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私が彼を好きになるたび、世界が破滅に近づいてるかも!

掲載日:2025/11/30

 小さいころは、ヒーローに憧れていた気がする。

 宇宙人の侵略に気づいて人知れず世界を守るヒーローに。


 しかし、どういうことなんだろうか。

 気づけば私は、自分の口で人間の情報を宇宙人に差し出す裏切り者になっていた。


「ねぇ、有本。スマホの暗証番号教えて」


 淀みもない、波もない、奇跡みたいに透き通った水のような声で、私の大大大好きな激マブイケメン男、悠里(ゆうり)くんはそう告げた。

 そんな現代人の究極の個人情報をこんな簡単に他人に明け渡すわけがない。しかし、私はそんな危惧などすぐに捨て去り、二つ返事で口を大きく開けた。


「はーい!1222です!」

「ふふ、俺の誕生日なんだ。ウケる」


 彼は仏頂面と周りからは言われることが多い。今だって口では「ふふ」と笑い声のような反応を見せているし、口元は笑っているが、なぜかそれが嘘くさく、目なんてまっすぐ私を観察していて、笑っているようにはとても見えない。

 何を考えているんだろう?本当にウケてくれたのかな?なんで私の暗証番号聞いたの?ミステリアスな彼のことで頭がいっぱいになってしまう。


 悠里くんとは付き合っていない。一世一代の告白の末、見事に私は玉砕したから。

 しかし、そんな世界で一番暗い闇の中に落ちた私に、闇に突き落とした張本人から蜘蛛の糸が垂らされた。


「週一で会ってあげても良いよ。その代わり、俺の質問に何でも答えること」


 よくわからない条件付きで、なんと、週に1回二人きりで会う許可をいただいたのだ!!

 悠里くんに隠すことなんて何一つない!過去のバカな失敗でも、なんでも答えるぞ!そんな風に気合をいれて挑んだ第一回目。


「身長は何cm?体重は?握力は?風邪を引いたことある?病歴を教えて?」


 急にカルテでも作られたのかと思った。一応言っておくと、私達の学部は医療とは一切関係ない学部だ。

 一体何の目的で?と聞いたら「そっちの質問に答える義務はないよ」と切り捨てられてしまった。

 冷たいけど、そんなわがままも言うんだな。そんなのメロメロになっちゃうよ。もっと知りたいな。仲良くなったらもっと自分のことを教えてくれるのかな。当時はそんなことを考えていた。


 今思えば、私はこの時、既に、間違いの第一歩を力強く踏み出していた。

 その後も、彼は逢瀬のたびに淡々と私に問う


「今までで一番大きかった怪我は?」「俺のどこに魅力を感じたの?」「人から騙されたことはある?」「赤ん坊の頃のエピソードを教えて」「母親の年齢は?」「父親の体重は?」「兄弟はいる?」「目、よくみせて」「血、流してみて」「お手」


 段々要求は大きくなっていく、私は「そんなに私のことが気になるのかな~興味持ってもらえてるってことだよな~」と浮かれ気分で彼の質問に答えていた。

 まさか、私の答える言葉、一つ一つが、世界を滅亡に近づけているとも知らず。


 だって彼は


 ――地球を侵略しに来た宇宙人なのかもしれないから。


 悠里くんが宇宙人だと思う根拠その1。

 私は悠里くんをいつだって凝視してたから、違和感には2日目で気づいた。

 彼は、一度たりとも瞬きをしないのだ。

 絹のような肌に底のない夜空みたいな瞳、宇宙人じみた美貌だとは思っていたが、そんな超人芸持ってたとはな。やはり一般人とは一線を画す……と思うほど私は呑気な男ではなかった。


「悠里くんって、涙腺ある?」

「……?泣くようなことあった?」


 能面のまま首を傾げている。かわいい。

 私は首を横に振って笑った。悠里くん。普通の人間はそんなに目を開きっぱなしにしていたら目がカラカラに乾いちゃうんだよ。



 悠里くんが宇宙人だと思う根拠その2

「悠里くーん!会いたかったよ~!」


 その日、私は一週間ぶりに悠里くんに会えたのが嬉しすぎて、視界が悠里くんしか捉えられていなかった。

 当然、横から爆走してくるバイクなど気づけるわけもなく。


「今日はどこでお茶しぎゃああああああ!!!!!!」


 ギャグマンガみたいに吹っ飛んだ。吹っ飛び方も叫び方もギャグマンガみたいだったが、普通に大怪我ものなので、私の惨状はひどいものだった。全身が砕けたみたいに痛かった……が。


