第93話:国民登録
「……ここが、グラストムーン」
まどかが目を細めながら呟いた。
2人の足元に広がるのは、なだらかな丘と小さな森が点在する台地。
辺りには清流が流れ、遠くには工事中らしい城壁が見える。
建物の数はまだ少なく、どこか未完成感もあるが、それが逆に可能性を感じさせる。
「空気もいいね。敵のレベル帯も45〜55って、コレからの拠点にも丁度よくない?」
いろはも感心したように周囲を見渡している。
現在のまどかといろはのレベルは共に40に達している。
ちょっと背伸び感はあるが、2人にとっては決して無謀なレベル差ではなかった。
ログインしてすぐ、2人は早速、新国家 《グラストムーン》 へと向かっていた。
場所は新エリア 《月鏡台地》 。
まだ他プレイヤーの進出も少ない静かなエリアで、中堅プレイヤーにとっては、まさに「これから」の土地。
「しかし……ルナさんとリーフさん、なんでここに建てたんだろうね」
「うーん、推測だけど……地形のバランス? 防衛面もだけど、観光地として映えるっていうか」
「さすがトップ配信者……そういうのも計算してそう」
さっそく街の中心部にある転移管理局で、拠点登録も完了。
以降はどの街からでもグラストムーンに直接ワープできるようになった。
「……で、次はこれだよ、これ」
いろはが画面のメニューを開き、まどかの方へぴらぴらとウィンドウを見せてくる。
《国家登録申請書類 —対象国家:グラストムーン—》
「……ついに来たか、国民登録」
World Link Archiveの世界では、国家というシステムはただの飾りではない。
プレイヤーは1人1人が自由に国を選び、所属することができる。
これにより、税制の恩恵、施設利用の割引、情報優先アクセス、
ダンジョンへの優先入場権、国家イベント報酬の増加など、様々なメリットがある。
一方で、定期的な納税、モンスター侵攻時の強制招集、
そして──将来的に発生しうる「国家戦争」への参加義務がある。
今のところ、国家戦争などというものは一度も起きていないが、
システム的には十分実装されており、プレイヤー間では「いつか来る」と囁かれていた。
「で、まどにゃんは? グラストムーン、入るの?」
「……うーん、正直、めっちゃ入りたい」
まどかは小さく唸った。
「でも私たち、今はもう配信者で……ファンも見てるし。やっぱり“いつか自分たちで”って気持ちもあるし、他の配信者の国に入るのって……いいのかなって」
「うーん?」
いろははやや呆れ顔で腕を組むと、まどかの目を真っ直ぐに見た。
「まどにゃんが、めちゃくちゃ入りたいって顔してる時点で説得力ゼロなんだけど?」
「えっ」
「そんなに悩んでるまどにゃん見たら、ファンの人も逆に困ると思うよ。っていうかさ──ルナさん推しって、公言してるじゃん、まどにゃん」
「……そ、それはそうだけど……!」
「じゃあ今さら何を気にしてるの。好きなことして、楽しそうにしてるのが、一番“まどにゃんらしさ”じゃない?」
「……」
まどかは一瞬、ぽかんとした表情を浮かべ──ふっと笑った。
「……そうだよね。なんか、変な義務感で自分を縛っちゃってたのかも。“配信者だから”って、自分で勝手に線引いちゃって」
「うんうん、そういうの一番よくないよ」
「ありがとう、いろは……。──もう決めた。入る!」
その勢いのまま、まどかは国民登録の確認ボタンを押した。
《登録完了:あなたは グラストムーン の国民になりました》
ウィンドウにそう表示された瞬間、
頭上に小さく「所属国家:グラストムーン」のアイコンが追加された。
▶︎「おっ、まどいろ、入った!?」
▶︎「グラストムーン民!やったー!」
▶︎「国家所属おめでとう!」
▶︎「むしろ入らない理由がなかった件」
▶︎「いずれはまどいろ国も……楽しみ!」
「……へへ。ちょっと照れるけど、やっぱこれ、嬉しいね」
「じゃあ私も──まどにゃんと一緒じゃなきゃ意味ないし」
いろはも即座に登録を完了させると、2人の頭上に同じエンブレムが並んだ。
「……よし。じゃあまずは──」
「この国、ワールドで一番にするぞー!!」
まどかが拳を掲げて叫ぶと、いろはも笑いながらそれに続いた。
拠点は移した。
国民登録も済ませた。
あとは──この国で、どう活躍していくか。
まだ人も少ない、未完成の国家。
けれど2人の胸には、新しい拠点を得た実感と、わくわくするような期待が満ちていた。




