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第96話:そして、国は育っていく


 護衛配信から数日が建った。

 

 ついこの間開国されたばかりのグラストムーン──その風景は今、まるで別世界だった。


 建物の数は倍どころではない。

 各地から集まった商人、職人、錬金術師、料理人……いわゆる生産系プレイヤーたちが次々と店を構え、空き地だったエリアがあっという間に「城下町」として形を成していく。


 「……すごいね、まどにゃん。ほんとに数日前とは別の国みたい」


 「うん。わたしも一瞬、間違えて別マップに飛んだかと思ったもん」


 通りには屋台が立ち並び、配信映えしそうな写真スポットを設置するプレイヤーもいれば、NPCを巻き込んだクイズ大会を開く猛者までいた。


 街そのものが、ひとつの巨大なエンタメ空間と化していた。


 そのにぎやかさの中に、見知った看板を見つける。


 《ミナト・ワークス》《ポーション工房サラララ》


 「あっ、もしかして──」


 「まどにゃん! 看板が出てるってことは……!」


 2人が駆け寄ると、ちょうど店の前でミナトとサラが荷解きをしているところだった。


 「あ、まどか、いろは! 見に来てくれたんだ?」


 「ミナト、引っ越してきたの!? いつの間に!」


 「うん。やっぱり、専属契約ってことなら“いちばん近く”にいなきゃと思ってさ」


 「ってミナトは言ってるけど、あたしは正直、ここの商機に全力ベットって感じだけどね!」


 ミナトは相変わらず職人気質な笑みを見せ、サラは商人らしくしたたかにウインクを飛ばす。


 確かに、グラストムーンの市場は異常なほど活発化していた。

 NPC販売のアイテムや食材の品質と価格は、国の“経済力”と“政策効果”によって変動する仕様になっている。


 ここまで安価で物が手に入るのは、おそらく建国時に入手した「繁栄の証」の効果によるものだろう。


 潤った経済にさらに人と店が集まり、商いが回り、それがまた街の成長へと繋がる。


 ──好循環。


 その言葉が、ここには確かにあった。


 ミナトとサラに挨拶を終え、街を少し離れて丘の方へと散歩を進めていた2人。


 「なんか……まるで本当に国が育ってるみたい」


 「うん……WLAって、ほんとにただのゲームじゃないんだなって思う」


 そんな会話をしていると、丘の向こう、草の上に立つ3つの人影が目に入った。


 「──ん? あれ、見覚えない?」


 「えっ、あっ! 本当だ、あれ……!」


 タンク剣士・フィーノ。

 格闘家・ユーリ。

 聖職者・クレア。


 つい最近、公式イベントでしのぎを削ったばかりの、堅実型三人組パーティーだ。

 

 だが今、その3人が着ているのは──土にまみれた農作業スタイル。


 「……農夫?」


 こちらに気づいたフィーノが、大げさに手を振ってくる。


 「おー! まどいろの2人じゃないか、こんなところで奇遇だなーははは!」


 ユーリとクレアも照れたように手を振る。


 「いやぁ、驚いたよ! でも君たちがここにいるのは当然と言えば当然か、ははは!」


 「そっちはどうしてまた畑を耕してるの……? いや、すごい似合ってるけど」


 「いやあ、これにはワケがあってさ」


 フィーノは額の汗をぬぐいながら、いかにも愉快そうに笑った。


 「このグラストムーン、話題になってるし一度来てみようって思ったんだよ。そしたら──土地の肥沃さに惚れ込んじゃってさ!」


 「……土地の、肥沃さ?」


 「うん、もともと俺たち、“農場系配信者”だったの覚えてる? 『フィー農場』ってチャンネル名もその名残だしね」


 ユーリがうんうんと頷き、クレアが微笑みながら言葉を足す。


 「もともと野菜育ててたのに、突然バトル職に転向したのは勢いだったんです。……だから今度は逆に、突然農業に帰ってきました!」


 「いや、転向が軽すぎない!?」


 まどかが笑いながら突っ込む。


 だが──それもまた、この世界の自由さなのだろう。

 


 そう思っている隙に、ぴくん──と、いろはの肩の上で身じろぎした影がひとつ。


 「……あれ、ぶさかわがいない」


 いろはが肩を見ると、いつの間にかいたはずのぶさかわが消えている。


 「え、どこ行ったの……あっ!」


 次の瞬間、フィーノたちの畑の奥から「もぐもぐ……きゅっ……!」という満足そうな音が。


 「ぶさかわーーーーっ!?!?」


 そこには、立派に育ったカブの葉を器用にくわえ、

 もふもふしたほっぺをいっぱいにふくらませたぶさかわの姿があった。


 しかも周囲には、既にかじられた野菜が数本。


 「こ、こらぁぁぁぁぁ!!」


 いろはが慌てて駆け寄り、ぶさかわを引き離すが、

 ぶさかわはなぜか勝ち誇った顔で「きゅっ!」と鳴いた。


 「うぅ、ごめんなさい……! 本当にもう、食いしん坊なんだから……」


 まどかといろはが青ざめて頭を下げると──


 「ははは! 気にするなって。むしろ、おいしく食べてもらえて光栄だよ!」


 フィーノが大笑いしながら、畑を見回す。


 「うんうん、甘みがあるってことだ! 土の質が証明されたな!」


 「……怒らなくていいの?」と聞くまどかに、


 ユーリは「ふふ、想定内だ」と落ち着いた表情。


 クレアも「わたしたちもペット飼ってましたから、よく分かります」と優しく笑った。


 「でも次は、ちゃんと収穫してからね?」とクレアがぶさかわの頭を優しく撫でる。

 

 ぶさかわはちょこんとシルクハットを直し、反省……しているような、していないような顔で「きゅっ」と鳴いた。



 「というわけで、しばらくはここで農業に専念するつもりなんだ。目標は……グラストムーンを世界一の農業王国にすること!」


 「おお……大きく出たねえ」


 「ま、国の運営方針に関わるからルナさんたち次第ではあるけど、目指すのは自由でしょ?」


 言葉通り、フィーノたちは楽しそうに畑を耕していた。


 豊かな国には豊かな食も必要だ。

 そして彼らのような“楽しそうなプレイヤー”の存在が、国全体の魅力となっていく。


 「……よし、じゃあ改めて。グラストムーンでまた会うことも増えるだろうし──」


 「うん、連絡先交換しておこっか!」


 アバターの端末を操作し、友達登録を交わす。


 つい先日までは、見知らぬ土地だったこの国。

 だが、こうして知り合いが増え、街が育ち、少しずつ「生活の場」になっていく。


 この国の未来が、どんな形になるかはまだ誰にもわからない。

 けれど、今日という一日は、確かにその“土台”を育てていた。

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