「大丈夫?」


 明らかに大丈夫じゃない私を覗き込む悠里くん。日差しが逆光になって表情は良く見えない。悠里くんは特に救急車を呼ぶでもなく、私に手をかざした。

 なんということだろうか。泣き叫びたいほどの痛みが、みるみる引いていくではないか。すごい。悠里くんへの愛は傷さえ癒すんだね……。


「大丈夫?」


 改めて、聞き返した。なんと驚くべきことに、大丈夫になった。

 私は呆然としながら、壊れた傀儡みたいにうなずく。どう考えても先ほど血だまりが出来ていた道路は、血なんて一滴も落ちておらずカラッカラのまま。


「大丈夫ですか!??すみませんすみません今救急車呼びますね!?」


 バイクに乗ってた人が血相を変えて走ってくる。しかし、すくっと立ち上がった私を見て、さらに血相を変えた。


「擦り傷だって」


 私の代わりに悠里くんが伝える。あの、悠里くん。それどころか、私、擦り傷一つついてないみたいなんだけど。


「えっと、悠里くん、私大怪我してたような……」

「バイクに跳ねられたショックで幻覚でも見ちゃったんじゃない?大丈夫ならカフェ行こうよ」


 悠里くん。普通の人間は、バイクに跳ねられたら何かしらの怪我を負うし、ましてや他人の怪我を無かったことにはできないんだよ。


 悠里くんが宇宙人だと思う根拠その3。

 それは、ある日、待ち合わせの時間に来ない悠里くんを心配して迎えに行った時。


「……日本人………qxxw……」

「悠里くん?」


 誰かと電話をしているらしい。よく聞き取れないが、日本人という単語だけ聞こえた。聞き取れないというのは、声が小さくてとかそういう意味ではない。私の知らない言語でしゃべっているのだ。

 もしかして語学も堪能だったりするのだろうか?残念ながら私は彼の第二言語すら知らないんだ。


「qwxx有本名月l1aa1aqwnn」


 ドキリ。自分の名前だけリスニングできてしまい、心臓が跳ねた。私の話してるんだー……誰にだろう……こんなに綺麗で魅力的な性格をしてるから石油王から求婚されてたりして。


「qwell地球侵略可能まであと少し1qqwaappp」


 こんな物騒なこと言っていても様になるなぁ。かっこいいなぁ…………

 地球侵略まであと少し!?!?

 びっくりした。地球侵略まであと少しって言っていたのかと思った。


「n1p1p人間の検体の確保完了1lwvvpp日本から破壊する」


 ヤバい。全然言ってそうな会話している。そして、これ絶対、私が人間の検体だろ。


「ゆ、悠里くん?」


 悠里くんは、私をチラリと一瞥すると、またよくわからない言語を3単語ぐらい呟いてから、特に電話を切るなどの予備動作もせず私に近づいてきた。

 どうやらそもそも電話ですらなかったらしい。何かと交信してた。


「えっと、誰かと会話中?」

「……ワイヤレスイヤホンで会話してただけ。外国人と昨日見たドラマの話をしてた」


 悠里くん、普通の大学生はそんなマイナーな言語堪能じゃないし、そんなマイナーな言語が通じる相手と昨日見たドラマの話はしないし、耳に何も繋げずワイヤレスイヤホンで通話はできないんだよ。


 他にもゲリラ豪雨で全力疾走しても息一つあげなかったり、髪の毛の伸びるスピードが異常に早かったり、ケーキを食べすぎていたり、いくらなんでも魅惑的すぎたりと、一般男子大生としてはあまりにも違和感のある行動が多かった。


