第113話:揺れる責任と祈り
「……はぁ。面倒なことになったなぁ……」
王城の一室、重厚な書斎のようなデザインの空間で、人気配信者であり国家ブラックギャングの国王、カゲミツが椅子にもたれながら深いため息を吐いた。
目の前にはゲーム内のブラウザが開かれ、「まどかVSドグマ」騒動をまとめた記事が表示されている。
タブにはすでにいくつものまとめ動画やコメント欄、SNSの反応がずらりと並び、スクロールする指も重たげだった。
──最悪の展開だ。
カゲミツはブラックギャングの国王という立場もあるが、ドグマをこのWLAの世界に誘った張本人でもある。
「まさか、あいつがここまでやらかすとは……」
もともとドグマは口が悪く、考えなしの言動が目立つタイプだったが、まさかここまで拗らせるとは思っていなかった。
せいぜい配信内での不適切発言程度で収まるだろうと踏んでいた自分の見通しが甘かったのだと、いまさらながらに痛感していた。
それでもまだ、国家としての損失が致命的にならなかったのは、早期に彼を追放していたからだ。
組織の中枢にいたわけではなく、名目上は「ただのメンバーの一人」に過ぎなかったため、運営方針との乖離を主張することで批判を最小限に抑えることができている。
……それでも、まったく無傷というわけではない。
「こっちにもクレーム、結構来てるんだよな……」
実際、ドグマがいたというだけで、国家全体に疑いの目を向ける視聴者や、誤解からメンバー個人に文句を言ってくるユーザーも少なくなかった。
彼らには関係ないとはいえ、その手の火消し対応に時間と労力を費やしている今の状況は、まさに胃が痛くなる日々だった。
──あいつ本人からも、"裏切り者"呼ばわりされてるしな……
カゲミツは再び画面に目を落とし、ドグマから送られてきた暴言まじりのチャットログのスクリーンショットを消去する。
もはや説得も無意味だった。あの男は完全に己の世界に籠もってしまっている。
まるで誰もが敵で、まどかがその中心にいるとでも言わんばかりの妄執に取り憑かれていた。
だからこそ、カゲミツはすぐに行動した。
まどか、いろは──いわゆる“まどいろ”の2人に対して、個人として正式な謝罪のメッセージを送ったのだ。
驚くべきことに、2人はその謝罪を素直に受け入れ、「そちらに恨みはない」と明言してくれた。
そのことだけが、今の彼の支えだった。
──けど、それで終わりじゃないんだよな。
事態は終息どころか、今まさにクライマックスへと向かっている。
「謝罪を賭けたタイマン勝負、か……まさか、本当に受けるとはな……」
カゲミツは再びため息をつきながら、椅子の背にもたれた。
普通に考えれば、まどかが勝てるはずはない。レベル差は明白で、ドグマは現在レベル52。
プレイヤースキルも高く、単なる無名ではここまでの知名度は得られない。
ましてやシーフ系からの派生職「ギャングスター」は、現状唯一無二の職業で戦闘面でも優れている。
とはいえ、まどかのスキルや職業も軽く見ることはできない。
──それでも、ドグマが7割勝つか、まどかが3割勝つか。その程度の力関係だろう。
たとえまどかが負けたところで、ドグマの評価が回復するわけでもない。
けれど、もしもまどかが負けてしまったら──形式上とはいえ、ドグマの配信内で謝罪をすることになる。
そしてその構図が「格下が格上にひれ伏した」という印象を与えてしまえば、まどかたちの勢いに確実な陰りが出る。
それがカゲミツには我慢ならなかった。
あの2人は伸びる。そう確信している。
彼女たちは、ただのコンテンツではなく“物語”を持っている。
だからこそ──こんな理不尽な茶番でブレーキをかけてほしくなかった。
「頼むよ……まどかちゃん、勝ってくれ……」
小さく、誰にも届かない祈りが零れた。
そのためにできることはすべてやったつもりだった。
ドグマが過去に使っていた装備構成、癖、スキルの組み方。
本人に送ったメールはもちろん、彼の旧アーカイブやトラブル歴までも含めて、整理した情報をまどかたちに全て渡している。
──あとは、もう彼女に託すしかない。
ふと、画面の右上に控えめな通知音が鳴った。
受信箱のアイコンが点滅し、そこには新着メッセージの差出人が表示されていた。
「……え?」
カゲミツの指が止まる。そこに書かれていた名前は──
『ルナ』
一瞬、時が止まったかのような錯覚の中で、彼はゆっくりと立ち上がった。
「なんで、君が……?」
その言葉は、空中に静かに消えていった。




