど、冷徹な感じで近寄りがたくて。でも、思い切って声をかけたら気さくで分かりやすく教えてくれて……って、なんだろう? こんな記憶ないはずなのに、まるで経験したことがあるような……?)


 モヤッとした感覚と一緒に目を開ける。


 一定のリズムで揺れる体。全身を包む穏やかな温もりと、天日干ししたお布団のような匂い。

 これで子守歌があったら即寝ていただろう……が、そういうわけにはいかない。


 もう少し寝たい気持ちを踏みつけ、どうにか目をあける。


「きゅぅ……?」

(ここは……?)


 きょろきょろと目だけで周囲を見た。

 どうやら徒歩で移動しているらしく、景色がゆっくりと動いている。


 ただ、私は歩いておらず逞しい腕に抱かれた状態。

 しかも大事なものを扱うように両腕で優しく抱きかかえられ、服の上からでも分かる厚い胸板がすぐ隣にある。マントでほとんど隠れた紺色の服は丈夫な生地で作られており上等品っぽい。


(だ、抱っこされてる!? 誰に……?)


 ドキドキしながら上を向くと、そこにはさっきの美青年がいた。ただ、今は最初に見た時と同じ無表情に近いので怖さはない。


「起きたか」


 私の動きに気が付いたのか、前を向いていた藍色の瞳が淡々と見下ろす。


「ぷきゅ!?」

(ひゃっ!?)


 先程の不気味な笑みを思い出して小さな悲鳴とともに全身が硬直する。

 その瞬間、綺麗な眉がさがり藍色の瞳がしゅんとなった……ように見えた。まるで飼い主に怒られてしょんぼりした犬のような様相に私の胸がドキッとする。


(え……? いや、ちょっ、待って。こんなにカッコいいのに可愛いって……)


 新たな扉が開きかけている気配を感じていると、隣からのんびりとした声がかかった。


「だから、ボクが運びますって。マクティーラ様に運ばれたら誰だって緊張しちゃいますよ」


 その言葉に私を抱いている腕に少しだけ力が入る。

 まるで誰にも渡さないという気持ちが籠っているような動きに心の柔らかいところがツンと刺激される。


 そこに聞き覚えのない声がした。


「フィア、命が惜しければそれぐらいにしておきなさい」


 声がした方へ視線を向けると、そこにはまた別の美形な人がいた。


 背中まで伸びた焦げ茶色の髪を一つにまとめ、黄色の瞳に眼鏡をかけている。すべてを見通すような切れ長な目に白い肌は女性にも間違えられそうな美しさで、手足もスラリと長い。

 三十歳前後ぐらいで、自然な落ち着きを兼ね備えた知的な美人という様相。


 反論を許さないという空気だが、フィアは負けじと訊ねた。


「でも、イラール先輩もそう思うでしょ?」

「そこは反論しませんが、マクティーラが気に入っているんですから野暮な手出しは無用です」

「ちぇっ、ボクも抱っこしたかったのに」


 どこか拗ねたように両手をあげて頭の後ろに置くフィア。

 その様子にマクティーラの声が一段と低くなる。


「それが本音か」


 威圧がこもった声に、栗色の髪が一瞬で逆立ち姿勢を正す。


「い、いや、だって、そのモフモフが気持ちよさそうで、どんな触り心地なのかなと、その……えっと……」


 ジリジリと下がるフィアに対して、私を抱っこしたままのマクティーラが追い詰めるように近づいていく。

 そこにイラールと呼ばれた青年が間に入った。


「二人ともそこまでにしてください。そこの村でこの赤ん坊の親を探すんでしょう?」


 その話にマクティーラがふぅと息を吐いて私に視線を落とす。


「……そうだな」


 黒い目を伏せてどこか名残惜しそうな表情になる。


(そんなに抱き心地が良いのかな? フィアって人に抱っこを代わるのを嫌がるぐらいだし、そうなのかも。っていうか、私だって抱きたかったのに! 私がアザラシになったら愛でられないし、触れないじゃない! いや、自分で自分を触ればワンチャン……)


 そう考えて手を伸ばすけどペシペシという音がするだけ。触った感触がわからない。


「……きゅぅ」

(……虚しい)


 マクティーラとともに私もしょぼんと落ち込む。


(どうして、こんなことに……まともに物も触れないし、一人で歩くこともできないなんて……いや、足がないんだから歩けるわけないし)


 ここまで考えて私は最初にしようとしていた自分の行動の矛盾に気が付いた。


(そういえが、どうして私は体を起こそうとしていたの? アザラシの体なんて起こせるわけないし、歩くなんてもっと無理なのに……そもそも、私は何なの? 本当にアザラシなの……?)


 どれだけ考えても答えは見つからない。でも、違和感だけは強くある。


 黙って地面を見つめていると、フィアが補足するように話した。


「あんなところに赤ん坊が一人でいるわけないですし、この近くで人が住んでいる場所はここしかないですからね。この村の人なら知っているでしょう」


 その内容に私は顔をあげて目的地を見た。

 道沿いにポツポツと並ぶ民家。木と土壁を使った家だったり、レンガの家だったり、丸太を組んだ家だったり。さまざまな材質を使っているが、形は大体同じ。

 あとは畑や家畜小屋のようなものがある。


(そういえば赤ん坊って、私のことだよね? 私って、今はアザラシだから……アザラシの親が村にいるの? え? アザラシって海にいるものじゃないの? 百歩譲っても水は必要だよね? でも、近くに川とか池とかなさそうだし……)


 そう考えながら首を傾げているとフィアが片手をあげて走り出した。


「すみませーん!」


 その先には人影が。


「きゅぁ?」

(第一村人発見?)


 フェアの人懐っこい笑みと声に私たちを見て強張っていた村人の表情が少しだけ緩む。

 ただ、それより気になったのは……


(つの? あれ、角だよね? なんで人に角が生えてるの!?)


 羊のようなクルンと巻いた角が茶色の髪の間から生えている。というか、髪も羊の毛みたいにふわふわしている。


(人と羊のハーフ? えっと、こういうの何ていうんだっけ? 学生の頃、漫画か何かで読んだような……)


 記憶を探るけど思い出せない。

 喉の奥で引っかかっているというか、もう少しで思い出せそうな、思い出せないような、曖昧な感じ。


 マクティーラの腕の中でうんうんと唸っているとフィアが声をかけた村人とともにやってきた。


「こりゃあ見たことない種族の子やなぁ。ほんに獣人の子か?」


 なんとなく訛りのある話し方。

 でも、それより私が気になったのは……


「きゅ! きゅ、きゅう! きゅぁぷきゅう!」

(獣人! そう、獣人! なんかの漫画にあった!)


