第5話:記録の中の自分
ダンジョンの奥にあった転送陣から、二人は元の入口へと戻ってきた。
「ふう……無事帰還!」
「まさかほんとに倒せるとは思わなかったよ……」
軽く肩を回しながら、まどかはボス討伐報酬のウィンドウを確認する。
ドロップアイテムは《ジャンボスライムの核》。
光沢のある球体で、微かに脈動しているようにも見える。
「錬金術で薬にできる素材らしいけど……今の私たちじゃ売るくらいしか使い道なさそうだね」
「売ったら何コインになるんだろ、わくわく!」
戦利品を確認し終えたところで、いろはが画面に手を伸ばす。
「よし、じゃあ今日の配信はここで終了っと。皆さんありがとー!」
▶ おつかれさまー!
▶ まどにゃんまた出てね!
▶ これは定期パーティー化希望
「それじゃ、せっかくだしフレンド登録しとこ?」
「……まあ、いいけど」
いろはの提案に、まどかはウィンドウを開く。互いにIDを確認しながら、登録申請を交わす。
「申請完了……っと。うん、これで──」
「──あっ」
「あ?」
いろはが、何かに気づいたように小さく声を上げた。
「……まどにゃん。」
「……はっ!?」
まどかの背筋に、冷たいものが走る。
キャラクターネームとは別に、WLAのゲーム登録時には一意のプレイヤーIDを設定する必要があった。
“誰かに見られることなんてないし”と、当時の自分は軽く考えて、うっかり入力していたのだ。
──madonyan
それが、まどかがつけた自分のIDだった。
フレンド登録の画面では、キャラ名と共にそのIDも表示されていた。
「ちょ、まって!? なんで今気づくの!?」
「いやいやいや、可愛いよー、まどにゃん!」
「消せないの!? 変更できないの!?」
「名前変更は課金アイテムで出来るけどIDは無理だよ〜?」
「うわあああああああ!!!」
まどかが頭を抱えて叫ぶのをよそに、いろはは満面の笑顔で手を振る。
「じゃあまたね、まどにゃんっ♪」
「こら待てええええ!!!」
爆発しかけた怒りを追いかけながら、すばしっこいいろはの背中がどんどん遠ざかっていく。
「そうだ、あとで今日のアーカイブのURL送るから見ておいてねー!」
叫びながら走り去っていくその声は、楽しそうで。
まどかの怒りも、どこかしら空回りしていく。
──アーカイブ。
WLAでは、配信の録画が“アーカイブ”として保存され、いつでも見返すことができる。
このシステムは、視聴者にとっても配信者にとっても重要な記録であり、
ゲームタイトル《World Link Archive》の“Archive”の語源にもなっている。
その夜、寝る前にいろはからURLが送られてきた。
「……見るだけ、見てみるか……」
ブラウザを開いて再生を押すと、そこには先ほどまでの自分たちの姿があった。
画面の中、ナイフを構える自分。毒沼に落ちるいろは。
それに反応するコメント、笑い声、スタンプ──
そして──楽しそうに喋っている自分。
「……ああ、これ……私、しゃべってたんだな……」
普段の自分とは少し違うような、それでいて確かに“私”であることが不思議だった。
コメント欄には、戦闘への驚き、会話へのツッコミ、応援の声が並んでいた。
ほんの少し、照れくさい。
でもそれと同時に──別の感情も湧いてくる。
「……ここ、ちょっと画面引いた方が配信映えしたかも」
「この場面、私がもう少しテンポ良く動いてれば……」
小さな違和感が、自然と口から出た。
細かく、自分の動きとカメラ、タイミング、台詞回しを見返していくうちに──
気づいてしまった。
「……なにやってんだろ、私……」
プロの配信者。詠月ルナ。
彼女のような完成された世界と、素人の自分たちの配信を、同じ基準で見ようとしていたこと。
自分がそんな“おこがましい”ことを考えていたと気づいて、思わず苦笑する。
でも──
「努力次第で、近づけるかもって……思ったのは、たぶん本当で……」
画面の中で、自分のキャラクターが笑っている。
コメントが、それに返すように賑やかに揺れている。
──こんな世界があるなんて、思ってもみなかった。
ベッドに横たわりながら、まどかはスマホを胸に置いた。
アーカイブの残像が、まぶたの裏に焼きついている。
「……何考えてんだろ、ほんと……」
そんなことを、ぐるぐると考えながら──
まどかは、ゆっくりと眠りについた。