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第116話:絶影の真価


 「ふぅ……ここまでは、完璧」


 まどかは砂塵の中で小さく息を吐いた。

 

 額に汗こそ浮かべているが、その瞳には揺るぎない自信が宿っている。

 

 作戦は順調、ドグマは思惑通り怒りに飲まれて思考が鈍り、攻撃は単調になってきていた。


 このまま仕掛けてしまえば、ある程度のダメージは与えられるだろう。

 けれど、まだ決め手には欠ける。


 「焦って蓮撃を重ねたところで、回復アイテムであっさり戻されちゃうからなぁ……」


 今回の勝負では、アイテムの使用制限が存在しない。

 

 つまり、小刻みに与えたダメージは即座に帳消しにされてしまう。

 そうなれば消耗するのはこちらだけだ。

 

 最大HPで勝るドグマに、焦って中途半端な攻撃を仕掛けるのは愚策に等しい。


 「決めるなら、一撃で……絶影を合わせて一気に沈めるしかない」


 最も避けるべきなのは、こちらが先に 《絶影》 を切って仕留めきれなかった場合だ。

 

 強力なバフスキルである絶影には、使用後の10分間に行動速度が大きく落ちるデバフが付随する。

 

 もしまどかがそれに陥り、相手に絶影が残って入れば勝負はそこで詰む。


 だからこそ、慎重に、冷静に。焦るのはドグマの方だけでいい。


 「ねぇ、ほんとにそんなおっそい銃弾で当たると思ってる? いっそ木の枝でも振り回したら?」


 まどかは身をひるがえしながら、あからさまに煽るような笑みを浮かべる。

 

 右から来た弾を足払いでいなし、左からの跳弾を紙一重で身をそらして回避する。

 

 曲射も、跳弾も、すべては見切っている——ように、見える。


 もちろん実際にはギリギリのタイミングの連続で、全弾を視認して回避しているわけではない。

 

 それでも、冷静を欠いたドグマの射撃はまどかを捉えられず、地面に無数の土煙だけが積もっていく。


 「……チッ!」


 ドグマの歯噛みする音が通信越しにも伝わる。彼にとって、これは初めての経験だった。

 

 どれだけ攻撃してもかすりすらしない相手など、今まで存在しなかったのだ。


 「クソが……! 手加減してやったら調子に乗りやがって……! そんなに叩きのめされたいなら本気を出してやるよ!」


 怒声と共に、彼の体に白いオーラが奔る。


 「俺に本気を出させたこと、後悔するんだな!——《絶影!》」


 瞬間、ドグマの姿が消えた。


 まどかの視界に映ったのは、ほんの一瞬前まで正面にいた彼が、まるで瞬間移動したかのように背後へと回り込み、そこから全方位に銃撃を解き放つ光景。


 ——けれど、それすらも織り込み済みだった。


 「待ってたよ、そのタイミング。…… 《絶影》」


 まどかの体もまたブレ、残像を残しながらドグマの攻撃をすべて回避。


 「な、なんだと……!? お前、なんで……絶影まで使ってんだよ!」


 まるで自分の切り札を真似されたかのような衝撃に、ドグマの顔が引きつる。

 

 怒りと困惑が交じり合ったその表情に、まどかは呆れ混じりの声を返す。


 「……ほんと、何も調べてなかったんだね」


 絶影は、まどかの十八番スキルのひとつ。

 

 きちんと配信を見ていれば、情報はいくらでも出てきたはずだ。

 

 にもかかわらず、ドグマはまどかが使えるとは知らなかった——

 

 つまり、まどかのプレイスタイルをまるで研究していなかったということ。


 「うるせえ……っ! スキルが互角になっただけで、俺の有利は変わってねぇ!」


 だが、その言葉は虚勢に過ぎなかった。


 まどかの回避は次第に流れるようなものへと変化し、対してドグマはその速度に飲まれて動きがぎこちなくなっていた。


 「……もう終わりだよ。お前じゃ、私には勝てない」


 その言葉はただの煽りではなかった。確信に満ちた、冷徹な宣告だった。


 実際、ドグマの攻撃はすでにすべて回避され、まどかの反撃は的確に、そして容赦なく彼の体力を削っていく。


 「ぐ、ぐあっ……なんで、なんで当たらねえ!」


 「気づいてないの? 絶影を使っても、銃弾の速度は上がらないんだよ」


 「な……っ! だが、どこから撃つかわからなければ……!」


 「それが、全部見えてるって言ってるんだよ」


 回避。追撃。回避。追撃——その繰り返し。


 ドグマの拳がまどかに届くことはなく、そのたびに彼の隙をついてまどかのナイフが深く抉っていく。


 「……が、はっ!」


 「あとね、おまえ絶影を使いこなせてないよ。速いけど、自分が振り回されてる。コントロールできてないんだよね」


 その指摘の通り、ドグマの動きは瞬間的な速度こそまどかを上回っていたが、直線的な動きしかできていない。


 「だから——絶影勝負になった時点で私の勝ちだったの。残念だったね」


 まどかは冷静に、容赦なく攻撃を重ねる。もう一切の隙を与える気はなかった。


 スキルの持続時間は約10分。


 ドグマが先に絶影を使ったことで、自分が先に時間切れになる心配はなくなった。

 

 焦ることなく攻撃に集中できる環境を整えた。そしてその制限時間が終わる前に——


 「これでおしまい! ……終絶!」


 最後のとどめの一撃が決まり、ドグマのHPゲージがゼロを示す。


 勝負は、あっけなく、そして静かに決した。

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