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臆と病に純と粋  作者: 在るり
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第二話


 私の通う高校は原則アルバイトが禁止になっている。でも私の場合は家庭の事情で学校に許可を得てからカフェでバイトしているのでやましい事は一つもない…のだけど。


「滝沢さんってバイトしてるの?隠れてやってる感じ?だったらさーいいとこ教えてくんない?」


 ある日クラスの女子のひとりから突然そんな事を聞かれた。別に隠れてやっていた訳ではないけれど、少し学校から遠くで働いていたので見つかることはないと思っていたし、もし知られたとしても、話したことがあるかないかくらいのクラスの女子から話しかけられるとは思っていなかった。

 しかもその子に悪意はないだろうけれど、私の席の近くにいた子達にも聞こえていたようで「へー滝沢さんバイトしてるんだぁ」、「意外かも〜」などなど、これまた悪意なくひそひそ話が広まっていく。

 だから仕方なく事情を話すことになった。


「うん、バイトはしてるけど私の場合、家庭の事情で学校から許可もらってやってて…」


 そう言うと周りが一瞬しんとなる。


 あーこの空気いやだな…


「そっかー。なら仕方ないねー!急に聞いてごめんねー」


 そう言って焦ったように去っていったけれど、周りの空気は少し重くなっていた。すぐに教室は元の空気に戻ったけれど、その一瞬が私にとっては、度々思い出しては心を針でちくちく刺されるような感覚を蘇えらせるすごく嫌な記憶となった。


 そんな些細な事をきっかけに、バイトではいつも腰より少し上まで伸ばしている長い髪を括って、前髪をセンター分けにして、コンタクトデビューも果たした。そして蓮理にはメイクを教えて貰って、学校の誰が見ても滝沢瀬名だとは一目では分からないように容姿を変えて働くようになった。

 最初は不慣れなことばかりでヘアアイロンで火傷したりと大変だったけど、今ではすっかり慣れてお洒落に興味が出てきたぐらいだ。だからといって学校での容姿を変えようとは思わないけど。


 そうしてしばらくは平穏な生活を送っていたのに、何故だか夏休みから秋山さんがカフェの常連として通うようになってしまった。それに私を大学生だと勘違いして毎回話しかけてくるし……。







「えーと、同じクラスの滝沢さん…だよね?」


 普段話さない人にも話しかけるなんて、さすが秋山さん。


「…そうですけど」

「話すの何気に初めてだよね。同じクラスなのに不思議」

「そうですね」

「敬語もやめてよ。同い年なんだから」


 うーん正直カフェでも敬語で話してるから敬語の方が話しやすいんだよね。それを言うわけにもいかないし……。


「まあ敬語の方が話しやすいって人もいるよね」

「はい。ありがとうございます」


 私が黙って一人で葛藤していると、それを見ていた秋山さんが気遣ってくれてほっとする。そう思ったのも束の間――


「あ、下の名前瀬名ちゃんだったよね?名前で呼んでいい?私のことも陽でいいよ」

「えっ」

「え?」


 え、敬語はとらなくてもいいのに名前で呼ぶの?

 順番がおかしい気がする。

 蓮理とはどーだったかな。いつの間にかって感じだったから覚えてない。

てゆーか、私の名前知ってるんだ…。


「ごめん、だめだった?」


 私が黙っていると、秋山さんが子犬のような頼りない顔をして、もともと小さかった声がもっと弱々しくなる。

 しかたない…。


「敬語はやめるので、苗字のままでお願いします」

「え?」


 秋山さんは驚いた表情のまま数秒間ほど固まって、突然吹きだした。

 馬鹿にされているようで気分はよくない。 


「……そんなに笑うところありましたか?」

「ううん、ごめん。なんだか友達との会話というより交渉してるみたいで可笑しくて。てか、タメ口より名前呼びの方がダメなのジワる。っくふふ」


 謝りながらもくすくすと肩を震わせて笑い続けている。

 言われてみればそうかもしれない。でも、私と秋山さんは友達ではないから、友達っぽい会話はできないと思う。


「笑って大きな声出しちゃった」


 確かに図書館で話すにしては少し大きかったかもしれない。周りの様子を見てみると、図書館にいる数少ない生徒はこちらを全く気にしている様子はなく、黙々と本のページを捲っている。


「これ以上話すのもあれだし、もう行くね」

「はい」

「仕事がんばって」

「ありがとうございます」


 背を向けて扉に向かう秋山さんをなんとなく見ていると、少し歩いたところでこっちを振り向いて、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「敬語とれてないよ。滝沢さん」


 どうやらさっきの交換条件は受け入れられたらしい。


「精進しま…する」


 それを聞いて秋山さんはまたくすくすと笑っている。

 カフェで話しているときには気づかなかったけど、秋山さんには人をいじる趣味があるらしい。

 今度こそ秋山さんが扉を出ていくのを見てから、全身に力が入っていたことに気づいて、小さく息を吐く。


 バレるかと思った…。


 小声で話していたし、見た目も違うからバレないとは思っていたけれど、秋山さんが思ったよりも人との距離感が近いから、気づいているんじゃないかと思って緊張してしまった。


