第二話 真の徳量計
夜が明けた。
昨日、あの「声」が世界に響き渡ってから、はじめての朝だった。
いつもと変わらぬ朝焼けが、街を静かに照らしている。
だが、世界は変わっていた。
スマートフォンの画面に、頭の上に、そして自分が写る鏡にさえも——
“数字”が浮かんでいた。
無機質なフォントで、人間の「徳」が表示されていた。
そしてその下に、
“あなたがこのスコアになった理由は——”
という新たな表示が、夜中のうちに追加されていた。
まるで、誰かが「本当の採点表」を世界にばらまいたかのように。
*
「……17。一緒だな」
ベッドの中、しおりは天井を見つめたまま、昨日と同じ数字を口にする。
自分のスコアはマイナス17。
——それは、変わっていなかった。まぁだよな。
けれど違うのは、その数字の下に表示された、見たくなかった“理由”だ。
・人のことを殴った(−9)
・同級生がいじめられていたのを見て見ぬふりをした。(−6)
・親しい友人への小さな嘘を繰り返した(−2)
自分では些細なことだと思っていた。
他の誰もがやってることだと、そう思っていた。
だけど“世界”は、違った。
「俺って…ダメだな、そんなに悪いことしてたのかな」「したんだよな。人のこと殴ったというがあれは….あれは….違うじゃないか。しょうがなかったんだ」
「その下の同級生がいじめられてたのを無視しただと?なら助けろとでもいうのか?それでそのいじめの対象が俺になってでも?冗談じゃない。」
「てか、他にも徳とういうものが悪くなりそうな事はしてきた。例えばだが、信号無視とか。赤信号のままで渡ってしまった。けれどそれはそこには入ってない。」
推測だがこれは赤信号の分のマイナスはプラスの徳でかき消されたどういう事か?
「これからどう生きようか」
小さく、つぶやいた。
*
リビングに降りると、母と父が言い争っていた。
とはいえ、怒鳴り声ではない。
食卓を囲むような形で怒っていた。
「マイナス24ってどういうことよ、あなた……!」
「……だから、昔の話だって言ってるだろ。部下の成果をちょっと報告に混ぜたくらいで……」
「それだけじゃないでしょ?“浮気”って書いてあるじゃない!」
「……!」
しおりは声をかけるべきか迷った。
昨日までは、父はプラス12”だと言っていた。
けれどそれは、口だけのことだったのだ。
誰もが自分を少しでも“良く見せたくて”、偽っていた。
「……俺は、マイナス17だったよ」
しおりがぼそりと呟くと、両親は黙り込んだ。
「なんかさ、俺だけじゃなかったんだなって思ったら……少し安心する」
「……しおり」
母が言葉を飲み込むように、静かに寄ってきた。
「ごめんね。私、ずっと正しい人間ぶってたけど……本当はあなたに嘘ついてたの、私もマイナスでスコアは22よ」
驚くよりも先にこう俺の口が先走っていた。
「……お母さんはさ、好きで結婚したんでしょ? お父さんと」
しおりの問いに、母は一瞬目を見開き——
やがて、小さくうなずいた。
「うん。そうだよ。だから……“マイナス”でも、あの人が悪人だとは思ってないの」
「……徳のスコアは行動の結果らしいじゃない。だから多分そこら辺の女の子に誘われてデートでもしたんでしょ?」と優しく言いながらも睨む
「まぁまぁな。ごめんなさい。おっしゃる通りに、あの日は酔っ払っていたら女の子に誘われて飲んでいたんです。」
「許しましょう。私は気持ちも素直だから」
「ありがとう…これからは正直に生きるよ。」
嘘をついていたことへの謝罪は、家族の形を少しだけ変えてくれた。
数字の下に貼られた「理由」が、たしかに痛かった。
だけど、それを見たからこそ、分かり合えることもある。
それは、きっと“マイナス”だけじゃ測れない。
*
その日の夕方。
“あの声”が再び流れた。
《——かつての徳スコアは、実験であった。人々が“見られている”という認識で、どう変化するかを測定するために、我々は偽りのスコアを与えた。》
《——だが、今日からは違う。本物の徳が、あなたたちの目に映る。偽れない、覆せない、“真実”の数字として。》
リビングから生中継の東京、新宿区が映し出されていた。
そしえその声に、顔をしかめる者もいた。
怒る者、絶望する者、喜ぶ者も。
——けれど、しおりは違った。
自分がなぜマイナスなのか。
どこで間違えたのか。
そして、これからどう生きるべきなのか。
それを考え始めたのは、きっとこの世界で“最初の一人”ではないかもしれない。
だけど、確実に人は変わっている。
そしてこの世界も変わっている。
そしてスコアである世界で。“生き方”も。
——そう思った。
どうも葛西です。
今回文字数が少なくてごめんなさい。
次は学校に繋がります。是非次回も読んでみてください!