 喉に引っかかっていたものが取れたような爽快感。

 パタパタと手を動かしていると村人が不審者を見るような目を私に向けた。


「言葉もよう分からんし、獣人やのうて魔獣でねぇか? 魔獣なら、さっさと駆除した方がええで。大きくなったら……」


 と、不自然に言葉が切れる。

 そして、村人の顔が私の少し上を見たまま固まった。


「きゅ?」

(なに?)


 つられるように顔をあげると、射殺さんばかりに目を鋭くして全身から不穏なオーラを放つマクティーラが。


「きゅぁ!?」

(ひゃぁっ!?)


 その様相に思わず悲鳴をあげる。

 すると、すぐに隣から肘鉄が飛んできた。


「グッ」


 イラールの鋭い突きがマクティーラの横腹に入り、小さな呻き声が漏れる。

 それから、すぐにイラールが眼鏡の下にある黄色の瞳を穏やかに細くした。


「失礼いたしました。他にこの地区に詳しい方はおられますか? その方からも話を伺いたいのですが」

「あ、あぁ。ほんなら(おさ)の家さ行けばええ。あの奥にある一番大きな家だ」

「ありがとうございます」


 恐怖で顔を引きつらせている村人に軽く礼を言って三人が歩き出す。


「魔獣と言われたぐらいで、むやみに殺気を放たないでください」

「……」


 マクティーラは無言のまま両腕に力を入れた。それは、まるで私を守るようで……


「はぁ、そんなに気に入ったんですか?」


 呆れたようなため息。

 そこにフィアが割り込む。


「マクティーラ様、実は可愛いものが好きだったりして?」


 冗談交じりの声だったが、図星だったらしく、それまで無表情だった顔が一瞬で赤くなった。

 だが、すぐにその顔を隠すようにそっぽを向く。


「そ、そんなわけないだろ!」

「なら、ボクにも抱かせてくださいよ」

「それはダメだ」


 食い下がるフィアを振り切るようにマクティーラがスタスタを歩いて行く。


(ずっと抱っこしていたら疲れるだろうし、少しくらい……ハッ! もしかして、この愛くるしいアザラシボディに一目で虜に? しかも、同担拒否派? それなら納得かも)


 うんうんと頷いていると教えてもらった家に着いた。


 レンガ造りで周囲の家より一際大きく、家の奥からは賑やかな子どもの声もする。

 立派な木のドアに着いたドアノックを叩くと、後ろに伸びた角に白い顎髭を生やした老人が出てきた。痩せてひょろっとした体格だけど、それより一番の特徴は目の瞳孔が横向き。


 その姿に私の脳内に白ヤギさんと黒ヤギさんがお手紙を食べる歌と光景が浮かんだ。


(これは、ヤギ……かな)


 そんなことを考えながら様子を見守る。


 イラールの説明を聞いた老人が私を不思議そうな目で見ながら首を傾げた。


「長いこと生きてるが、こんな珍妙な種族は見たことねぇべ。少なくとも、この村の子じゃねぇ」


 どうやら、この辺りにアザラシはいないらしい。そもそも、アザラシを見るのが初めてという様子で、さっきと同じような怪訝な視線を浴びることに。


(こんなに愛くるしいアザラシボディなのに、珍妙なんて失礼な!)


 ペシペシと手を叩いて不満をアピールをするが、長とイラールにスルーされる。

 そして、そんな私をマクティーラは目を細めて微笑ましそうに見守っていてらしいけど、この時の私は気が付いていなかった。


~~


 イラールが軽く礼を言って私たちは長の家を離れた。


 道を歩きながらイラールが人差し指で眼鏡を押し上げながら話す。


「さて、困ったことになりましたね。私たちは任務がありますので、この赤ん坊をこのまま連れて行くことはできませんので、この村の誰かに預け……」

「反対だ」

「ですよね」


 はぁ、とイラールがため息を吐く。


 こうして村の中の道を歩いているが、私たちを見る目……というか、私を見る目が微妙で。

 珍獣扱いっぽい視線なのだが、どうも好意的ではない。怪訝なうえに、まるで腫れ物を見ているような目。しかも、ヒソヒソと小声で話し合う姿は嫌な感じしかしない。


(私だって、こんなところに預けられたくないわ)


 マクティーラの腕の中でプイッと顔を背けるとイラールが呟いた。


「こういう閉鎖的な村では見慣れない者には排他的になりますからね。ただでさえ、宣託のせいでいろんな人が訪れて警戒心が増しているみたいですし」


 その言葉に私は顔をあげた。


「ぷきゅ?」

(宣託?)


 宣託とは神のお告げ、という意味の言葉だった気がする。

 そこにマクティーラの大きな手が私の頭に触れた。


「他の者の手に渡る前に保護しなければな」


 キリッとした表情に真剣な声でカッコいいんだけど、アザラシの頭を撫でながら言うセリフではないような気がする。


(というか、私も撫でたい! 私もアザラシを撫でて愛でたいのに! どうして、私自身がアザラシなのよぉぉぉ!)


 バタバタを手を動かして自分の頭を撫でようとしているとイラールが呆れたように言った。


「たしかにその通りですが、赤ん坊を撫でながら言われても説得力がないですね」

「だから、ボクが運びますって」


 ここぞとばかりに主張するフィアだがマクティーラが手放す様子はなく、藍色の瞳に鋭く睨まれて終わった。

 このことにフィアが栗色の髪をかきかながら周囲に視線を巡らせる。


「けど、もう少し情報はないんですかね? せめて、どんな外見で、どの種族なのか、とか」

「外見なら知られているじゃないですか」

「白髪に水色の目ってだけでしょう? それなら、そこらへんの猫でも……」


 と話していたところでフィアの言葉が止まる。


 村から出たところで道の先で真っ白な猫が走ってきたのだ。


「え、マジ?」


 唖然としていると、その猫を追いかけるように網や武器を持った複数の男たちが駆けてきた。


(な、なんなの!?)


 驚く私の前で猫がポンッと少女の姿になり、エプロンタイプのスカートを翻して私たちへ手を伸ばす。


「助けて、騎士さまぁぁぁ!」


 その言葉に私はキョロキョロと顔を動かした。


(えっ、騎士さま!? 騎士がいるの!?)