 恐らく私は、地球侵略を目論む宇宙人の悠里くんから、都合の良い検体として人間の私を観察されている。

 一切私に興味があるとかではない。聞いた質問に二つ返事でデレデレペラペラ話してくれる私という人間が都合がよかったのだ。


 恐らく私は、地球侵略を企む悠里くんにとって都合のいい「検体」になっている。

 彼が私に興味を持っているわけではない。単に、質問すれば二つ返事でぺらぺら喋ってくれる私という存在が便利だっただけだ。

 つまり私は、自分の口で地球人の生態を丸ごと渡している。洗脳が使えるらしいから、私と会ったその日に何かの実験台にされてたのかもしれない。

 うん。要するに、私は、敵にペラペラ人間の生態情報を話している地球の敵と化しているのだ。

 さすがに、地球全人類と私を都合の良い検体としか思っていない悠里くんを天秤にかけたら、地球全人類に傾く。せめて、今からでも情報提供をやめるんだ。もう色々手遅れかもしれないけど!さぁ言うぞ言うぞ


「悠里くんあのっ!」

「あ、有本見て」


 悠里くんは地球の命運がかかった私の言葉など興味なしのようだ。


「このフルーツタルト、栗入ってる。有本、栗好きだったよね」


 ケーキを指さしながら、そう言うタルトの栗が乗った部分をタルトから切り取ってフォークに乗せた。


「はい。あーん」


 え!?あーん!?

 か、かわいすぎる、しかも嬉しい!私が栗が好きなの覚えててくれたなんて!しかも悠里くんが大好きなケーキを分けてくれるなんて初めてだ。毒でもなんでも食べます!メロすぎる!エモすぎる!嬉しい~~~!!!


「あーん!」


 私の大きく開いた口にほっくりした栗の触感とクリームの甘味が広がる。なによりの調味料は、悠里くんの読めないミステリアスな表情!

 悠里くん、多分だけど、普通の人間は異性にあーんしたら少しは表情が変わるんだよ。そんな特別なところが、たまらなく愛しい。


「有本、何か言おうとした?」

「いいえ!なんでもないです!」


 悠里くんと会えなくなるぐらいだったら、地球なんて滅んでもいっかー!!

 悠里くんの貼り付けたようなアルカイックスマイルを見ていたらどうでもよくなってしまった。


 いや、さすがに地球が滅んだら、だめだろ。

 一週間経って正気に戻った。

 もしかしたら、悠里くんから一週間しか効かない洗脳とかされてるかも。一瞬この恋心も悠里くんに植え付けられたんじゃ!?と思ったが、一週間経っても悠里くんのことが愛しい気持ちは一切消えないので関係ないだろう。

 そんなことを考えながら、今日も1時間前から悠里くんとの待ち合わせ場所の駅前の噴水前で待つ。


「あの、すみません。有本名月さんですよね?」


 そんな時、平凡な顔をした地球の敵たる私に話しかける珍妙な男性がいた。

 知らない男性だ。警察官?と一瞬思うがこんな制服は見たことがない。でも何かしらの機関の制服には見える。何かのキャラクターのコスプレだろうか。


「5分だけ、お話に付き合ってくれませんか」


 5分なら十分悠里くんと会うまでの時間はある。まぁよいか。

 私はあまり何も考えず男性についていった。細いビルの一角のよくわからない事務所みたいな場所に詰め込まれる。


「……あの、本当に5分で終わるんですよね」

「正直言うとあなた次第です。」


 硬い雰囲気の若い男性は、凜とした態度で答えた。

 まずい。ノコノコついていったのは失敗か。何か悪いことしただろうか。いや、してはいるな。外患罪?特定秘密保護法違反?


「僕は根本と申します。信じてくれないかもしれないのですが、対宇宙生物防衛機関日本支部に所属している者です」


 終わった。対宇宙生物防衛機関日本支部はさすがに終わっただろう。


「……ハロウィンですか?」


 あえてはぐらかすが、男性は顔色一つ変えず、キリッとした表情のまま事務的に答えた。

 世の女性は知らない大人の男性に大真面目にそんなことを言われたらどんな反応をするのだろうか。とても「そんな冗談やめてくださいよ~」なんて言える雰囲気ではない。


「冗談に聞こえるかもしれませんが、80年の歴史を持つ組織です。宇宙人に関する情報を集め、秘密裏に防衛策や情報操作を行っており、世界中に支部があります。本部はアメリカです。」

