第四話
「わたし、好きな人がいるの」
え……
そーゆー相談?
それこそ相談相手は私じゃなくていい気がする。
「…そーなんだ」
「やっぱ驚かないよねー!滝沢さんにはバレちゃってるもんね!」
バレてる?初めて知ったんだけど。
「だって借りた本見られちゃったもんねー」
「本?」
予想外の要因を持ち出されて困惑する。
混乱した頭でどうにか秋山さんが本を借りに来た日の記憶を辿ってみる。でも、普段からバーコードを読み取ることしか考えていないので、秋山さんがどんな本を借りていたかなんてのは思い出せない。
「ごめん、見てない」
「え!うそ!『好きな人を振り向かせる方法100選』っていう本だよ!?」
すごいベタなタイトル…。そんな本図書館にあったんだ。
ひとつもピンときてない私の様子を見て、秋山さんは分かりやすく肩を落として、少し覚束ない足取りで再びスーパーへと歩き始めた。
「うそ、でしょ…。私の勇気はいったい……とほほ」
もう好きな人がいるとバレているから、私に相談しようと思ったのか。
「友達には言ってないの?」
「うん。言いたい気持ちはあるんだけど、恥ずかしくて言えなくて。私聞く専だから!」
何故か誇らしそうに胸を張っている。
「それで結局相談っていうのは?」
「そうそう!私の好きな人がね、年上の人なんだけど、すごいかっこよくて!それで大人っぽくて、それからそれから――」
なんだろ。胸の辺りに霧がかかったみたいで少し息苦しさを感じる。
「それ、相談じゃなくて惚気じゃん」
「あ、ごめんつい、話せる人がいるのが嬉しくて」
「…そっか」
ここは気を遣って、全然話聞くよ、とか言った方がいいのかもしれないけれど言いたくない。好きな人の話をしている秋山さんの横顔はもう見たくないと思った。
「年上の人から見るとやっぱり私って子供っぽいから意識してもらえないのかな?って思って、相談したかったんだー。滝沢さんは普段年上の人と接したりする?」
「うん」
バイトをしていたら、嫌でも年上と接しなければいけない。店長は私より8つぐらい上で20代と店長にしてはまだ若い。
「そーなんだ!ってもう着いちゃったね」
気が付かなかったけれど、いつの間にか私たちは学校の最寄りの百円ショップの駐車場を歩いていた。
お店に入ると、少し遠くに私たちの学校の制服を着た生徒達が見えた。近づくと、その生徒達は同じクラスの子だった。小道具係以外にも買い出しを任された係があるのだろう。
「あっきーと滝沢じゃん。そっちも買い出し?」
「そそー、私は付き添い!」
あっきーこと秋山さんがピースサインをつくって答える。
そーいえば、秋山さんって何係なんだろう。昨日、図書館に来ていたけど、準備抜けて良かったのかな。
「劇の練習はないの?」
「場面ごとに集合時間あって、今は暇なんだよー」
その会話を聞いて思い出した。今回、私のクラスでやる劇は『人魚姫』で、秋山さんは悪役の魔女に立候補していた。秋山さんなら人魚姫を演じれるだろうし、実際周りもそっちの方がいいと推薦していたのに、それを断って頑なに魔女をやりたがっていたのが印象に残っていた。
なんだかんだで話していると、私の買い出しにも付き合ってもらうことになり、それからは秋山さんと二人になる機会がなかったので、相談の話をすることはなかった。
「はぁー今日も疲れた」
家に帰って、すぐソファに体をダイブする。
これからバイトがあるけれど、睡魔が襲ってきて、15分だけ仮眠をとることにしてアラームをセットする。
※
「――さん…!」
「たきざわさん!」
(…秋山さん?なんでそんなに嬉しそうな顔してるの?)
