第五話
(秋山陽視点)
「……」
「……」
え…は?
い、今おまたしぇって言った??
噛んだ??噛んじゃったんですか?
なにそれ!!可愛すぎるんですけど!?
え、なになに!本当になに!?そういう作戦ですか!?これ以上好きにさせてどーする気ですか!!やばい!今日供給過多で死んじゃいそう!
脳はかなりの興奮状態だったけど、その間のわたしの顔はポカンとした放心状態だった。
そして、何秒か、何分かは分からない永遠にも思える時間が流れた。お姉さんはずっと下を向いていて、表情は見えなかった。
すると突然、お姉さんはクルッと90度回転して注文したカフェオレをトレーに乗せたまま厨房へ向かって駆け出そうとした。
「ちょっ!待って待って!待ってください!」
「…」
お姉さんはわたしに背を向けたまま足を止めてくれたけど、今すぐにでも厨房へ行ってしまいそうな前傾姿勢だ。
落ち着けわたし。このままじゃお姉さんと今日お話出来なくなっちゃう。
「さ、さっきのは気にしないでください!すごくか、か、かわいかったので…!」
「かっかわ……!?」
お姉さんは驚いて一瞬こちらに顔を向けたけど、目が合うとすぐに走り出そうとしたので、お姉さんの制服エプロンの端を掴んでその場に静止させた。
それでも顔はそっぽを向けていて見えない。
一瞬だけ見えたお姉さんの顔は、人間こんな顔の色できるんだってくらいに赤らんでいて、それを見た瞬間に胸がギュッと握られたように鼓動が高鳴った。
「お姉さん、カフェオレ」
「あ…ごめんなさい」
鼓動の高鳴りを誤魔化すために、冷静なフリをして現状を伝えると、お姉さんはやっとカフェオレの存在を思い出したようで、今度は落ち込んだ顔をしている。
そんなお姉さんを見るのも、また初めてで、さらに鼓動の音が大きくなった。
謝らなきゃいけないのはわたしの方だ。
お姉さんが羞恥や自責の念を感じている姿を見て、ドキドキしてしちゃうなんて…。
「ほんとに気にしないでください!」
「…ありがとう」
まだ顔は赤いけど、いつものお姉さんの表情に戻ってきたようで安心する。
噛んだだけでこんなに恥ずかしがるなんて、お姉さんかなりの恥ずかしがり屋なのかな。
「ごめん、カフェオレが少し冷めたかもしれないから作り直してくる」
「え!全然大丈夫ですよ!むしろ猫舌なのでありがたく頂きます!」
「…わかった。ありがとう」
なんだかため口のお姉さんは普段より幼く見えて可愛い。それにため口だけじゃなくて、今日の行動はいつもの完璧で綺麗な女の人のイメージとは違って見える。これが俗に言うギャップ萌え…!
あれ?この感覚、今日ほかにもどこかでーー。
「あ、思い出した」
「え?なにを?」
「あっすみません。声に出てました」
お姉さんはカフェオレを丁寧に置いた後、トレーを抱えていつもの笑顔で聞く姿勢になってくれている。いつもわたしが一方的に話して、お姉さんはそれに小さく相槌を打ちながら聞いてくれる。話す内容は本当に様々だけど、どれも他愛もない話で、個人的な話はしたことがない。それでも学校での出来事はよく話しているので、今日のことを話すことにした。
「最近クラスで仲良くしたい子がいるんですけど、今日その子と買い物に行ったんです。その子はまあ、大人しいというよりは落ち着いてて大人っぽいなって思ってたんです。でも買い物に行くときに子供っぽい一面を見て、可愛いなって思ったのを、今日のお姉さんを見て思い出しました」
「……そ、そうだったんですね」
またほんのりお姉さんの頬が赤くなってきているような気がする。
照れてるのかな?
「あ、お姉さんを少し子供っぽいと思っちゃったのはごめんなさい」
「いや、今日はそう思われても仕方ないから」
またお姉さんが申し訳なさそうな顔をしてしまった。
「そっそーいえば!その子も名前たきざわって言うんです!お姉さんと同じですね!」
必死に話題を明るい方に持っていこうとして、滝沢さんの名前を使ってしまった。
滝沢さん、個人情報漏らしちゃってごめんね!
「え、私の名前知ってるの」
「え?はい、それはもちろん!名札ついてるじゃないですか」
お姉さんの胸元には黒い名札があって、それには白文字で『TAKIZAWA』と書かれている。
「そ、そっか。でもなんでずっとお姉さんって呼んでるの?」
「最初は私も名札に気づいてなかったので、お姉さん呼びに慣れちゃって」
「なるほど」
「それに学校の滝沢さんも苗字呼びなので区別できていいかなって」
ん?
待てよ?
これはお姉さんの下の名前を聞いて、終いには区別したいのを理由に名前呼びを許してもらってお近づきになる大チャンスでは!?
