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第107話:餅月うさぎの里


 「と、いうことでっ!」


 画面の前で満面の笑みを浮かべたまどかが、配信の開始と共に勢いよく宣言する。


 「今回はなんと、あのルナさんからの――直々の依頼で! 再度、月の竜宮城ダンジョンに来ていますっ!!」


 高ぶった声に、視聴者コメントが瞬時に反応する。


▶︎ 「え、本人依頼!?すご!!」

▶︎ 「まどにゃんの時代きたな」

▶︎ 「まどにゃんのテンションがたかいww」


 テンション高めのまどかを横目に、いろはがにまにまと微笑んでいる。

 画面越しでも珍しい構図に、さらにコメントが湧いた。


▶︎ 「いろはちゃんの顔w」

▶︎ 「これはニヤけてしまう」

▶︎ 「今だけでご飯三杯いける」


 勢いに任せて語りだしそうな気持ちを落ち着けるように、まどかは一呼吸。


 「えーと……軽く、ことのあらましを説明するとですね──」


 数日前の月の竜宮城、攻略配信から今日までに起こった出来事を、簡潔に整理して話す。

 

 ルナ本人から届いた依頼のこと、称号の効果、再突入の許可が得られたことなどを話すと、視聴者はさらにヒートアップしていく。


▶︎ 「そんな特別なルートあったの!?」

▶︎ 「その称号めっちゃほしい」

▶︎ 「またあの巨大うさぎが待ち構えてたりしてな」


 話が一段落したところで、いよいよダンジョンへと再突入する。


 入場後、まず気づいたのは──フィールドの変化ではなく、「変化のなさ」だった。

 

 エリアそのものの構造は以前と同じように見えるが、確実に異なる点がある。


 「……モンスターが出てこない?」


 あれだけいた魚介類のモンスターたちが一切現れず、代わりに見渡す限り“うさぎ”ばかり。


 「餅月うさぎだ……こんなにいたの?」


 各所に点在する白く丸い毛玉のような餅月うさぎたちは、キュッキュと鳴きながら前足を振って2人を呼んでいるようだ。


 まどかといろはは無言で顔を見合わせると、うなずいてうさぎたちの誘導に従った。


 向かった先は、前回の2階層方面ではなく、全く異なる方向のクレーター地帯。

 

 月面の岩肌を飛び越えながら進むたび、うさぎたちの足取りはさらに早く、確信めいた誘導をしてくる。


 そして、たどり着いた。


 月の凹地に広がる、うさぎたちの村。


 「うわ、なにこれ、かわいい……!」


 視界に飛び込んできたのは、うさぎたちのために作られたかのような小さな家々。

 

 質素な藁葺き屋根の建物、人参畑、巨大な人参のオブジェ、さらには商売をしているような雰囲気の店頭うさぎたちまでいる。


 「ここ、絶対うさぎたちの棲家だよね……!」


▶︎ 「うさぎの里きたー!」

▶︎ 「生活感すごいwww」

▶︎ 「ここが真の月面ダンジョンか」


 あまりの可愛さに、まどかもいろはも語彙力を失いながら村の中を探索し始める。


 入り口まで案内してくれた餅月うさぎたちは、キュッキュと鳴いてぴょこぴょこと帰っていった。


 それに合わせて、ぶさかわが「おつかれさま!」と言わんばかりに敬礼をかます。


 「なにその態度……どの立場で言ってんのよ……」


 とはいえ、敵意どころか警戒すらなく、村全体が温かな雰囲気に包まれている。


 いろはが興味深げに、店頭に並んでいた商品棚のような場所に近づき、うさぎに話しかける。


 「うさぎさん、ここでは何か売ってるの?」


 当然返事はキュッキュという鳴き声だけ。

 だが、その瞬間、視界に商品ウィンドウがポンと表示される。


 「わっ……ちゃんと取引できるんだ!」


▶︎ 「翻訳はできないけど経済は成立してたw」

▶︎ 「うさぎが雑貨屋やってるってマジ?」

▶︎ 「文明あったwww」


 販売されていたのは、以前の攻略報酬で手に入れた「月面人参の種」や「月面煎餅」、さらには通常のポーションや道具類まで多種多様。


 さらに村の奥にいた別のうさぎに話しかけると、「人参ソード」「月面バックラー」といったユニークな装備に加えて、「ルナニウムのインゴット」というレア金属まで並んでいた。


 ルナニウムとは、この月にしか存在しない特殊金属で、重力を軽減するために生まれた素材らしく、丈夫なのに非常に軽いという特性を持っているらしい。


 すでに先駆者たちによってこのダンジョンで発掘され、名前だけは知れ渡っていた素材ではあるが、まとまった量が一般に出回ることはほとんどなく、今回のように購入できるのは極めて稀だ。


 「ルナニウムインゴット!? 数量限定販売ではあるけど…… やば、これだけでも大収穫でしょ……!」


▶︎ 「ルナニウムってなんか強そう」

▶︎ 「これは後半まで使えそうな素材だわ」

▶︎ 「次の装備これで決まりかも」


 興奮しながら、いくつかの装備と、数量限定で販売されていたルナニウムのインゴットも忘れずに購入。


 「これは……ミナトに渡して、なにか作ってもらうしかないよね」


 と、まどかは口元を綻ばせながらつぶやいた。


 一通り買い物と散策を終えた後、イベントらしいイベントが起きなさそうだったので、通常ルートを確認する意味でそのまま竜宮城方面へ。


 だが──そこはすでに“静寂”だった。


 「……いない」


 サメも、乙姫も、そして狂気のウサギもいない。

 前回の攻略後からかわらず、ただ空っぽの竜宮城が、まるで廃墟のように静かに佇んでいた。


▶︎ 「ほんとに終わったんだなって感じ…」

▶︎ 「綺麗だけどちょっと寂しい」

▶︎ 「ラストがしんみりするの珍しいな」


幸い、地上へのポータルはそのまま残っていたため、それをくぐって帰還。


配信を締めくくったまどかは、すぐに今日の内容をまとめた報告書を添え、ルナへとアーカイブ付きで送信した。


「……これで、また少しは役に立てたかな」


静かにそう呟きながら、ぶさかわの頭をぽんぽんと撫でる。


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