第119話:銃と観客と新しい一歩
決闘の翌日、まどいろの2人はいつも通り配信を開始していた。
──ただし、“いつも通り”なのは配信の手順だけで、状況は明らかに違っていた。
画面右上に表示された視聴者数は、配信が始まってまだ数分だというのに、これまでの3倍以上を記録していた。
コメント欄も開始直後からにぎやかで、まるで公式イベントでも始まったかのような熱気だ。
昨日の一件で、まどいろチャンネルの登録者数は一気に跳ね上がった。
決闘前には2万人にも満たなかったフォロワーが、今や4万5千人を超えている。
動画アーカイブの再生数も止まらず伸び続け、登録者も右肩上がりで増加中だ。
そんな中での今日の配信の目的はひとつ──新たな武器の試し撃ち。
ドグマから譲り受けた、あの銃。
場所は、推奨レベル45のダンジョン《ハイリザードマンの巣》。
その名の通り、リザードマンの上位種が巣くっている高難度ダンジョンで、人間と同様に剣や槍、弓や魔法を駆使する個体が揃っている。
推奨レベル以上に難易度が高いと評判で、油断すれば簡単に返り討ちにあうような場所だ。
入り口から少し進んだところで、5体編成のリザードマン部隊と遭遇した。
構成は、槍持ち2体・弓持ち2体・杖持ち1体という、攻守のバランスに優れた構成。
すぐさまいろはがバフをかけ、まどかが迷いなく前に出る。
「バフ完了、まどにゃん行ってらっしゃい!」
「了解、初手から全力でいくよ!」
飛んできた矢を軽く躱しながら、まどかは1体目の槍リザードマンへと一気に踏み込む。
「スカーレットライン」
赤い残光と共に、鋭い一閃が槍持ちの胴を切り裂く。
すぐに次の敵へと視線を移し、もう1体の槍持ちへナイフによる連撃を畳みかける。
最初の個体が立ち直りかけたそのタイミングで、まどかは両手に銃を構え、1発ずつ正確にトリガーを引いた。
銃声と共に、2発の弾が命中。1体目の槍持ちは崩れ落ち、光となって消えていく。
背後から突き出された槍も体をひねって回避し、まどかはそのまま残った槍持ちに向かってスカーレットラインを再度叩き込む。
鮮やかな軌道を描いたその一撃で、2体目の槍持ちも光へと変わった。
前衛を失ったことで、後方支援役の杖持ちが遠慮なく魔法を連打し始める。
タイミングを合わせるように、弓持ちの2体も左右から矢を連射する。
その一撃一撃は十分に回避可能なものだったが、立て続けの遠距離攻撃により、まどかはなかなか距離を詰められない。
「こういう時こそ……!」
彼女は再び銃を構え、杖持ちに向かって直射と曲射を交互に4発の銃弾を放つ。
しかし、リザードマンも伊達に高レベル個体ではない。
身をひねり、素早くその場から離れようとする。
──だが、その瞬間。
「イリュージョンリリィ」
まどかの呟きと同時に、杖持ちの視界の前に白い薔薇が咲き、弾けた。
突如現れた幻想に一瞬足を止めたその隙を逃さず、4発の銃弾が正確に眉間を貫き、杖持ちはあっけなく光へと変わった。
残るは2体の弓持ち。
弾幕をすり抜けるように走り抜け、まどかはまず1体目に肉薄。
ナイフを振るい、鮮やかに仕留める。
すぐにもう1体へと視線を向け、銃弾を2発先行させる。
そのまま距離を詰めていき、弓持ちが銃弾を交わした隙を狙いナイフによる連撃を与える。
一連の連携が完璧に決まり、最後のリザードマンも光の粒子と化した。
数分に満たない短い戦闘だった。
だが、その密度は非常に濃く、見応えがあった。
▶ 銃やばい!
▶ 新武器の汎用性えぐい
▶ てか動きが昨日の比じゃないんだが!?
視聴者のコメント欄は、大盛り上がりを見せていた。
昨日のドグマ戦で初めてまどかを見た新規の視聴者たちにとっては、今日の彼女の動きは衝撃的だったに違いない。
いろはのバフによって、戦闘能力が一段階引き上げられたまどかの姿は、ドグマ戦とはまた違う輝きを放っていた。
「いやー、思った以上に使い勝手がいいねこれ。いいもんもらったな」
銃を確認しながら、まどかは満足げに頷いた。
銃の入手経緯については、配信の冒頭ですでに説明を済ませていた。
譲渡したのがドグマ本人であり、そこに謝罪の意図が含まれていることも伝えてある。
その誠意が伝わったのか、コメント欄にはドグマに対する辛辣な声は若干ながら減りつつあるように見えた。
「なんか、わたしの出番が更になくなった様な気が……」
「いろはは別で重要な役割がいくつもあるでしょ? 今の戦闘だって割り込もうと思えば……」
「あー、だめだめ、まどにゃんの説教は長いんだから、せめて配信外でやってー」
ふざけたやり取りに、コメント欄も再び盛り上がる。
こうしてまどかといろはは、初見ダンジョンである《ハイリザードマンの巣》を、危なげなく攻略してみせた。
「それじゃあ、今回の配信はここまでかな」
「新しい武器を手に入れて、更に活躍していくんで皆これからもよろしくね〜」
エンディングの挨拶を締めくくり、カメラはゆっくりとフェードアウトする。
新たな武器と共に歩む、まどかの次なるステージ。
その第一歩は、華やかに、そして確実に踏み出されたのだった。