「あ、あの!お姉さんのその、下の名前ってーー」
ちりんちりんっ
いつもは静かな店内に聞き慣れない金属音が鳴り響いた。
おそらくお客さんが来たのだろうけど、入り口はわたしの後方にあって大きなソファが邪魔をしていた。そのせいで、さっきわたしを見ていたお姉さんが入り口の方に視線を移すのが見えて、さっきとはまるで違う胸の痛みを感じた。
「いらっしゃいませー。話の途中にごめん、お客さん案内しないとだからちょっと行ってくるね」
「全然大丈夫です!頑張ってきてください!」
「ありがとう」
こんなことが起こるのはカフェなら普通のことなのに、このカフェではわたしとお姉さんが話しているときにお客さんが来るのは初めてだった。お客さんはいたとしても、大体私が来る前に常連さんが席に座っていることが当たり前だったから。
ぴょんぴょんと座ったままジャンプしてソファの端まで移動してから、後ろの様子を覗いてみると、笑いながら接客しているお姉さんが見えた。こうしてほかのお客さんに笑いかけて話しているお姉さんを見るのも初めてだった。
その事実に今までの状況がかなり幸運だったことに気づかされた。同時にお姉さんとのつながりはこのカフェでしか存在しない現実を改めて突き付けられた気がした。
そのことにわたしはーー
(この狭い世界だけでもこんなに楽しいのに、カフェの外でもお姉さんと会えたらわたしどーなっちゃうの!?)
歓喜していた。
そしてあるかもわからない未来を想像して、向上心をメラメラと燃やしていた。
「実は、デートに誘おうと思ってるんだけどどう誘えばいいかな!?」
「…私に聞かないでよ」
「えー!滝沢さんにしか聞けないから聞いてんじゃん!」
「ほかにも相談できる人作ればいいでしょ」
「むりむり!出来るならもうしてるから!」
「がんばってよ。ていうか、いつまでついてくるの?」
放課後、わたしは図書館に行こうとしていた滝沢さんについていって恋愛相談をしていた。
「図書館行くに決まってんじゃん?この前借りた本返したいし」
「その本…参考になったの?」
「んーあんまりかな」
本に書いてあった方法はもうしていることや、付き合わないとそんなことできないでしょ!?みたいなことがあったりと、結局は自分で考えた方がいいなという結論に至ったのだ。
「それよりデートの話!」
「んー、普通に誘えばいいんじゃない?」
「てきとー過ぎ!でもデート誘うにもムードとかプレゼントとかいるんじゃないの?」
「…ムードはよく分かんないけど、デート誘うのにプレゼントは重いかも」
「おっ重い!?」
重いと思われるのは絶対いやだ!滝沢さんに聞いててよかった。
「友達に誘う感じで大丈夫だと思う」
「な、なるほど。それ好きな人に対しては難しそうだけど、頑張ってみる!」
意外って言ったら失礼だけど、滝沢さんって恋愛相談聞くの上手かも。嫌がってはいるけどちゃんと答えてアドバイスしてくれるし!
おかげで勇気が湧いたけど、今日は劇の練習が遅くなるのでカフェには行けそうになかった。だから代わりに、昨日のいつもは行かない木曜日に行ったのだけど、お姉さんの眼鏡姿とお茶目な姿を見れて無事に来週まで幸せに生きれそう!
思い出してにやにやしていると、滝沢さんが冷たい目でわたしを見いていた。そんな恋を知らない可哀そうな滝沢さんを慰めてあげると、今度は呆れた目を向けられた。
図書館に着いて、ドアを開けると担任であるひーちゃんこと、緋笠先生がいた。
「ひーちゃん、ここで何してんの?」
「何って、私は図書委員の担当教師だもの。仕事よ仕事」
そう言って立ち上がると、滝沢さんに図書委員に関することを色々伝えていた。その内容の中には、ペアの子が今日も欠席だという報告もあった。それを聞いて、たしかに前回図書館に行ったときも、滝沢さん一人だけだったことを思い出した。
「ひーちゃん、わたし劇の練習始まるまで時間あるから、図書委員の仕事手伝ってもいい?」
「んーたしかに一人は寂しものね。でもあなた静かにできるの?」
「もちろん!」
「その元気一杯な返事からして不安なのだけど…。滝沢さんはこの子がいても大丈夫?」
「……はい。静かにしてくれるなら」
そうは言ってるけど、滝沢さんの顔は心底嫌そうだった。
滝沢さんには申し訳ないけど、わたしはこの嫌がられる顔が結構好きだったりする。隠す気が全くないというように顔で表現するのに対して、結局行動では許してくれるのが、拒み切れない滝沢さんの優しさだと思った。しかも、人生でこんなに嫌がられたことがあまりなかったので、余計に気になって、ちょっかいをかけたくなってしまう。
「ありがとう滝沢さん。今日はよろしくね」
「……よろしく」
下手ですが挿絵をいれてみました。これからも時間があればいれようと思います。あくまでイメージですので、基本は想像にお任せします。