「私ね、好きな人がいるって言ってたでしょ?実は、その人と付き合うことになったんだ!ありがとう!滝沢さんのおかげだよ!」
(そっか、付き合えたんだ。ううん、私は何もしてないよ。
…むしろ、むしろね、秋山さんの恋が実らなければいいのにって思っちゃった。秋山さんはいつも幸せそうに笑ってて、恋をした顔はもっと幸せそうだった。
そして、幸せじゃない私をどんどん置いていく。その距離が広がる度に私は秋山さんを嫌いになる。そっか、私って秋山さんの事が嫌いなんだ。
羨ましいんだ。
妬ましいんだ。
ごめんね――。)
そう言いながら私は秋山さんの首元を見ていた。顔は、表情は見えなかった。きっと、悲しい顔をしている。
――ロロン♪♪ポロロロン♪♪
そこでアラーム音が聞こえて目が覚めた。
「夢か…」
夢でよかった。あんなこと言ったら関係が悪くなるに決まってる。嫌いだからって、それを隠しておけば何も問題は起きない。
それにしても、夢で気付くなんて。気付かなければ楽だったのに。
スマホの時計を見ると、かなり時間が無かったので、焦ってコンタクトを落としてしまった。予備ももう無くなっていて、今日は仕方なく眼鏡で出勤することにした。
バイト先のカフェに着くと、店長に挨拶をして制服に着替える。どうせ今日もお客さんは居ないだろうから、掃除のためのホウキを持ってホールに出ると、店長が小声で声を掛けてきた。
「今日は珍しくこの時間にもお客さん来てるからよろしく。いつものあの子だね」
最後の一言で、持っていたホウキを落としそうになった。
いつものあの子。
それは私が知る限り一人しか考えられない。
恐る恐るいつもその人が座っている角の席を見てみると、ソファの上から綺麗に色の抜けた金髪の頭がのぞいていた。
(なんで今日いるの…?木曜日なのに)
一旦、店長にホウキをしまってくることを伝えて、ホールに戻る前にロッカーの鏡の前に立った。
「眼鏡外そうかな…うーん、でも外したら全然見えないし」
眼鏡以外はいつも通りだからきっとバレないはず…
そう思って、眼鏡をつけたままホールに出て秋山さんがいるテーブルへ向かうと、足音に気が付いて秋山さんが振り返って目が合う。
「え!眼鏡!?」
「今日コンタクト切れちゃって」
「そ、そーなんですね。驚きました。でも眼鏡もめっちゃ似合ってます!」
「ありがと」
「っ…!」
突然、秋山さんが両手で顔を覆って背を向けた。
「ど、どうしたの?」
「~~っそれです!それ!」
「どれ?」
虫でもいるのかと思って、回りを見てみるけれど何もない。
ついに秋山さんおかしくなったの?だから、いつも金曜日に来るのに、曜日感覚まで狂って木曜日に来ちゃったのか。
そんな失礼なことを考えていると、秋山さんの体がゆっくりこちらに向いて、指と指の間からじっと見つめられる。少しすると、秋山さんは口を開いて、聞き逃してしまいそうなほどの音量でボソッとつぶやいた。
「ため口はずるいです…」
「!」
頭をガツンッと殴られたような衝撃を受けた。
完全に無意識だった。
学校で会話していたときのように話してしまっていた。
「すみません」
「謝らないでください!むしろため口のほうが嬉しいので!」
「え、でもさっき嫌がってたんじゃ」
「い、いやあれは!その、照れちゃっただけで…」
照れる?ため口で?
学校では普通だったのに。
「な、なのでこれからはため口で大丈夫です!」
「じゃあ…そうさせてもらうね」
「~~~っはい!」
きっとこれからもボロが出てしまうので、この提案はありがたかった。
それにしてもさっきから秋山さんはずっと顔を隠していて、どうやって対応すればいいのか分からない。
「あのー、注文は?」
「あ!すみません!いつものカフェオレで!」
秋山さんは最初の頃は色々なメニューやドリンクを試していたけれど、結局カフェオレが一番気に入ったらしく、今はずっとカフェオレを頼んでいて、必然的に私はカフェオレを作るのが一番得意になった。
カフェオレが完成して、秋山さんの席に向かうときに店全体を見回してみるけれど、やはりお客さんは秋山さん以外には来ていないようだった。
さっきみたいに気を抜かずにバレないようにしないと…
そして、私は変に緊張してしまって、失敗した。
「おまたしぇし……」
……
「………」




