第83話:本命は忘れた頃に
暗く、ねっとりとした空気が辺りに漂っていた。
黒紫の霧が地面を這い、入り口には赤く光る魔法の紋が刻まれている。
「……ここが、例のダンジョンかあ」
まどかが腕を組んで見上げる先には、古びた石造りのアーチゲート。
その中央に、仰々しい文字で【魔刻の造りしもの】と浮かんでいた。
「なんか、すごい雰囲気出してきたね……」
いろはが苦笑混じりに呟く。
その背後には、彼女たちを見に来た数人の観客がいた。
だが彼らが中に入ることはできない。結界のような透明な壁に阻まれていたのだ。
「……ターゲットを私たちに限定してるっぽいね。アクセス制限付き……設定細かいなあ」
「逆に助かるけどね。邪魔は入らないし、サシでやれる」
「ふふ、まどか、やる気満々」
「そりゃね──挑戦状、受け取ったんだもん!」
まどかがにっと笑い、いろはがそれに応えるように頷いた。
準備は万端、装備も完璧。
いよいよ、ダンジョンへと足を踏み入れる。
ダンジョン内の第一階層は、意外にも静かだった。
「……ただの、迷路?」
左右に折れ曲がった狭い通路が続き、天井も低い。
壁には無機質な石材と、ちらほらと苔が這っている程度。
敵の姿も見えない。
「これは……心理的に効くやつだね。気を抜いたとこで来るやつ」
まどかの予感は当たっていた。
──シュッ。
「っ!」
細い通路の角から飛び出してきたのは、小型の獣型モンスター。
鋭い爪を振るって突っ込んでくるが──
「っ遅い!」
まどかのナイフが逆手に振るわれ、接近する前に沈められる。
狭い道での戦いは、彼女の真骨頂だ。
「このナイフ、ほんと軽いな……切り返しの速度が段違いだ」
「まどにゃん、後ろから来るよ!」
いろはの警告に反応し、まどかが体をひねって二匹目を地面に沈める。
通路を慎重に進みながら、数体のモンスターを片付けると、階段が視界に現れた。
「……あれ? 意外と早かった」
「こんなもん、かなあ……」
いろはが一歩、階段に近づいた──そのとき。
カシュッ。
金属のこすれる音と共に、天井のスリットが開く。
「上だっ──!」
カシャカシャカシャ!
数十本の矢が、雨のように放たれる。
「うわわ!《ガードスラスト》!」
魔導珠が高速回転し、目の前の数本をはじき落とす。
残りは、まどかが飛び込むように前へ──だが、いろはの肩に一本がかすめた。
「っ……だ、大丈夫、かすっただけ……!」
「罠、か……今まで出してこなかったのに……」
「油断してたとこで来たね……階段前……殺意マシマシすぎるでしょ」
ふとまどかが笑う。
「でもちょっと見直した。ちゃんと“攻めて”くる相手だ」
「……うん。気合、入れ直そ」
「いこっか、次の階」
▶ 罠あぶねー!!
▶ このダンジョン、思ったよりしっかりしてるな
▶ 完全に油断してた
階段をゆっくりと降りながら、まどかの目は鋭くなっていた。
これは、想像よりずっと──面白くなりそうだ、と。




