第117話:終幕
前評判では、なんだかんだでドグマが勝つと予想していた人の方が、圧倒的に多かった。
実際、彼のレベルや装備の優位、これまでの実績を考えれば、当然といえば当然の見方だったのかもしれない。
まどかが勝つと応援していた声ももちろんあったが、その多くは希望的観測に近く、「勝ってほしい」という願いが先行していた。
冷静に分析すれば、勝機があると信じていた者はごく一部だっただろう。
しかし──ふたを開けてみれば、勝負はまどかの圧勝だった。
ドグマはその間、見せ場らしい見せ場もないまま、翻弄され、封じられ、そして敗れた。
彼の攻撃はほとんどが空を切り、決定打を一つも放つことができなかった。
視聴者の反応は、一気にまどいろ陣営に傾いた。
勝利の瞬間、配信のコメント欄はまどかの名で埋まり、SNSでは関連ワードが瞬く間にトレンド入り。
まどいろチャンネルの登録者数は、この日だけで桁違いに跳ね上がり、その勢いは止まる気配を見せなかった。
だが、そんな祝福ムードの中で、早くも“予定調和”のように、ドグマが騒ぎ出す。
油断してた、まどかはチートを使っている、自分は負けていない──
次々と飛び出す言い訳は、どれも子どもじみていて、聞くに堪えないものばかりだった。
敗者の戯言にしては、あまりにも見苦しい。
誰もが辟易とし始めたその時、まさかの人物が割って入った。
「ええ加減にせえよ!!」
怒声の主は、配信界でも温厚で知られる存在──カゲミツだった。
「自分で約束したことも守れんのかお前は! 誰がどう見ての、おまえの完敗やろが!」
普段の彼からは想像もできないような怒気を孕んだ声。
そして、その口調には、思い切りの良い関西弁が混じっていた。
それがまた、視聴者には衝撃だった。
▶ 出たー!カゲミツの関西弁!
▶ こんなに怒ってるの初めて見た!
▶ これは本気でキレてる……ヤバ……
「納得いかんのやったら、何回でも何十回でも今の戦闘の動画見直せ! それでもわからんならお前はもうお仕舞いや。」
その言葉は、ただ怒っているだけではなかった。
諭すようで、突き放すようで、しかし、核心を突いていた。
ドグマは、これまで自分勝手な振る舞いで周囲に迷惑をかけてきた。
カゲミツにも何度も頭を下げさせ、フォローさせてきた。
それでも、ここまで真っ向から怒鳴られたのは初めてだった。
驚きと戸惑いが混じる中、ドグマの表情がようやく変わる。
感情に押し流されるように荒れていた彼の瞳に、ようやく理性の光が戻り始めていた。
「……なんで、なんでだよ、なんで俺が負けてるんだよ、おかしいだろ、俺の方が絶対強いのに……」
その呟きは、どこか子どものようで、しかし本気の困惑を含んでいた。
「たしかに、レベルやステータスはお前の方が上だけど、それ以外、何一つお前はまどかちゃんに勝ててないんだよ」
静かに、しかしはっきりとカゲミツが言う。
「プレイヤースキルだけじゃない、相手の心理を読むかけひきや、情報収集、そこから導き出した勝つための工夫。ゲームを生業にしてるお前なら、それがどれだけ大事かわかってるはずだろ? おまえはそれを蔑ろにしたんだ。勝てるわけがないよ。」
その言葉のひとつひとつが、ドグマの胸に重くのしかかる。
そして彼は、ようやく口を開いた。
「……わかったよ、俺の負けだ、俺が悪かった……」
だが、それに対してカゲミツは、静かに問い返す。
「謝るのは、僕にじゃないよね?」
一歩横に身を引いたその背後に──まどかが、無言で立っていた。
じっと、何も言わず、ドグマを見つめている。
その視線は鋭くも冷たくもない。ただ、真っ直ぐだった。
ドグマは、その視線を受け止めたまま、少しずつ言葉を吐き出す。
「……俺が悪かった。俺がやりすぎだったってのは、今は理解してる……」
その言葉に、まどかはわずかに驚いた表情を見せた。
まさかドグマが、そこまで自分を省みるとは思っていなかった。
だが、それで終わりではない。
「謝るのは、私にだけじゃないよね?」
まどかの言葉は、静かに、しかし確実に胸に届く。
勝負の条件ははっきりしていた。
謝罪すべきは、まどかだけでなく、視聴者を含む全ての関係者に対してだ。
ドグマは頷き、自分の配信用カメラ、そしてまどいろの配信カメラの両方に視線を向けた。
中々声が出ない。一呼吸、二呼吸、息を整えてようやく口を開く。
「今回の件は、俺が調子に乗りすぎてました。迷惑をかけた人達に謝罪します。ごめんなさい」
言葉は短い。けれど、その中に込められたものは、確かだった。
最初はゴネていた彼が、ここまで素直に謝るとは、誰もが予想していなかっただろう。
だが、だからといってすぐに許されるほど、視聴者は甘くない。
コメント欄には罵倒が飛び交い、掌を返したかのような丸くなり方に対して、「つまらない」と煽る声すらあった。
「……とりあえず、私への謝罪は受け入れます。視聴者の皆さんに関しては、この後どうするかは、私は一切関与する気はありませんので、皆さんの判断に任せます。」
そう言って、まどかはカメラの前からすっと姿を消す。
入れ替わるように、画面にはルナの姿が映し出された。
「と、いうわけで、今回の騒動はこれにておしまいかな? みんなもまだまだ納得できない部分はあると思うけど、関係者に危害を加えたりしないようにね! そんなことしても、無駄に加害者も被害者も増えちゃうだけだからね。あとは運営の判断にまかせましょう!」
その言葉で、配信は締めくくられた。
まどかとドグマの因縁、そしてそれを巡る視聴者たちの騒動は、ようやく終幕を迎えたのだった。




