第11話:十分間の二重奏(前編)
まどかは、深く呼吸を整えていた。
手の中、ナイフの柄がわずかに湿る。握りしめすぎていた。
目の前の扉は、これまでのダンジョンで見たどれよりも大きい。
ただ立っているだけで、視界の奥で魔力が微かに脈打つのがわかる。
「……準備はいい?」
「うん。行こう、まどにゃん」
扉に手をかけた瞬間、空気が変わった。
ずん、と腹に響くような重たい音を立てて、扉が開く。
中は、闇に沈むような広大なホールだった。
石造りの床にひび割れた柱。天井は高く、光源のない空間に、魔獣だけが鎮座している。
LV32《ツインヘル・レギオン》
二つの首を持つ獣。片方は紅蓮の炎をまとう狼、もう片方は霜を纏った白銀の獣。
炎と氷、相反する性質をひとつの体に収めた、このダンジョンの主だ。
「いくよ、いろは!」
「了解っ!」
戦闘開始。
まどかが先行し、足元を一閃──《二連歩》で間合いを詰め、斜めから跳ねるように斬り込む。
しかし、手応えは重い。
「……硬い!」
「虹色の炸裂符!」
いろはの魔法が直後に重なり、炎の首を牽制する。
それでも、HPバーはほんのわずかしか減っていない。
「まどにゃん、火力が……全然足りない……」
「分かってる。でも下がったら終わりだ」
立ち止まらず、まどかは一撃ずつ確実に積み重ねる。
シーフとしての瞬発力、いろはの支援で最適化されたスキル回しで、じわじわと削っていく。
だが、双頭の反撃も鋭い。
一方が大地を割る咆哮を上げ、もう一方が凍てつくブレスを吐く。
見切り損ねれば、一撃で沈む危険すらある。
「回避! 氷来る!」
「まどにゃん、下がって!」
いろはの支援魔法《陽焔の輪》が、まどかの位置に回復と防御バフを重ねる。
間一髪で直撃を避け、再び飛び込む。
▶ まどにゃんの火力、地道にだけど確実に通ってる
▶ ボスの攻撃ってこんな避けれるもんなの?
▶ いろはの支援も、間に合ってるのもすごいな
▶ がんばえー
10分経過。
HPバーはようやく3分の1を削ったところ。
体感以上に削れていない。
「……いろは、MP残量は?」
「まだ余裕あるけど、アイテムも使いながらじゃないときついかも」
「アイテム、回復剤は残り3個。このままじゃキツイな……」
少しずつ、手持ちの選択肢が削れていく。
いろはは定期的に《加速符》《集中符》を更新し、まどかの集中力と回避力を維持している。
だが、回避の成功率はほんの数%でも下がれば即、戦線崩壊に繋がる世界だ。
「……まどにゃん、これ……結構、限界近くない?」
「まだ。……まだだよ、もう少し削れば……」
スキルクールタイムが回るのを正確に把握し、
合間に回避と立ち位置の調整を欠かさない。
──15分経過。
敵のHPが、50%を割った瞬間──空間がひずんだ。
「っ……!」
レギオンの双頭が吠える。
その声だけで、ホールの床が微かに振動する。
「動きが……速くなる!」
まどかが即座に後退し、距離を取る。
レギオンの爪が地面を抉り、空間を裂くように迫ってくる。
「ここからが第二段階……っ、いろは、バフ更新お願い!」
「うんっ! 《加速符》《集中符》いくよ!!」
魔法陣が重なり、まどかの身体が再び軽くなる。
けれど、それだけでは足りない。
まどかはゆっくりと、大きく息を吸って視界のスキルスロットを開いた。
いままで温存してきたスキル。
まだ配信中に一度も使って見せたことのないスキルを使う。
「……《絶影》、展開!」
刹那、風が弾けた。
まどかの姿が一瞬、残像と化す。
次の瞬間には、敵の足元に跳び込んでいる。
視聴者にすら、その動きは追えなかった。
▶ 絶影きたああああああ!?!?!?
▶ えっ、持ってたの!?
▶ まどにゃん、これずっと温存してたの!?
▶ 使いこなせる人マジで少ないって言われてるやつだぞ……
《絶影》──
10分間、自身の素早さを劇的に強化するスキル。
代償として、10分経過後には同じ時間、素早さが半減するというリスクを伴う。
スキル自体は周知されているが、その挙動は極めてピーキーで、使いこなすのが難しい。
正確な修得方法がまだ判明しておらず、高レベルのシーフでも未修得な人の方が多い。
「動きが……速すぎる……でも、やるしかない!」
脳がついていかない。
視界が伸び縮みするような感覚。
だけど、止まれない。
「いろは、バフ更新お願い!」
「了解っ! 全部合わせるね!」
魔法陣が重なり、まどかの動きがさらに研ぎ澄まされる。
「さあ──ここからが、本番だ!」
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《陽焔の輪》
薄い炎の輪を地面に発生させる。
輪の中に入った味方の防御力を上げつつ、微量ながらHPも継続回復させる。
輪の中から出ると10秒で効果は切れる。
《加速符》
味方1名の素早さをわずかに上昇させる。
《集中符》
味方1名の集中力をわずかに上昇させる。
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