 驚く私とは反対に、マクティーラの淡々とした声が落ちる。


「フィア、いけ」

「えー、ボクですか?」


 不満気に言いながら栗色の髪が消える。

 次に姿が見えた時は走る男たちの前だった。


「はーい、おとなしくしてくださいね」


 軽い声とともにフィアが右手を掲げる。


『土の精霊よ。狼藉者を囲う堅牢な壁となり、封じよ』


 ボコボコという音とともに男たちを囲うように土がせり上がった。


「なんだ!?」

「やめ、来るな!」

「うわっ!?」


 そのまま土が覆いかぶさりドームが出来上がる。

 わーわーと男たちの怒鳴り声がするから生きてはいるのだろう。


 その前では少女が息を切らしながらドームを見つめている。

 そこにイラールが声をかけた。


「お怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫です。ありがとうございます」


 そう言ってこちらを向いた顔は小さくて可愛らしかった。その上、肩の上で揺れる真っ白な髪に、満月のように大きな目は見事な水色。


(さっき話していた特徴と同じ……じゃあ、この人が探していた人?)


 確認するようにマクティーラの顔を見ると無表情のまま。

 一方で、イラールが穏やかな笑みを浮かべて話を続けた。


「失礼ですが、どうして男たちに追われていたのでしょう?」

「あの、その前に……失礼します」


 そう言って少女が我慢できないとばかりに大きく頭を振る。

 すると、真っ白だった髪から白い粉が落ちて淡い金色の髪が現れた。


「あー、すっきりしただ」


 その変わりようにフィアが目を丸くして訊ねる。


「どういうこと!? 髪の色が変わった!?」

「畑に行こうとしたらさっきのヤツらが突然、私を掴まえて白い粉をかけてきたんだべ……じゃなくて、かけてきたんです。それで、すぐに逃げて……」


 少女の言葉を引き継ぐようにイラールが話す。


「そこでたまたまいた私たちに助けを求めた、ということですね」

「はい! ありがとうございました、騎士さま!」

「当然のことをしたまでっす!」


 礼を言われたフィアが恥ずかしさを誤魔化すように大きな声で応える。


 そう言えば、よく見れば三人とも腰から剣をさげているし、服も漫画とかで読んだ騎士の服っぽい。


(……そういえば、私はいつ漫画を読んだんだろ? それに魔法とかファンタジーの世界って、なんだろう……言葉では知っているけど実感がないというか……)


 どう表現したらいいのか分からず、もやもやと考えているとマクティーラが話を進めた。


「あいつらは賞金稼ぎだろう。出身地がここならば、あとは白髪と水色の目という条件さえ合えば売れると考えたか」


 その考察にイラールが同意する。


「そうですね。薬品や魔法で髪や瞳の色を変えても、神殿で調べればすぐに分かることですが」

「そうだが、これ以上の混乱を防ぐためにも早急に見つけなければ」


 騎士とか神殿とか大事な予感。でも、それだけの騒ぎになる人って……

 私は首を傾げながら呟いた。


「きゅぅ?」

(何者なの?)


 言葉は伝わっていないはずだが、マクティーラの大きな手が私の頭を撫でながら答える。


「冬の女神の愛おし子を」


 聞きなれない言葉に私は首を傾げた。


(なんか、ますますファンタジーな世界になっちゃったっぽい?)



 少女を村の中まで送り届け、すぐに警備兵を手配するので、それまで村民は外に出ないようにイラールが長に指示した。

 あと道の真ん中にできた土山に閉じ込めた賞金稼ぎの男たちは顔だけを出して放置。自力では脱出できないため、警備兵が回収に来るまでそのままだそうだ。


 村から出て早足で歩きながらイラールが神妙な声で話した。


「とりあえず、あの村の周囲には防護魔法もかけましたのでしばらくは大丈夫でしょう。ただ厄介なのは、ここが国境に近いことですね。我が国の領土ですが、愛おし子を手に入れるために他国の者が密かに侵入している可能性もあります」


 その言葉に私は上を見た。

 逞しい両腕はかわらず私を優しく抱いており、服越しに厚い胸板を感じるほど。というか、徐々に密着度が増している気がする。

 この状況に私は美丈夫に抱っこされている喜びより悔しさが勝っていた。


(私だってアザラシをギューってしたいのに! 羨ましいぃぃぃ! どうすれば、私を私が抱っこできるのぉぉぉ!?)


 頭を抱えて苦悩する私の隣でフィアがマクティーラに問いかける。


「だから、マクティーラ様が来られたのでしょう? 戦闘になっても大丈夫なように」

「あぁ。早急に事態を収束させるために来たが、思ったより民に情報が伝わるのが早い。急がなければ」


 平然とした表情のままギュッと私を抱きしめる。


(いや、だから、私がしたいのよ、それ! 抱きしめたいのにぃぃぃ! 立ち位置を代わってほしいぃぃぃ! どうやったら、代われるのぉぉぉお!?)


 私の心の叫びに気づくはずもないイラールが淡々と解決策を話す。


「愛おし子が見つかり神殿で保護した、と情報を流せば、ここは以前と同じ長閑な村に戻るでしょうからね」

「問題はどこにいるのか、だ」


 私の頭を撫でながらも、ピリッとした空気が漂う。


(だから、状況と仕草が合ってないのよ。アザラシを愛でながら言うセリフでも、そういう雰囲気でもないと思うのよ)


 もちろん私の心の声は誰にも届かず。

 村から離れ、閑散とした草原が続く道を早足で進みながらイラールが言った。


「北側は探しましたので、南へ行きましょう。あと、問題は……」


 眼鏡の下にある黄色の瞳が私を見つめる。


「どこまで連れて行くつもりです?」


 イラールの質問にマクティーラが当然とばかりに答える。


「安全なところまでだ」

「安全なところ……ですか。ですが、そこでその赤ん坊を預けることができますか?」


 その内容に私も思わず顔をあげて確認する。

 すると、藍色の瞳がジッと私を見つめていて。


「きゅう?」

(なにか?)


 声とともに首を傾げる。

 それだけで、マクティーラの端正な顔が苦悩に歪み、離したくないとばかりに私を抱いている腕に力が入った。


「……っ」


 苦悶に満ちた呻き声にフィアが即座に反応する。


「マクティーラ様、今から離れることに慣れる練習をしましょう! ボクにその子を渡してください!」


 名案とばかりに大きな目を輝かせて両手を差し出す。

 一方のマクティーラは両手を藍色の瞳が睨みながらも、私を渡そうと手に力を入れるが……


「……」


 動かない。


「ほら、さっさとフィアにその赤ん坊を渡してください!」


 イラールに促されるがマクティーラの手は彫像になったように微動だにしない。

 その様子にフィアが肩をすくめる。


「やっぱりマクティーラ様は可愛いものが好きなんですね」

「そうではな……」


 言葉が不自然に切れる。

 それと同時に三人が素早く地面を蹴った。


 バンッ!