「えぇ、さすがに怪しいな……場合によっては警察呼びますよ」

「安心してください。れっきとした公式機関です。秘密裡に活動している。所謂秘密結社というやつですが。警察も上層部は認識しているので疑わしいならご自由に」


 そう言って警察手帳にも似た何かを見せられた。初めて見せられる身分証明書なんだから、これが公式に認定されたものなのかなんなのか判断はできないのだが。


「今までエイリアンはいたんですか?私のことエイリアンと疑っているとか?」

「7月12日。バイク事故に会いましたね」


 まずい。悠里くんに一瞬で傷を無かったことにされた日だ。

 なんて言い訳をすればいい?嫌な汗が額から垂れる。


「貴女、傷が一つもなかったでしょう。とても人間技でない」

「いやぁ毎日ヤクルト飲んでるからですかね。よくわからないけど私は正真正銘人間ですよギネスとか認定されますかね」

「なるほど、あくまでも貴女は無傷で人間だったと言い張るんですね」

「えぇ……針とか指してみます……?あんまり痛いのは嫌だけど証明の仕方がわからず……」


 私は間違いなく地球人だし、母さんも父さんも純日本人だ。しいて言うなら父さんの加齢臭が一般的な人間にしてはほんのちょっとキツイぐらい。


「いえ、もう結構です」


 私の答えの何に納得したのだろうか?

 固く結ばれていた根本さんの顔が、張り詰めていた糸がほどけるように、緩んだ。しかし、その顔はすぐに下げられた。頭を下げられたのだとわかる。


「今、君の瞬きの回数、体温、動きの自然さを見ても不自然な点はありません。疑って申し訳ありませんでした」

「わわ、頭をあげてください!そんな、頭を下げるをするほどでは!」


 私は慌てて根本さんの頭をあげさせる。


「今日はコスプレ警官に声をかけられただけと思ってください。決して口外はしないようお願いします」

「まぁ、口外しても信じてもらえないだろうし……」

「お時間をとって申し訳ございませんでした。本当に切羽詰まっていて、少しでも怪しい人全員に声をかけているのです」

「え、なんでそんなに切羽詰まってるんです?」


 私の純粋な問いに根本さんは口元を抑えて考える仕草をした。

 機密事項なのだろうか。固そうな人だから教えてくれないんだろうな。さっさと悠里くんのところ行くか。


「貴女には迷惑をかけましたからね。良いでしょう。コスプレ警官の与太話として聞いてくださいね」


 良いんだ。意外とノリの良い人なんだ。


「我々は80年単位で世界中の宇宙人情報を集めているのですが、ある日、日本にて明らかに地球ではない微弱な電波をほんの少しだけ傍受することに成功したのです」


 悠里くーん!!バレてるよー!!絶対悠里くんの通話じゃん。

 そんな簡単に地球侵略ってバレちゃうんだ。宇宙人なのに意外と脇が甘いな。悠里くんにそんなドジっ子なところがあるなんてな。ギャップ萌えかも!

 ……あれ、悠里くん、あの電話で私の名前を出していたような。

 胸の奥がひやりと冷たくなる。もし聞き取られていたら、私はもう「検体」どころか「共犯者」としてマークされてしまうのではないか。


「その電波で唯一聞き取れた単語が『12月3日、地球に侵攻する』という部分。つまりあと数日で地球に侵攻する計画を立てている可能性があるのです」


 よかった。私の名前は聞き取られていないらしい。けれど安堵よりも、根本さんから告げられた事実の重さが、頭の中を真っ白に塗りつぶした。

 12月3日。あと3日。もう手遅れじゃないか。私が今さら悠里くんに情報提供をやめたって、侵攻の計画そのものは止まらない。


「え、あの、え、対策とかは……」

「政府がいきなり宇宙人に侵攻されるなんて国民に言ったところで混乱させるだけ。残念ながら貴女達に対策のしようはありません」

「ええ!???対策のしようがないの!?」

「ですが、我々は有事に備えて対宇宙人用の兵器を用意しています。恐らく地球人の人口並みの兵が襲ってくると予想されていますが、がんばれば応対できるはず」

「そんな……」

「大丈夫、我々が貴女達が宇宙人の魔の手に渡らないように守りますから。安心してくださいね。僕も来たる日のために高次元射撃演習、がんばってるんですよ」


 根本さんは先ほどまでの堅物そうな態度からは想像ができない、お茶目なことに根本さんはバキュンと銃を撃つマネをする。よく見ると、大人にしては背丈が低い。

 こんな小柄な男性が、地球を守るために宇宙人と戦うのか。


「もちろん、戦争がないことが一番です。なので、宇宙人のスパイをいち早く見つけ出すために、日本中で今聞き込み調査をしているんです。僕も君も次があるので、情報漏えいはこの辺にしておきましょう」

