第128話:宣戦布告
まどかといろはによるPVP配信の翌日、WLA内はある話題で持ちきりとなっていた。
――国家トリガーレインによる、グラストムーンへの宣戦布告である。
そしてその要望は、グラストムーン建国の象徴とも言えるレアアイテム、「繁栄の証」の譲渡だった。
グラストムーンにとって 《繁栄の証》 は象徴的な存在。
国の成り立ちに関わる由緒あるアイテムを失うのは大きな損失であり、当然この布告は賛否両論を巻き起こしていた。
そして、この宣戦布告はただの挑発で終わらない。
このゲームにおいて、宣戦布告は主に二種類の形で行われる。
一つは「両国合意による国家戦」。
双方の合意のもと、特定のアイテムや条件を賭けて行われる国家対決だ。
もう一つは「侵略戦」。
布告を拒否された側が、それでも戦争を望む場合に選ぶ強制戦争の形式。
侵略が成立した場合、敗北国は勝利国の属国となり、支配下に置かれる扱いとなる。
まさに国の存亡がかかるリスクの高い手段だ。
もちろん、最初の布告を介さずに、直接侵略戦を仕掛ける事も可能である。
今回は、トリガーレイン側がアイテムの要求とその対価を示し、合意による国家戦の持ちかけとなる。
対価として彼らが賭けたのは──「アイテムの生る木」。
こちらもWLAで1本しか確認されていない珍アイテムとされる存在だ。
育て方にややクセがあるが、丁寧に世話をすることで1日3つ、ランダムなアイテムを実らせることができるという。
普段はゴミアイテムばかりが実るが、ごく稀にレアやレジェンダリーランクのアイテムまで実ることがあると言われており、トリガーレインの国王が愛用しているレジェンダリー装備も、この木から採れた品であるという噂もある。
運に依存するため、純粋なアイテム価値としては 《繁栄の証》 に劣るとの声もあるが、運用次第では非常に高い価値を持ち得るポテンシャルを秘めているのは確かだった。
提案された条件に対し、グラストムーンの国王・ルナは承諾を表明。
こうして 《繁栄の証》 と 《アイテムの生る木》 、双方のアイテムを賭けた国家戦が正式に成立した。
開戦は三日後。
布告の承認を皮切りに、各国は一斉に準備へと動き出す。
戦力の整備、陣地の構築、そして何より──人材の確保。
WLAにおける国家戦では、特別な戦力バランスとして「運営陣特殊ユニット」の制度が存在する。
これは国家運営メンバーとして登録されたプレイヤーのうち、最大10名までが特殊ユニットとして認定されるものである。
この特殊ユニットは、戦場で強力なバフが付与される一方、戦闘不能になった際には大きな損失として扱われるハイリスク・ハイリターンな存在だ。
そして国家間の戦争では、この特殊ユニットの数と質が勝敗を大きく左右すると予測される。
トリガーレインの運営陣は現在9名。
いずれも他ジャンルのタイトルで名を馳せたプロゲーマーばかりで、プレイスタイルも個性豊かだが、WLAでもその実力は折り紙付き。
残る1枠も、実力ある傭兵か国民を抜擢して10名体制を整えるのはほぼ確実と見られている。
一方、グラストムーンの運営陣はわずか2名──国王ルナと、副国王リーフ。
どちらも個人としてはWLAトップクラスの実力を誇るが、さすがに数の差は否めない。
また、国民数もトリガーレインの半数以下と、表面的な戦力差は歴然としていた。
グラストムーンは領地の推奨レベルが高いため、国民の平均レベルはむしろ上回っているとの分析もある。
準備と戦い方次第では、十分に勝機はあるという見方もあった。
宣戦布告の通知がゲーム内でもトレンドを独占し、掲示板やSNSでも国家戦の話題が時間を追うごとに熱を帯びていく。
そんな中、ルナはあらためて戦争ルールの確認を終えたウィンドウを閉じ、小さく息を吐く。
その顔には、いつも通りの笑みが浮かんでいた。
「うん……これは、なかなか面白くなってきたかも」
独り言のように呟きながら、彼女は新たにメール作成ウィンドウを開く。
宛先は、ある少女と──そのパートナー。
彼女の目には、確かな自信と、少しの緊張、そして……高揚したような楽しげな光が宿っていた。