 先程までいた場所に大きな穴があいている。


「きゅっ!?」

(なに!?)


 明らかに自然にできたものではない。

 むしろ、爆発したというか、攻撃されたというか……


 初めて感じる恐怖に思わずマクティーラの腕を掴む。

 それを感じ取ったのか安心させるような声が振ってきた。


「大丈夫だ、すぐに終わらせる」


 その言葉と同時に私は空高く放り投げられた。


「きゅぁぁ!?」

(えぇぇぇ!?)


 ポーンと弧を描いた先にイラールがいる。


「最初っからこうしていればいいんですよ」


 軽く私をキャッチして左腕で抱える。

 それは手慣れていて落ちる不安はないのだけど、まるで荷物のような扱い。そのことに不満が募る。

 マクティーラは大事に抱えてくれていたから余計に。


「きゅぁきゅきゅきゅう!? ぷきゅあきゅあ!」

(このむちむちボディに傷がついたらどうするの!? もっと丁寧に扱いなさい!)


 ペシペシと両手をばたつかせて抗議する。


 でも、イラールの腕は意外としっかりしていて響いている様子もない。


「はい、はい。文句はあとで聞きますから。今は少しだけ静かにしていてください」


 眼鏡の下にある黄色の瞳が鋭く睨む。

 つられてその先に視線をむけると、そこには一人の男がいた。


 ボサボサの赤髪に無精ひげを生やしているが顔立ちは整っており、ちょい悪オヤジという雰囲気。三十代半ばぐらいで、リュックを背負った旅人のような風貌。

 背が高く、無駄な筋肉がないうえに、黄金のように輝く瞳が異様に鋭い。


「へぇ、騎士団長自らこんな辺境にお出ましとは。宣託はデマじゃなかったというわけか」


 男の軽い口調に対して、マクティーラたちはピリッとした空気をまとった。


 軽い口調で言った男の行く手を塞ぐようにマクティーラが立つ。


「隣国の騎士が勝手に我が国に侵入するとは、宣戦布告とも受け取れる行為だな、ナハルニヴ」


 そう話しながらマクティーラが腰から下げている剣へ手を伸ばす。

 だが、ナハルニヴと呼ばれた男は動揺することなく軽く肩をすくめて両手をあげた。


「おい、おい。おれは休暇中で旅行をしていて、たまたま迷い込んだだけだ。戦う意思なんてないさ。その証拠に平服だし武器は一切持っていない。丸腰だ」


 飄々とした軽い雰囲気。

 目元を緩め、渋い顔を崩して人当たりの良い笑顔を浮かべている。そして、スラスラと話す口調は嘘のない言葉……のように聞こえる。

 そう見える……けど、私の中で警鐘が鳴る。


(……知ってる。こういう人は息をするように真実の中に嘘を混ぜる。取り繕うために、もしくは自分の本心を知られないために……って、どうして私はそんなことを知っているの?)


 イラールに抱えられたまま首を傾げる。

 そんな私の視線の先では、マクティーラがピリッとした空気をまとったまま訊ねた。


「ならば、なぜ攻撃をしてきた?」

「それも言い方が悪いな。現在地を把握しようと魔法を使ったら失敗して暴発しただけだ」

「では、道を教えたらさっさと自分の国に戻るのか?」


 その問いにナハルニヴが当然のように頷く。


「あぁ。俺だって休暇中に無用な争いはしたくないさ」

「そうか……」


 マクティーラが警戒しながらも少しだけ空気が緩んだ。


 ――――――その瞬間。


 ナハルニヴの手が素早く動く。


「土産はもらっていくがな」

「きゅっ!?」

(えっ!?)


 ナハルニヴを中心に真っ白な煙が噴き出し、何も見えなくなった。


 ガンッ!


 何かがぶつかったような衝撃とともに私の体が少しだけ揺れる。


「ゲホッ! ゴホッ!? 無事か!?」


 マクティーラの声がすぐ脇を通り抜けた。

 いや、私が通り抜けたらしい。抱えられたまま移動していて白い煙を抜けようとしている。


「マクッ、赤ん坊、が……」


 ここでイラールの切れ切れの声が響いた。

 私を奪われた時に攻撃を受けたらしく、痛みを堪えるような呻き声に近い。


「きゅ、きゅきゅぅう!?」

(って、いうかなんなの!?)


 私の声に素早く影が近づく。


「そこですね!」


 フィアの声とともに白い煙の中から長い手が伸びて来た。


「おっと、そうはさせないぞ」


 頭上からナハルニヴの声がすると同時にナイフの刃が手にむかって落ちる。

 その光景に私は反射的に叫んでいた。


「きゅぁぁあ!」

(だめぇぇえ!)


 目を閉じて思いっきり力を入れる。


 カンッ!


 高い音とともに私を抱いているナハルニヴのバランスが崩れた。


「おっと、周囲の空気を一瞬で凍らして弾いたか。さすが、愛おし子」


 感心するような声とともにナハルニヴが煙の中へ姿を隠すように後ろへ飛ぶ。もちろん、私を抱えたまま。


「この! 待て!」


 フィアの声が追いかけて来る。


「きゅ……んぐ」

(こっち……んぐ)


 口をガサガサの手で塞がれて声を出せない。


「しばらく声を出さないようにな。おれ、気絶させるのは苦手で、うっかり殺すからさ。そんなので死ぬのは嫌だろ?」


 あっけらかんと言っているが、後半の言葉にサーと血の気が引いた。


(これは、本当だ)


 直感だけど、そう感じた。

 命を奪うことに何のためらいもない。そこらへんの雑草を摘むのと同じ感覚で人の命を奪う。


 そう考えた瞬間、私の中でふつふつと怒りがわきあがった。


(はぁ!? ふざけるな! こっちは人一人の命を救うのに、どれだけ神経と体力をすり減らしていると思っているのよ!? どれだけ考えて、どれだけ調べて、どれだけ手を尽くして……それでも救えずに、どれだけ悔しい思いを…………)


 怒りの感情に呑まれながら、私は大きく息を吸って腹の底から力を入れた。


「きゅぁあああああああ!!!!!!!」

(わぁぁあああああああ!!!!!!!)


 口を塞いだ手を超えて、白い煙の中に私の怒声が響き渡る。


「あー、黙ってろって言ったのに」


 ナハルニヴの残念そうな声とともに私を抱いている腕に力が入る。


「ぷきゅ!」

(後悔はない!)