 帰りの音楽が流れ始めて残っていた生徒が一気に捌けていく。図書委員の最後の仕事を終えて、静かになった廊下をひとりとぼとぼと歩く。

 この後はバイトがあるので、容姿を変えるために一度家に帰らなければならない。

 今日は秋山さんは来ない日なので、別に今のままでもいいかなという考えが一瞬頭を過ぎるけれど、足を早く動かして頭から余計な考えを放り出す。怠けた時に大体良くないことが起こるんだ。


 秋山さんととカフェで話すようになって2ヶ月程度なる。元々、秋山さんは私にとっては苦手な存在だった。それは今も変わらない。クラスでは関わりたくなければ避けることができた。でも、カフェでは避けたくても避けられないし、お客さんに対して無愛想な態度はできないから、私は嘘の笑顔で対応して、その笑顔につられて秋山さんも笑う。


 秋山さんは単純でバカだ。

 愛想笑いにも気づけない。


 でもそんな彼女と接していると、他のことを忘れてその空間だけ切り取られたように感じることがある。


 いや、やめよう。だからなんだって話だ。カフェでの彼女は確かに話しやすいけれど、学校ではやっぱり関わりたくない。


 大きく息を吐いて、今度こそ余計な考えを頭から追い出して家のドアを開いた。













 教室に入ると、蓮理が先に来ていたので、自分の席に行く前に蓮理の席に向かう。


「おはよう」

「おはよー!あれ?瀬奈隈できてない?」

「うん…ちょっと眠れなくて。眼鏡で隠せると思ったんだけど」

「大丈夫!いつも瀬奈の顔面をガン見してる私にしか分からないと思う」


 胸を張って、どや顔で言うことじゃないと思うんだけど…。


「ガン見しないで…」

「あはっ照れてる瀬奈かわいいっ」


 急に蓮理が抱きついてきて、その腕の輪から出ようと藻掻いていると、教室の前の扉から秋山さんが入ってくるのが見えた。教室に入るとすぐに、いつも一緒にいるメンバーじゃない人達とも軽く会話を交わして笑いあっている。


「そんなに気になる?」

「えっ」


 突然そんなことを聞かれて、大きくなってしまった声が教室に響いた。

 うぅ周りの視線が痛い…。


「え、びっくりした。瀬奈がそんな大きい声出すなんて珍しい」

「ごめん…。で、気になるってなにが?」


 話題転換が苦しいのは分かってるけど、驚いた理由はなんとなく聞かないでほしい。


「んー、まあいいけど。教室見渡してたから、今日の席替えが気になってるのかなと思って」

「え、今日席替えなの?」

「知らなかったの?昨日先生が言ってたよ」


 席替えは先生によって頻度が違ってくるけれど、今の担任の先生は二年生になってからまだ一回しかしてないので、少ないほうだと思う。でも、今の席は窓際で後ろ寄りだからこのまま席替えしないでいてほしかった。


「瀬奈くじ運いいから私のもひいてー」

「嫌」

「えー、じゃあ瀬奈の分は私が引くから!」

「じゃあじゃないから。前のほうになりそうだからだめ」


 今まで蓮理は私と違って、運悪く前の席ばかりを引き当ててきた。


「でも、前の方になったら私と近くになれるよ?」


 確かに近くにいたほうがグループや班活動で蓮理と一緒になれる可能性が高いし、休み時間の移動のことも考えると近いほうがいい。一年生のときは蓮理と近くの席になることがなかったから、そんなに上手くいくとは思わないけど、蓮理の近くで後ろの席になれたら最高だと思う。


「……私が蓮理のも引く」

「ふふっよろしくね」



 あっという間に終業時間がやってきて、くじが入っているだろうと思われる箱を持った先生が教室に入ってきて、くじを引くよう指示をする。

 私は約束通り蓮理の分と自分の分を引いて、蓮理にそれを渡して、折られている三角形の紙を同時に開く。


「どこだった?」


 蓮理が自分の番号を確認してから、私に尋ねてくる。


「11番だった。蓮理は?」

「私は4番」


 それから机に番号がふられた黒板を見て私たちの番号を探す。それはすぐに見つかって、私は窓際後方の席だった。そして――


「やった!斜めだよ!」

「うん、よかった」


 充分にいい席だった。

 やっぱり私はくじ運がいいのかもしれない。これからは今回のように私が蓮理の分も引こうと心の中で誓う。


「瀬奈は前の席と近いから机運ぶの楽だね」

「うん、蓮理は遠いから大変だね」

「ほんとだよー!まあいい席にいけると思ったら、やる気湧いてきた!」

「ふふっがんばって」


 蓮理の勇ましい(?)背中を見送ってから、自分の机を新しい席に持っていって位置を微調整していると、突然どこからか声をかけられた。


「滝沢さん」


 声のほうに振り向くと、秋山さんが私の隣の席に机を置いた。

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