「わかりました。怪しい人いたら通報しますね。根本さんが宇宙人と戦わなくて済むように」


 根本さんは私の冗談じみた言葉にくすりと笑った。


「ぜひ、君の情報が地球を救います」


 ◆◆◆


 12月4日、つまり、今日が悠里くんと会う、最後の日になるのか?そんなの、そんなの嫌だ。どうしよう。「地球侵略やめて」って泣きつこうかな。

 いや、悠里くんが私なんかのお願いを聞いてくれるわけがない。しかも宇宙人として疑われていたなんて知られたら、悠里くん、私のこと殺してくるかもしれないし。それに悠里くんがヘマを犯したと仲間にバレたりしたら悠里くんがどんな目に合うかもわからない。

 あぁ、一体どんな顔して悠里くんと話せばいいんだろう。


「有本?」


 待ち合わせ場所に戻ると、珍しく待ち合わせ10分前に悠里くんが立っていた。


「悠里くん!!かっこいい!!珍しいねこんなに早く来てくれるなんて!」


 しかもいつもと違うコート。なんて似合うんだ。晴れ晴れとした雲一つない冬空によく合う。とても地球をこれから侵略する宇宙人だとは思えない。美しすぎて目が焼けそう。人間国宝かも。


「ヤバい、今日の白いダッフルコート、すごく似合ってる、悠里くんの黒くて朝露みたいな艶やかさの髪の毛と合って、相乗効果で小さくて綺麗なお顔が強調されてたまらない!」

「ふーん」


 悠里くんはいつも通り褒めたたえる私に、いつも通り一切興味が無さそうだ。

 いつも通りかっこよくて、いつも通りマイペースで、いつも通りスタスタと早歩きでカフェに向かっていった。

 きっと、今日で最後とかの感慨は悠里くんにはないのだろうし、私がどうなろうと知ったことじゃないのかもな。


「悠里くん。今日は何を質問してくれるのかなー」


 それでも私だって異常だ。

 来週、地球を滅ぼすかもしれない男の子にこんなことを言ってしまっているのだから。

 それでも、悠里くんと話したい、悠里くんに知って欲しい、悠里くんとずっといたい。そんな本能的な気持ちが先行して、日常を無理やり続けようとしてしまっている。


「ねぇ、有本。明日地球が滅ぶならどうする?」


 カフェで、いつも通りケーキを3つ注文して、いつも通り会話を交わした後、悠里くんは顔色一つ変えずに言った。

 あ、やっぱ地球って滅ぶんだ。


「どうする……っていうのは」

「行きたい場所とか、したいこととか」

「悠里くんと一緒にいたいな~」

「あぁ、いつものね」


 いつものね、って、そんな交わし方あるんだ。私はなんだか笑ってしまった。そして涙が出ていた。


「不思議、なんで泣いてるの」

「なんでだろ。悠里くんと、過ごすのが、最後だと思うと、涙が止まらなくなって」


 情けない。好きな男の子の前で突然泣き出すなんて。


「なんで最後だと思ったの?」


 悠里くんは運ばれてきたレモンパイを口に入れて、いつもみたいに淡々と聞いた。悠里くんがそれを言うんだね。ちょっと意地悪なところも、魅力的だよ。


 だって、悠里くんが来週地球を滅ぼしたら、当然このカフェだってなくなるし、きっと地球を滅ぼせなくてもあの謎の機関が悠里くんを逃がすわけがない、どうしたって、私達は来週、会えないじゃないか。

 地球なんて滅ぼさないでよ、悠里くんの大好きなケーキ食べられなくなっちゃうよ。そんな同情心を煽る言葉、言ってみようかな。いちかばちかで。


「悠里くん、あのさ」


 珍しく、悠里くんは、私の次の言葉を待ってくれた。呼吸がしづらい。悠里くんの周りの空気はいつだって清廉なはずなのに。


「あのさ」


 悠里くんは宇宙人なの?私を利用していたの?来週、地球を滅ぼしちゃうの?