 フンッと開き直る私。


(こんなヤツに好き勝手されるぐらいなら、一矢報いる方を選ぶ! たとえ死んでも……って、死? そういえば、私……)


 ぼんやりと脳裏に人影が浮かぶ。

 長い白髪で私に何かを説明していた。


 思い出そうとしていると、フッと風が頬を撫でた。


「そこか」


 マクティーラの不気味なほど冷えた声が迫る。

 気が付いた時には剣先が頭上をかすめ、ナハルニヴの眼前にある前髪を斬り落としていた。


「やるねぇ。だが……」


 声が切れると同時にナハルニヴの体がグラリと倒れるように動く。


 ガンッ!


 ナハルニヴの靴底が藍色の瞳に迫るが、それをマクティーラが剣で受け止めた。


「ほら、脇ががら空きだ」


 ナハルニヴが私を抱えていない方の手を軽く動かす。


『火の精霊よ。喜びの輪舞曲(ロンド)と終焉の円舞曲(ワルツ)を』


 マクティーラを囲むように火柱があがる。


「クッ!」


 すぐにマクティーラがさがるが、それを追いかけるようにナハルニヴが腰から数本のナイフを引き抜いて投げた。


 カン、カン、カン!


 剣ですべてのナイフを叩き落とす。

 その隙にマクティーラの懐に飛び込んでいたナハルニヴがニヤリと口角をあげた。


「そんな上品な戦い方だと、おれは倒せないぞ」


 再びナハルニヴの鋭い蹴りが飛ぶ。


「ガハッ!」


 腹に直撃を受けた衝撃でマクティーラの体が吹き飛んだ。

 カランと主を失った剣が地面に転がる。


「きゅぁきゅ!」

(マクティーラ!)


 私の叫び声が虚しく響く。

 ナハルニヴは落ちていたマクティーラの剣を拾い上げながら挑発するように言った。


「これで終わりか? 冬の神殿の騎士団もたいしたことないな」


 白い煙に囲まれたまま、物音一つせず、何も見えない。

 まるで雲の中にいるかのような感じだけど、そんなメルヘンチックな状況じゃなくて。


(声を出して居場所を知らせた方がいい? でも、それでまたマクティーラが傷付いたら……)


 さっきの目の前で起きた衝撃に無意識に体が震える。


 訳の分からない状況だし怖いけど……それよりもこれ以上、傷ついてほしくない。


 ナハルニヴの小脇に抱えられたまま、どうすることもできずに俯く。そこに突如、足元の土が盛り上がった。


「きゅ!?」

(なに!?)


 蛇のような形になった土が私を呑み込むように口をあけて襲い掛かる。

 突然のことに体をこわばらせていると、ナハルニヴがフッと笑った。


「そうきたか」


 ガシッと私の体を掴んでそのまま真上に勢いよく放り投げる。


「きゅぁぁぁ!?」

(きゃぁぁぁ!?)


 みるみる上昇していく体。いくら子どものアザラシとはいえ、人の力ではここまで高くは投げられない。


 ついにはズボッと白い煙を抜け、私の目の前に青空が広がった。私が泳いでいた湖やさっきまでいた村まで見える高さ。


「ぷぃ、きゅぁあぁ……っぷきゅ!」

(ふわ、いい眺め……ってそうじゃなくて!)


 上昇が終わり、私の叫び声とともに一気に下降していく。


「きゅぅぅぅう!!!!!」

(きゃぁぁぁあ!!!!!)


 このままだと地面に落ちてペチャンコ……って、それだけは勘弁してほしい!


「きゅぁぁぁぁあ!!!!!」

(いやぁぁぁぁあ!!!!!)


 ガシッ!


 何かに掴まれた感覚。

 恐る恐る目を開けると悠然と空を飛んでいた。


「おとなしくしていてくださいよ」


 聞き覚えのある声に顔をあげると、イラールがしっかりと私を抱えていた。しかも、その背中には大きな翼。


「きゅ!? きゅう!?」

(えっ!? えぇ!?)


 驚いていると下から竜巻のような風が吹きあがり、白い煙を吹き飛ばした。

 そのことに黄色の瞳が鋭くなる。


「おりますよ」


 イラールが翼を消して地面に降り立つ。


「きゅきゅあ!? ぷきゅ!?」

(マクティーラ!? フィア!?)


 少し離れたところに肩で息をするマクティーラとフィアの姿があった。二人とも土と血で汚れ、満身創痍という状態。

 それに対してナハルニヴは余裕そうで、マクティーラの剣を持ったまま残念そうに周りを見た。


「あの煙幕を吹き飛ばすとはな。ま、今日はこれぐらいでいいか」


 そう呟いた黄金の瞳が私を見てニヤリと笑う。


「またな、嬢ちゃん」


 その言葉にフィアが地面を蹴った。


「逃がすか!」

「追うな!」


 マクティーラの声を振り切ってフィアが突進する。


「若者は元気だねぇ。だが、無鉄砲はよくないぞ」


 そう言いながらナハルニヴが手首を返して持っていた剣を投げた。


「しまった!?」


 フィアが慌てて足を止めるが剣は直前まで迫っている。このままだと避ける間もなく顔面を貫く。


 そう思った瞬間……


 グサッ!


 鈍い音とともに剣から赤い血が流れ落ちる。


「だから追うなと言っただろ」


 フィアより一歩先に出たマクティーラが剣の刃を左手で掴んで止めている。


「だん、ちょう……」


 大きな目を丸くしたフィアが唖然と呟く。

 そこに拍手の音が響いた。


「さすが、部下思いの団長様だ。じゃあ、また会おう。生きていたら(・・・・・・)、な」


 最後に意味深な言葉を残してナハルニヴが蜃気楼のように消える。


 視線を鋭くしていたイラールがふぅと息を吐くと、私を抱いたままマクティーラとフィアのところへ移動した。


「気配は完全に消えました。本当に撤退したようです」


 その言葉にフィアがマクティーラに駆け寄った。


「すみません、団長! 手は大丈夫ですか!?」

「これぐらいならすぐに治る。それより外では名で呼べ」


 剣を右手に持ち直すマクティーラにフィアが頭をさげる。


「すみません!」

「それだけ元気なら、おまえは大丈夫そうだな」

「いえ、もう限界です」


 そう言うとフィアがドサッと崩れるように地面に座り込んだ。


「あー、もう疲れた。何なんですか、あいつ!? こっちは煙幕で何も見えないのに、あいつはボクたちが見えているようでしたし、動きも半端ないし」


 愚痴るような言葉にイラールが人差し指で眼鏡を押し上げながら考察する。


「ナハルニヴは団長レベルの力を持つのに仲間と動くことが苦手と言って単独行動をしている遊撃騎士ですからね。フィアはそれぐらいで済んで良かったぐらいですよ。あとは、視覚に頼らなくても相手の位置を知ることができる種族なのでしょう。厄介ですが……って、マクティーラ、どうかしました?」

「……失敗した」

「え?」


 私たちの前で黒い髪が力なく揺れる。その顔は青白く、微かに手足が震えていて……


「きゅう!?」

(痙攣!?)


