第1話:その背中にあこがれて
「んー……よく寝たはずなのに、全然落ち着かない……」
まどかは拠点街ウィルザードの広場で大きく伸びをしながら、頭の中で昨晩の記憶を繰り返していた。
寝不足ではない。むしろぐっすり眠った。
それでも身体の芯が火照っているのは、きっと昨日の熱がまだ冷めていないせいだ。
──ルナの配信。
それは、見逃すにはあまりにももったいない、伝説級の内容だった。
発見されたばかりの未踏ダンジョン。
まだ誰も攻略していないその場所に、ルナが単独で乗り込んでいったのだ。
配信は生放送。内容もすべて初見。そして挑戦は一発勝負──。
結果、彼女はダンジョンを踏破し、ボスを撃破した。
「……思い出すだけで、また鳥肌立つ」
WLAでは、未発見のダンジョンや地域がプレイヤーによって発見されるたびに、ワールド全体のマップが更新される。
昨日のダンジョンも、誰かが偶然その入口を見つけ、フォーラムに情報が上がっていたばかりの場所だった。
そんな“誰もクリアしていない”ダンジョンに、たったひとりで挑み、生配信しながら踏破する。
まさに偉業だった。
しかも、ダンジョンの推奨レベルは55。
ルナの現在のレベルは48──装備や気合だけでどうにかなる域ではない。
敵の強さに対してレベルが足りていない以上、当然ごり押しも効かない。
実際、ボス戦では何度も瀕死に追い込まれ、回復のタイミング一つで全滅しかけるほどのギリギリの戦いだった。
「それでも、勝ったんだよね……!」
あの瞬間の興奮は、今もまどかの胸に残っている。
視聴者のコメントが画面を埋め尽くし、投げ銭が飛び交い、拍手と歓声が流れ続けた。
彼女が放った最後の一撃。あれはもう“芸術”だった。
ルナは、WLA内でもトップクラスの人気と実力を兼ね備えた存在だ。
もともとゲーム外の配信者としても人気を誇っており、WLA参戦初日から多数のファンに支えられていた。
このゲームでは、配信中に視聴者が“コイン”というゲーム内通貨を投げ銭として送れる。
コインはゲーム内で装備の購入やアイテム補給に使えるため、
配信人気はそのまま冒険の資金源に直結する。
さらに、課金マネーである“ダイヤ”の投げ銭もあり、
こちらは見た目装備や便利施設などに使用可能だ。
つまり、最初からファンを抱えている配信者には莫大なブーストがかかる。
資金に困らず、良い装備を揃え、無駄な時間をかけずに回復アイテムも潤沢に使える。
当然、進行速度も速く、レベルも上がりやすい。
そんな背景を差し引いても──いや、差し引いた上でなお、ルナは別格だった。
「昨日は……本当にすごかった」
まどかは思わず顔を両手で覆う。
思い出すたびに、心の奥から熱がこみ上げてくる。
自分は、あんな戦いがしたい。あんなふうに誰かの心を震わせたい。
そんな気持ちが、昨日から頭を離れなかった。
「……だから、今日決めたんだよね」
自分も、一歩踏み出してみようと。
自分のことを、まどかは“器用貧乏”だと理解している。
何をやっても平均以上にはこなせるが、突き抜けたものはない。
上位20%くらいまでは行けても、そこから上には大きな壁を感じている。
でも──
「私も、強くなりたい。かっこよくなりたい。そう思っちゃったんだもん、しょうがないよね」
きっかけは、完全に“推し”だった。
目的も、最初はただの“推し活”だった。
だけど、ルナの背中を追っているうちに、気づけば自分もこの世界に夢中になっていた。
今日、まどかはこの世界に来て初めて、“ダンジョン”に挑むことを決めた。
討伐数や採取目標ではない、明確な「攻略」を求められるエリア。
パーティでの連携が重視され、内部にはギミックや強力なボスが待ち構える場所。
──これまで避けてきたその領域に初めて、自ら足を踏み入れる。