第92話:強者の化学反応
「ねえ、いろは見た!? 昨日のルナとリーフのコラボ配信!」
朝ログインしてすぐ、まどかの第一声はそれだった。
「当然! っていうか、びっくりだよね~。2人ともずっとソロばっかりだったのに!」
「トップ勢って、なんか“ソロこそ至高”みたいな空気あったもんね……」
「あるある。もしくは企業系でがっつり組んでるチームとかさ」
「でもあれはもう別ゲーって感じだし……って、そんなことも言ってられないか」
「うん。だってまさか、予想以上に意気投合して“国家建設”まで行くなんて……」
◆
『国家建設』──World Link Archive最大級のコンテンツのひとつ。
単なるギルドやクランとは異なる、正真正銘の“国”を作るシステムである。
プレイヤーたちは膨大なコインと少なからぬダイヤを投資して土地を購入し、拠点となる城や都市を築く。
拡張や国営施設の整備、NPCやプレイヤーの受け入れなど、国としての維持・発展が求められる。
現在、正式に建国された国家は以下の3つ:
「トリガーレイン」:プロゲーマーチーム主体。統率と戦術に特化。
「ドリームネット」:大手Vtuber事務所主導。メディア連携と文化力に強み。
「ブラック・ギャング」:人気配信者連合。企画力と広報に長ける。
どれも10人以上の有力プレイヤーが協力し、計画的に立ち上げられた強大な国家である。
──だが。
昨日、まさかの事態が起こった。
ルナとリーフ。どちらも完全ソロスタイルを貫いてきたトップ配信者。
この2人がまさかのコラボを発表し、それだけで界隈は大騒ぎだったというのに──
その配信の最後、2人だけで“国家”を建ててしまったのだ。
◆
事の始まりは、一本のコラボ配信だった。
最初はぎこちなさもありながら、2人で未踏破の“推奨レベル不明”ダンジョンに挑戦。
入り口の雑魚ですらLV70超え、内部の敵はLV75~80台。攻略どころか帰還すら困難と噂されていた場所だ。
──だが、彼女たちにはそれを覆す力があった。
ルナの役職は“ダブルブレイカー”。二本の剣で敵を切り刻む、爆発力特化の職業。
どんな硬い敵でも、強引に装甲ごと削り取る高火力がウリだが、その分被弾には弱い。
対するリーフは、精霊術士。
複数の属性精霊を状況に応じて召喚し、攻撃・回復・バフ・デバフを自在に操るオールラウンダーだ。
片方だけでは限界があるダンジョンも──2人が組めば、まるで無敵のユニットのように進んでいく。
「ルナ、次、炎の群れ来るよ! 火精霊切って風に切り替える!」
「オッケー、そっちは任せた。私、前押すね!」
連携は急速に洗練されていき、2人は10階層の最深部へと到達する。
そして──
待ち受けていたボスモンスターは、LV81の堕ちた女神 《ジュブラ=ニクス》。
神話級とされるその存在は、最大級の召喚魔法で眷属を呼び出しつつ、広範囲魔法で攻めてくる超攻撃型ボスだった。
だが、2人はそれすらも突破する。
リーフが眷属を足止めし、ルナが本体へ斬り込む。
ヒールと回避、支援と突破──その流れるような立ち回りに、視聴者のコメント欄は絶叫に包まれた。
──そして、勝利。
ジュブラ=ニクスのドロップアイテムは当然豪華だったが、そこに混ざっていた“あるアイテム”がすべてを変える。
【繁栄の証】
効果:国家運営全般にプラス補正。災害・暴動・資金難などのマイナスイベント発生率を低下させる。
説明:この証を国王が持つ限り、国の繁栄は約束されるだろう。
その瞬間、配信は一気に緊張と興奮に包まれた。
「──これ、国家運営系のレジェンドアイテム……だよね?」
「たぶん……あの3国でも、こんなの持ってないはずだよ」
画面の向こうで、リーフが口元に指を当て、そっと言う。
「ねえ、ルナ。私たちで国……作っちゃう?」
「……ふふ。いいよ、やろう」
その会話が冗談ではないと気づいた瞬間、配信コメントは一斉に爆発した。
▶ ええええええ!?
▶ マジで!? ガチで建てるの!?
▶ 2人で国家って前例ないぞ!?
▶ どうなるのこのゲーム……
──そして、約30分後。
膨大な資金が投入され、新エリア 《月鏡台地》 に、
新国家 《グラストムーン》 が建国された。
ソロを貫いていた2人の、初めての共同作業。
それは、ゲームのルールすら塗り替える、“革命”だった。
◆
「──すごい、よね……」
画面の前で、まどかがぼんやりとつぶやく。
「うん。これはもう、時代が動いたな……! って感じ」
いろはが、静かに呟き返す。
彼女たちの配信は、ただの戦闘ではない。
関係性も、物語も、プレイヤーの価値観さえも動かしていく。
そして──まどかの胸の奥が、ざわりと震える。
いつか……もしかしたら、私たちも)
まだ小さな光だけど、届かない距離じゃない。
自分の“推し”が、動いた。
なら──自分も、また、走り出さなきゃ。