 聞きたいことがいっぱいあった。それでも私は。


「今日、対宇宙生物防衛機関を名乗るコスプレイヤーに会ってね。12月3日に地球が滅ぼされるかもしれないって話をされたよ。バカだよね、そんなことあるはずないのにね」


 ヘラリと、私は笑った。

 あぁ、バカは私だ。最後まで、悠里くんの忠犬でいてしまった。最後まで、地球の敵を貫き通してしまった。


「そうなんだ、バカだね」


 悠里くんは、笑っていた。いつものアルカイックスマイルじゃない。笑顔でも嘲笑でもない。

 ただ、お笑い芸人がちょっとした一言で観客のツボを突いた時のような、抑えきれずにこぼれる小さな笑みだった。


「本当にバカだ」


 私の話の何がそんなに面白かったのだろう。

 謎の機関に情報が傍受されていたとしても、悠里くんにとっては何の影響もないから?私が宇宙人なんて存在しないと信じ込んでいるから?それとも、結局すべてが彼の掌の上で転がされているから?


「有本のせいで、気が変わったかも」


 涙が止められなくなっていた。視界が滲み、言葉も出ない。そんな私の頭の上に、冷たい手がそっと置かれた。氷のような温度なのに、不思議と安心をもたらす。重さはなく、ただ存在だけが確かに伝わってくる。


「なんで泣いてるの?有本はたった今、世界を救った大英雄になったんだよ」


 どういうこと?むしろ私は世界を売った大戦犯だよ。

 悠里くんの、手に頭を撫でられていると段々、眠くなっていった。


「おやすみ、ヒーロー」


 耳元で、悠里くんの、聞いたことない優しい声が聞こえた気がした。


 ◆◆◆


 深い眠りに落ち、目を覚ましたら一週間経っていた。

 どういうことかわからないだろう。私もわからない。

 本当に、起きたら一週間経ってたとしか言えないのだ。どうやら、悠里くんとの最後の逢瀬から私は眠っていたらしい。

 起きたら病院の天井だったし、傍にいた母親が「あんた!急に彼氏と海外旅行行くなんて言い出したと思ったら、海外の水がお腹に合わなくて一日昏睡するなんて!!」と泣き喚いていたから。

 悠里くんがそういうことにしたんだろうな、一週間昏睡はさすがに不自然だもんね。と心のどこかで思った。起きた時、真っ先に見たけど、もう一度電子時計の日付を見る。『12月5日』決戦の日はとうに過ぎていた。


「地球は……滅んでなかったんだ……」

「何言ってるの?もしかして、頭も打った?!もしかして彼氏も幻覚なんじゃないの!?」


 地球が滅んでいないってことは、悠里くんはどうなった?

