第12話:十分間の二重奏(後編)
風を裂くように、まどかの身体が躍った。
《絶影》の効果により、全ての動きが加速されている。
いや、周囲の世界がスローモーションになったかのようにすら感じられた。
「二連歩──!」
残像を引く連続ステップ。視線を切り、スキルの発動と移動を同時に行う。
敵の隙を突き、背中から深くナイフを突き立てる。
「《連撃》からの《連撃》!からの《煙玉》!」
煙を隠れ蓑にボスの攻撃範囲から素早く外れる。
標的を見失った双頭の魔獣は、吠え声を上げて天井を揺らす。
──それでも、HPバーは減り続けていた。
「うはー、すごいよ、まどにゃん……!」
いろはが感心しつつも杖を構え、支援魔法を展開し続ける。
バフの維持、リソース管理、位置取りの補助──そのすべてがまどかの高速戦闘を支えていた。
ただし、ボスも黙っていなかった。
残りHP40%。
新たな挙動──霧状の氷と火花のような炎がランダムに発生し、フィールドを覆う。
「視界が……っ」
凍気の中では敵のモーションが見えにくくなる。
その隙を突いての横殴り。まどかはステップで回避したが、肝を冷やした。
「……っ、集中……っ!」
残り30%──炎と氷の交錯によるフィールド変化が始まる。
地面そのものが不安定になり、踏み込みがズレる。
それでも、まどかは止まらなかった。止まれなかった。
──そして。
残り20%。
ステップが、少しだけズレた。
足元が浮き、呼吸が乱れる。
「っ、まどにゃん──!」
見ていたいろはが即座に前へ出る。
「陽焔斬!!」
紅い光刃が放たれ、レギオンの肩をかすめる。
魔獣の視線が、まどかから──いろはへ、切り替わった。
「いろは、タゲが──」
「……大丈夫、問題ないよ!」
いろはは、動かなかった。
明らかに自分では受けきれない攻撃が来ると分かっていても──そこから、目を逸らしていない。
──意図的なタゲ確保だった。
「……くっ」
まどかはその間に、大きく深呼吸を一つ。
脳の奥が霞みかけていた。反応が鈍くなりかけていた。
でも、今──いろはが“時間”を稼いでくれている。
無理やり息を整える。
「よし、いくよ……!」
魔獣が咆哮し、炎と氷の斬撃を放つ。
その直線上──いろはのいる場所。
だが。
その間に、三枚の魔力障壁があった。
「っ、これは──!」
《光彩符》耐久度はさほど高くないが指定座標に光のバリアを展開するスキル。
いろはの目の前、空間が波打つ。
ボスの一撃が障壁に当たり、音もなく砕ける。
次の障壁も、続く一撃で破られる──
「もう一枚……!」
最後の一撃が三枚目の障壁に当たったところで、攻撃が止まる。
その奥にいたいろはは、無傷のまま立っていた。
「いろは……!」
「へへへー、支援の合間に配置しておいたんだー」
支援しながら、敵の進路を見越して魔力障壁を設置していた。
いざというとき、自分に注意を向けさせてまどかを守るために。
まどかが立ち戻るための“猶予”を得るために。
「じゃあ、こっちの番ね」
まどかが背後から飛び出す。
いろはに向けて牙をむいたレギオンの、尻尾の付け根。
そこに、氷と炎を形作る二つの核──魔獣のコアが輝いていた。
「なかなか狙えなかったけど…今なら、届く!」
これまで前衛でタゲを取り続けたまどかには、どうしても狙えなかった位置。
いろはがタゲを取った今だけが、唯一のチャンスだった。
「《終絶》──!」
高速の移動から、連撃による一点集中の斬撃。
絶影状態の時に一度だけ使える攻撃スキル。
氷の核にひびが走り、次の一撃で炎の核が破裂する。
同時に、レギオンの全身から力が抜け──
HPバーが、ゼロになる。
▶ まにあったあああああああ!!!!!
▶ 絶影、ギリギリの10分……!
▶ ラストコア破壊でフィニッシュ!完璧すぎる……!
▶ 全部噛み合ってた
まどかはその場に膝をついた。
全身が痺れるような疲労感。指先まで動かすのがつらい。
残りポーション0本。いろはのMPほぼ0。絶影の効果時間ほぼジャスト。
文字通りギリギリ、崖っぷちでの勝利。
「まにあった……ほんと、ギリギリ……」
「ふふ……ねえ、まどにゃん。私たち、やったんだよ」
いろはが微笑む。
その笑顔に、まどかもようやく力を抜いて、笑い返した。
「そうだね、おつかれさま、いろは」
──まどいろ、初の格上難易度ダンジョンクリア。
その道のりは、誰よりも地道で、だけど確実に“強さ”を証明するものだった。
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終絶
《絶影》発動中に1度のみ使用可能なフィニッシュスキル。
高速で移動後、指定座標に急所攻撃を叩き込む。
連撃と集中斬撃を兼ね、クリティカル確率が非常に高い。
弱点部位への特攻性能を持つ。
予約投稿です。夜にもう1本UPする予定です。