 ガシャン!


 マクティーラが剣を落として倒れた。


「どうしたんですか!?」


 フィアがマクティーラの体を揺さぶるが返ってくるのは呻き声のみ。

 全身が脱力していて呼吸が浅い。


(どういうこと!?)


 私は素早くマクティーラの全身を視た。

 唇が青く、明らかに貧血か血流が低下している。

 剣を握った手から出血はしているけど、意識を失うほどではない。ただし、蹴られた時に内臓を損傷して内部で出血しているのなら話は別。


「きゅうぅぅ、きゅぁ……」

(とにかく検査と治療をしないといけないけど、ここだと……)


 病院どころか民家もない草原。


 そこにイラールが私を抱いたまま落ちていた剣に近づいた。


「まさか、あいつ剣に毒を塗って!?」


 よく見れば剣の刃に何かが塗られている。


「ぷきゅあ!? きゅうあ!」

(毒による痙攣!? それなら!)


 私は無理矢理イラールの腕の中から飛び出すとポヨンポヨンと這ってマクティーラの腕に近づいた。


(傷口から心臓に近い方を布か何かで縛って……って、こんな手だと何もできない!)


 悔しさでベシベシと地面を叩いていると、イラールが服の裾を破いてマクティーラの腕に巻き付けた。


「フィア、私は救援を呼んできます! ここは任せましたよ!」

「は、はい!」


 慌ててフィアが返事をする前にイラールが大鷲の姿になる。

 驚いている間に空高く飛び立った。


「グッ……」

「団長!」


 マクティーラの呻き声でフィアが縋りつくように呼びかける。

 相変わらず呼吸は浅く、顔は青白い。目をきつく閉じて、眉間にシワを寄せている。


 その様子にフィアが地面に両手をついて頭をさげた。


「すみません……ボクが命令を無視して飛び出したから……」


 ザリッと土を握りしめる。

 そこにかすれ声がした。


「気に、するな……」

「団長!」

「きゅあ!」

(話したらダメ!)


 フィアを気遣って話そうとしているのだろうけど、今は少しでも毒がまわらないように安静にしていないといけない。


(傷口より上を縛ったけど、症状を診る限りでは毒は神経にまで影響を出している。どうにかして毒を分解するか、体内から出さないと、後遺症どころか命も危ない)


 私はマクティーラとフィアの間に体を割り込ませて会話を止めようとした。

 でも、私の言葉は伝わらなくて。


「捜索は、続けろ……愛おし子を、見つけ……」


 ヒューヒューと空気が漏れるような音とともに出るか細い声。

 その姿にフィアが大きく頭を振る。


「団長、しゃべらないでください! ボクが治療魔法を使えたら……」


 悔しさが滲んだ声。

 その悔しさはとてもよく分かる。力があれば、知識があれば救えるのに。それができない歯がゆさ、もどかしさ。

 何度も経験して、涙をのんだ。


「きゅ、きゅぅぅ……」

(私も、助けたい……)


 悔しさを抑えてマクティーラの手首に触れる。


 トットットッと脈が速い。それだけ体が苦しく、毒と戦っている証拠。


「きゅぅ、きゅぁ……」

(助けて、誰か……)


 脈の流れが触れている部分から私の中に沁み込んでいく。まるで一つになるかのような、感覚を共有するような、初めて感じる……


 ここでフッと脳内に人体の立体映像が浮かんだ。


(……これは、マクティーラの体?)


 血液の流れから臓器の動きまで手に取るように見える。いや、実際に触れられるような感覚。


(もしかして、応急処置ぐらいならできる?)


 突然の状況の連続に混乱していた頭が急速に冷えていく。


(イラールは救援を呼んでくると言っていた。そして、フィアは治療魔法が使えたら、と言った。つまり、この世界には治療魔法という治療方法があって、これから治療魔法を使える人が来る、ということ。それなら、その人が来るまでの時間稼ぎができれば!?)


 私は顔をあげてマクティーラの全身を視た。


(打撲はあるけど、骨折や臓器からの出血はない。それなら問題は毒だけ。代謝を落として、全身に毒がまわるのを遅くすれば……)


 そう考えた瞬間、私の体の中にある何かがマクティーラの体の中へと流れ始めた。

 ゆったりと私の一部がマクティーラの全身に広がっていく。


「団長!? 体が冷たく!?」

「きゅあ!」

(触らないで!)


 慌てるフィアに私は小さな手をあげた。

 体温をさげて仮死状態にすれば毒がまわるのも遅くなるし、毒による臓器の損傷も抑えられる。ただ、問題は体温をさげる方法と速度。

 闇雲に体温をさげれば、体は凍死しないように熱をつくろうとして震え(シバリング)をおこす。そうなったら、かなりの体力を消耗するし血流が激しくなり逆効果だ。


(少しずつ血液から臓器までゆっくりと冷やして……)


 私の真剣さが伝わったのかフィアが黙って様子を見ている。


 ふわりと淡い光が私とマクティーラを包む。目線が少しだけ高くなり、体の感覚が変わる。でも、今はそんなことを気にしている場合ではない。


 マクティーラの早かった脈が徐々に遅くなり、体温もさがっていく。心臓の動きもゆっくりとなり、臓器の動きも緩慢になり体が冬眠状態になる。


(よし、うまく仮死状態までできた! あとは、治療ができる人を待って……)


 ここでクラッと世界がまわった。

 倒れそうになった体をフィアが支える。


「お、おい、大丈夫か!?」

「だい、じょうぶで、しゅ……」


 聞いたことのない幼い声が耳に触れる。

 けど、それよりも治療が終わって仮死状態から元に戻す時がもっとも重要で、ここで気絶なんかできない。

 それは分かっている。

 でも、強烈な眠気と疲労に抗えなくて。


「マク……なおっちゃら、からだ、ゆっくり、あたため……」

「おい、しっかりしろ! その姿は……」


 ここで私の意識は途切れた。


~~


 ゆっくりと浮上していく意識。

 その中で気絶する前のことを思い出す。


(マクティーラ、大丈夫かな……仮死状態のままなら、私が指示してゆっくり体温をあげて……って、アザラシだから言葉が通じないんだった。あれ? でも、気を失う前に……)


 私はガバッと目をあけた。


「きゅ、きゅあぁ!?」

(私、しゃべれてた!?)