 血の気が引く。私は慌ててスマホを取って、暗記していた悠里くんのスマホの番号を打った。


「起きたらすぐスマホだなんて現代っ子ねぇ、深刻な現代の病だわ。こっちを治療した方がいいかもねぇ」


 母親の嫌味を聞きながら、発信音を聞く。頼む。つながってくれ、無事でいてくれ。

 しかし、電話は無常にもつながらず、ツーツーと無機質な音だけが響いた。

 やっぱり、悠里くんは、もう地球人に殺されたか、捕獲されたかしたんじゃないのか。こんなに大好きな男の子がピンチなのに、私はなんで昏睡なんかしている。


「悠里くん、悠里くんは」

「え、誰?彼氏?」


 その時、看護師さんが、カーテンから顔を出した。


「まぁ!有本さん目を覚ましたんですね!なんてちょうど良いの!」


 何がちょうどよいのだろう。


「彼氏さんがいらっしゃってますよ、かっこいい彼氏さんですね」

「彼氏!?と、通してください!」


 悠里くん!?と直感的に思って身を乗り出す。


「まぁ!名月!彼氏だって、彼氏!お母さんこんなところでアンタの彼氏に会えるなんて思ってなかった!どうしよう、ちょっと化粧直してくるわ!」


 お母さんと看護師さんが病室からすっ飛んでいった。

 ……待って、彼氏?私に彼氏なんていないぞ。悠里くんは彼氏じゃないし……


「どうも」


 意外や意外。病室に現れたのは根本さんだった。

 あの時と同じ、見たこともないけどなんか堅そうな制服を着た根本さんは私の枕元に立つ。どこか肩の力が抜けた表情をしているのが目に入った。


「あ、地球、守れたんすね……」

「はい。起きたばかりで何の状況も把握できていないかもしれませんが。確かに地球は守られました。もう何の脅威もないでしょう」


 ひとまず、それはよかった。私は安堵の息をつく。


「なんでここに?」

「貴女に、情報を渡してしまいましたからね。結果報告をする義務があると思って。探しましたよ。まさかタイミングよく気を失っているなんて」


 根本さんは笑った。腰をそらして。そんなに笑う?


「えっと、宇宙人の侵攻はこなかったんですか?」

「いえ、来たようです。確かに我々は大量の宇宙人の反応を大気圏外から掴みました。我々も覚悟を決め、戦闘態勢に入った時………」

「急に、たった一つの宇宙船が味方を撃ちはじめたんです」

「えぇ!?」

「何が何だかわからないまま、そのたった一台の小型宇宙船が全ての宇宙船を爆破し、地球への影響は大量の流れ星が見えたことぐらい。SNSのトレンドはそれ一色でしたよ3日前まで」


 な、なにがあったんだ……


「よくわかりませんが、内輪揉めしてたんでしょうね。無事地球は守られました」

「それは、よかったです……」


 その時、扉が開いて「有本さーん!彼氏さん連れてきましたよー!」なんて看護師のお姉さんが浮かれた調子で入室してきた。

 どうやら彼氏とは根本さんのことではなく、ただただタイミングよく根本さんが入って来ただけらしい。

 え、待って、っということは。私はバッと顔をあげる。


「やっほう有本」


 そこに立っていたのは、まぎれもない、沈魚落雁、愛しの悠里くんだった。

 あの、白いコートで。いつもの綺麗な顔で、小さな歩幅で。


「おや、恋人がいたのですね。それでは邪魔者は退散します。またどこかで」


 根本さんは、丸椅子から立ち上がると、悠里くんに会釈をして病室から出ていった。


「ゆ、悠里くん、また会えるなんて」

「大げさだな。有本は俺と旅行中にお腹を壊して気絶した。それだけだよ。忘れちゃった?気絶した時に頭を打ったから忘れたんだろうね」


 言い聞かせるみたいに悠里くんが言った。

 悠里くん、普通の人はお腹が痛くて気絶して頭を打ってもそこだけ都合よく記憶喪失にはならないんだよ。


「なんで、泣いてるの?悲しいの?」

「ううん、悠里くんにまた会えたのが嬉しくて泣いてるんだよ」

「大げさ」


 もしかして、宇宙人とか地球の侵略は全部私の杞憂で、根本さんの妄想で、本当にただただ悠里くんは普通の人間だったのかも。なんて思ってしまいそう。

 悠里くんはベッドの横の丸椅子に腰かけた。

 なんでまた会いに来てくれたんだろう。わかんない。わかんないけど、愛しさで胸がいっぱいになって、その気持ちはつい言葉として飛び出ていた。


「好き、大好き!私と付き合ってください!!」

「うん。いいよ」


 私のあまりにも本能的な告白に、一度玉砕したはずの愛の言葉に、随分あっさりと、悠里くんはうなずいた。

 信じられないほど簡潔な承諾に、私はわかりやすく狼狽える。


「ほ、本当に…!?なんで急に?!」


 悠里くんは窓の空を見上げた。それから目を伏せて、私をまっすぐと見て、相変わらず瞬きを一切しないまま、笑った。


「気まぐれだよ」


 悠里くんの白いダッフルコートの裾が、焦げ付いているのが目に入った。

 まるで、私を眠らせてる間に大気圏で、宇宙船と戦争でもしたみたいに見えちゃうよ。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
 悠里くんカッコ良くて可愛らしいですね。 本当に宇宙人だとしたら、名月のために頑張ってくれたのか?良い話ですね。
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