第71話:ぶさかわいい
「よーし、それじゃあ……セット、完了っと」
まどかはレア孵化器の中央に、イベント報酬のペットの卵をそっと置く。
孵化器の蓋を閉じると、装置の外周が静かに光を帯び始めた。
「準備OK、いよいよいくよー!」
▶︎ きたきたきた!
▶︎ この瞬間を待ってた!
▶︎ 何出ると思う?絶対ユニーク系やろこれ
孵化器が低く振動をはじめる。
そこから約十数秒、じわじわと熱を帯びるように内部が赤みを増していき──
「来た来たっ……!」
一瞬、孵化器全体がピカッと強い光を放つ。
眩しさに思わず顔を背けたその直後──。
「……出てきた!」
卵の殻の中から、ころんと転がるように現れたのは、丸みのある30センチほどの生き物だった。
ふさふさとした栗色の毛に覆われ、つぶらな瞳がまどかといろはを見上げる。
まず目を引くのは、やや大きめの丸い頭部。
短い鼻先と前歯がちょこんとのぞいており、まるっとした胴体に、ちょこんとついた前足と後ろ足が可愛らしく揃っている。
小さくふるふると揺れる丸耳が特徴的で──
「……これって……」
まどかが思わず息を呑んだ。
「まーもっとだ!!」
▶︎ あっこれ見たことあるやつ!
▶︎ ああああああああ(幻聴)
▶︎ あああああぁぁぁっっ!!!
期待を込めて静かに耳を澄ませると、まーもっとは、くぅ、と控えめに鳴いた。
ネットで話題の野太い声ではなく、どちらかといえば本物のマーモットに近い、甲高くて小さな鳴き声だった。
「え、これがあの、あああああ!って叫ぶやつ? 全然イメージ違う……でもかわいい……!」
いろはが目をきらきらさせて見つめる。
「いや、実物はたぶんこっちなんだよね……ネットで見たやつはあれ、たぶん編集……」
まどかは小さく苦笑い。
「ぶっちゃけぶさかわいい、ってやつかな」
▶︎ たしかにぶさかわいいw
▶︎ モフ度高いなあ
▶︎ 声加工して例の鳴き声再現するやつ絶対出るわこれ
「で、ステータスはっと……」
二人が確認したマーモットのデータは、数値としては全体的に控えめだった。
HPもMPも低く、火力系統はゼロに等しい。
「……うーん、戦力ってわけではなさそうだね。補助型?」
「スキルあるよ!見てこれ!」
■マーモット:サポート型ペット
【警戒哨】
周囲の敵の気配を察知し、小さく鳴いて知らせてくれる。成功率90%。
※戦闘前の奇襲回避に有効。
【とことこ回避】
小柄な体で敵の攻撃を避ける。自身へのダメージを一定確率で回避。
※戦闘時、自動で発動(20%発動率)
【かくれんもっ】
草むらや岩影などにすばやく隠れ、敵のターゲットから外れる。
※持続15秒、クールタイム60秒。
「おお、なんか地味に便利そうじゃない?」
「ね!特に警戒哨! かなり便利そうじゃない?」
「索敵スキルはかなり助かるね」
まどかは笑いながら、まーもっとの頭をそっと撫でた。
ふわふわで温かく、撫でると安心するような触り心地だった。
「とにかく、かわいいし、実用性もまあ……あるよね」
「配信向けにもめっちゃアリだと思う!」
「……ん?」
まどかがまーもっとのステータス画面を見つめたまま、小さく声を漏らす。
「まどにゃん、どうかした?」
「いや、ここ──名前の横にさ、鉛筆マークが出てるんだよね」
「……あ、ほんとだ! これってもしかして……」
「好きに名前、変えられるみたいだね」
▶︎ きた、命名タイム!
▶︎ これは視聴者総力戦くるぞ
▶︎ デフォ名“まーもっと”でもいい気がしてきた
「でも、せっかくだしさ、せっかくの子だし、ちゃんと名前つけてあげたいよね」
「うんうん、じゃあ私から一つ提案──“まもるん”!」
「まもるん?」
「守ってくれそうなスキルもあるし、マーモットで“まもるん”って可愛くない?」
「なるほど……じゃあ私は──“ぶさかわ”!」
「……それ、見た目そのまんまじゃない!?」
「いやいや、ちゃんと愛を込めてるよ? あの顔であの声……ぶさかわじゃん、どう考えても!」
▶︎ ぶさかわww
▶︎ まもるんも捨てがたい……
▶︎ これは……視聴者アンケートだな?
「えー、じゃあ、せっかくだし──視聴者アンケート、いってみようか!」
まどかが配信UIの投票機能を開いて、2つの名前を表示する。
「候補は“まもるん”と“ぶさかわ”! 多く選ばれたほうに決定します!」
▶︎ 迷うなぁ……
▶︎ まもるん派、ここで本気出すぞ
▶︎ ぶさかわ一択! 我らが推しに似合う名前を!
コメント欄が沸き返り、投票が流れ込んでいく。
数十秒ののち──
「タイムアーップ!」
「勝者は……うわ、ぶさかわだ……」
「えぇー! うわって言っちゃってるじゃん!?」
「気のせい気のせい。まもるん、惜しかったね」
▶︎ 票差ギリギリでぶさかわw
▶︎ 僅差だったなww
「ぶさかわ、これからよろしくね!」
まどかがそう言って手を伸ばすと、ぶさかわがくぅ、と可愛く鳴き声を返した。
「で、ここに書いてあるけど──」
まどかがまーもっとの詳細説明文を読み上げる。
【ペット機能について】
ペットは基本的に出しっぱなしで、主人の近くをとことこ歩いてついてくる。
主人は任意で設定可能。
主人がログアウト中はペットもログアウト状態になる。
ペットが死亡した場合、【魂のコア】というアイテムとして所持者のインベントリに戻る。
コア状態では行動不可。復活には街の復活施設で専用アイテムが必要。
「ふむふむ……あ、主人の設定は……いろはにしよっか?」
「えっ、私でいいの!?」
「うん、やっぱりぶさかわも魔法系っぽいし、支援とかならそっちのほうが合ってる気がする。私は戦闘中見てられないかもだし」
「……わーい! ぶさかわ、よろしくね!」
いろはがしゃがみこみ、ぶさかわと目線を合わせると、ぶさかわはちょこんと頷いたように見えた。
「よーし、じゃあちょっとだけ、ぶさかわを連れて外のフィールドでも歩いてみよっか?」
「うん、デビュー戦だ!」
二人と一匹は軽く荷物を整えて街のゲートをくぐる。
その背後を、まるっこい影がとことこと追いかけていた──。