 勢いに任せて体を起こす……けど、やっぱり起きられなくて。

 ペタンとふわふわなマットの上に転がる。

 コロンと姿勢を変えれば真っ白なふわふわモチモチのわがままボディの下半身が目に入る。口から出るのはアザラシの声で、人の声とは程遠い。


「ぷきゅぅぅ……」

(話せたのは夢かぁ……)


 落胆とともにポスっとうつ伏せる。


(え? でも、どこまでが夢でどこまでが現実? マクティーラは!?)


 バタバタと手を動かして周囲を見る。

 すると、そこは見たことがない部屋だった。


 真っ白な壁と、大きな窓があるだけの部屋。白いレースのカーテンが優雅に揺れ、穏やかな風が私の頬を撫でる。

 そして、私がいるのは白いベッドの上。


「ぷきゅ?」

(ここは?)


 移動しようと体を動かすけどシーツをかくだけで全然進まない。


「きゅあ!」

(こうなったら!)


 ベッドの上でコロコロと体を転がす。

 それだけで行きたいところへ簡単に行ける。


(這うより転がるほうが簡単かも……って、うわっ!?)


 突然、体のバランスが崩れる。

 調子にのってベッドの端まで移動しており、そのまま木の床へ落下……


「危ない!」


 床にぶつかる前に逞しい腕が私を受け止めた。


「大丈夫か?」


 心配そうに藍色の瞳が覗き込む。

 風に揺れる黒髪に、整った顔立ち。青白かった肌は血色が良くなり、私を掴む手にもしっかりと力が入っている。


「きゅきゅあ!?」

(マクティーラ!?)


 驚く私にマクティーラが平然と話す。


「おまえは魔力の使い過ぎで数日ほど寝込んでいたんだが……体調はどうだ?」

「きゅぷきゅきゅあ! きゅ!? きゅぅきゅあ!?」

(私よりマクティーラの方が! 毒は!? 体は大丈夫なの!?)


 私の必死の声に眉尻が困ったようにさがる。


「何を言っているのか分からないが、それだけ声が出せるながら大丈夫そうだな」

「きゅぅぅ……」

(そうだけど……)


 不満混じりのままジドッと見ていると、マクティーラが私を抱いたまま立ち上がった。


「少しいいか? 話したいことがある」

「ぷきゅう?」

(話したいこと?)


 私の疑問に返事はなく、マクティーラが歩き出した。


 私が寝ていた部屋を出ると、そこは大きな窓から穏やかな陽射しが差し込む廊下だった。

 熱くも寒くもない、丁度いい気候。その中で、逞しい両腕で優しく大事に運ばれるのは意外と気持ち良くて。


(こういう移動もアリだなぁ。こののんびりとした揺れも気持ちいい……って、それより私もアザラシを抱っこしたい! どうして私がアザラシなのよ! これだと、愛でることもできな……ハッ! 鏡で自分を見れば愛で放題では!? そうよ! しかも、鏡の前であんなポーズやこんなポーズをすれば、絶対に可愛い! よし、話が終わったら鏡を探して実践しないと!)


 一人意気込んでいると、いつの間にか建物から外に出ていた。


 真っ白な石畳に円柱が並ぶ。両側には整えられた庭があり、緑と色とりどりの花が咲き乱れている。


「きゅぁ……」

(綺麗……)


 思わず見惚れていると石畳の先に白亜の神殿が現れた。


「ぷぃきゅぅ……」

(ファンタジーだぁ……)


 見たことあるような、ないようなデザインの建物で、どちらかというとゲームか漫画の世界。

 ほわぁと見上げているとマクティーラが説明をしてくれた。


「ここは冬の女神を奉った神殿だ」

「きゅぅう?」

(冬の女神?)


 そういえば何度か聞いた単語。ただ、それがどういう意味を持つのか分からない。

 首を傾げる私にマクティーラが説明を続ける。


「魔法を使う時は精霊の力を借りるのが基本だ。そして、その精霊を束ねているのが四季、春夏秋冬の女神たちで、ここは冬の女神を奉っている」

「きゅぁあ」

(そうなんだぁ)


 ゲームの設定を聞いているような感覚になっている私を藍色の瞳が見下ろす。


「十日ほど前、この神殿に冬の女神の愛おし子が誕生したと宣託があり、俺たちはその子を探していた」

「きゅあきゅあ」

(それは何となく分かった)


 うんうんと頷く私にマクティーラの口元が緩む。

 それから、ハッとしたように顔に力を入れて前方を向いた。


 白い階段をのぼり、入り口へと移動する。


「入るぞ」


 マクティーラが私を左手で抱き、右手で重厚な扉を押し開けた。


「きゅぁぁ……」

(ふぁぁ……)


 真っ白な壁とどこまでも伸びる白い柱。

 その先にある高い天井から淡い光が降り注ぐ。


 マクティーラがピカピカに磨き上げられた床へ足を踏み込み、カツンと足音が響かせながら悠然と歩いていく。


「ちなみに、あれが冬の女神の像だ」


 そう言われて前を向くと、そこには白い石で造られた石像があった。

 足まで伸びた長い髪に美人な顔。女神様なんだから美人なのは当たり前かもしれないけれど、それにしても神々しさというか、不思議な雰囲気がある。


「きゅぁ……」

(ふぁ……)


 呆然と見上げていると、ふと記憶に引っかかるものを感じた。


(なんか見たことあるような? あれ、どこで見たんだっけ?)


 思い出そうとしている私にマクティーラが話を続ける。


「この像からは分からないだろうが、白髪と水色瞳が特徴で、愛おし子も同じ色をしていると言われている」

「きゅあきゅあ」

(それで白い髪と水色の人を探していたのね)


 納得していると視線を感じた。

 顔をあげればジッと見つめる藍色の瞳。


「きゅ、きゅう?」

(な、なに?)


 その真剣な眼差しに思わず胸が跳ねる。

 眉目秀麗で目の保養にもなるほどの顔立ち。だからこそ、見つめられるだけで心臓がバクバクしてしまう。


(私はこういうドキドキより癒しがほしいのよ! のんびりゆったりとアザラシを眺めて癒されながら暮らしたいの! ……って、どうして私はこんなにアザラシが好きなんだっけ?)


 自分で自分のことが分からず頭の上にクエッションマークを並べる。


 すると、マクティーラが女神の石像の前にある台の上に私を置いて一歩下がった。


「きゅ、きゅあ?」

(え、なに?)


 天上から光がカーテンのように降り注いできた。


 全身を包まれ、ふわりと抱えられているような感覚。その光が心地よくて自然と目をとじる。穏やかな温もり全身を巡り、足りなかったものが補われていく。


 スゥーと体が伸びるような感じがして私は目をあけた。

 すると、明らかに目線が高くなっていて……


「なにこれ!?」


 幼子のような高い声が神殿内に響く。


「あれ? わたち、しゃべれてる!?」


 少し舌足らずな言葉だけど、ちょっと上手く口が動かせないけど。


 でも、ちゃんと人の言葉を話せている!


