第123話:いろはの妙技
いろはがPVP闘技場への参加受付を終え、専用フィールドへと転送される。
眼前に広がるのは、円形に仕切られた戦闘用アリーナ。
透明な結界がその外周を包み、観戦者の視線を鋭く通していた。
数秒の待機の後、アナウンスが響く。
「対戦相手確定、マッチング完了——」
光の粒が集まり、目の前に一人のプレイヤーが姿を現す。
装備は片手剣と小型の丸盾。
軽装の前衛タイプだ。表示されたステータスはLV52/PVP戦績3勝2敗/ポイント15P。
いろはの現在のポイントは、まだ初期値の0P。
このシステムでは、基本は同格相手に勝てば5Pを獲得し、負ければ0P。
ただし、相手とのポイント差が50P以上ある場合は変動が大きくなり、勝てば20P、負ければ-10Pという逆転チャンスも用意されている。
目の前の相手は、特別に強くもないが油断できるわけでもない。
シンプルに3勝を重ねた実力者であり、2敗という数字からは安定性にやや欠ける印象もある。
レベル通り……いや、ちょっとだけ強いかも?
軽く相手を観察しながら、いろはは最適な戦い方を思案する。
だが、今回はじっくり削るセオリー通りの戦術を取る余裕はない。
何しろ、まどかとの勝負の真っ最中なのだ。
時間をかけすぎれば、たとえ勝ち続けてもポイント数で負ける可能性がある。
「……なら、行くしかないよね」
そのつぶやきと共に、開始のカウントダウンが始まる。
5——
4——
3——
2——
1——
START
バリアが解けると同時に、戦士の男がセオリー通りの動きでじわじわと間合いを詰めてくる。
盾を構えながら、確実に、着実に。まるで教科書通りの戦法。
しかし次の瞬間、いろはがとったのは“予想外”の動きだった。
「えいっ!」
自身にバフをかけると、一直線に相手へと突っ込み、まさかの杖で殴打。
この行動に、戦士の男は咄嗟に盾を持ち上げて受けにまわる。
当然、ダメージは通らない。けれどそれは、いろはの狙い通りだった。
ダメージを与えるのが目的じゃない。今のはタイミングをずらすための“ノイズ”
直後、いろははステップで素早く後退する。が、相手は当然それを逃すはずもない。
すぐさま距離を詰め、剣を振り上げてスキルを放つ——が、その剣は、薄く張られた透明なバリアに阻まれる。
同時に、いろはの両側から放たれ魔道珠がゆるやかに弧を描いて宙を舞い、相手の背後へと回り込んでいく。
とっさに戦士が視線を後ろに向けた、その瞬間を——
「——陽焔斬!」
正面からの魔法剣撃が炸裂。さらに魔道珠が背後から直撃。
これにより、いろはは“自分一人での挟み撃ち”という奇襲を成立させた。
普段のパーティ戦では使い所の少ないこのテクニックも、1対1の闘技場ではまさに極めて有効な戦術。
翻弄された戦士は、この状態に適応すこともできず、正面から、背後から、いろはの猛攻を一身に受け続ける。
「……あ、やばい」
そう思った時には、戦士のHPバーはすでにゼロを指していた。
彼の姿が光となってアリーナから消え去ると同時に、勝利のエフェクトが華やかに舞い上がった。
……ふぅ、まずは1勝
いろはが一息ついた時、ふと視界の端に表示されている“PTメンバー観戦中”の表示が目に入る。
視線を観戦席へと移すと、ぎっしりと観客が詰めかけていることに驚かされた。
思ったより……注目されてるんだ
そして、そこには顔をしかめるまどかの姿も。
やや呆れたような、困ったような、そんな複雑な表情だった。
「えへへっ♪」
いろはは苦笑するまどかに向けて、元気にVサインを送る。
その姿がフェードアウトして、ロビーへと戻っていった。
観戦席に残されたまどかは、静かに額へ手を当ててつぶやく。
「……思ったより、まずいかも」
冷や汗をぬぐいながら、まどかの表情にもほんの少しだけ焦りの色がにじんでいた。