 喜びと同時に戸惑いが襲う。


「ど、どういうこちょ?」


 自分の体を見れば真っ白なドレスに身をつつんだ小さな体。手も紅葉のようにぷくぷくで小さい。

 アザラシのむちむちボディは見る影もない。


「え? え?」

「これを見ろ」


 マクティーラが注目させるように軽く手を振る。

 すると、正面に水が現れ、鏡のように私を映した。ただ、その姿は……


「だ、だれぇぇぇ!?」


 ふわふわで真っ白な髪にクリッとした丸い水色の瞳。ほんのりピンクのぷにぷにほっぺに見事な幼児体型。たぶん三、四歳ぐらいだろうけど、それにしても顔が整い過ぎている。

 可愛いんだけど、美人でもあって、地上に降り立った天使と言われても納得してしまう。


「え? えぇ!?」


 両頬に手をあてて叫びながらも、私は説明を求めて視線をマクティーラの方へ移した。


「マクチーラ……じゃなくて、マクチ……マク……うぅ、うまく言えにゃい……」


 どうしても噛んでしまう。

 幼子ゆえの舌足らず。


 そんな私にマクティーラがふわりと微笑んだ。


「俺のことはマクと呼べ」


 呼べと言われても、たしかマクティーラは団長という偉い立場っぽいし、呼び捨てにしてはいけない気がする。でも、この舌足らずでは団長と呼ぶ前に噛んでしまいそう。

 必死に考えた末、私は頭をさげて言った。


「じゃ、じゃあ、マクしゃま。説明をお願いしましゅ」


 あー! 結局、噛んだ!


 恥ずかしさのあまり頭を抱えて俯く。

 でも、肝心のマクティーラからの反応はなくて。


「あ、あの?」


 恐る恐る顔をあげるとマクティーラは大きな手で口元を押さえたままプルプルと震えており……


「ど、どうちました!? 怪我でしゅか!? それとも、毒が!?」


 焦る私にマクティーラが大丈夫というように手を出す。


「い、いや。なんでもない」


 そう言うとコホンと軽く咳払いをして姿勢を正した。


「おまえの名前だが、冬の女神から宣託があった」

「わたちの名前?」


 あー、もう、また噛んだ!


 心の中で盛大に悔しがりながらも表面には出さないように必死に堪える。

 一方でマクティーラは額を押さえてプルプルと肩を震わせながら俯いており……


(笑うなら盛大に笑って! 我慢されるほうが辛いから!)


 ぷぅ、と頬を膨らませているとマクティーラがキリッとした表情で顔をあげて言った。


「アイルデアだ」

「アイルデア?」


 噛まずに言えたことに心の中でガッツポーズをする。

 そんな私にマクティーラが大きく頷いた。


「アイルデアとは、氷の女神という意味がある。白い毛に水色の瞳。元の姿の時に気づくべきだったが……冬の女神という先入観から愛おし子は雪豹や雪鳥だと思い込んでいた」


 そういえば、アザラシの目って普通は黒だけど……もしかして私がアザラシの時の目の色は水色だった? フィアの目に映った時は色まで見えなかったし、体の色しか見えてなかったから気づかなかったけど……

 それに、白い毛と水色の目の生き物は他にいてもおかしくない。


「あの、間違いってことは……」


 私の言葉に黒髪が横に揺れる。


「この台座に立ってその姿になったことが何よりの証拠だ。愛おし子でない者がそこに立つと元の姿になる」


 その言葉に私は幼女のまま胸の前で腕を組んだ。


(元ってことは……私の場合はアザラシ? イラールの場合は大鷲、になるのかな? それだとマクティーラやフィアはどうなるんだろう? みんな元の動物があるのかな?)


 台に乗ったまま考えていると、黒髪がスッとさがった。


「え?」


 戸惑う私の前でマクティーラが片膝を床につけ、剣の柄を私の方へむける。そのまま真っ直ぐ見上げる藍色の瞳。その真剣な眼差しに胸がドキッと跳ねる。


 静寂が神殿を満たし、厳かな空気が私たちを包む。


 儀式のような雰囲気に息をのんでいると、形の良い唇がゆっくりと動いた。


「我、マクティーラはアイルデアの剣となり、盾となり、生涯をかけて護りぬくことを誓う」


 いきなりの宣言に私は思わず声を出した。


「ど、どういうこと?」

「言葉の通りだ」

「え? え?」


 まったく説明になっておらずひたすら戸惑う。

 一方のマクティーラは片膝を床につけたまま手を顎に当てて考え事をしていた。


「冬の女神が名付けたとはいえ、そのまま呼ぶのは目立つな」

「めだちゅ?」


 ここで藍色の瞳が閃いたように私を見上げる。


「略してアイルと呼ぶか」

「アイル……うん、いいかも」


 幼いせいか長い名前は言いにくいので、できるだけ短い方が助かる。


「これから、よろちくお願いしましゅ。マクしゃま」


 もう噛むのは仕方ない!


 開き直って頭をさげた私にマクティーラが表情を緩める。


「あぁ」


 美形の破壊力抜群の笑み。普通ならキャーと頬を染めるところかもしれないけれど、私は別の方向に思考が走っていて。


「マクしゃまって、りょりこん(ロリコン)?」


 思わず出てしまった言葉にマクティーラが固まった。


 そして、獣人の年齢が外見通りではないこと。そのため恋愛に年齢差は関係ないことを私は後日、知ることになる。



~その後~


 幼女となった私は台からピョンと飛び降りた。

 すると、全身が淡く輝き……


「きゅあ!?」

(なんで!?)


 私は幼女からアザラシに戻っていた。

 混乱している私を逞しい腕が軽く抱き上げる。


「魔力が安定していないから人型を維持できないのだろう」

「きゅ、ぷきゅあきゅうぅきゅっ?」

(つまり、魔力が安定したら人の姿になれるってこと?)


 私の質問にマクティーラが困ったように顔をしかめた。


「会話ができないのは不便だな。翻訳機を開発できないか相談してみるか」

「きゅ! きゅうきゅあ!」

(翻訳機! ぜひ、お願いします!)


 手をあげてパタパタする私に藍色の瞳が細くなる。

 まるで愛でているような視線なのだが、それが表情が不気味な笑みで……


「きゅぁぁぁ!?」

(怖いぃぃぃ!?)


 私は思わず気絶していた。





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